(1997/8/5コメント)エッセイの部屋の「日々の愉しみ」に『手塚治虫の時代』という一文を掲載しており、そこにも書いたように、昔から手塚治虫のファンだった。これまで読んだのは、まだ、小学生時代で、漫画に関心を持ち、戦時中にもかかわらず、漫画を書くことを勧めてくれたよい先生に恵まれたというようなところまでだが、このあたりは、NHKでテレビドラマ化されたことがあり、見たことがある。手塚が育ったのは裕福な家庭のようで、同じ世代に生まれ、背広職人を父に持つ妹尾河童の『H少年』の家庭とは、ずいぶん差がある。手塚の作品の背景にある、ロマンへの憧れ、正義感なるものが、ここに描かれた家庭、学校、友人、先生を土壌に育まれて行ったことが感じられる。
(1997/8/5コメント)写真がどういうふうに成立してきたか。カメラの発明と改良といったハード面と、写真が人間にとってどういう意味を持つものとして捉えられたかというソフト面の両面にわたって、非常にわかりやすく紹介している。写真で創造した人々とその作品が、図面の大きさには新書版としての自ずからの制約はあるにしても、丹念に収集され、紹介されているので、興味深い。わたしが、昨年夏(1997/8)ヨセミテ国立公園で買って帰り、スクリーン・セーバーに使っているアンセル・アダムスの作品もちゃんと紹介されている。写真一つ取り上げても、人間という存在と思考とのかかわりの大きさを感じる。意図抜きには写真も成立しないのだ。
(1997/7/29コメント)「反」読書法という触れ込みなので、よほど従来路線からかけ離れた先鋭的な読書法かと危ぶみながら読み始めたのだったが、わたしの方法とさして変わらないので安心した。冒頭にある「反」読書法で大切な四点(1)自分が好きな本を読む。まず何よりも他人がどういう本を読んでいるかをまったく気にしない。(2)忙しい人は、細切れの時間をうまく使う。(3)一冊だけでなく、二、三冊を同時併行的に読む。(4)ただし、本の性格によって、通勤時間、自宅、勤務先などで読み分ける、にしても、まあ常識的で、日頃わたしも実行していることだし、併行読みのほうも、わたしなど常時二、三冊どころか、その倍は併行的に読んでいる。
昨日買ったのも、この本を始めとした四冊で、じつは、この四冊を昨夜から併行的に読んでいる。この本が、今98頁(全体230頁)、手塚治虫『ぼくのマンガ人生』が52頁(223頁)、柳澤桂子『生命の奇跡』が81頁(205頁)、飯沢耕太郎『写真美術館へようこそ』が96頁(235頁)まで、読んだところ。どの本も、面白くて、次々に手を出してしまう。おかげで昨夜も少し、遅くなってしまった。睡眠時間を削らないという作者のアドバイスだけは、従えそうにない。
本書には、作者の豊富な読書体験からにじみ出た、偏見は読書の大敵、座右の愛読書を持つ、著者に惚れ込む、等など、実践的なアドバイスが溢れている。文章もうまいし、読まされる。読書日記欄に取り上げられた本の幅の広さ、数の多さ、それをやすやすと読みこなす力量にはさすがと敬服させられる。他人が何を読もうと気にするなとあるが、この本に導かれて、ひもときたくなった本が色々ある。睡眠時間がますます心配になってきた。
(1997/6/16コメント)宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫)を何年か前に読んだとき、非常に良い本巡り会えたという印象を持ったことを覚えている。著者の宮本常一という人がどういう人かということについてはほとんどなにも知らないままになっていた。最近、この『旅する巨人』がノンフィクションの賞を受賞して評判になり、あの宮本常一の評伝ということを知って購入した。この本を読んで、貧農の出であり、学歴も自慢するに足るものとてない在野の民族学者であることを初めて知った。その宮本のスポンサーになったのは、日本資本主義の父、渋沢栄一の孫、敬三である。その二人がどのような経緯で結び付いて行くのか、そのあたりまで、読んだところだが、調査がきめ細かく行き届いていて、なかなか読みでのある本になっている。
(97/5/30コメント)短編小説集の最初の一遍、「青い瓶」を読んだところだが、この短編のテーマは、うろ覚えだが、「トニオ・クレーゲル」のテーマにつながりそうな気がする。この世には、生きることの意義を見い出そうと、悪戦苦闘する人と、何の疑いも抱かず、生を肯定して生きる人と二種類の人がいるのかもしれない。
(1997/5/22コメント)ゴリラの野性研究の先駆者の一人で、初めてゴリラと直接接触して研究することに成功したD・フォッシー女史の『霧のなかのゴリラ』は、やさしく感情生活を持つ生き物としてのゴリラを描き出しており、大変興味深く読んだが、女史が設立したカリソケ研究所で、女史の研究を継ぐような形で研究に当たった山極さんの著書である。ゴリラの持つ文化を人間並みの異文化と捉える出だしから、なかなか面白い。
(コメント:兄を殺人犯に持つ作者が、自らの一家をあらしめている根源的なルーツに迫り、人間というものへアプローチして行く。
(コメント:単語を覚えるにはいろんな方法があるなぁ。
(コメント:日常生活のなかに、突然、闖入してきた「サリン事件」。被害者一人一人の人生、日常生活とのつながりのなかで描き出される事件は、よりリアルで、事件と自分とが無縁でありえないことを実感させられる。冒頭に出てくる、地下鉄千代田線霞ヶ関駅のA11出口は、わたしが前の職場にいたころ、よく使った出口なのだ。
(コメント:辛抱、目論見、息災、按配、堪え性がない、半ちく、依枯地になる、叱言、強情、宗旨変え、きまりが悪い、などなどの、まろやかなニュアンスや、暖かい気配をどこかに感じさせる<いい日本語>が、いま死にかけている。その意味での「ニホンゴキトク」なのだ。日本語を巡る、さすがにいい日本語で書かれたエッセイ集。
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(コメント:今年の夏には、北欧に行って見たいと思っているので、最近購入したもの。
(コメント:これは、一章を読んだところで、読みかけのままになっているが、DNAにがんじがらめに支配されているかに見える生命が、著者が超システムと呼ぶ、きわめて偶然性の高い制御方法でコントロールされているらしいことがわかって、興味深い。
(コメント:このノートに収録された<死語>の多くががわたしの青春時代と重なり合って懐かしい。昭和31年から51年までの20年間の回顧録にもなっている。
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