(2001.2.12掲載)
ジム・トンプスン「残酷な夜(Savage Night)」三川基好訳 扶桑社
2000年4月
30日第1刷
語り手は、チャールズ・”リトル”・ビガー。
犯罪史上もっとも、凶悪で、もっとも巧妙に追求の手を逃れている殺し屋。彼が金のためにした殺人の容疑だけでも16件ある。身長は5フィートそこそこ体重は百ポンド程度の、おとなしげな小男。結核を患っており、年齢は30を越しているが外見はそれより若く見え、容姿には恵まれないにもかかわらず、人好きのする男で、特に女性にはよくもてる、と、犯罪実録雑誌には書かれている。
そのビガーが、カール・ビゲロウという偽名で、ニューヨークから95マイル離れたところにある教員養成大学のある小さな町、ピアデールに現れる。”元締め”から、この街に住むジェイク・ウィンロイを消すようにとの密命を帯びている。ジェイクは、いまは床屋をやっているが、もと競馬の呑み屋だ。家に下宿人をおいていくらかでも稼ごうとしているのを、大学案内のパンフレットで知り、カールは、大学の聴講生になることにし、そこに下宿する契約をして、やって来たのだ。
ジェイクは、ニューヨークで床屋をやっていた頃、大がかりな競馬の呑み屋事件に巻き込まれて刑務所に入れられたが、その事件の決め手となる証人として、賄賂を受け取った大物の政治家や判事やらを名指しできる立場にあった。刑務所ぐらしにうんざりし、裁判で共犯証言をする見返りに刑務所から出されたと言われており、警察も消されないように見張っている。裁判は三ヶ月後に確実に開かれる予定だ。
ピアデールの駅に降り立ったところから、物語は始まるのだが、緊張感を漂わせた小気味よいテンポで、背景に暗い謎をひそませながら、登場人物やその背後関係、町の様子を次々に巧みに紹介されていくうちに、読者は、語り手である”リトル”悪人の、並ならぬ魅力に取り憑かれてしまう。
下宿先を訪れ、ジェイクの妻、フェイと初めて会い、持ち前の如才なさでたちまち、ねんごろになる。
「(彼女の笑い声は)今までよりももっと大きな、もっとハスキーな笑い声だった。夜遅く、ある種の酒場で耳にするような類の笑い声だ。わかるだろう?カウンターの一方の端に何人もの客が集まっている。口を半開きにして、とろんとした目で、全員がひとりの男を見ている。突然その男が大声を出し、平手でカウンターを叩く。すると、例の笑い声が起こる。」(p.37)
こうしたちょっと気の利いた言い回しを駆使して、もう一人の下宿人のケンダル老人、家政婦も兼ねる下宿人のルース、保安官サマーズとその妻など、いずれも一癖も二癖もある胡散臭い人物が、巧みに造形される。さして多くもない登場人物だが、どの人物も得体の知れないものを内面に抱えており、それが、相互に絡み合い始め、ジェイクを消す日に向かって、物語は徐々に緊張感を高めながら、のっぴきならない結末へと突き進む。
作者のジム・トンプスン(1906〜1977)は、生前パルプ小説を書きまくった、いわゆる”ノワール”小説の作家だが、今日再評価の気運が高まっている。本書の冒頭にも、スティーヴン・キングがトンプスンの「内なる殺人者」に寄せた序文が添えられている(1989年)が、その中で、キングは、「内なる殺人者」を「間違いなくアメリカ文学の傑作であり、「白鯨」や「ハックルベリーフィンの冒険」、「日はまた昇る」、「死の床に横たわりて」と方を並べる作品である」とし、「この無名の、学歴もないオクラホマ出身の小説家は、彼の時代の精神を、そして二十世紀の後半の精神をしっかりとつかんでいた」と高く評価している。
どうして、この凶悪な殺人者に肩入れしてしまうのだろう。それは、逃げ場のない場所に追いつめられた一人の孤独な生身の人間の造形が見事で、人間としての親近感が湧くからに他ならない。
登場人物が、一人一人十分に役割を振られ、物語は、意表をつく結末に向かって、転がり落ちていく。