個人アーカイブス仕事編

 このホームページは、個人アーカ イブスの構築を目指しておりますが、これまで主として、 仕事に直接関係のないものだけを収録してきました。しかし、プライベートのものだけでは片手落ちなので、これから順次仕事がらみで執筆したもの・インタ ビューを受けたものなどをも掲載し ていくことに しました。

                                   (2005年1月20日)


通 商産業省時代(経済企画庁出向時代(1981.5〜1983.9)を含む)

 ここには、通 商産業省勤務時代(1963年4月1989年6月)に執筆した文書や新聞報道などを逐次掲載していきます。(2005.1.20)

 

目次
1.原稿

タ イトル
掲 載誌名
執筆時
官職名
掲 載日
リ ンク

80 年代を迎えて
「通 産省公報四国版」1980.1 四国通産局
商工部長
2005.1.20


新 春を迎えて
通 産省広報四国版1981.1 四国通産局
商工部長
2005.1.20


「世界経済、多極安定への道標」
「はじめに」及び

「むすび」


経済審議会
長期展望委員会
国際経済小委員報告
1982.4.12

経済企画庁総合計画局
計画官
(国際経済関係担当)
2006.5.14

「ど う変わる国際経済と日本」
阿部毅一郎 編著
通商産業調査会版
1983.8.1発行


国 際研究協力とジャパントラスト 事業
「工 業技術」1985.1

工業技術院
研究協力統括官
2005.2.24
「ジャパ ントラスト」構想を成功させよう(評論:1984.8.13)

国際研究協力とジャパントラスト構想
「Robot No.44」
 巻頭言

工業技術院
研究協力統括官
2006.5.16
「ジャパ ントラスト」構想を成功させよう(評論:1984.8.13)

ジャパン・トラスト
「通産ジャーナル」1985.9

工業技術院
研究協力統括官
2006.5.9
「ジャパ ントラスト」構想を成功させよう(評論:1984.8.13)

自信を持 て!北海道
北海通産 情報
1988.8
札幌通産局長
2001.12.2
苫 小牧新報1989.3.4

講演:
自信を持て!北海道

札幌ヒューマンハーバー 212
1988.8.16
札幌通産局長 2004.4.6
苫 小牧新報1989.3.4

最 優先したい”一丁目一番地政 策”
週刊東洋経済迎春特別号
1986.1.11
通産大臣官房
調査統計部
統計解析課長
2006.5.9
^5.10




2.新聞報道:
北海道新聞、北海タ イムズ、読売新聞、
日本経済新聞、朝日新聞など
札 幌通産局長時代の新聞記事から


北海道新聞、苫小牧 新報など






3.国家公務員時代の人物評へ:ここをクリック

1.原稿 

(通産省公報四国版)
昭和55年1月5日
(土曜日)

80年代を迎えて

(執筆1980年1月、掲載日2005.1.20)

                    四国通商産業局商 工部長 阿部毅一郎

明けましておめでとうございます。
昨年9月に高松に赴任して参りまして、四国で迎える初めての初春のこととて、非常に新鮮な感じのする正月であります。新鮮といえば、今年が1980年代の 幕開けの年であることも手伝っているのかもしれません。いよいよ80年代の到来、何となく身の引き締まる思いが致します。「不確実性の時代」「不透明な時 代」といわれる80年代のこととて、この80年代に一体何が待っているか簡単に予測することは出来ませんが、イラン政変に端を発した国際石油情勢の先行き 不安や、OPECの石油価格引き上げによるエネルギーの供給面における不安定要因の増大、最近の円安傾向の急速な進行、卸売り物価の高騰等々、昨年来の我 が国経済 を取り巻く環境は厳しく、80年代もまたこのような厳しい状況が継続すると想像するに難くありません。

 しかし考えてみますと、70年代とてそれほど見通しの明るかった時代でもなければ、環境が厳しくなかったはずもなく、ニクソンショック、オイルショッ ク、長期不況、円高等々予測せざる深刻な事態に我が国経済は幾度か逢着し、その都度、持ち前の機動力と活力をもって、それらの試練を乗り越え、今や有数の 経済大国として揺るぎない地位を築くまでになったわけであります。

 このように考えますと、よしんば80年代がいかなる時代になるにせよ、我が国民の英知を結集すれば、何とか乗り切れるはずであると考えられるわけであり ますし、そのように我々自身が自信を持つことがまず大切なのではないかと思われます。

 わずか3年間ばかりでしたが、わたしも外国で生活した経験がありまして、その際他の国々の有様を色々と見て参りましたが、現在の我が国の生活レベルは、 資源小国であるにもかかわらず物質的な豊かさという点では、他の先進諸 国に比べても、決して引けを取らぬところまで来ておりまし、世界の多くの後進国にとっては夢のようなレベルにまで達しております。従いまして、これからの 80年代は、このような物質的な豊かさの上に立って、生活の質的な面の充実を図るべき時代なのではないかという気が致します。

 そこで四国のことを考えてみますと、東京などの大都会に比べ生活の質的な面 ではいろいろと優っている点が多いように思われます。それは、美しい自然環境やうるおいのある人情味がまだ残っているというような点であります。1人当た りの国民所得で比較して四国は他の地域より後進地域であるとの表現を使いがちですが、このような金に換算し得ぬ 自然環境、人情味、生活空間の豊かさを加味 して考えれば、どちらが先進とも後進ともにわかに断定できないのではないかと思います。経済の発展は自然環境の保全や豊かな人情味、うるおいのある生活と 調和してこそはじめて真の経済発展といえるとの認識に立てば、現在の四国が今 直ちに先進地域であるとはいえないまでも、今後このようなすぐれた質的な面の一層の充実を図りつつ、質的、物的に調和のとれた経済の発展を図るならば、間 違いなく四国こそ日本の先進地域になりうる可能性を最も多く秘めた地域と申すことさえ出来ましょう。

 以上申し述べたような形での、調和のとれた地域経済社会の発展と充実があってこそ、国全体の繁栄がもたらされるとの認識が最近急速に広まりつつあります が、私共もそのような認識に立って色々な角度から施策を実施していくつもりでおります。いわゆる中小企業施策の多くは、地域に密着した形で存立する中小企 業の振興を通じて地域の振興を図ろうとするものでありますが、特に昨年6月に成立した「産地中小企業対策臨時措置法」に基づく産地中小企業の振興や「特定 不況地域中小企業対策臨時措置法」に基づく特定不況地域における中小企業の助成は、上述のような認識をより前面 に押し出した施策であります。今後はこれらの施策の充実を図るとともに、地域により密着し、雇用機会の確保、地域文化の振興等の観点から重要な役割を果た している地場産業の総合的な振興にも取り組むことと致しております。

