(2000年6月1日掲載)

読書の部屋・読後録
諸富祥彦『生きていくことの意味』PHP 研究所2000/2/4第1刷

 副題に「トランスパーソナル心理学・9つのヒント」とあるように、本書は、トランスパーソナル心理学の立場から、「生きる意味と希望とを見失わず、前向きに生きていくためのヒント」(p.11)を与えようとするものである。
 そのトランスパーソナル心理学とは、どういう心理学か。
「トランスパーソナルとは、個(パーソナル)を越える(トランス)という意味。したがってトランスパーソナル心理学とは個を越えたつながりを説く心理学のこと」である。このつながりの中身は、一つには、「この人生で起きるすべての出来事は、つながって」おり、「したがって意味がある。」(p.19)と考えることだ。
 たとえば、最近仕事の能率が落ち、偏頭痛がはげしく、よく悪夢を見るといった出来事のすべてが実はつながっており、単なる偶然ではない意味がある。その「つながりの意味に気づくならば、私たちの人生は必要な変化を生じ始めると考える。」(p.20〜21)「これは、別の角度から言えば、この人生で起きるすべての出来事は、私たちに対する呼びかけの声である、ということです。この人生のすべての出来事は、私たちに、気づくべきことに気づくように促している呼びかけの声なのです。」(p.21)
「これまでの心理学は自己実現を重んじる心理学で、それはいわば自力の心理学であった」が「トランスパーソナル心理学には、私たち自身の意図を越えて姿を現してくるさまざまな呼びかけの声を大切にし招き入れることから、他力の心理学の面があり」、「従来の心理学を含んで越えるという意味で、トランスパーソナル心理学=自力+他力の心理学と言っていいかもしれません。」(p.21)
 つながりのもう一つの意味は、「さまざまなつながりを生きるという意味」である。「みずからの心と魂のつながり。思想信条や性差・人種の違いなどを越えた人と人とのつながり。集団や社会とのつながり。過去の世代や将来の世代とのつながり。あらゆる生きとし生けるものとのつながり。この母なる大地と大自然、地球生命圏とのつながり。そして私たちをその一部として含むこの宇宙そのものとのつながり。人間を越えた大いなるものとのつながり。」「トランスパーソナル心理学では、自分へのこだわりを捨てて、こうしたつながりに自分を開いて生きよと説く」(p.22)
「現代人の多くは、たしかに、このようなつながりを見失い、自分や自分のしあわせに執着し、とらわれているところ」があり、「結果的に、真のしあわせから遠ざかってきた。」(p.23)
では、どうすればいいのか。
「それまでの自分や自分のしあわせに中心の生き方を180度転換せよ。自分や自分のしあわせへの執着・こだわりを捨てて、そのようなそれまでの生き方を180度ひっくり返せ。そして、個を越えたつながりへと自分を開き、自分を越えた向こうから発せられてくる呼びかけに応えて生きてゆけ。・・つまり、自分中心の生き方から呼びかけ中心の生き方、意味と使命中心への生き方への転換。」「自分や自分の幸福について思い煩うのをやめる。そしてこの人生で自分がはたすべき何かにただひたすら取り組んでいく。そんな生き方をしていれば、自分はこの人生でなすべき時に、なすべき所で、なすべき事をしているという生きる意味の感覚が満ち溢れてきて、その結果、真の幸福、真の自己実現もおのずと手に入ることになる。トランスパーソナル心理学では、この、人生の逆説を説く」(p.23)。
 その意味でトランスパーソナル心理学の基本コンセプトは、トランスパーソナル=個を越えたつながり=個が生きるつながり、である。(p.24)

 本書に掲載されている9つのヒントを以下列挙しておこう。
ヒント1:どんな時も、人生には意味がある(ヴィクトール・フランクル逆境の心理学)。
ヒント2:人間の生死の意味は宇宙の自己進化の流れの中にある(ケン・ウイルバー進化する宇宙ーコスモスの物語)。
ヒント3:弱音を吐き、助けを求めるのも、一つの生きる能力である(カウンセリングの神様、カール・ロジャーズの生き方に学ぶ)。
ヒント4:弱い私。ぐずな私。どんな私も大切な私(フォーカシング流うちなる自分とのつきあい方)。
ヒント5:悩みや問題は人生の大切なメッセージ(アーノルド・ミンデルのプロセス指向心理学 その1)。
ヒント6:人間関係のトラブルはもう一人の自分の仕業(アーノルド・ミンデルのプロセス指向心理学 その2)。
ヒント7:病気の気持ち、症状の言い分に耳を傾ける(アーノルド・ミンデルのプロセス指向心理学 その3)。
ヒント8:昏睡状態は、人生をまっとうする最後のチャンス(アーノルド・ミンデルのコーマワーク)。
ヒント9:この世での宿題をぜんぶすませたら、私たちはからだを脱ぎ捨てる(E・キューブラ・ロスの死の看取りに学ぶ)。

