読書の部屋・読書録

(2001.2.13掲載)
アラン・W・エッカート「大草原の奇跡(Incident at Hawk's Hill」和田たか男訳めるくまーる 2000年12月20日第1刷

 この実話の舞台は1870年、カナダのレッド・リバーに沿って発達した町ウィニペグから北へ20マイルの地点にある、ウイリアム・マグドナルドの農場である。まわりは、大平原がほとんど手つかずの状態にあり、きちんと四角く区切られた小麦畑が点在していたが、ゆるやかに起伏する丘はほとんど昔のままにバッファロー・グラスに覆いつくされていた。そこへウイリアム・マグドナルドが、新妻のエスターとともに入植したのは20年前のことである。二人は、出迎えてくれた赤尾ノスリに敬意を表して、その丘を「鷹の丘」と名付けた。今では、二男二女の子どもに恵まれていた。この実話の主人公は末っ子で六歳の次男のベンジャミン(ベン)である。
 ベンは、六歳でありながら、せいぜい三、四歳にしか見えないほど小さく痩せていた。ベンは、大の動物好きで、羊や牛、犬や鶏などの家畜だけでなくネズミや地リス、カンジキウサギや鳥など野生の動物とも遊ぶことが出来た。動物を見つけると四つん這いになってあとをつけ、その動作や鳴き声をそっくり真似て意志の疎通を図ることが出来るらしいのだ。その反面、人間とつき合うのは苦手で、人前では並はずれて内気だった。家族ともほとんど口をきかず、家族全員で何かしようとするときにも加わろうともしなかった。
 開拓者魂の権化ともいうべきウイリアム・マグドナルドには、それが不満だった。たんなる内気ではなく、どこか変だ、ふつうでないと思っていた。動物と交感できるのも、動物にもベンがふつうでないことが感じ取れるからだと思い、妻のエスターにその真実を直視するように迫った。
 しかし、エスターは、ベンは内気で無口だが、決して異常ではない、むしろ、ウイリアムが、いつも一方的に指図するか命令するばかりで、ほんとうに心を開いて接しようとしないことが問題だと激しく反発した。

 鷹の丘の近くには、4歳になる牝アナグマが棲んでいた。アナグマと言うが、イタチ科に属し、主として肉食性で、恐るべき捕食動物なのだ。彼女は体長75センチ、約10キロ、ずんぐりした体つきながら、攻撃防衛両面で敏捷かつ凶暴で、最大級の山猫でさえ近寄ろうとしないし、流れ者のオオカミや野犬の群と言えども襲いかかるのをためらうほどだった。避けようがない場合には躊躇することなく人間をも襲う。ベンのようなひ弱な子どもを殺すことなどいとも簡単だ。
 大きく強力なかぎ爪で、地面に猛烈な勢いで穴を掘ることが出来る。出産用の巣を作るときは、斜め方向にやや螺旋状に1.5メートル掘り下げ、そこから水平に3メートル掘り進め、そこに高さ3フィートの丸天井、直径約4フィートの円形の巣室を作る。穴の入口は楕円形で、その短いほうのさしわたしは、25〜28センチ、長いほうは45センチほど。初めの穴の50フィートほど離れたところから堀り始め、さきほどの巣室に寸部違わずぴったりと貫通させることができる。これが緊急避難用の通路になる。巣室には、枯れ草を2、3インチの厚さに敷き固める。そのマットの半分を湿ったふわふわした緑の苔で覆う。五月も一週間をすぎた頃、牝アナグマは、その巣室で三度目の出産を迎えようとしていた。

 ベンは、ある日草原にでかけ、チョウゲンボウに殺された母トビハツカネズミの巣に残された小ネズミを4匹手に入れるが、その生き物の運命について思いめぐらしていると、近くにアナグマがいるのを発見する。アナグマのほうでも、それに気づき、威嚇のうなり声を上げ、首のまわりの毛を逆立て、歯をむき出しにする。両者3分もにらみ合うが、アナグマが腹立たしげな声を漏らしたとき、ベンがそっくりその声を真似た。アナグマからぎらぎらした敵意が消える。ベンは、手の中の小ネズミを一匹アナグマに差し出し、投げてやる。警戒しながらもアナグマは食べた。最後にはベンの手のひらから受け取って食べ、下顎や頬や耳にベンが触れるのさえ許し、舌でぺろりとベンの手首を嘗め、すばやくその場を立ち去った。
 その日、ベンは、喜びに満たされ家に帰り、みんなにアナグマに会ったことを報告すると、父親は、絶対近づいちゃ駄目だ、まったくたちの悪いけだもので、おまえみたいなちっちゃな子は、奴の前足の二振りでずたずたにされると不興な声を上げ、ベンの開きかけたドアを閉じさせてしまう。

 物語は、いよいよ佳境に入るのだが、ごくかいつまんで紹介しよう。
 牝アナグマはその後三匹の子供を産むが、農場の隣人であるバートンが仕掛けた罠にかかってしまい、前足の一部を食いちぎって逃げ出したものの、その囚われの四日間のうちに、子供たちは死んでしまう。一方、ベンは、草原に遊びに出て道に迷い、おまけに嵐にあって、走り出すが、足を取られて転倒し、怪我をしてしまう。足を取られたのは小さな穴だった。ベンは穴の中に入って雨を避けたが、雨は夕刻まで降り止まなかった。その穴には、傷ついた足をかかえた牝アナグマがいた。アナグマの巣穴だったのだ。
 最初はベンと牝アナグマは反発しあっていたものの、次第に心が通い合うようになり、ベンは、牝アナグマが持ち込むライチョウ、シマリスなどの生肉や、ライチョウの卵などを食べて生き延びる。こうして信じられないような共同生活が始まるのだ。ベンの行動は次第にアナグマそっくりになっていった。

 一方、ウイリアムは必死に息子の捜索を続けるが2ヶ月経っても、何の手がかりもない。最初手伝っていた近隣の人もベンの生存の望みはないと諦め全員去り、家族だけで探すしかない。長男で16歳になるジョンは、いつものように、その日も仕事を終えると、自分の牝馬に乗って弟を捜し回っていた。そして、アナグマの巣から顔を出したベンを発見するのだ。
 二ヶ月ぶりに我が家につれ戻されたベンは、すっかりけものじみていたが、母親に抱かれるうちに昔のベンに戻っていく。ベンを追ってきた牝アナグマは、折から居合わせていたバートンに撃たれるが、ウイリアムは、バートンを農場から追い払い、必死に手当をする。そのかいあって、一命を取り留める可能性も出てきた。
 ベンは、助かるか父親に尋ねる。父親は、助かるとは言い切れない。しかし、助かってほしいと願っているよ、と答える。
ベンは「もし・・・もしアナグマが・・・死んだら・・・お父さん・・・・埋めるの手伝ってくれる?」
「もちろんだ、ベン」
ベンは、父親の胸に飛び込んでいく。

 動物と人間との信じられないような心の通い合いが、アナグマの生態に通じた作者エッカートの見事な筆遣いで、きわめて説得的に描かれており、すんなり納得させられる。父と子の間の意志の疎通を欠いた関係も、最後に、父親が害獣視していたアナグマの介在で、修復され、二人は深い絆で結ばれる。なかなか感動的な結びで、涙がこぼれた。

 1971年に出版され、これまで全世界で1100万部も売れたベストセラーである。作者のエッカート(1931年〜)は、同じベン少年を主人公とする第二作(Return toHawk's Hill)を28年ぶりに書き上げ、さらに三作目(The Treasure in Hawk Hill)にも取り組んでいるという。
 


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