2009/12/2掲載


日本経済新聞1983/9/26夕刊



[複眼]

篤志家が研究者交流に一役
    ジャパントラスト構想に期待



 博士課程修了者以上の優れた外国人研究者を一年間以上、家族もろとも長期にわたって招き、国立研究機関や民間企業の研究開発に参加させようという「国際研究協カジャパントラスト」(仮称)の創設準備が進んでいる。

『OO記念基金」と篤志家の名を冠して招かれた海外の優れた研究者が、世界的にレベルの高い日本の先端技術を学ぴ、篤志家に感謝して帰国することになれば、海外との摩擦も減り、日本のシンパもふえて、将来の技術交流に大きなプラスとなるに違いない。

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 質的充実が必要

 日本人はまだまだ金の使い道を知らない、という。研究投資にしても、すぐ”もの”になるものに目を向けたがる。立派な研究施設や形になって現れる開発には金を出すか、’基礎研究とか、人材養成にはしぶい。「だからノーベル賞級の成果は出てこない」といわれている。

 だが,「最近は個人や企業で研究開発や人材の養成など公益的な事業に金を出す人がふえてきだした」(通産省工業技術院・阿部毅一郎研究協力統括官)。そこに着目してジャパントラスト構想は浮かび上がってきた。

 わが国はこれまで″ものまね″で技術開発を進めてきた。海外からの技術導入が多く、海外視察をしては技術を消化吸収してきた。「そのようなクセがついて、創造的技術は育たず、技術の壁を破ることは下手だ」という声が依然強い。

 確かにわが国は改良発明がうまく、海外からの大きな刺激を受けながら経済発展を続けてきた。しかし、今後さらに技術で大きな飛躍を図るためには、新しい研究所の設立とか、大学に新しい学科を設けるといった量的拡張ではすまされない。
 
 情報化時代に入って、先端技術についても学際的な研究開発が必要とされている。メカトロニクスやバイオニクスといったことばに代表されるように、個別の専門分野から脱皮した新分野への転換が望まれている。研究内容はめまぐるしく変化し、急速に進展して、学問の世界は新技術に追いつけない状況にある。いまは研究機関でも大学でも質的な充実が重視されている。とくに技術や情報を人がらみで入れ替えることが、とかく頭打ちになりがちな研究開発の打開につながっている。


.恩恵のお返しぜひ

 わが国が海外と摩擦が生じやすいのは、技術面でも人との交流が下手だからだといわれる。同一民族、同一言語でどうしても同質的、閉鎖的になりがちな日本人と違って、欧来では契約社会ということもあって技術者の交流が盛んである。優れた人材をどんどん登用している。海外からも研究者を積極的に受け入れ、日本人研究者も多大の恩恵を受けてきた。その頭脳がわが国の研究開発にも大きな役割を果たしてきたわけだ。

  米国のNIH(国立衛生研究所)や西独のフンボルト財団、フランスの国立科学研究センターなどは毎年、数干人の研究者を海外から招いている。NIHは五十カ国から干数百人の博士級研究者を1~4年間招いているが、゛わが国からが2百人以上と最も多い。フンボルト財団は昨年65力国から約3900人を招いたが、日本は米国、ポーランドに次いで137人と3番目。今年は4千人以上の学生、科学者を集めている。

 わが国でも新技術開発事業団の創造料学推進制度で海外研究者を招き入れたり、工業技術院の研究機関にも外国人研究者をを招いているが、予算の制約から人数も少なく、長期滞在はできない状況にある。

 そこで通産省は国際研究協力ジャパンドラストの構想を立てた。従来の民法に規定された公益法人(財団制度)と違って、信託法に規定された公益信託制度は、信託財産が受託者に属し、その名義族で管理運営される。

 つまり一般から集めた基金を信託銀行にあずけ、その運用益で外国人研究者を招へいしたり、技術開発や国際共同プロジェクドへの助成を行うわけだ。


 ”人”重視の体質を

 利益を釈迦に還元したいと思っている個人や法人は多い。私財を提供して海外の頭脳を招き、研究をあと押ししてやろうという人はこのジャパントラストに入ればよい。篤志家の思った通りの人を招いて、研究にも協力してもらえる。将来は海外の機関と協力して相互に人材を招へいすることも考えられ、逆に招かれることもあるだろう。

 個人では家族ぐるみで交流が深められ、法人では幅広い人材を入れて研究者に刺激を与え、質の向上に役立てることができる。いずれにしても″もの″″かね”から″ひと″への体質改善は大いに推進すべきである。
                               (編集委員・浅井恒雄)


(補足:工業技術院の研究協力統括官として、海外から研究者を招聘しようとしたが、予算もなく、新規要求も認められないというので、公益信託制度を利用しようということにしたもので、ジャパントラストは、文字通り、鉛筆一本で私が作り出した制度である。公益信託の規定は、当時(1983年)民法にはあったが、実施の細目は、各省の省令に委ねられていた。ところが、私が公益信託の利用を思い立った時点では通産省には、その省令がなかった。そこでまず省令の制定を推し進める必要があった。ジャパントラストの共管を申し込んできた郵政省にももちろんなかったので、急ぎ制定して貰った。省令が制定されるのを待って国際研究協力ジャパントラストは発足した。一人で走り回って、篤志家から2億円の信託を集めた時点で、人事異動のため、後任に託さざるを得なくなった。公益信託を設定した篤志家への税制上の恩典なども、実現までには時間がかかった。ただ、その後、使うことには熱心でも、情熱をもって、信託基金を集める人が少なく、現在も国際研究協力ジャパントラスト事業として続いているが、事業規模は誠にささやかなものである。)

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