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3 企業のライフサイクルと日本的経営 企業のライフサイクル/企業のライフサイクルと終身雇用制・年功序列制
4 日本経済の発展段階と日本的経営 復興期/高度成長期/安定成長期
日本経済が、二度にわたる石油危機をうまく乗切った時代、年代でいえば、七十年代から八十年代の前半期にかけての日本経済の躍進振りは、日本的経営に対する諸外国の識者の関心をいっせいに呼びさました。この時期には、日本人のみならず、多くの外国人による日本的経営の解明を目的とする研究書が書店の本棚を賑した。これは、画期的なことであった。なぜなら、単に欧米の物真似・亜流としてしか評価されなかった日本経済が決して借物ではない独自性(独自の強さ)を持ち、それを支えるものとして日本的経営といわれる独特の経営法を有していることに欧米の識者が気付いたことに他ならなかったからである。この様な動きを日本的経営の欧米諸国への移入の可能性についての真剣なもくろみとして評価するのはいささかいきすぎとしても、少なくとも、日本の制度、慣行の中にも欧米の基準に照らしてもなおかつ有用性を持ちうるものがあるという認識を深めた意味での意義は認められよう。
ところで、外国人の現代日本への関心は必ずしも高いとはいえないが、その中で他ならぬこの日本的経営に関するものが高い位置を占めているのである(1)。日本への関心のいわば代表選手といっていいほどに日本的経営にたいする関心は高いのだ。もちろんこのことは、先の日本的経営に関する著書同様、日本が世界に立ちあらわれるのは経済大国としての側面に限られており、そうしたごく限られた面においてしか我が国に対する関心を呼びさますものはないことを逆に示すものでもあるが。 ところが一九八五年九月のプラザ合意を契機とする円高の昂進によって、日本経済がいわゆる円高不況に落ち込むや、それまでの景気のいい日本的経営礼讃論が影を潜め、逆に日本的経営崩壊論などの勇ましい議論が展開され始めた。大前研一の『日本企業生き残り戦略』(プレジデント社 一九八七年)は「日本的経営の崩壊」という仮題で執筆してきたと著者はわざわざ断わっているし、プレジデント一九八七年四月号は「日本的経営の崩壊」を特集した。
日本的経営という以上それほど簡単に崩壊してしまうとは思えないが、重厚長大型の産業分野では円高不況の波をまともに被り大量の配置転換や希望退職者の募集が行なわれたり、こうした業界を中心として日本的経営の最大の特徴とされる終身雇用制や年功序列制にもかげりが生じた。その様な現象をとらえて日本的経営崩壊論を展開したい誘惑にかられる人が出てきてもさして不思議ではない。
ただ、なにをもって日本的経営というかによって、論者の立場は変りうる。ここで簡単に筆者の立場を明らかにしておこう。私が日本的経営というのは日本で行なわれている総体としての経営を指す。つまり、日本文化圏内で、日本人を対象として行なわれている経営法を日本的経営としてとらえる。したがって、筆者の立場にたてば日本的経営は崩壊したり壊滅したりしない。ただ、変質したり、また見掛けが大きく変貌することはありうる。日本的経営が、意識的に導入されたものというより、むしろ日本の企業の経営の実態から抽出されて認識されるようになったものであり、日本人の無意識の伝統的文化意識に支えられているものである以上、それには強い継続性が働いていると見るべきなのであって、むしろ日本的経営が事態の変化に巧みにあるいは過剰に適応しているため、一見崩壊しているかの観を呈しているに過ぎないものと考えられる。なぜなら、この円高不況が石油危機やニクソン・ショックなどのこれまで日本的経営が経験した様々な経済事象と比べて、隔絶して大きなの衝撃を与えるものであると証明できない限り、日本的経営に文化的断絶・亀裂を導くにたるとは思えないからだ。
日本には六四〇万を越す事業所が存在しており、これらの事業所においても様々な形での日本的経営が行なわれている。日本的経営が崩壊してしまうと、これらの事業所の存続そのものが危うくならなければならない筈であるが、それほどまでに深刻な事態に陥っているとは思えない。事実、その後、日本経済は、円高不況をものの見事に克服して、久し振りの大型景気を謳歌するに至っている。これも、日本的経営が崩壊もせず、うまく機能した賜ではないだろうか。 日本的経営は歴史的産物であり、かつ、日本の文化的産物である。経済の一部を成すので、国際的にも通用する普遍性・合理性を帯びている面があるのはむしろ当然であるが、日本文化圏に属している以上、これが日本文化の刻印を押されていないわけがない。といって、日本的経営が変化も変貌もしないものでないことは先に述べた通りである。同じ文化あるいは人々の伝統的な行動様式に根差すものではあっても、時代背景や環境が変化すれば、現象形態としての日本的経営が、変化し、変貌するのは当然である。
それに文化そのものも、変化し変質するものである。日本的経営が経済的成功をもたらし、国民の懐を豊かにしたことによっても、国民の意識が変り、行動様式も変る。貧しい時代には考えられなかった外食の風習も現在ではすっかり日本人に定着し、外食産業が大きな市場を形成するに至ったように。こうした現象がまた日本的経営に反映して日本的経営そのものの変化と変質をもたらす。この様に双方向に影響し合いながら、日本文化も日本的経営も変質変貌を遂げていく。このダイナミズムを見失うと、一時的な現象をとらえて、崩壊した、壊滅したと騒ぎたてることになりやすい。
