舛添要一「母に襁褓をあてるとき 介護 闘いの日々」 中央公論社1998/1/25第1刷1998/5/15第8刷
この四月に介護保険が発足した。拙速主義ともいうべき、問題含みの発足であったが、文字通り多くの問題が発生している。この制度の背後には、個人では対応することが、不可能になった、老人介護に、社会的に対応しようとの、国民規模での意識の変化が反映しているが、それだけ、老人介護が普通の人々の日々の生活のなかで、大問題化している何よりの証拠である。
舛添のこの書は介護保険発足前に書かれたものであるが、ボケ老人となった母親の介護を通じて、個人の努力、身内の善意だけでは、老人介護は手に負えるものではないとことを強く訴え、社会的な対応「介護の社会化」を行政に迫るものである。
北九州市の八幡地区に居住する、ボケの生じた母親を、自らは東京に住みながら介護に当たるという、至難の業を実行した時の悪戦苦闘の記録である。
著者は、5人姉弟の末子として生まれ、男は自分だけ、早くに父親を失うが、気丈な母親は、必死に5人の兄弟を育て上げる。母親思いの著者は、長男でもあり、生活力もあるので、母親の生活費は、著者が長年にわたり負担している。母親は長姉夫婦と同居しており、他の姉二人も母親の近くに住んでいる。そういう状況下で、母親が発病し、介護の必要性が発生する。
長姉は、母親の親身な看病よりも世間体第一に凝り固まった人物で、何ごとも自分を中心に取り仕切らなければ気が済まない女帝的性格を持ち、物欲がことのほか強い。その夫も、吝嗇の固まりで、気にくわなければ、身内に対してナイフを振りかざすなどの暴力的な振る舞いすら辞さない粗暴な人物である。
この二人が共謀して、病状を著者に対してひた隠しにし、ボケた母親を世間の眼から隔離し、必要とされる介護を受けさせようとしない。やっと病状を知った著者が、長姉の家に同居している母を長姉の家から連れだし、Z園という老健施設で必要とされる介護を受けさせようとするだけでも、この、非情で非常識的な長姉夫妻と戦わなければならないのだ。あまつさえ、母親の年金や貯金まで巻き上げようとする二人と、金銭を巡る汚い戦いまでせざるを得なくなり、結局は家族崩壊に至るのだ。
著者は、すでに東大助教授の職を辞しており、当時テレビの人気国際政治学者・タレントとして近隣諸国、国内各地を飛び回らざるを得ない、殺人的なスケジュールの合間を割き、東京と北九州市という離れた空間を頻繁に行き来し、長姉夫妻からさまざまな妨害を受けながらも、次姉三姉、結婚したての妻らの協力、地元の同窓生等の支援の下、なんとか頑張り抜き、北九州市に母介護用の家を建て、P病院とタイアップしながら、介護できる体制を整えていくのである。その奮闘記でもあり、家族崩壊の記録でもある。
その間、介護に対応する日本という社会のもつさまざまな矛盾点、問題点に逢着し、戦わなければならない。せっかく母親を預けることにしたZ園という老健施設は、リハビリ施設でありながら、リハビリ用の人手が不足して、リハビリらしきことを実施しないのみならず、風呂に入れたり、トイレに連れて行ったりせずにおしめを当てて放置し、むしろ、寝たきり、いや寝かせきり老人化を進めるような運営を行っている。園内には、異臭が立ちこめ、シーツには漏らした尿のしみが付いている。しかも、入園者に対する見回り監督も不十分で、母親を生傷が絶えない状況におく。看護婦長は、長姉とつるんで、著者の要望する的確な介護を施さないばかりか、医者の認めた在宅介護への移行に対してさえ妨害する。看護婦たちにも、人間的な思いやりが欠けており、退園するときですら、優しい言葉ひとつかけるでなく、見送りもしない。
著者は、また、ときおり在宅介護のため自宅に母親を連れ出す用に、車椅子の積み下ろしの出来る特殊車両を購入しようとする。そのため、行政側の援助資金を受けようとするが、離れた地区に住む親子間の介護については、現行制度は、まったく考慮していないため、ことごとく、障害にぶつからざるを得ない。ひとつひとつ、行政側と議論して説得して特認手続きが必要なのだ。その事務手続きの不備、煩雑さにさすがの著者も悲鳴を上る。彼ぐらい弁の立つ、名の知れた人ですら悲鳴を上げるのだ。もし普通の庶民だったらどういうことになっただろうか。高齢化社会到来といいながらそのくらい行政側の対応体制は整っていないのだ。
俵孝太郎の「どこまで続くぬかるみぞ」(中公新書)も読んだが、そこでも、老父母の介護を巡って、親子姉弟の想像を絶するいがみ合いが描かれている。(もっともこの本は、ボケ老人というより、物欲で凝り固まってしまった老いた両親と背後で操る二人の姉とに対する戦いが中心だが)身内の恥を世間にさらし、家庭内介護の難しさをあからさまにしない限り、老人介護のもつ問題性、困難性についての理解は得られない。実状に疎い政治家は、家庭内看護は日本の古来の美風である、などとばかげた言説をなす。
日本はすでに老人の比率の高い国になっており、今後とも老人介護は、社会的な大問題である。かくゆう私のうちでも、老人介護は切実な問題で、そのためもあって、舛添や田原の著書も読んだのだ。
現在、都内で家内の両親と同居しているが、どちらも80歳の高齢で、最近義母の衰弱が激しく、ほとんど寝たきり状況で、お風呂に入れるのに二階の寝室から、わたしと家内とが、二人がかりで支えて、やっとなんとか一階にある風呂場に連れて行っている状況である。介護保険の認定では要介護3のクラスであるが、急速に容態が進んできており、家庭内での看護のほぼ限界に来ている。だが、母親を受け入れてくれる、適切な老健施設は近くにない。歩いていけるところにある老健施設(ときおりショートステイには利用している)は満員で、あと二巡しなければ入れて貰えない。したがって、今、入れることを考えているのは、東京都のはずれに近く、きわめて不便な遠い施設である。そこもやっと探しだし、入れるまで、まだしばらく待たなければならない。
介護保険は発足したが、これが老人介護の現状である。まだまだ、安心して老後を迎えられるような社会にはなっていないのである。介護保険制度をはじめ、老人介護制度をよりよきものにしていくための、現状分析と改革案の検討を急がなければならない。