 その他、通産省におきましては。資源エネルギー対策、技術開発、産業立地対策、公害保安対策、消費者行政、大型小売店の調整、第三次産業の振興、物価対 策等々種種の施策を実施しておりますが、これらにつきましても中長期的な展望 に立って、より地域に密着した形でのきめの細かい行政を推進し、四国経済社会の均衡ある発展のためにお役に立ちたいと考えております。

 この80年代にも色々の試練が待ち構えていることとは存じますが、以上申し述べましたような観点から、調和のとれた四国経済の発展のため、ひいては真に うるおいのある生活の実現のため、私どもも全力を傾けるつもりでおりますので、皆様方の御理解と、ご支援とをお願い申し上げます。

 最後になりましたが本年の皆様方の一層の御健康と御活躍を心から祈念致しまして、新年の御挨拶と致します。


(通産省公報四国版)
昭和56年1月5日
(月曜日)

新春を迎えて

(執筆1981年1月、掲載日 2005.1.20)

                   
                      四国通商産業局商工部長 阿部毅一郎

 明けましておめでとうございます。

 昨年は、80年代の幕開けの年でありましたが、「激動の時代」「不確実性の時代」といわれる80年代の幕開けにまことににつかわしい年でありました。思 い つくままに大きな事件を拾い上げてみましても、国内的には、地元香川県が生んだ現職の大平首相の急死、突然の衆議院解散と衆参同時選挙における自民党の圧 勝、鈴木内閣の誕生等、国外的には、一昨年末のソ連のアフガン侵攻に対する米国等の報復措置やモスクワオリンピックのボイコット、イラン・イラク戦争の勃 発、ポーランドの政変とそれをめぐる国際緊張の高まり等、それこそ枚挙にいとまがないほどです。それにもかかわらず、こうして静かに81年の新年を迎える ことができましたことは、何よりもおめでたいと申さなければなりません。

 この中で仮に、イラン・イラク戦争ひとつ取り上げてみましても、へたをすると今頃日本国中が、てんやわんやの大騒ぎになっていたかも知れないほどの大事 件であります。我が国の輸入原油の20%近く(54年)を依存していた両国が戦争に突入したにもかかわらず、円は暴落するどころか逆に円高傾向を示し、国 内の石油製品の不足状況も起こらず、パニックが生ずるでもなく、いわば平穏に近い情態で推移しておりますことは誠に有難いことで、これも第1次オイル ショック後その教訓を生かして、石油備蓄増強に官民あげて取り組み、百日分を越える備蓄があったお陰であります。いわば「備えあれば憂いなし」の故知が現 在に活か された好例と申せましょう。

 しかし、これは逆に言えば、何事につけても備えなければ憂いありということでありまして、このように不透明で不確実な世の中のこととて、事が起こった後 で憂えずにすむように、常々身の回りの総点検をし、備えるべきところに備える心掛けが一段と強く要請されているとも言えるわけであります。

 昨年の景気を振り返ってみますと、1〜3月期までは、かなり順調でしたが、4〜6月期から個人消費支出に伸び悩みが見え始め、それにつれて景気にかげり 現象が生じ、年の後半にかけてそのかげりが一段と影を濃くしてきた観があります。第一次オイルショック後の長い不況を脱してやっと景気が良くなったと思っ たらすぐさまかげりかというのが、産業界の方々のいつわらざる気持かと存じますが、これはいわば安定成長時代といわれる80年代を如実に象徴する現象のよ うにも思われます。今後は、かつてのような沸き立つ如き好景気は期待できず、 いわばこのような一進一退の景気模様が常態化するものと考えられます。

 従って、これからは常にこのような事態を前提として、企業経営に取り組むことが求められていると申せましょう。我が国は、既に世界第3位の経済力を持つ に至っておりますので、世界経済全体の成長が減速している今日、我が国だけがひとりむやみに成長を速めることは、諸外国にとっては迷惑となることが十分考 えられるわけであります。

 現在の我が国の経済成長も海外要因(輸出の増大と輸入の減少)に依存している面が多いのですが、これが米国やEC諸国との貿易インバランスをもたらし、 経済摩擦の温床となっていることは皆様御承知のとおりであります。従って今後は、海外にあまり大幅に依存する形での経済成長は望むべくもありません。行き 過ぎた依存は、各国の保護貿易主義を招来し我が国にとって生命線ともいうべき自由貿易体制にひびを入れることになりかねないからであります。

 政府におきましても、激しい経済環境の変化に対応しうる経済社会を形成するとの観点に 立って色々な角度から施策を実施していくつもりでおります。中小企業対策としましては、活力ある多数としての中小企業の育成を図るとの観点から、ソフトな 経済資源の充実に従来にも増して力を入れるとともに、多様な雇用機会の確保の観点から地域における活発な経済活動を促し、地域の自主的な構想に基づく魅力 ある地域経済社会の形成のため、産地中小企業の振興や地場産業の総合的振興を一段と強化することとしております。

 その他、通産省におきましては、相互依存時代の協調的対外政策、資源エネルギー対策、 技術開発施策、産業構造の知識集約化対策、公害保安行政、消費者行政、物価対策等々多面 的な施策を展開し、不確実で激動の時代といわれる80年代に備え、 憂えなきを期すため、全力を傾注するつもりでおりますので、皆様方の温かいご理解とご支援とをお願い申し上げます。

 最後になりましたが、本年の皆様方の一層の御健勝と御活躍とを心からお祈りいたしまし て、新年の御挨拶と致します。





経済審議会長期展望委員会
国際経済小委員報告



 下に掲載するのは、経済審議会長期展望委員会 国際経済小委員(委員長:佐伯喜一)報告「世界経済、多極安定への道標」 (1982.4.12)の「はじめに」と「む すび」の部分である。当時、経済企画庁総合計画局計画官(国際経済関係担当)として、同報告書のとりまとめに当たり、当該部分は自ら執筆したもの である。

 開催回数は、国際経済小委員会8回、その下に設けた起草委員会4回、貿易ワーキング・グループ8回、国際金融ワーキング・グループ7回、経済協力ワーキ ング・グループ8回、以上合計35回に上り、毎回、きわめて活発な議論・審議が展開された。他の小委員会の運営とは、全くやり方を変え、「国際経済」とい う広範な対象の中から、なにを展望し何を議論するかについて、委員には毎回アンケートをお願いしたし、また、委員一人一人に得意とされる分野から、テーマ を選択のうえ論文執筆をお願いし、それを踏まえて議論をしていただいたので、議論が常に白熱し、その結果、開催回数も、これほど多くなったのである。事務 局として、対応するのは大変であったが、今、思い出すと懐かしい。それらの論文は、「ど う変わるシリーズ」と銘打って、通商産業調査会から4冊の本として後刻出版した。
(掲載日:2006年5月14日)



