これは、若い人、大学生に、是非とも読んで貰いたい本である。悲しいことに、日 本では、相次ぐ教育改革(むしろ改悪)で、大学生の知的水準が年毎に低くなってき ている。個人の知的土台になるべきいわゆる一般教養教育の重要性に対する認識が不 足しているために、知の体系の全体像を学ばせようという「教養課程」が、年々先細 りさせられ、現在では文系、理系のいずれの分野においても、必須と思われる教養さ えも教えることなく、性急に専門課程の選択を迫り、きわめて弱い知的土台の上に、 専門知識が、詰め込まれようとしているのだ。したがって、1959年にC・P・スノー が指摘した、文系と理系の知識のひどい乖離状態や、両系の知識人の間にある溝も、 ますます広がっている有様で、両者の間の会話がますます難しくなっている。
著者 は、こういう事態を嘆き、その変革のため、東大教養学部において、「人間の現在」 と題して、現代における総合的な知の構造(上部構造のすべてを支えるものと著者は みなしている)の伝達を目標に講義を行った。これはその講義録であるが、著者は、 速記録を全面的に書き直し、ほとんど書き下ろしに近いものにして、世に問うたとい う。講義録の体裁をとり、図解、脚注を沢山入れてあるので、内容は高度だが、わか りやすい本となっている。
日本がこれから世界に知的に伍して生きていくためには、知的レベルの高い知識人 の存在が不可欠であるが、少なくとも、そういう知識人であるためには、この講義程 度は理解し、日々拡がっていく、人類という知の共同体のメンバーとして、知の総体 をふくらませるという共同作業に参画しうる生き方を身につけなければならない、と 著者はいう。
知的に後退した日本の現状を愁いるだけではなく、「人間20歳をすぎたら自分の脳 には自分で責任を持て」(p.86)など、若い人を鼓舞し、知的刺激を与えるような 言葉を随所にはさみ、やる気を引っ張り出そうという熱気がひしひしと伝わってく る。現代日本の知の巨人というべき著者の恐るべき知の総体(文系と理系を問わず、 しかも時代も古代から最先端にまで及ぶ)と、知というものへの疲れを知らない情熱 (小林秀雄やヴァレリーを論ずるために、小林の関連部分に全部目を通し、ヴァレリ ーの全集とカイユ篇を全部読み直した、と著者は平然と書いている(p.16))が充 満した好著である。
若い人のみならず、自らの知的欠落を省み、これから自らの知的鍛錬を目指す人に
も最適の本であろう。