| 著者名 | タイトル | 訳者名 | 出版社 | 初版発行日 | 重版発行日 |
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周防正行
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『Shall We ダンス?』アメリカを行く | 太田出版 | 1998年2月14 日 | 1998年6月24日第10刷 |
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日本は今も社交ダンスブームの最中にあり、世界に冠たる社交ダンス大国であるそう な。 そのブームのきっかけを作ったのが、周防正行監督の『Shall We ダン ス?』という映画だった。日本で大ヒットし、高い興行成績を上げるとともに、その 年の日本のアカデミー映画賞を総なめにした。つまり14ある賞のうち、13取った。残りの一 つは外国映画賞だから、取れるものはみんな取ったわけでパーフェクト賞ものだっ た。しかも、アメリカ、ヨーロッパでも大ヒットし、数々の賞を受賞した。 わたしも、この映画は大好きで高く買っている。同じ周防監督の「シコふんじゃっ た」ともども、日本映画にない高度のユーモアのセンスが気に入っていた。そこで周防監督 がどういう人なのかという興味も手伝い、この本を紐解くことになった。 この本は、周防正行監督が、アメリカ娘エイミーに発見されて、つまり、この『Sh all We Dance?』が日本だけでなくアメリカでもヒットする力を持った 映画であることを見抜きほれ込んだ、アメリカの映画製作配給会社ミラマックス に勤める26歳のユダヤ系アメリカ人であるトランジスター・グラマー、エイミー・イズ ラエルに説得され、アメリカに売り込むために、アメリカ版の製作に協力し、ミラ マックスが繰り広げる一大キャンペーンのため、自らアメリカ各地を訪問し、スク リーニングや試写会に出席し、テレビに出演し・新聞などのインタビューに応じたと きの記録なのである。 ところが、周防は映画『Shall We ダンス?』の原作者であり、脚本家であ り、監督であるにもかかわらず、一切の商業的な権利を持っていない。一銭の金も出資 しなかったから、一切の権利がないというわけである。これが、日本映画が後生大事 にしているルールなのだ。日本映画は、アイデアに権利や価値を認めることはほとん どない。したがって、海外へ配給されようが、この映画がどんなにヒットしようが、 周防の収入が増えるということはないのだ。 エイミーの努力で配給がミラマックスに決まり、ミラマックスは監督の周防にアメリ カ公開用の編集に協力を持ちかけてくる。契約上では関係ないが、一応監督の了解を 取ろうというのだ。そこに周防もミラマックスの良心を感じて協力することになる。 ニューヨークでのスクリーニング(試写)に立ち会うと、エイミーが目に涙をためて 喜び、ミラマックスのやり手社長のハーヴィーが岩石顔を崩して笑うほどの、予想をはるか に上回る観客の好意的な反応があった。「ここで笑って、ここで静まり返るという、 あの『Shall We Dance?』だった」(20ページ)と、監督がいうほど アメリカの観客にも受けたのだ。そのときのアンケート結果も上々で、本にも載せて ある。その結果に基づき手直しをするのだ。 そこで、いよいよアメリカ公開用の編集の手直し開始となる。日本版をベストの完成版と 思っている監督にとっては、つらい仕事だが、字幕を使う外国映画は2時間を越えて は誰も観にこないというミラマックスの方針で2時間16分の長さを2時間以下に切 り込まなければならない。 ミラマックスから示されて屈辱的なカットの原案に周防はいちいち反論する。その カットの対象になるシーンに日米の文化の差が透けて見えて興味み深い。激しいやりとりの 挙句、無理やり18分刈り込まれ、出だしのナレーションを手直しして、映画は1時 間58分34秒の映画になる。周防は悔しい思いをするが、ミラマックスが最後まで 監督の意見を聞いてくれたことがせめても慰めである。そのやり取りの詳細も収録さ れていているが、監督がいかに映画の隅々まで細心の注意を払い、伏線を張り、いわ ゆる映画的手法で自分のいいたいことをわかりやすく伝えようと努力しているかがわ かってとても参考になる。 1997年4月からいよいよ第一次キャンペーン開始、18日間でニューヨークから サンディエゴまで7都市を回る地獄のスケジュール。 各地で試写会に出て、映写が始まる前に挨拶する。そのとき舞台の上から「Before the film,an old Japanese tradition. Please may I take your picture?」 とやってカメラのシャッターを押すと、どこでも馬鹿受けする。日本人のステロタイ プを演じてみせるわけだが、彼自身、片時もデジタルビデオカメラを手放さないビデ オマニアなのだ。 行く先々で、各種メディアからのインタビューが、ミラマックスの手で仕組まれ待ち 受けている。次々と個性的なインタビュアが登場する。日本映画や文化に詳しい人も 無知な人も出てくる。あらかじめ想定した質問が大半で、場数を踏むにつれ洗練された応 答になっていくが、時として思いもかけない質問も飛び出す。こんな見方もできるの かといった偏った見方をする人も、うがちすぎる人もどこにでもいるのだ。 