経済審議会長期展望委員会
国際経済小委員報告


「世界経済、多極安定へ の道標」


はじめに

ーー長期展望に当たっての基本認識と本報告の構成についてーー



(1)1970年代は、固定相場制度の崩壊と二度の石油危機による世界的なインフレーションの10年であり、混乱と模索の10年であった。現在の国際経済 体制は、貿易面、国際金融面、南北協力面等どの面をとっても、世界経済の諸問題を解決するのに十分な枠組みを提供しているとはいえず、大きな試練に直面し ている。21世紀に向けて世界経済の安定した発展を図るためには、新しい国際経済体制を構築するとともに、自由な経済交流を基礎とし、動態的な国際分業を 進める新たなルールが確立されなくてはならない。
 
 我が国経済は、戦後の世界経済秩序の軸となったIMF・GATT体制の下で高度成長を遂げ、今日では、世界のGNPの一割を占めるに至った。また、二度 にわたる石油危機に優れた適応力を発揮し、機械工業製品を中心として強い国際競争力を維持している。世界経済において、このように大きな比重を占める我が 国は、自由貿易体制の最大の受益者であることを自覚し、世界経済を与件として行動する立場から脱して、新しい国際経済体制を構築するため、国内システムの 改革・整備を含めて、積極的な役割を果たす必要がある。その正否に世界経済の安定的発展、ひいては我が国経済の長期的発展がかかっているといっても過言で はない。

(2) 今後20年間の国際経済社会と我が国の地位と役割を展望するに当たって、まず最初に、20年という期間の長さをはっきりと認識しておくことが必要 であろう。

 本報告に先立ち、20年前にも、同種の展望が行われたが、かなり大胆と思われた同報告の予測も、20年後の今日振り返ってみるとき、相当のズレがあるこ とがわかる。しかも、そこにみられる展望と現実とのズレのうち、国際経済関係におけるズレが、最も著しい。当時、国際経済社会に関する主たる関心は、貿易 部門に集中しており、輸出の拡大が最大の課題と考えられていたのである。つまり、20年前に、おそらく最も大胆に展望された変化以上に、我が国は変化し、 国際経済社会に占める地位と比重とは高まってきているのである。当時、世界のGNPのわずか2.9%(1960年)を占めるに過ぎなかった我が国が、今日 世界の一割を占める経済大国となり、20年前世界貿易の3.6%(1960年)を占めるに過ぎなかった我が国が、今日では、7.3%(1980年)を占め るまでになっている。

 20年という期間で考えれば、以上のように大きな変化がありうることを、国民も、政府も認識し、現時点においてみると実現性が乏しく思われることも、こ の期間の長さが、実現性を付与してくれるとの観点から考えてよい問題が多いと思われる。この意味で、あまり現実にとらわれた展望より、むしろ、大胆な展望 が必要であろう。

(3)今後の20年は、世界も日本も、従来とは違った仕方で大きく変化することが予想される。我が国が、本報告に述べるような、様々な国際的役割を果たし ていくためには、それを可能とするような国内システムの改革・整備等、国内的な対応を積極的に推進することが前提条件でなければならない。もし、我が国 が、持前の活力と適応力充分に発揮して、この課題にも的確に応えることができるならば、日本は、他の先進工業国に比べなお相対的に高い成長を続け、現在の 貿易大国から、更に海外投資大国、海外援助大国への道を歩み続けることも十分可能である。また、一人当たりのGNPにおいても世界のトップクラスの座を占 めることも可能であろう。したがって、我が国の今後の役割については、このように世界経済の中で大きな経済力を持つ国であることを認識して、展望する必要 がある。この観点からは、従来のような受動的
、追随的行動は、もはや許されず、常にその時々の日本の経済力と世界経済への影響力並びに依存性とを自覚しつつ、率先して、国際的責務を果たさなければな らないといえる。また、そういう姿勢を確立することによってのみ、自国の国益を確保しうる立場におかれていることを銘記しなければならない。こうした認識 に基づく主導的行動こそが、我が国に寄せられる各国からの期待に的確に応えていく道であり、我が国の国際社会におっける信頼感を高める唯一の道なのであ る。

 我が国が、今後世界経済社会の中で主導的役割を果たしうる国家になるためには、国内システムの改革・整備等国内的対応を積極的に推進することが前提条件 であると述べたが、その実現には、国内的に多くの摩擦や困難を伴うのであり、長期的視点にたって、一歩一歩前進を図らなければならない課題が山積している といってよい。この課題を解決することからみれば、20年という期間ですら決して長くない。そして、ここにこそ、20年にわたる長期展望をこの時点で試み なければならない真の必要性が見い出すれよう。

(4) この報告は、以上のような基本認識を踏まえ、経済審議会長期展望員会国際経済小委員会において、21世紀を見通した長期的視点から、国際経済に関 する枢要な問題について展望を試みた結果をとりまとめたものである。

 第1部総論においては、第一に長期展望の前提となる戦後の国際経 済体制の変遷について回顧するとともに、今後20年の国際経済社会の見通し及び新しい国際経済体制のあり方を示した。また、国際経済社会の中で今後とも相 対的に経済的比重を増すとみられる我が国が、その経済力に相応しい責務と役割を果たすべきこと、及びその内容について示した。なお、この部分は、第2部以 降の結論部分の要約を兼ねている。

 第2部以下の各論においては、まず第2部において、世界経済の円滑 な発展に貢献しうる国際貿易体制のあり方、世界及び日本の貿易構造、海外直接投資のあり方について検討した。

 第3部においては、国際通貨、金融体制の安定化の方策と円の国際化 への対応について検討した。

 第4部においては、「南北問題」の変貌とそれに対応した援助、貿 易、海外投資等n総合的経済協力のあり方について検討した。以上の各部においては、これらの検討項目についての長期的展望を示すとともに、我が国の果たす べき役割について、具体的に示した。

 最後のむすびに おいては、この報告の結論部分として、国民も政府も新しい決意のもとに、21世紀に向けて、世界経済に貢献しうる開かれた経済と社会の形成を目指して、ス タートを切るべき、今が、その時であることを述べた。



 **********************************
 むすび

ーー世界経済の繁栄に貢献しうる開かれた経済と社会の形成を目指してーー



経済審議会長期展望委員会
国際経済小委員報告


(1)これまで展望してきたように、長期的にみても今後の我が国を取り巻く国際環境は依然として厳しく、貿易面、国際金融面、経済協力面のいずれをとって も、我が国に対して厳しい対応を迫る難問が山積している。これらの問題に対する我が国の対応如何によっては、更に問題が深刻化し、我が国の前途に暗雲がた ちこめるおそれなしとしない。そして、それはまた世界の平和と繁栄にとってもマイナスの影響を与えずにおかず、悪循環に陥りかねない要素を秘めている。し かも、これらの山積する難題に対応するための我が国の政治・経済・文化・教育等広範にわたる国内システムをみると、的確な対応が可能なほど十分整備されて いるとはいえず、国民の意識の面でも、問題の重大性に対する基本的認識が十分とはいえない。

