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 四季会と独楽吟
 2013/7/26
碓井昭雄
 



 四季会という昭和34年(入学)東大・文Ⅰ6B(駒場時代)の同級の会がある(担任は、独文の故・山下肇先生だった)。最近は月一回の昼食会をしている (小生は時々出る程度だが)。その一人幹事を永らくしているのが阿部毅一郎君であるが、今日の集いは同君の「独楽吟」1万首達成記念の意味を込めて持たれ た。(7月25日、東京會舘・地下・東苑にて)

 独楽吟というのは橘曙覧による有名な試みで、「たのしみは ……○○のとき」という固定形式による和歌吟詠である。これは正岡子規の境地にも通じるもので、現に子規は橘曙覧を「清貧の歌人」と評していた。

 阿部君がそれを踏襲して毎日の身辺雑記を彼自身の「独楽吟」として始めたのが2009年11月14日。それが目出度く今月の21日に一万首を突破達成したのである。一日平均7.5首。継続の功と言うべきか。

 実はかなり前、小生は独楽吟の質的水準を保持することが重要ではないかという提言を同君に試みたことがあったが、彼は自分は少数の佳作を詠むことを目指 さず、むしろ量産を恥じないという答えを得た。この覚悟はそれなりのもので立派である。それ以後、彼のペースは順調に進んだ。途中で、小生は次のような頌 を贈った。(2011年11月15日)

《阿部毅一郎君の独楽吟3200首達成を頌す――――――――碓井昭雄敬白」
我が同窓の友、阿部毅一郎君がこの度、目出度く独楽吟3200首達成の挙を遂げた。
彼は身辺些事を詠む量産歌人を自認し、敢えて独創を求めず、類型を怖れない。
小生は以前、橘曙覧の例に倣って、自選精選して50首ないし100首吟を試みたら如何、と提案したことがあるが、
今はこれを撤回する。彼はゴルフをテニスをサイクリングを詠み、囲碁を読書を詩歌音楽を詠む。
俳句川柳童話小説、果ては映画演劇等、彼の手に成らないものはない。最近は料理にも凝っている。
料理そのものの味については保証しがたいが、その意欲たるや十分に瞠目に値する。
然も近作においては、例えば次の二首の如き、単なる量産歌人の域を脱し、ある深みの境涯にまで至らんとしている。
「たのしみは エッセイストは 試みる 人でもあれば 名刺に刷るとき
たのしみは 今の私が これからも 変わりうるから 未来があるとき」
阿部君の意気や盛ん。その益々の力業を祝して、小生からの頌歌一首を呈す。
「たのしみは 天の百星 地の百花 輝く君の 歌を見るとき」》


 このようにして、ついに今月、万首達成を見た。その翌日、私は次の一首を贈り、君の次の二万首への出発を言祝いだ。
《たのしみは 達成よりも 出発に 君の視線が ひた進むとき》

 もしほぼ同一ペースで進むとすると、二万首は喜寿過ぎに、三万首は…? 否、むしろ、ここまで来たら、十万首突破を目指すべきかも知れない。


  畏友碓井昭雄さんのブログ「風塵帖」から転載。2013/8/7
 「私の独楽吟
http://www.akybe.net/mydokurakugin/mydokurakugin2.html
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