読書の部屋

読後感 Reading

 (2001/3/14掲載)

 


 
著者名 タイトル 訳者名 出版社 初版発行日 重版発行日
松尾秀助 日本史を走れ! {訳者名} 晶文社 2001年1月20 日 {重版発行日}

 著者の松尾さんとは、大学時代のクラスメートが集まる月例昼食会で会うこと が多いが、彼が会に顔を出すと、松尾さんとマラソンを巡る話題にいつも花が咲く。

  先月はどこそこの100キロマラソンを走ってきた、来週からボストンマラソン に出かけると言った類の話を、われわれその他マラソン無縁・羨望組は、感心し ながら聞くのである。

 長身痩躯、鼻髭をはやした彼の精悍な風貌は、2001年3月4日付けの日経新 聞読書欄「あとがきのあと」に本書とともに紹介されたので、ご存じの方も多い だろうが、あの写真より実物の方が、穏やかな感じである。

 これまでも、松尾さんの昼食時の話で、本能寺の変を知った秀吉が岡山の高松 から京都の山崎まで220キロの距離を5日間で駆け抜けた「中国大返し」は可能だ ったか実地に走って確かめるなど、日本史に登場する様々な早駆けの舞台を自分 で実際走ってみてレポートにまとめていると何度も聞いており、「オール読物」 に掲載された忠臣蔵「江戸・赤穂」編とか、NHK大河ドラマのムックに掲載された「中国大返し」編などは、単発 で読んだこともあったが、今回は走る専門誌『ランナーズ』に連載された分を含めて、総走破距 離が2000キロを超えたのを区切りに、総数12編の日本史の現場を走ったリポートが一 冊の本として上梓された。

 まとめられてみると、これまで誰もやらなかった日本 史の舞台を実証的に走ってみるという発想からしてユニークであり、どの一編 も、歴史的事実と、走って得た現在の見聞録とがほどよくミックスされており、 なおかつ、本書のさしえを担当し、エイドステーション役を引き受けた大竹雄介画伯 との名(迷?)弥次喜多コンビで、ひたすら走る楽しさばかりでなく、その後で土地のうま いもの、うまい酒を発見して飲食する楽しさも語る、なかなか得難い愉しい本に仕上がってい る。

 本書の強みは、何といっても実際に走ったものでなければ手に入れられない情 報が満載されていることである。走ってこそ初めて「体感」できるものがわんさとある。空 気、風、匂い、石碑、道路、街路樹、雨、坂、水、河、森、林、家並み、街並 み、温度、湿度、トイレ、食物、食い物屋、隠れた名物、酒、人情、人柄、交通事情、交通標識、 幟、看板、立て札、土地柄、文化財保護の現状、歴史的神社仏閣の普請状況・・・

 走りながら、こまめにメモを取ったに違いない、この種のものに関する情報 が、たっぷり盛り込まれている。彼が走る先々、史実にまつわる歴史文化財が、 復元され、展示され、町を上げての、町おこし運動の中核になっているようで、 日本国中、史跡の保護に熱心・・というより観光資源化に懸命なようにも見える。

 どこにも 熱心な郷土史家がおられ、数々の史実を発掘し、それを広めるのに努力しておら れるようだ。郷土史家は、マラソンランナーや、料理店や宿屋の主人を兼ねられる方が多いようで、松尾さんと一緒に走りながら、色々と教授に及んだり、一日の走りを終え た後の疲れ癒しの会席で、一席ぶたれたりされる。

 文章も、還暦とは思えない走りっぷり同様に軽快であり、いつも、駕籠や馬と は無縁な足軽、雑兵に身をやつした著者と一緒に走っているうちに、歴史街道を 巡る様々な歴史事情や、現在、その周辺がどういう状況にあるかまで、断片的ながらも歴 史がらみのおびただしいまでの情報が、頭にすいすい入ってくる仕掛けになって いる。

 著者もいうとおり、たかだか百年前までは、日本人は実に良く走る民族だった のだ。といって、この私が、これから急に走り出すわけにもいくまいが、日本国中行く 先々、この本が述べるほど多くの見物があると知れば、とにかく、行き当たりばったりで もいいから、日本史を歩こうという気になってきた。

 


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