絶対お薦めの一冊。上下二巻、600ページをこえる大冊だが、一気に読ませる魅力を持つ。
1956年、ソ連がスプートニクを打ち上げ、世界中が驚異の眼で空を見上げたとき、アメリカの片田舎、ウエストヴァージニア州の山間にあるコールウッドという炭坑の町に住む高校一年生のサニーは、自分も自力でロケットを打ち上げたいという夢を見る。そうして、いつか、戦後ドイツからアメリカに移住してロケット開発を進めているフォン・ブラウン博士のところで一緒に働くのだと決心する。
サニーの夢に賛同はしたものの、ロケットについてまったく何も知らない高校生が4、5人集まり、ロケットクラブを設立し、手作りのロケット発射に挑戦しようとするところから、この物語は始まる。機体の材質、ガスを噴射するノズルの強度・カーブ、機体を安定させる尾翼のデザイン、燃やすべき燃料。それに要する材料や燃料の調達をどうするか、飛ばすべき場所をどこにするか、父や兄、校長先生、住民の反発、反対にどう対処するか、などなど、取り組むべき課題、解決すべき難題は山積している。
彼らはしかし、周りを説得しつつ、実験のたびに綿密な記録を取り、失敗の原因を分析しながら地道に試行錯誤を繰り返し、一歩一歩前進していく。高度化するにつれ、ロケット設計・飛行に必要な微分積分対数計算、微分方程式、物理、化学も自ら学んでいかなければならない。設計したロケットは、最初の30センチの手作りのアルミ製から、最後に発射した31番目のロケットのように2メートル大にまで大型化し、轟音を立て、8キロメートルもの上空に達する。数学の不得意だったサニーも必要に迫られ独学で学び、高度な計算式を用いて、ロケットの設計を自ら行い、ロケットに関してなら、どんな質問にも直ちに答えられるようになる。
高校三年のときには、これまでアメフト以外にまったく無名だったビッグクリーク高校から、このロケット開発を引っさげて科学フェアの全国大会に参加することになり、見事優勝を果たす。最初反対していた住民も、優勝メダルを持ち帰ったサニーを歓迎し祝福するため大勢押し掛け、ついに町の誇りと言われるまでになる。
この自伝は、昨年春映画化され、この二月日本でも上映された。邦画の名前は「遠い空の向こうに」ということだが、どうしてこんな情緒的な名前になるのだろう(映画の原題は「October
Sky」だそうだが、これもピンと来ない)。ずばり「ロケットボーイズ」でよさそうなものではないか。
著者は1943年生まれ、私と同じ世代であることから、時代背景がよく分かって、共感を覚えながら読み進めることができた。舞台は、石炭から石油へのエネルギー転換に揺れる炭坑の町、そこで働く炭坑夫とその家族、子弟、住民。会社側の人と労働組合側の人の対立がある。決して豊かではないが、職務規則を破ってまでロケットの筒やノズルの作成を引き受け、少年達を指導し、支援してくれる炭坑の機械工たちもいる。しかし、町は次第に衰退へ向かう。そうした時代背景までをあざやかに描き出す。
父は、高卒ながら炭坑の監督をしていて、肺に炭塵による大きな黒い穴が出来ているにもかかわらず、会社専一会社優先の生活を送り、サニーのロケット造りを必ずしも快く思っていない一徹もの。兄のジムは、同じ高校のアメフトのスターであり、父の関心を独り占めしており、サニーを小馬鹿にしている。母は、ロケットに関心を持ちなんとか打ち上げたいと思っているサニーを励まし、サニーのことを高校を出たらそのまま就職して同じ町の炭坑の事務員になればいいと思っている父に、大学に行く資質を持っていることを示し、先行きの見通しの暗いこの炭坑町から脱出するためにもロケットを作るように勧め、サポートするしっかりものだ。
サニーはSF好きで、ペットの猫や犬を大切にする感受性豊かなごく普通の少年である。父と息子の葛藤、母と息子の情愛、兄と弟との軋轢、どこの家庭にでもありそうな家族間のしがらみ・思いやり・愛情を等身大に描いており、感動を呼ぶ。
先生と生徒との関係もうまく書かれている。当初、ロケット実験にひややかな態度をとるが、全国大会で優勝するに至って自校の誇りにする校長。最初から、サニー達を一生懸命にサポートし、科学フェアへの参加を奨励する若い化学の女性教師。しかし、彼女は若くしてガンに倒れる。
住民達の多くは、最初は迷惑者扱いにし冷ややかだったが、いつしか町を上げて、ロケット・ボーイズを応援するに至る。
思春期の甘酸っぱい恋、女生徒への憧れ、意外な初体験。青春のみずみずしい息吹、感覚、感情が、行間に満ちている。
巧まざるユーモアがどの文章にも散りばめられていて、読みながら始終にんまりさせられた。
最後まで、結束してロケットを飛ばし続けた友情の物語でもある。クウィンティン、ロイ・リー、シャーマン、オーデル、ビリー、それぞれが個性豊かに描かれている。この仲間が、失敗にもめげず、資材や燃料を調達するための金の工面に走り回り、廃棄された地下の鋳鉄管を酷暑のなかで掘り出すために町はずれに野営したり、落下するロケットを追いかけるうち山中に朝鮮人参を発見して独占販売したりもする。資材をただで手に入れようとするあまり、空き家に忍び込んで掴まり、逆に借財を作ったりもする。しかし、お互いに助け合ってロケット開発に必要な勉強をしたり、それぞれが得意分野の作業を分担して協力するなど、友情の絆は固い。
サニーはペット好きで常に一緒だが、デイジー・メイ(猫)をはじめとして、犬やリスまでも登場させ作品に活気を与えている。
ロケットの発射が軌道に乗り、周りからも評価されるようになり、サニーは仲間を代表して、科学フェアの全国大会に参加することになるのだが、田舎者のうかつさで、持参したロケット本体やノズルなどの展示品をあらかた盗まれてしまう。母に電話で泣きつき、機械工たちに徹夜で作って送り届けてもらう。審査時間ぎりぎりに間に合い、事なきを得るのだが、叙述が巧みなので、最後まではらはらさせられる。
いよいよ高校を卒業して、みんな別れ別れになる前、残ったロケットを全部打ち上げてしまうシーンも感動的だ。発射現場に町の内外の人が押し掛ける中、初めて顔を見せた父に最後の第31号ロケットの点火を頼む。そのロケットが一番大きな一番高度の出るロケットだった。そこでやっとサニーは、父との融和を果たす。
笑いとペーソスがほどよくミックスされており、最後まで、この長編を飽きさせない。 著者は、最後の31号ロケットを飛ばしてから21年後、少年時代の夢を実現させてNASAの技術者になるのだ。
「ああしたロケットは、物理的な力だけで飛んだわけではない。町の人々の熱心な応援と、やさしい先生の温かい指導、それに少年たちの夢があってこそ、飛んだのだ・・」
という結びの文章が、心にしみ込んでくる。