(2)我が国が、まず基本的に認識する必要があるのは、貿易立国を旨とする我が国の存立・発展は、世界の平和と繁栄とに依存しているということである。戦 後の世界的な平和と繁栄という極めて恵まれた環境の中で我が国は発展してきたのであり、経済発展の基礎ともいうべき資源エネルギーのほとんどを海外に依存 するという資源小国でありながら、自由世界第二位の経済大国を形成し、国民の生活水準も世界のトップクラスにまで引き上げることが可能だったのである。

 このような基本認識に立てば、世界の平和と繁栄のために、我が国がその経済力に相応しい責任と役割を自覚し、あらゆる面において積極的に貢献していくこ との重要性が理解できよう。また、そのためには積極的に様々な費用負担を引き受けなければならないことについても十分認識することができよう。

(3)貿易面については、戦後の世界の平和と繁栄を支えてきた自由貿易体制を維持することが、今後とも、我が国にとって生命線であるとの認識が必要となろ う。その意味で、この体制の維持発展のため、我が国が最大限の努力を傾けるべき立場にあるということができる。保護貿易的傾向が顕在化し、自由貿易体制が 危機にさらされているとき、我が国が、より一層の市場開放、産業調整等に、他国に率先して、積極的に当たらなければならない理由は、ここに求められる。今 後の市場開放においては、商品に対するものだけでなく、今後の経済活動のなかでますます重要性を増す投資、金融、保険、サービス面等をも含むものであるこ とを忘れてはならない。自由貿易体制の維持は、先進工業国にとってのみならず、これから成長期を迎える多くの発展途上国にとっても、極めて重要な意義をも つものであることを銘記すべきであろう。

(4)世界経済の平和と繁栄に貢献するという観点から、発展途上国に対する経済協力は、他の何ものにもまして重要である。発展途上国の低迷、疲弊が世界の 平和と繁栄にとって極めて大きなマイナスの要因となりうることを忘れてはならない。経済協力に当っては、@人道的考慮、A世界経済の調和ある発展への貢 献、B総合安全保障とのかかわり等を考慮してなされるべきであるが、我が国の場合、他の先進工業国と比べ貿易相手国として発展途上国の占めるウエイトが格 段に高いことを十分認識し、発展途上国の発展なくしては、我が国の発展はありえないとの基本的認識に立って、率先して、経済協力を行うべきであろう。その ため、我が国は21世紀に向けて、被援助国のニーズや発展段階を十分見極め、それに適合した形での民間経済協力や政府間開発援助を飛躍的に拡充すべきであ る。また、発展途上国の輸出の安定的拡大に積極的に貢献することが極めて有効な経済協力であるとの観点に立ち、我が国は安定的な国内経済運営を図り、より 一層の市場開放、積極的な産業調整等を推進すべきである。また援助の増大に伴って、その効果的な実施が一層必要となるが、そのため、機能的な国内システム の構築、人材の養成等が極めて重要である。

(5)世界経済の拡大的発展や我が国自体の経済の発展に伴い、今後資本需要は更に増大していくものと考えられるが、そのような事態に対応するため、円の国 際化や国内金融市場の自由化を図る等国際的な資金資本移動の円滑化のために積極的な役割を果たすことも必要である。

(6)今後の我が国にとって、真に重要なのは、以上のような様々な国際的要請に対して、これまでのような受動的対応をやめ、積極的に対応するということで ある。そのためには、現在の国内システムでは十分対応できないことを自覚し、長期的視野に立って、これらの問題に柔軟かつ的確に対応しうるシステムへの改 革・整備に乗り出さなければならない。また政策の決定や運営に当たり、過度の国内優先に陥ることなく、国内外の均衡を常に考慮することとし、対外経済政 策の整合性を高めていく努力が払われなければならない。その際、国際社会を構成する一員としての自覚に立つことが何よりも肝要であろう。

 また、国民のレベルにおいても、国際社会の一員であるとの自覚をもって行動することが今後は必要となってくるのであって、そのための意識の変革が求めら れよう。しかし、国民の多くにとって、いまだ国際的問題は直接的な関係のない問題としてしか認識されておらず、日常的なレベルで、国際的対応の重要性を認 識しうるような経験をもつ機会は極めて限定されている。そのような意味からも、単に経済面だけではなく、文化面、社会面においても開放性を高め、人的な面 をも含めて国際的交流が活発化するよう努めていく必要がある。これが我が国が今後基調とすべき、国際協調につながる一つの道である。政府においては、国際 的な対応のために、国民も政府も、多少の犠牲は強いられること、しかし、大局的にはそれが我が国の利益につながることについての認識を高めるための普段 の努力を払う必要がある。それなくしては、我が国が求められている国際的責務を果たしていくことに対する国民の理解と支援とを期待するわけにはいかないこ とを忘れてはならない。また、国民及び政府が、国際的責任を自覚する一つの体験の場として、我が国と地理的にも近く、歴史的な関連性も深い太平洋地域諸国 の経済的発展のため、国民と政府とが一体となって協力するというビジョンを政策の基盤にすえ、今後あらゆる機会を通じてそのてめの協力を惜しまないことが 考えられよう。

(7)国際的対応のために要請される国内システムの改革・整備や国民の意識改革のため、今後20年間、国内社会は、これまで経験したことのないほどの質的 な変化を求められているといってもよい。このような要請に的確に対応できなければ、日本の前途は決して楽観できない。

 しかし、変化のない社会に発展はなく、活力のない社会に進歩はない。

 今日このような質的変化を遂げることによってのみ、日本の発展も可能なのであり、国際的にも信頼される国家の形成が可能となるのである。これからの20 年間は、このような意味で、日本及び日本人にとって、一つの正念場とみることができる。

 本来、活力に富み、適応力に富む日本人は、これまでも、様々な困難に対し、的確に対応して、今日の経済大国の形成に成功してきたのである。日本人が持ち 前の、そのような能力を十分発揮すれば、このような変化にも十分対応できるはずである。

 このような変化の過程において、国及び国民のレベルにおいて、様々の軋轢が生じ、場合によってはかなりの犠牲を払うことが求められようが、犠牲を拒否 し、現在の繁栄の中に閉じこもろうとすれば、日本の前途は決して明るいものとはならないことを銘記しなければならない。21世紀に向けて、世界経済の繁栄 に貢献しる開かれた経済と社会の形成をめざして、国民も政府も、新しい決意のもとにスタートをきるべき、今は、その時である。


