(2000.1.5.記)ノーベル賞作家ジョン・スタインペックのアメリカ再発見の旅の記録。チャリーという老いたプードル犬を道連れに、ケネディーとニクソンが大統領を争っていた時代、38州を4月かけて巡ったときの記録。ユーモア溢れる文体で、アメリカの実態を、巧みに描き出す。
「長年すったもんだしてから、ようやく、人間が旅をするのでなく、旅が人間を連れ出すのだと悟る。旅行リーダー、予定表、予約ーどんなに厳重に、抜きさしならぬように組み立ててあっても、旅の個性の前には、こっぱみじんに砕けてしまうということ。このことが確認されてはじめて、本物の風来坊はほっとして旅に出かける。欲求不満が消え去るのも、このときである。この点で、旅は結婚のようなものだ。統制できると思ったら、それは間違いのもとである。経験した人でないとわかってくれないだろうが、ここまで言ったので、私も気が軽くなった。」(P.4〜5)
(2000.1.18読了後、記)
読み応えのある大変面白い旅行記だ。
広大で、実に多様性に富むアメリカ合衆国を、ドン・キホーテにちなんで「ロシナンテ」と名付けたキャンピング・カーを自ら運転しながら、チャーリーという賢い老犬と共に、紆余曲折を経ながらもじっくり旅行するという滅多に出来ない経験を、作者と共にしているように思わせるほど、必要にして十分な情報がユーモア溢れる文体で見事に提供されている。十分堪能することができた。
紹介される一人一人の人物が、生き生きととらえられ、それぞれに忘れがたい人物像に仕上げられており、作家としての並々ならぬ力量を感じさせられた。旅行先の単なる見聞録と言うより、作家がさまざまな場所で見聞したことから誘発される思索展開が中心の作品だが、そうした思索が、いかにもその場所にふさわしいところで展開され、説得力に富む。とくに、生まれ故郷モントレーや、テキサスの大金持ち連中、ニューオーリンズの黒人入学騒動などについての、率直な感想・思索には、作家としての誠実さ・人を裏切らない良心・飾らない人柄が感じられ、この作品をきわめて良質で信頼性の高いものにしている。
老犬チャーリーが、旅の連れとして、一人前の人間以上の役割を演じている。あるときは話し相手、あるときは思索を刺激する存在、あるときは主人の言動を皮肉に見守る批判者、あるときは世話を焼かせる病犬となるなど、実にさまざまな役割をうまくこなし、この作品に、一人旅では決して得ることのできない多様な視点を提供するとともに、語り口に幅と変化と奥行きを与えている。
1960年代初めのアメリカの現実の姿を、ありきたりの旅行案内書では得られないリアルさ・切実さで味わうことができた。40年も前の作品だが、いまなお古びることのないアメリカの姿が、ここには、とらえられているように思う。
「この記録を書きはじめる前に、私は旅の本質について探究しようと試みた。旅というものが、それ自体であり、ひとつひとつが個性的で、似たものは二つとないーと。私は一種の驚嘆の念をもって旅の個性について思索し、人が旅をするのではなく、旅が人をつれ出すのだとう仮説につきあたった。しかし、この議論も旅が終わるまで当てはまることにはならなかった。これにはさまざまな場合があり、予見はできないように思われる。」(P.303)
「旅人が家に帰りつく前に、すでに旅は終わり、死んだという経験は、だけにだってあるだろう。逆も真である。」(同上)