単身赴任者の愉しみ(番外編)
(212Club 1988/11 vol.6掲載)


「単身赴任者の愉しみ」の最初の一遍(「三度目の正直」)に書いたように、札幌時代に地元の「212Club」という雑誌に同じテーマで連載を始めたのであったが、その雑誌があえなく、このvol.6で廃刊になってしまった。ここに収録したエッセイは、連載二回目のもので、最終原稿となったものである。


(1999/3/9収録)
 
エッセイ連載事始め

 その電話は実にやさしい声でかかってきました。

「原稿をいただいたお礼にお伺いしたいのですが……」

 本誌の編集長NYさんからの電話でした。10月号に掲載された、札チョン・メモリ-Vol.1なる拙文を覚えておられるでしょうか。そのお礼にとおっしゃるのです。わざわざ編集長に足を運んでいただかなけれぱならないほどの名文でもありませんし、その必要はない、と思ったのですが、まだ直接お会いしたこともありませんし、212CLUBの写真でお見うけするところはなかなかの美人のようでもあり、そもそも私は、感じのいい女性の声で「お会いしたい」という申し出をお断りできるほど誘惑に強い人間でもありません。気がついた時には、

「どうぞいらしてください。お待ちしております」
と答えておりました。いまかいまかと待つことしぱし、現れた編集長は知的な感じと女性らしい優しさがみごとに調和した方で、いただいた名刺の表には編集長、裏には大学の助教授と書かれております。容貌が肩書を裏書きしておりました。原稿のお礼が終わりますと、お願いがありましての前置きで、

「頂いた原稿が面白いので、お忙しいとは思うのですが是非エッセイを連載していただきたいと思いまして」

 言葉は優しげですが、なかなか断り難い迫力が伝わってまいります。さすがやり手の雑誌編集長です。だてに二枚看板を背負っているわけではなさそうです。つまり誌面を提供しますので、テーマはお任せするから毎月書いていただきますとのご託宣なのです。ピーンときました。

 私は先月号の拙文の末尾にこんなことを書いていたのです。

「札幌に単身赴任するに当たって私は、『単身赴任者の愉しみ』なる一書をものにするのを愉しみにしてきたのですが、それが私の赴任が終わるころにちゃんと完成していますやら、未完のまま放置されておりますやら、その結末を見るのがそれこそ愉しみというものです」と。

 世の中には、とくに札幌には思いやりのある方が浴れているようですね。さしずめNYさんはその代表格に違いありません。この申し出は、「単身赴任者の愉しみ」なる書を完成する手伝いをしてやろうとの温かい思し召しに根差しているに相違ありません。毎日少しずつでも書き続ければ、未完に終わる気遣いはないとしたものでしょう。単身赴任の身で人の情にほだされやすくなっている私は、このお申し出を一も二もなく受け入れてしまいました。

 彼女が、にっこりほほえんで、「それではよろしくお願いします」と部屋を立ち去った後には、かぐわしい香水の残り香とともに、エッセイを海月欠かさず連載するという重荷が残されていたのです。お礼を申し上げたいというのは口実だったに遠いありません。

 原稿の締切日を前に悪戦苦闘しなければならないことを思えば、彼女の顔がにわかに観音様の仮面をかぶった般若のように思えてきたのです。しかしいったん引き受けた以上、これを微笑と香水にだまされたといってお断りするのでは男子の面目がたちません。毎月原稿のお礼にきていただくのも悪くはないなどと虫のいいことも考えなかったわけでもないのです。

 そこでいい案を思い付きました。どうしても断りたくなったらこんな安い原稿料では書けないと言おう。と言うのも日本的美風とでもいうのでしょうか、原稿料のげの字にも触れないで今回の会談は終了したからです。おそらく安いに決まっています。いや、ひょっとして思いがけないほど高かったりしたら−・・・ご希望に応じていくらでも出しますと書われたら…ますます断りにくくなるというものです。どうもこの案もうまくいきそうにありません。

 こうなればNY編集長にせめて原稿のお礼にと私のところに毎月せっせと通っていただき、かぐわしい香水の香りで私の部屋を満たしていただくよりありません。

 これも単身赴任者ならではの密やかな愉しみというものでしょう。



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