(以上、2006年5月14日掲載)







工業技術 vol.26
(1985年1月号)
編集・発行:通産省工業技術院

国際研究協力とジャパントラスト事業
(執筆 1984年12月、掲載日 2005.2.2


通商産業省
工業技術院研究協力統括官 阿部毅一郎
  「技術」が、今後とも経済発展の核となることは明らかであるが、技術開発の困難性が増大している今日、技術開発のための国際的な協力が必要であることにつ いては多言を要しない。

 そもそも日本が、戦後いち早く自由世界第二位の経済大国になりえたのも技術面における国際的協力に負うところが大であったことを忘れてはなるまい。我が 国は欧米先進工業国から導入した技術をバネとして今日の地位を築いたのである。その意味で、我が国の発展にとって技術面における国際的協力は今後とも必須 条件といっても過言ではない。ただ、協力とはいいながら、これまではあくまで受身のそれであったが、我が国の技術水準が今日かなり高いレベルに達したこと もあり、先進工業国の対等のパートナーとして、より積極的かつ前向きの協力を考えるべき時点に来ている。逆にいえば対等のパートナーとして、それに相応し い国際協力をしなければならない立場に立たされている。

 その意味で、現在は、長期的な観点に立って、我が国にとってのみならず、諸外国にとっても実りの多い国際協力、とりわけ国際研究協力のためのスキームを 整備していくことが緊要である。

 現在、工業技術院においては、以上のような認識に基づいて、制度面、運用面にわたり国際研究協力の体制造りを進めているが、その一環として「国際研究協 力ジャパントラスト事業」の創設を目指している。この制度は、民間の篤志家に公益信託を設定していただき、その運用益で海外から研究者を招聘しようするも のである。我が国の技術水準のレベルアップも海外の開かれたシステムや招聘制度にその多くを依存してきたことを思えば、是非ともこの事業を成功させて、こ れまでの恩恵にたいするお返しをするとともに、我が国の技術水準の向上にも役立てたい。皆様のご理解とご支援を期待する次第である。


*********************************************:
Robot No. 44 巻頭言  (3ページ)

国際研究協力とジャパンとラスト構想

 工業技術院研究協力統括官
阿部毅一郎


 我が国は、戦後外国技術の導入とその改良による生産技術の優位性をバネとして自由世界第二位の経済大国にまで成長し、今もって先進工業国の中で最も安定 した経済成長を続けている。現在、世界経済の低迷が続く中で、このような我が国にたいして、各国はその経済力に相応しい国際的役割を果たすことを求めてい る。こうした要請に応えるには、我が国が世界に誇れる唯一の資源ともいうべき人的資源の活用による技術開発を通じて、世界の技術革新をリードし、世界経済 の成長の核を提供し、もってその牽引者の役割を果たすことこそ最も相応しいといえよう。

 ひるがえってみると、1980年代に入り、マイクロエレクトロニクス、それを利用したメカトロニクス、情報関連の技術の進歩は、従来の予想をはるかに越 え、新素材、バイオテクノロジー等の新しい分野における技術革新の萌芽には目覚ましいものがある。1990年代に花開くとみられるこれらの先端技術の開発 を巡って世界各国とも現在熾烈な競争を繰り広げているが、それはこの競争の勝者が1990年代の世界を制するとみられるからである。

 このように現在は、いわば「技術革新の胎動期」というべき重要な時期に当たっており、今後「創造的科学技術立国」を目指すべき我が国としては、各国の後 塵を拝さないためにも、これらの先端技術の開発に官民を挙げて取り組む必要がある。

 ところで「アメリカにとって最良の産業政策は、寛大な移民政策にある」という説がある。今日の先端技術産業たるエレクトロニクスの分野でアメリカはいま なお世界のトップを維持しているが、先端的なマイコンチップの多くは、たとえば世界の論理素子をリードするインテル社の社長がハンガリー出身であることが 如実に示すように海外からの移民の発明に依存するところが大であり、その国籍も、インド、イスラエル、ギリシャ等と多彩であるというのである (『TRENDS』1984年4月号)。

 確かに、一理ある説である。昔から、秀れた科学技術の発明は、国際的な人的交流や情報交流に依存してきた。逆に、国際的な人的交流や情報交流のないとこ ろに科学技術の偉大な成果がもたらされたケースは意外と少ないようだ。したがってこの伝でいけば、創造的科学技術立国を目指すべきわが国としては、今後大 いに国際的な人的交流や情報交流を図らなければならないということになる。とくに独創的な発明を不得意とする我が国としては、異なった文化に根差す異なっ た発想の研究者と接触し、いろいろ刺激を受けるということは何事にもまして必要なことであろう。異なった発想がスパークするところに、新しい独創的な科学 技術の発見が生まれる。同一民族、同一文化の我が国の場合いかに発想が異なっているように見えてもどうしても同質的になりやすく、そのため従来改良型の発 明は得意としてきた。しかし、多くの技術分野で欧米諸国にキャッチアップを果たした今日、更に一層の飛躍を図ろうとするなら、海外研究者との交流を更に盛 んにすることこそ真剣に考慮すべき課題だろう。

 工業技術院では現在そのことの重要性に着目して外国人研究者を多数招聘するため、国際研究協力ジャパンとラスト事業を創設する計画を進めている。これ は、この招聘事業に賛同する民間の篤志家(個人・法人を問わない)の篤志を公益信託として運用し、その運用益で招聘しようというものである。

 米国ののNIH(国立衛生研究所)や西ドイツのフンボルト財団は、いまなお毎年数千人のオーダーで海外から研究者を招聘している。我が国からの招聘者の 数は、そのうちいつもトップクラスに位置している。このような海外からの恩恵を受けて我が国の技術レベルもここまで来たのである。今後は単なる海外研究者 の頭脳利用という立場を離れ、こうした長年の恩恵に対する報恩の意味合いからも、このジャパンとラスト構想を成功させたいと考えている。

 皆様のご賛同とご支援をいただければ誠に幸いである。



*******************************************          ***********************************              **************************************************

通産ジャーナル1985年9月号 11ページ (掲載日  2006.5.9)

                            工業技術院研究協力統括官 阿部毅一郎

今月の話題

ジャ パン・トラスト

国際研究協力事業


 通産・郵政両省は、公益信託制度を利用して海外から優れた研究者を招聘する 国際研究協力ジャパントラスト制度を創設し、五月末から募金活動を開始した。



「アメリカにとって最良の産業 政策は、寛大な移住政策にある」という卓説がある(『トレンド』19846月 号)。アメリカは、先端技術産業たるエレクトロニクス分野でいまなお世界のトップにあるが、先端的なマイコンチップの多くは、たとえば世界の論理素子を リードするインテル社の社長がハンガリー出であるように海外からの移民に多く依存しており、移民の国籍もインド、イスラエル、スイスと多彩だというのだ。

