エッセイの部屋

落ち穂拾いコーナー

2009/12/10掲載
目次
水戸黄門と国民性 テニスと経済原則 社会の流動性と開放性

水戸黄門と国民性
時評1982/7

テレビの人気番組『水戸黄門』で視聴者がゾクゾクするような快感を覚える場面は、何といっても、助さんなり格さんなりが、「このお方を何方様と心得る。畏れ多くも水戸黄門様なるぞ」と啖呵を切るくだりであろう。

満を持し、これ以上身分を明かさ ないでいると命が危ういといった 刹那、件の啖呵が手裏剣のように ひらめく。と、これまで権力を笠 に着て悪逆無道を欲しいままにし ていた悪大名や悪代官が、たちま ちその場に平れ伏し、「ハ、ハー」 と頭を畳や土間にこすりつける。 一廉の権力者が、それ以上の権力 者の前でぎゃふんといわされ、平 身低頭する様子に視聴者はスッと するのである。

わが国では、水戸黄門と同工異 曲の時代劇の人気が高いが、その 主人公は、公の権威やお上の威光 をあるところまでは否定し、悪大 名や悪奉行をとっちめ、権力の腐 敗を暴くのであるが、その最後の 拠り所を、他ならぬ公の権威やお 上の威光としているところが面白 い。

この点から類推すると日本人 の国民性には、公の権威に対する 反発心と従順さとがないまぜにな ったものがあり、権力に対してあ るところまでは抵抗するものの、 ホンネには自分自身がそれに寄り かかりたい性向があるため、最後 にはどうしても権力に対して従順 になりやすい面がありそうであ る。

このような国民性が形成され た背後には、島国という地理的条 件に恵まれ、日本民族が長年にわ たり単一民族国家としての一体感 を保ちえたうえに、戦後も、戦勝 国から幸いにして極めて民主的な 政治体制を″押しつけ″られた歴 史の好運があるように思える。 近年わが国でも、国や公の権威 が次第におちてきたといわれるも のの、まだまだ国や公の権威は安 定しており、国の政策や行政指導 に対する国民の協力の度合が高い のも、水戸黄門を愛するこのよう な国民性に支えられてのことであ ろう。

ところで、世界を見渡すと、こ うした日本と全く趣を異にするポ ーランドのような国がある。そこ では国の方針に対する国民の恭順 度は低く、昨年十二月以来戒厳令 が敷かれているのみならず、戒厳 令下ですら、国民はデモやストに よって国に抵抗している。 この国では、「このお方を何方様と心得 る。ヤルゼルスキー救国軍事評議 会議長兼首相様なるぞ」と叫んで みたところで、国民は、ハ、ハー とっその前に平れ伏さないばかり か、石をぶつけかねない有様のよ うである。

現状では、これ以上国 の権威がおちようもないところま できているが、これは、一二〇年 間も亡国の民として、国家の権威 に逆らうことに民族としての生き がいを見い出さざるを得なかった ポーランド人の歴史に培われた民 族性が、戦後、隣国ソ連から、国 民の民主的な参加のシステムを欠 き抑圧を契機とするソ連型の統治 体制を”押しつけ”られたこと で、更に一層研ぎすまされたこと に起因するのであろう。

考えてみれば、日本もポーラン ド同様ソ運の隣国なのであり、敗 戦国に対する戦後処理の風向き次 第では、今日のポーランドの運命 を″押しつけ″られる可能性も絶 無ではなかったことを思うと、歴 史の冷厳さに粛然とさせられる。

ポーランド人の眼には、わが国 の人気番組『水戸黄門』はどうい う風に映るのであろうか。彼らに もその面白味は分るだろうが、そ れは多分に苦みを含んだものであ るに違いない。

(経済企画庁総合計画局計画官)


テニスと経済原則

時評1982/夏

,腕前はさておき、私のテニス歴 も結構古くなった。 中学時代、軟式庭球部に籍を置き、連日日の暮れるまでラケット を振り回し、球が見にくくなると 石灰の粉を塗して練習したことを 記憶しているから、もうテ二ス歴 も三十年になる。 社会人になってから硬式テニス へ転向したが、テニスを通じて数 多くの知己を得、また外国に滞在 した三年間も、実に様々の国の人 達とテ二スを通じて交友を深める ことができたなど、テ二スを巡る 思い出はつきない。

テ二ス好きでは人後に落ちない方だからテレビのテ二ス番組は欠 かさず見ている。最近では日本で もかなり大きな国際大会が開催さ れ、世界のトップクラスの選手が ぞくぞく来日するようになった。 賞金額も鰻登りに巨額となり、世 界のビッグ・フォーを集めた大会 など、たったの二勝で(つまり、 これで優勝なのだが)十万ドルを 越す賞金が授与される。

ところで、いつも残念に思うの は、こうした高額の賞金を手にす るのは、決まって外国選手ばかり だということである。国際大会で は、日本選手は、一〜二回戦でた ちまち姿を消してしまう。伝統を 誇るデビス・カップ大会も、昨年か ら日本企業の冠大会となったとい うのに、日本チームはつい最近ア ジア地区予選で、インドネシアに 惨敗してしまい、決勝ラウンドの 一六カ国にさえ残れないでいる。

