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編集者のつ
れづれノート
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(2003.7.31掲載)
毎日12時間の勉強
その大天才は、大部な著作物を著したのだが、一生を貫いて毎日12時間 も勉強し、その苦心の結晶が著作物だったというのだ。その話が、わたしの頭の中で長い間通奏
低音のように鳴り響いていて、天才ですら、毎日12時間も勉強したというのにわたしごとき天分も無い浅学 非才の身が、こんなことでどうするのだと、ともすれば安易に流れ、無為に過ごしがちな自分を戒め、自らを叱咤激励するときのよすがとなっていた。
わたしは、いつこの話に出会ったのだろう、といつも疑問に思っていた。その疑問が、やっと解けた。このホーム ページに日記を連載しているが、つい最近ひも解いた41年前の1962年2月27日の
日記にこの話が書き留められているのを発見 したのだ。日記には、こう記されていた。
「『出版された著作物は大小とりまぜて実に二六六点、それは悉く、永い間毎日十二時間ずつ勉強したという努力家、 フィッシャーのいう「巨人の労苦」Cyclopean
toil をもって一生を貫いた学徒の苦心の結晶であった。』
ヴィーグラドフの天才にしてが一日十二時間勉強したのである。私は日に四時間も勉強したらましな方であった。少 なくとも一日八時間勉強しよう。」
引用されている『』の中は、ヴィーグラドフと言う人の評伝の中の一節らしいが、ヴィーグラドフという人物がどう いう人かということもまったく思い出せない。
そうか、21歳、大学3年のときから、この話はわたしの頭の中で鳴り響き始めたのか。わたしが怠慢な暮らし方を 始めると、この話が、おい、そんなことでいいのかと反省を迫る役割を演じてきたのか。
もとより、すぐそれに従うほど(従えるほど)、勤勉ではなかったし、努力家ではなかったので、天才の12時間の努力の足元に も及ばない生活を長年続けて来たが、それでも、非才の身でサラリーマン生活を続けながら、それなりに創作活動を続け、著作物を物にし、多くの趣味
を身につけ、ホームページで紹介するに足るものを多少は生み出せたのも、若いうちにこの話と出合い、この話に 尻を叩かれ、叱咤され、多少は勉強にせいを出したからであろう。
それにもう一つ、「しかし、悲しいかな! 心は人に見せられない。それは言葉で証明されなければならない。」と いう言葉。この言葉も、わたしの頭の中で長年、鳴り響いていた言葉であり、いつ覚えたものか、疑問に思っていた言
葉だった。ところが、先の話とほぼ同時期の日記(1962.2.4)に書き留められていることを発見した。スティーブンスンの「若い
人のために」の中の言葉であった。
「しかし、悲しいかな! 心は人に見せられない。それは言葉で証明されなければならない。諸君は詩を綴ることを難 しいことと考えるだろうか。そうだ。それは詩
をー最高のものではないが、一つの高遠な詩をー書くことなのである 。」
この言葉も記憶が鮮明なために、41年も前に覚えた言葉のようには思えず、比較的、新しく覚えたように思っていた 。自分自身の思いを人に伝えようとする時、人の心中を測りかねたような時、うまく意志疎通が出来ない時など、いつ
も、この言葉が浮かんできた。作詩をしたり、小説を書いたりする動機の背後にも、この言葉があった。
一片の話や言葉との出会いが、その人の一生を支配することもあるのだ。人の一生の基本的構造を決定するファクターに なることもあるのだ。
日記を読み返すと、そこに記された片言隻語が、結局はわたしという人間の血となり肉となっていることを思いしらされる。
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参考資料
日記(1962.2.27)