こうした質問や挨拶などを通して、この映画の発案、ねらい、キャスト選択の方法な ど著者の映画論、監督論、キャスティング論、俳優論、それに大きく日本人論、日本 文化論、アメリカ論などが、次第にわかる仕掛けになっている。アメリカ 人に日本人や、日本人夫婦がどういう風に捉えられているかもよくわかる。 著者は、インタビュアにもカメラを向ける。したがって、彼らの写真も、短いコメン ト付できちんと収録されている。さすが、ビデオマニアだけのことはある。 ミラマックスの提供する待遇(泊まるホテルの快適さなど)は、こちらが改善してくれと口に出さない限りそのまま だ。言えば、きちんと対応してくれる。たとえば、次のキャンペーン地へ移動する際 は、担当者は、空港まで見送り、搭乗を確認してくれと言えばやるが、言わなけれ ば、ホテルではいさよならである。とにかく、察してくれるということがない。ここ が日本とは大いに違うところだ。契約にしても権利を主張すれば、応じるが、主張し なければ平気で不公平な条文を押し付けてくる。アメリカという国やアメリカ人につ いての著者の理解が、実戦を通じて進んでいく様子が手にとるようにわかる。 第一次に次ぐ、第二次キャンペーンでは、5月3日から21日間でシアトルからトロ ントまで12都市を回る一次よりさらに過酷なスケジュールになる。キャンペーンにも 次第に慣れて、愉しみながらこれも無事こなし、いよいよ、全米公開の日を迎える。 出だしから好調でとうとう外国映画として興行売上げ1000万ドルを越えた数少な い作品(5作品)の一つとなる。 日本映画はこれまで、アメリカに売り込むことをまったく視野に入れてこなかった。 しかし、監督は、このキャンペーンを通じて、自分が作りたいものを作れば、欧米で も、認めてもらえるとの信念を持つに至る。日本人のユーモアも世界に通ずるし、日 本人の悩みも(たとえばミッドライフクライシス)世界共有の悩みなのだ。 周防さんは、なかなかの才人で、映画も作り本も書き、演技もする。好奇心が旺盛 で、興味の対象範囲も広く、日本文化や日本人についても、するどく、説得力のある 見解をもっている。文章には軽快なテンポ感があり、ユーモアがあり、実にさまざま な登場人物を的確に表現する能力に優れており、400ページを越える大冊を飽きさ せず読ませる文章力・構成力がある。 スポーツマニアでもあり、アメリカでもチャンスがあれば、野球、バスケットボール などを見に行く。野茂や伊良部にも関心を持ち、タイガーズ・グッズの類を買い込 む。プレミア・パーティの席上では、ライザ・ミネリやローレン・バコールと踊って 胸をときめかす。スタローンと記念写真に収まって満足げである。 恩師が映画通の蓮実重彦前東大学長であり、監督では特に小津安二郎や伊丹十三を尊 敬していると言われてみると、彼の作品、作風に納得がいく。 いずれにしても、この映画は、大成功したわけで、私も心からおめでとうと申し上げ たい。 ところで、この本の中でも、監督に対してこの映画の成功を祝して、アメリカ の映画関係者やインタビュアから、頻繁におめでとうという言葉が浴びせられるので あるが(したがってこの英語が頻出するのであるが)、その際著者はかならず、 「コングラッチュレーション」と書く。 これまで祝意を表すときにはCongratulations1と複数形を用いると 思っていたのだが(英和辞典にもそう書いてある)、単数形が一般化したのだろう か。アメリカ版の字幕を担当したケネディさんも、本書に目を通したことだろうか ら、ご教授願いたいものである。 ********************** 本の中で、私が、赤線を引いたところを以下引用しておこう(太字は筆 者)。 「父は今まで一度も私の作ったものにコメントしたことはありません。日本の父と子 というものはそういうものでした」(252ページ) 「『この映画に出ている時はまだ(舞(=草刈民代)とは)結婚していないどころか 付き合ってもいませんでした。舞は妻ではありませんでした』 拍手。ちぇ、うまいことやりあがったなというような空気も感じるが、それほどうま いことでもない。誰でも結婚してみりゃ分かることだけど。」(257ページ)。 「アトランタはかなり日本人に好意的な街のように思えたが、記者の一人は『日本人を 誤解していた。こんなユーモアがあるなんて』といっていたから、ここで働く日本人 もやはり少し堅いのかもしれない。」(259ページ) 「多分、次に僕が企画したものは、今までと違って多くの人の注目を浴びるでしょう。 ただ日本では、物を作る人たちに対する尊敬と理解というものがほとんどない国です から、どう評価されてもうわべのことで、結果ばかりを騒ぎますから、今までと変わ らず、勘違いせず、マイペースでやっていこうと思ってます」(295ページ) 「自分に都合がよければいい、という意味でなら、多くの若者は個人主義です。で も、彼らといえども他人を気にし、人と違うことを恐れます。ピアスをすればピアス をするし、髪を伸ばせば伸ばします。だらしない靴下(ルーズソックスのことですけ ど)が流行れば皆同じ靴下を履きます。しかし、若者に限らず、現代の日本人は自分 のことしか考えないし、他人と違うことを恐れます。自分の意見を持つこと、主張する ことができません。つまり昔と比べて変わっているようでいて、本質的にはあまり変 わっていないのかもしれません」(299ページ) 「むしろ日本では色々なことをやると批判される傾向にあり、最近変わってきました が、この道一筋というのが王道でした。」(311ページ) |