 確かに、昔から、優れた科学技術の発明は、国際的な人的交流や情報交流に依存してき た。逆に、そのような交流のないところに偉大な科学技術が花開くことは希であった。このことは、わが国が技術立国を目指すなら、今後大いに国際的な人的交 流・情報交流を図る必要があることを示唆するものだ。同一民族、同一言語で「和をもって尊しとなす」わが国の場合いかに発想が異なっているように見えても どうしても同質的になりやすい。そのため従来改良型の発明を得意としてきた。しかし、多くの技術分野で欧米諸国にキャッチアップを果たした今日、創造的自 主技術開発に今後の活路を見出そうとするなら、異なった文化に根差す異なった発想の海外研究者との交流をさらに盛んにすることが不可欠だ。異なった発想が スパークするところに、新しい独創的な発見・発明が生まれる。

 このような認識から、このたび、通産・郵政両省は、海外から優れた研究者を多数かつ長 期間招聘することを目的として国際研究協力ジャパントラスト事業を創設した。その仕組みは、本事業の趣旨に賛同される民間の篤志家(個人・法人)に公益信 託を設定していただき、その運用益で招聘しようというものだ。研究者の選定・渡航手続き等の事務や間接費用の負担は、本年十月一日に設立される特別認可法 人「基盤技術研究促進センター」がお引け受けする。一定額(法人3千万円、個人一千万円)以上出捐される場合、篤志家の個人名を冠した独立基金として運営 することとしており、これは、諸手続きや間接費用が不要なことと併せて、出捐者にとって魅力となろう。

 ところで、西ドイツのフンボルト財団や、アメリカのNIH(国立衛生研究所)は現在も 毎年数千人のオーダーで海外から研究者を招聘している。わが国からの招聘者の数はそのうち何時もトップである。このような海外からの恩恵を受けてわが国の 技術レベルもここまで向上しえたのだ。今後は単なる海外研究者の頭脳利用という立場を離れ、こうした長年の恩恵に対する報恩の意味合いからもこの事業を成 功させる必要がある。それが経済大国となったわが国の責務でもある。その際生み出された研究成果は地球的な規模で還元していくことにも留意すべきであろ う。

 今 後、本事業が国民的・国家的プロジェクトとして定着できるよう国民各層に幅広い広報活動を展開していくこととしている。

 

2009年12月2日掲載New
日本経済新聞1983年9月26日の夕刊の『複眼』欄に浅井恒雄編集委員がジャパントラストを推薦する記事を書いてくれたのを発見したので、掲載する。ここをクリック

(
補足:工業技術院の研究協力統括官として、海外から研究者を招聘しようとしたが、予算もなく、新規予算要求も認められないというので、公益信託制度を利用しようということにしたもので、ジャパントラストは、文字通り、鉛筆一本で私が作り出した制度である。

 公益信託の規定は、当時(1983年)民法にはあったが、実施の細目は、各省の省令に委ねられていた。ところが、私が公益信託の利用を思い立った時点では通産省には、その省令がなかった。そこでまず省令の制定を推し進める必要があった。ジャパントラストを共管することとなった郵政省にももちろんなかったので、急ぎ制定して貰った。省令が制定されるのを待って国際研究協力ジャパントラストは発足した。

 一人で走り回って、篤志家から2億円の信託を集めた時点で、人事異動のため、後任に託さざるを得なくなった。公益信託を設定した篤志家への税制上の恩典なども、実現までには時間がかかった。ただ、その後、使うことには熱心でも、情熱をもって、信託基金を集める人が少なく、現在も国際研究協力ジャパントラスト事業として続いているが、事業規模は誠にささやかなものである。




週刊東洋経済 昭和61年迎春特別号(1986.1.11)(p.74~78)
世界をリードする日本の技術3

最優先したい”一丁目一番地政策”


通産省大臣官房統計解析課長 阿部 毅一郎


今や日本は世界有数の技術国になった。その意味でかつて米国が演じた役割を肩代わりすべき立場にある。だが、自主技術開発を強調するあまり、偏狭なナショ ナリズムと結びついた技術孤立主義に陥ってはならない。その墓穴を掘らないため、現場の気鋭が通産省のポジショニングを整理、キチンと現状認識を披露す る。



世界をリードする可能性秘める日本


 技術に対する国際的な関心が、今日ほど高い時代はかつてなかった。日本が生産技術の優位性をバネに経済大国としてのし上がり、資源小国でありながら二度 にわたる石油危機に対しても、省エネルギー技術の開発などで巧みに対応した。今もって先進工業国の中で最も安定した経済成長を続けており、IC等の生産技 術分野で米国と張り合っている。これが、日本の技術に対する各国の関心と評価を高めたのである。この日本の成功を支えたのは、識者の指摘するとおり、民 間企業の創意工夫や的確な産業政策あるいは日本人の勤勉さ、優秀さ、努力に依存する面があることは間違いない。

 だが、たとえいくら優秀な日本人がどれほど努力したところで、外部条件が整っていなければ、日本の成功はありえなかった。その外部条件とは、戦後日本が 米欧諸国から自由に技術導入することができ、しかも導入技術による製品を、海外へ自由に輸出しうる環境が与えられていたことだ。ところが、現在このような 環境に様変わりの機運が生じている。通商面では、緊迫した東西関係などを背景に技術流出規制強化の動きがある。我が国としては、今後とも自由貿易体制の維 持と国際的に自由な技術情報の交流のできる環境の維持強化が我が国の存続にとって必須条件であることを肝に銘じ、現在生じている保護主義的な傾向を打破す べく、自ら率先して取り組む必要がある。

 近年、日本の技術力は向上し、海外技術への依存度は低下しているとはいえ、決してすべての技術を自前で賄えるほど我が国の技術力は高くない。国際的な技 術の交流が途絶えれば、唯一の資源ともいうべき人的資源も宝の持ち腐れになるし、日本の発展も行き詰まらざるをえない。技術情報の自由な交流のできる環境 を維持していくためには、自ら開発した技術を広く世界に開放していく覚悟がいる。また、その技術も、公平な取引を可能とするには他国の技術レベルに見合う ものでなければならない。そうしたバーゲニングパワーを持つためにも、自主技術の開発が必須なのである。

 現在、日本は欧米諸国から、自由世界の一員として、その経済力に相応しい国際的貢献を強く求められている。その際科学技術分野、なかでも生産技術分野で の貢献が大きくクローズアップされよう。先進工業国においても、世界経済活性化のための技術革新の芽が不足し、米国がその役割を十分果たせない現在、世界 的に可能性を秘めているのは日本である。生産技術の芽を育て、国際的に開放し、国際経済の活性化に貢献することこそ、我が国が主導性を発揮し、国際的責務 を果たすのに最もふさわしい分野であろう。



