写真の部屋(2000年2月3日掲載)

中国

大連・旅順の旅

(2000年1月21日〜23日)
目次

老虎灘
北大橋
大連港
大連市街
一日目の夕食会 (天天漁港酒店)
旅順
203高地
香茶
二日目の昼食会
旅順監獄
水師営
ロシア軍堡 塁跡
二 日目の夕食会(海鮮火鍋)
朝 食(ホテルのバイキング)
元満鉄本社
三 日目の昼食(飲茶)
大連自 然博物館
関西国際空 港


大連市

中国東北地区遼東半島の最南端に位置し、総人口540万人、市街区人口45万人、

年間平均気温は10度C、最高気温は7月の30度C、最低気温は一月の-14度C。

(1月21日)

老虎灘

老虎

↑風邪が強いのであろう。植木を保護するために赤青白のビニールで衝立を巡らしているのだ。ここのみならず、ど こにでもあった。

老虎灘(前の海は黄海である)

北大橋

北大橋(大連市と北九州市との提携で1987年建造)

大連港


大連港:中国三番目の港で、対外貿易港としてはトップクラス

大連港は1899年に建設され、昨年が百周年目。それを記念した虎の彫り物

大連市街


夕食会(天天漁港酒 店)
大連の旅行代理店による歓迎宴

最初の日の夕食会にて
←大きなウニ
カレイ↑


大きなホタテ貝→←ナマコの料理
↑カニ


新鮮な海産物が大連の名物、どれも美味しかった。特に大きな生ウニ。酒は52度もある五糧液が独特の臭みのある匂いでうまかった。

旅順(2000年1月22日)

二日目は、朝から雪になった。その中を大連から約50キロメートル離れた旅順に出かけた。日露両国の命運を 分けた日露戦争最大の激戦地域である。
203高地
小雪の中203高地に登った。この高地の攻防で日露の兵士に5万人もの死者が出た。

頂上を望む

塔は、薬莢を模している。



3キロメートルの彼方に旅順港がかすかに見える。日露戦争当時でも大砲の射程距離は7キロメートルという。203高地 を制した日本軍が旅順港を制す得ることになった。



雪の中、二人の若い女性が絵はがきなどの土産物を売っている。

香茶を楽しむ
ジャスミン茶の香りを二つのお猪口状の茶器を重ねた間に封じ込め、それを嗅いで楽しむのである。中国のお茶は奥が深い。(203高地のバスの駐車場に、茶 屋があった。


確かにいい匂いがする。
お茶を淹 れてくれた女店員と


二日目の昼食(大連黄金山大酒店 Dalian Golden Mountain HOtel)
大連市旅順口区黄金街にあるきれいなホテルで昼食



左の二つはキノコ類、右は黒鶏の料理セット。店の一角に数多くの食材を展示したコーナーがある。水槽に入った魚貝類の コーナーもある。

旅順監獄
第二次世界大戦が終了するまで、日本が管理していた監獄である。伊藤博文を暗殺した安


背後に見える車は、暗殺されたとき、伊藤博文が乗っていたもの。

水師営
乃木大将とロシア軍の将軍ステッセルの会見で有名な場所である。




乃木大将とステッセル将軍の写真↑

歌にもうたわれたナツメの木


ロシア軍堡塁跡
バスがスリップして登れないというので、歩いて見に行った。同行したのは、26人中5人のみ。わたしは幸い転ばなかったがひどい人は10回も転んだ。頑丈 な堡塁で、日本軍が攻め落とすのに、多数の死傷者を出したのも宜なるかなと思えた。





こんなところで冬に戦うとなるとたいへんだなあ、と思ったことだ。

二日目の夕食会(海鮮火鍋)
海産物のしゃぶしゃぶ、濃いめのゴマだれで食べる。



三日目の朝食(泊まった大連富麗華大酒店のバイキング、中華、和風、洋風とバラエティは豊か)




泊まったホテル↑

街は美しい↑

↑泊まったホテルのすぐ前の建築中のビル、市内至る所に高いビルが建築されていた。
元満鉄本社


三日目の昼食(飲茶スタイル)



料理はたっぷりと様々な種類が出てどれも美味しいのだが、いつも沢山残した。酒好きは朝昼晩よく飲んだ。
大連自然博物館
なかなかよく整備された博物館だった。

恐竜の骨の化石

↑まっこうくじら

関西国際空港



無事、帰国。ついでに関空も見ることができた。


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