日本のテ二ス選手はどうしてこ れほど弱いのだろうか。 昨年の五月、たまたま、渡辺康 二、坂井利郎の新旧デ杯監督にコ ーチしてもらう栄に浴し、その後 の懇親会の席上で、坂井新監督に この質問をぶつけてみたところ、 こんな返事をいただいた。

甲子園の高校野球やプロ野球に 国民がこれほど熱中する状況では テ二スはなかなか強くなれない。 素質のある人が全部野球にとられ てしまうからである。このため、 テ二スのトッブ・プロといえど も、プロ野球の選手ほどには肉体 的に恵まれていない人が多い、と いうのであった。

考えてみると、日本では子供の 頃から遊びの中心は野球である。 小学校に入るか入らぬうちからキ ャッチボールをやり始める。テレ ビのナイター放送の視聴率は高 く、その勝敗は国民を一喜一憂さ せ、数紙もあるスボーツ紙の売れ ゆきさえも左右する。このよう に、野球人口の底辺は広く、野球 を巡る市場は巨大である。

それにひきかえテニスは最近か なりやる人も増え、施設も増加し 大小の大会も開催され、テ二スウ ェアやラケット・メーカーも急成 長し、次第に国民の間に定着して きているものの、野球に比べれば まだ底辺は狭く、その市場規模も 小さい。

こうしてみると、他の商 品や人材の市場と同様に、スポー ツ界でも国民の価値観や好みが、 市場の規模を決め、限られた資源 (この場合は素質のある人的資 源)の配分を決めていることがわ かる。 テ二スファンとしては、せめ て、デビス・カッブの決勝ラウン ドの一六カ国には、日本が常時残 れるようになってもらいたいも のだが、そのためには、まずテ二 ス人口の底辺を拡げ、キャッチポ ールのかわりにラケットを振り回 す子供の数を一人でも多くするよ う努力することが先決のようであ る。

このところ、私は、この経済原則を踏まえて、家内や中学二年に なる娘のテ二スのお相手をせっせ とつとめている。

(経済企画庁総合計画局計画官)




社会の流動性と開放性

1983/4時評

 日本では、一介の貧乏農民の子 であろうと、総理大臣にでも大会 社の社長にでもなれる。このよう に、階級がないことが国民の向上 意欲をかきたて、今日の日本の繁 栄をもたらした、とはよくいわれ ることである。

確かにそうした社会の流動性 の高さが日本経済の成長をもたら し、わが国社会の活力の源泉とな っていることは否定できないであ ろう。

ところで、日本人にとってこれ ほど流動性の高い社会も、外国人 にとってとなると、たちまち、ま るで固まった餅のように流動性を 失なってしまう。 とあるインドネシナ難民は「日本 にあるのは日本人にとっての自由 であり、日本人にとっての平等で あるにすぎない」といって、日本 での定住をあきらめ、米国へ去っ たという。

さて、その米国だが、流動性と いう意味では、日本以上に高い面 を多々もっている。なかんずく、 外国人にとっての流動性となる と、それこそ月とスッポンの差が ある。

そもそも移民の国として発足し たという基本的性格があるにし ろ、建国後二世紀、既にエスタブ リシュされた階層がいくらでも あるにもかかわらず、相変らず外 国人に対して門戸を開き、才能さ えあれば、どの分野でもトップの 座へも登れる流動性を維持してい るのを見ると頭が下がる。これが 結局はアメリカの活力の一つの源 泉ともなっているのであろう。 ひところ日本から米国への頭脳 流出として騒がれたように、本当 に能力のある学者なら、たとえ日 本人であっても米国の公立大の正 教授にもなれる。

日本では、つい 最近、法改正が行われて国立大学の教授への任用が、やっと制度と して緒についたばかりで、まだ「京 大に戦後初めての外人助教授誕 生」というニュースが紙面を賑わ す段階である。

政治・行政の世界ともなると外 国人の活躍できる余地は皆無とな る。 米国のキッシンジャーやブレジンスキーなど、著名な元政府高官 が、生後移民してきたドイツ人や ポーランド人であったりするよう なことは、日本ではおよそ考えら れない。

日本人は、それは、歴史や伝統 の差であって止むを得ないと割り 切っている。しかし、こうした伝 統が、日本の今後の発展にとって 望ましいものかどうか、この際、 再検討すべき時期にさしかかって いるように思える。

  特に、海外へも多数の日本企業 が進出するようになり、その多く が国内さながらに、現地人にとっ ては固まった餅のようなシステム を維持しようとして、各地で摩擦 を引き起しているのを見るにつ け、その感を深くする。わが国の 発展がもはや他の国々への依存な しにはありえないとき、日本のみ が現在の閉鎖的で硬直的なシステ ムを維持しようとすれば、やがて は自らの活力すら失なうことにも なりかねないように思える。

つい最近、筆者のポーランド滞 在時代の知人である、子連れの離婚女性から手紙を貰った。何と米 国へ渡り、アメリカ人と再婚し、ニ ューヨークで働いているという。 しかも、彼女のEXボーイフレン ド(彼は私の碁の弟子でもあった のだが)も米国へ渡り、ボストン の大学でコンピューターについて 教えているという。

米国社会のこうした度量の大き さ(=開放性)を見るにつけ、日 本の社会の度量の小ささが改めて 気になるのである。

(経済企画庁総合計画局計画官)
topへ