目下の最大課題は「自前の技術開発」

 さて、明治以来、日本経済は「坂の上の雲」を目指してひたすら走り続けてきたが、坂の上に登りつめた今、目指さなければならないのは欧米からの借物でな い「自前の技術」の開発だ。通産省が産業政策の課題として「技術開発」を”一丁目一番地”(最優先策)に位置付けたのは、このような時代認識に基づいてい る。

 戦後、同省が実施した産業政策の多く が、日本経済の復興と成長に大きく貢献したことは、最近では国内でよりむしろ、海外で高く評価されている。それは、 産業政策が時代とともに変化し、その時代その時代の要請に的確に応えてきたことを裏付ける。産業政策の目的は、産業構造の高度化を通じて、日本経済を牽 引する基幹産業を創出することだが、その手法は時代とともに変わってきた。戦後は規制色の濃い保護主義的な手法が主流だったが、日本経済が欧米にキャッチ アップをほぼ果たした1960年代に、より間接的、誘導的な政策体系を基礎とする新産業政策へと転換した。

 現在、行政改革の一環として中央官庁の デレギュレーション(規制の緩和)の必要性が叫ばれているが、通産省は60年代からこれを先取りし、許認可権によ る強権的な行政から、ソフトな説得を主体とする誘導的な行政へと脱皮を図った。城(=許認可権)を捨て、野戦に徹した身軽さが同省の活力の源泉ともなっ た。日本経済がが戦後一貫してほぼ順調な経済成長が可能だったのも、これらの産業政策と民間企業の活力とがほどよく結び付き、時代を背負う基幹産業を次々 とタイミングよく舞台に登場させえたことによる。そこで、これから先はこれまでどおりスムーズに主役を送り出せるだろうか。いずれにしても、長期的観点か らその後に続く基幹産業を送り出す手はずを講じておかなければ、日本経済の持続的な発展は不可能なことだけは確かである。

 と ころで、これまで主役を演じた産業はいずれも欧米からの導入技術、ないしはその改良、改善技術に依存していた。しかし、多くの技術分野ですでに欧米への キャッチアップを果たした日本にとって、導入すべき技術は少なく、導入技術とその改良改善というすでに手垢のついた手法で次の時代を背負うスター産業を育 てることは難しい。それに、この手法に対する欧米諸国の警戒心は現在とみに高まっており、たとえ優れた技術があっても簡単に導入するのは困難だろう。どう しても自前の技術によって新しい産業興しを図らなければならない時代になっている。こうした変化が、技術開発政策、なかんずく「先端」技術の「自主」開発 政策を産業政策の中核的位置に押し上げ、通産省が“一丁目一番地政策”として先端技術開発政策を取り上げることとなった背景となっている。

 
技術開発こそ民間活力の源泉

 

 通産省の産業政策が海外まで知れ渡り、勉強に来る外国人も結構多いが、同省の許認可権 の数や予算額を説明するとたいていの人は意外な顔をする。予算額は政府支出のわずか1.6%であり、しかも、技術対策に使われているのはその15% にすぎないからだ。行政対象分野は非常に広いが、政策立案部門のスタッフも3000人程度、各省の中では小さい省である。新産業政策はいろんな政策手段を 組み合わせて、全体としてできるだけソフトで安上がりな形で政策目標(市場メカニズムの補完)を達成しようとするものだが、これも少ない予算と立て籠もる べき城がないところから、必然的に生み出されたいわば生活の知恵といえる。その意味で、技術開発政策の手段もソフトでかつ多彩である。

 日本の技術開発の特色は、欧米諸国に比べ民間の比重が高いことだ。研究費・研究者数の78%、60%を民間が占めている。近年 この比率は急速に高まってきており、民間の技術開発が非常に活発化していることを示している。その意味もあり、民間の技術開発のために環境を整備すること が通産省の技術開発政策の第一の目標になっている。

 

    (創造的な知識集約化)

 

 昭和55年 3月に発表された「80年代の通商産業政策ビジョン」は、産業構造の創造的知識集約化と技術立国論を打ち出した。これは、70年代の産業政策理念であった 「知識集約化」を一歩進め、貿易摩擦の激化によって限界に直面した「貿易立国」に代わり、自前の技術の開発と合わせて知識集約型で付加価値の高い産業の育 成を図り、摩擦を回避しつつ経済的な安全保障を確保することを狙いとする。このビジョンは、労働界、消費者を含む各分野の有識者をメンバーとする産業構造 審議会でとりまとめられた。

  ビジョンは、将来に対する展望をできるだけ明確に示すことにより、市場経済に不可避的に存在する不確実性や不透明性を可能な限り軽減し市場メカニズムの下 で民間企業の活力を十分に引き出すことを目的に作られる。この「80年代ビジョン」策定後、その具体化のため産業構造審議会に設けられた大小の委員会で、 先端技術産業ごとのビジョンが提示され、また、以下のような様々な政策手段が講じられている。

 

    (税制、補助金、振興策)

 

 42年に創設された増加試験研究費税額控除制度は、その年の試験研究費の額が過去最高 の試験研究費の額を越える額の20%相当額を法人(所得)税額から控除する制度である。これが効果があったことはその後の 民間企業の研究費の急増が証明した。さらに60年度から新しく基盤技術研究開発促進税制が設けられた。これは、基盤技術開発用の資産の所得額の7% 相当額を法人(所得)税額から控除するもので、対象となる設備は、新素材、バイオテクノロジー、先端エレクトロニクス、高性能ロボット、先端加工技術、極 限環境技術、革新プロセス技術等のハイテク6分野から126項目207施設が指定されている。両税制を合わせて適用する場合法人(所得)税額の15%が限度(前者のみの 場合は10%が限度)である。

主な技術振興関係補助金として、重要技術研究開発費補助金(60年度予算額14億円)、 産業活性化技術研究開発費補助金(同6億円)、石油代替エネルギー関係実用化開発補助金(同20億円)、新発電技術実用化開発補助金(同2億円)がある。補助率は4550%、 補助金の返還(償還)条件として収益納付もしくは成功償還の条件がついており、条件付融資の色彩が強い。また、日本開発銀行が、産業構造の高度化に資する 重要技術開発の企業化等を促進するため、その所要資金を低利で融資している。60年度の融資枠は約530億円である。

 

 (促進センターの創設)

 