 これらのヒントから、自分に最も合った「生きる意味と希望とを見失わず、前向きに生きていくためのヒント」(p.11)を見出す事が出来るだろう。

 ヒント1に登場するフランクルは、ナチスの強制収容所での体験をまとめた名著「夜と霧」の著者である。かれは、言う。この世のどこかに、あなたを必要とする何かがあり、誰かがいる。そして、自分にもその何かか、誰かのためにできることがある。(p.33)この言葉が、収容所で生きる希望を失い、自殺の決意をしかけた二人の囚人を救ったという。
 また、フランクルの次の言葉が、青春時代、苦しみの極限にあった著者を救ったという。
「人間が人生の意味は何かと問う前に、人生のほうが人間に問いを発してきている。だから人間は、ほんとうは、生きる意味を問い求める必要なんかないのである。
人間は、人生から問われている存在である。人間は、生きる意味を求めて問いを発するのでなく、人生からの問いに答えなくてはならない。そしてその答えは、人生から具体的な問いかけにたいする具体的な答えでなくてはならない」(『医師による魂の癒し』)(p.35)
 自分のしたいことではなく、人生が自分に求めてきていることを見つけて取り組んでいけ、それが、私たちが生きる意味を実現しながら生きる道だ、とフランクルは言うのだ。ほんとうにいい言葉である。

 ヒント2には、ケン・ウイルバーの思想が紹介されている。
 宇宙には自己進化の力が働いており、コスモスの進化史の中で、人類の登場の意味は、はじめて、宇宙が、自分自身についての意識=自己意識を持つに至ったことにある(p.60)。「人間の存在は、宇宙そのものが自分を見つめる眼をはじめて持ったことで、宇宙の歴史における人類登場の最大の意味である」(p.61)「人間は、人間であるだけで、この宇宙の歴史の中で、そのような特別の意味と価値と使命とを負わされた、大切な存在」(p.63)なのであり、「人間はただ生きているというだけですごいのだ。」という。

 ウイルバーの壮大な構想にしたがい、人間の自己意識のほんとうの意味とは、そのことを通して、宇宙そのものが宇宙みずからを振り返る認識装置であるというふうに自分自身を位置づけることが出来れば、たしかに、気分も壮大になる、生きることを素直に肯定したくなる。ビレンキンは更に進めて、宇宙は人間を生み出すために自己進化してきたと唱えているという。したがって、人間は、みずからが宇宙の自己進化の一部をなしていることを自覚しつつ、その使命を果たしていくことのできる唯一の存在である」(p.62)ことになる。このあたりは、立花隆の『脳を鍛える』の中で、科学の最先端においても、宇宙には、エネルギーは拡散するというエントロピーの法則だけではなく、エネルギーに統一性を与える生命体のようなものを作る出す別の法則があるのでないかと考えられ始めており、探求されている、という箇所と照応しており、きわめて興味深いものがある。

 このように、トランスパーソナル心理学のさまざまな分野から、有力な研究者の説を紹介しながら、前向きに生きるためのヒントを数多くの具体例を挙げながら取り上げているので、これから生きていく上において大変役に立つ。

 著者は、エピローグで、薄っぺらな自己肯定法(ポジテイヴ・シンキング)ではない、深い自己肯定、ほんとうのポジテイヴ・シンキングとは、「どうしても自分の内側でこみあげてくる強い憎しみや怒り、悲しみ、さみしさ、絶望なども、愛や喜びや希望と同じように、かけがいのない自分の一部としてきちんと認め、それと共にいられるようになることで」あるとし、「自分の中のさまざまな側面のすべてに対して、同じように心を配り、認め、その声を聴くことができる”私を越えた視点”=トランスパーソナルな視点」を「自分の内に育むことが必要」であり、そのことが「ほんものの癒しにとって不可欠なものだ」(p.238〜239))、と強調している。

 めまぐるしく動く社会の中で、多くの悩みを抱えて生きて行かざるをえない現代人にとって、お薦めの一書である。



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