民 間における基盤技術(国民および国民生活基盤の強化に寄与する技術)に関する試験研究の円滑化、民間の技術力の向上を図るために制定された基盤技術研究円 滑化法(60年5月)に基づき、「基盤技術研究促進センター」が60年10月に設立された。このセンターは基盤技術研究開発に要するリスクマネーの出融資 や、産・官・学の連携による共同研究事業の推進、海外研究者の招聘(国際研究協力ジャパントラスト事業)、技術情 報の提供等の事業を行う。同センターは、 通産省と郵政省の共管であり、60年度の政府予算案策定段階で通産省の「産業技術センター」構想と、郵政省の「電気通信振興機構」構想とがかち合ったのを 折衷するかたちで設立が認められた。VANを巡る激烈な権限争いを展開した両省の共管であり、その前途をシニカルに見る人も少なく ない。

だ が、従来の縦割り行政のみのやり方にすでに限界が見えており、今後はこうした形での省際的な行政分野が広がることが予想されるし、先端技術分野こそ正しく 従来の縦割り行政に馴染みにくい側面が多いことでもあり、ここを突破口として新しい行政のあり方を示す意気込みで関係者の努力を期待したい。


対応策の軸になる工業技術院の役割


  今後の技術開発は、コストとリスクが増大し、開発期間も長期化しまた数多くの人材の確保や幅広い基礎研究の支援を必要とするなど、一層困難性が増大してお り、民間企業にのみ委ねていたのでは国として必要な技術開発が進まない恐れがある。その意味で積極的な国の主導がますます必要になってきている。特に基礎 的、基盤的分野は各国とも政府予算に依存せざるをえない分野であり、日本は伝統的にこの分野が弱体であるので、今後とりわけ国の果たす役割が重要性を増そ う。

こ のような観点に立って、通産省の中で技術開発政策の遂行に当たっている中核的機関が工業技術院である。工業技術院は同省の付属機関であるが、本院に300 人の企画立案のスタッフを有し、その翼下に電子技術総合研究所、機械技術研究所等16の研究所と2600人の研究スタッフを抱えている。16の研究所のう ち9つは筑波研究学園都市に、残りは大阪、名古屋、札幌等全国各地に立地している。予算規模は、約1200億円(昭和60年度)、国の財政難のあおりを受けてこのところほぼこの水準にとど まっており、自動車、電気機械分野の大企業一社分にも及ばないのが実情だ。

こ のような制約にもかかわらず同院はこれまで大きな成果を上げてきたが、近年の技術開発費に占める政府予算の伸び悩みにより将来の技術開発の温床になる基礎 的・基盤的分野の弱体化と技術インフラストラクチュアの立ち遅れが進んでいる。また、長期にわたる予算の削減のために、すでに着手した技術開発プロジェク トですら大幅に遅延しており、民間企業の協力も得にくくなるなどの問題が生じている。技術開発関係の予算に対しては、優先的配慮が必要であろう。

工 業技術院は、自ら技術開発を行うとともに、先に述べたような民間企業の技術開発に対する支援を行っている。工業技術院自らが行う技術開発には、翼下の研究 所が実施するものと、同院が民間企業等への委託によるものとがある。この委託によるものに「大型プロジェクト」「サンシャインプロジェクト」「ムーンライ トプロジェクト」「次世代産業基盤技術開発制度」等がある。これらのプロジェクトにより国として長期的観点から開発が必要な新エネルギーや省エネルギー技 術、極限作業ロボット、科学技術用高速計算システム、60年代に花開くとみられる新材料、バイオテクノロジー、新機能素子等技術開発を進めている。

いずれの場合も、本院がプロジェクトの企画、立案、資金負担、および管理を行う。プロ ジェクトから得られた成果は、全て政府に帰属し成果へのアクセスは内外無差別である。

その他、通産省の物資担当の原局が直接担当している電子計算機基礎技術開発(第五世代コ ンピュータ)、民間航空機用ジェットエンジン開発等のプロジェクトもある。

             
      *

以 上要するに、日本としては「技術立国」を国是として、科学技術の振興に官民を上げて取り組むとともに、国としては、それを促進する環境条件の整備に最大の 努力を傾ける必要がある。基礎研究の強化や創造的な自主技術開発の推進、並びに研究開発体制の国際化は、日本にとって今や必須になっている。これらを強力 に推進しない限り、技術立国は不可能であり、「日本追撃」を旗印に果敢な先端技術開発に取り組み始めた米欧諸国の後塵を拝することに繋がろう。その結果、 日本の今日の経済面の優位性も失われ、科学技術の分野で世界に貢献するという壮大なビジョンも、単なる夢に終わりかねない。


(本論は筆者の個人的見解であり、通産省の総意でないことをお断りしておく)

TOP






 

執筆index

(備忘のため、適宜、以下に予めタイトルのみを収録していくこととし、後刻改めて本文を掲載する予定。2005.1.20)

掲載誌紙
タイトル
執筆時部署名
通産省公報四国版
昭和55年1月5日
(1980.1) (土曜日)

80年代を迎えて」 (2005.1.20収録)


四国経済産業局商工部長
通産省公報四国版
昭和56年1月5日
(1981.1) (月曜日)
新 春を迎えて」(2005.1.20収録) 四国経済産業局商工部長

四経連会報No.210

(1981年1月)

日本式経営の中の企業と個 人

(1980.12.17第43回サイエンスクラブ例会での講演の要約)

四国経済産業局商工部長

金融財政(時事通信社発行)

(1982年・昭和57年5月27日号)p.11~14

経済審議会の日本経済社会長期展望

開かれた経済と社会の形成

長期展望委員会国際経済小委員会報告

経済企画庁
総合計画局
計画官(国際経済関係担当)

週刊財経詳報

(1982年昭和57年5月24日号)p.9~13

西暦2000年の展望

開かれた経済と社会の形成をめざして

経済企画庁
総合計画局
計画官(国際経済関係担当)
ロボット No.44
(1984年8月)
編集・発行:(社)日本産業用ロボット工業会)p.3

巻頭言
国際研究協力とジャパントラスト 構想
International Cooperation on Research and Japan Trust Conception
通商産業省
工業技術院
研究協力統括官
工業技術 vol.26
(1985年1月号)
編集・発行:通産省工業技術院
国際研究協力とジャパントラスト事業 (2005.2.24掲載)

(特集「国際研究協力」のイントロ)
通商産業省
工業技術院
研究協力統括官
通産ジャーナル
(1985年9月号)
ジャパン・トラスト(2006.5.9掲載)
通商産業省
工業技術院
研究協力統括官
週刊東洋経済
(1986年1月11日号)
p.74~78)
世界をリードする日本の技術3
最優先したい”一丁目一番地政 策”

(2006.5.9掲載開始)
通商産業省
大臣官房
調査統計部
統計解析課長
中小企業白書(昭和53年版)
1979年5月
「変わりゆく時代への活力ある対応」

通産省
中小企業庁
調査課長