ただ、日本的経営の崩壊論自体も日本的経営に対する関心が依然として高いことの一つの証左でもある。日本は、円高不況を乗り越え、今や押しも押されもせぬ世界第二の経済的スーパーパワーとして、再び逞しい成長路線をひた走っているが、日米構造協議に象徴されるように、国際市場を席巻し、ひたすら貿易黒字をためまくるわが国の経済構造そのものについて、国際世論は批判の矛先を突き付けるに至っている。アメリカではソ連の軍事的脅威より、日本の経済力をより脅威と見る人のほうが多い。こうした日本経済の国際経済社会との融和的な在り方を求める国際世論に的確に応えないかぎり、日本の長期的な繁栄の保証はない。その意味で、日本経済はいま歴史的な転換期に遭遇しているといえるが、現在ほど、日本経済を支えるソフトウエアとしての日本的経営の実像を正確にとらえて、激変する時代の要請に的確な対応が可能なように、日本的経営の今後の改革の方向づけのヒントを提供し、この難局の乗切りに資する必要性の高い時はないといえよう。
日本的経営を文化としてとらえ、文化の不変性を強調することにより、経済摩擦を引起こす側面を有する日本的経営の変容を迫る外圧への抗弁に用いる論も横行しているが、この論は文化そのものも変りうるものであるとの認識を欠き、いらずもがなの対外摩擦を助長するものだ。この文化不変論が偏狭なナショナリズムと結付くと日本を国際的な孤立化へ陥らせる危険性を孕みかねない。
あらゆるものに光と影とはつきものである。日本的経営についても光の部分だけを取りあげて議論すれば、これまで多くの日本的経営礼讃論者が陥ったように、あらゆる日本経済の成功の要因を日本的経営に帰し、そのマイナス面には一顧だに与えない、いわば木を見て森を見ない議論になりやすい。確かに今日の日本経済の成功をもたらした一つの要因として日本的経営は高く評価できよう。ところがそれが行きすぎると、その様な礼讃に値するほど立派な制度であれば、できうるかぎりそれを維持し、経済力の弱い国々に特効薬として輸出してはどうかというような議論に結付きやすい。しかし、影の部分が目に入れば、そういうことが安易にいえないことに気付かざるをえない。
確かに高度成長を支え、二度にわたる石油危機に見事に乗切り、今また円高不況を克服して、自由世界第二の経済大国へ押しあげたのも日本的経営ではあったが、この日本的経営のもとで長い労働時間の改善が一向に進まず、経済大国といわれる割りには国民一人一人が実感できるかたちでの豊かさやゆとりをもたらしておらず、国民の満足感も必ずしも高いとはいえない面があるのも事実だ。また、国際的な経済摩擦は、益々激化し、日本的経営の在り方そのものについて、日米構造協議にみられるようにその変革を求める声が高まってもきている。
その意味で、日本的経営の光の部分と影の部分とを切離すのではなく、その実像を総合的かつ正確に把握する必要性は高い。明るく輝く部分の背後には暗い影の部分がつきものであって、明るい部分だけをもっと明るく輝くようにしようとしてもそれは無理な注文で、そうしようとすればするだけ、結果的には影の暗い部分の暗さを増すことになりかねないからである。また、なにが世界に通用するか、どこが普遍的か、逆になにが世界に通用しないのか、どこが普遍的でないのかについて、冷静に分析し、日本的経営を普遍性のある経営法へ近付けていく努力が、現在は強く求められていると言えよう。
企業にも人の一生に似たライフサイクルがある。企業の草創、成長、安定、衰退、閉廃業、はそれぞれ人の誕生・幼年、青年、壮年、老年、死去に見合っている。日本の企業の場合、後で述べるように企業の維持存続に非常に大きな比重が置かれているので、一度設立された企業は、創業時の目的を果して衰退期に入っても、その内容を変えつつ生き残りが図られる。そのため、一度、衰退期に入っても、その後、再生、成長というサバイバルによるライフサイクルの循環が見られることがある。例えば繊維企業として当初創業された会社が一度閉業の危機に遭遇しながら、その後の多角化や事業転換努力で次第に総合化学会社に脱皮していくように。
ライフステージの各々の時期によって、日本的経営の現象形態も異なる。そこに働く従業員の意識(例えば一度その企業に入ったら、可能な限りその企業にい続けようとする意識)は変らなくとも、企業のそれぞれの発展段階によって日本的経営の特徴とされる属性には変化が生じる。
ここでは日本的経営の最も大きな特徴とされる終身雇用制と年功序列制が企業のライフステ―ジによってどのように異なった発現形態を取るかに付いて分析する。これにより、日本的経営が企業のライフサイクルに応じて(も)、変化変質するものであることを明らかにしよう。このことによって、ある企業の成長期には理想的な形(いわゆる終身雇用制と年功序列制を兼備えたという意味でつかう。以下同じ。)での日本的経営が成立するが、それ以外の時期には多少ともそれよりは形の崩れたあるいはいびつな形態で日本的経営は発現し、現象面のみを追掛ける論者にはあたかも崩壊し、壊滅したかの印象を与えることを示そう。
草 創 期:企業の草創期には、創業に直接参画したものとその後に就職したものとの序列づけが行なわれる程度で、まだまだ年功序列制にせよ、終身雇用制にせよ制度としては、確立されない。このことは年功序列制や終身雇用制が、意識的な経営法というより、いわば慣行として成立することを示すものだ。いずれにせよ、創業時には企業の生存そのものがまだ安定路線にのったかどうか定かではないのだから、年功序列制や終身雇用制を制度化する要請がどこからもでてこないのである。
成 長 期:企業が一応安定路線に乗り、成長を始めると、新しい労働者を毎年採用していくことになる。その際、企業にとっては採用や労働者管理のル―ルとして年功序列制や終身雇用制の制度化が必要になってくる。昨年雇用したものと今年採用したものに賃金上でなんらかの差をつけて、年功(その企業に尽くしたという評価)のある者にインセンティブを与える必要がでてくるからである。これが、ある組織により長く属したものをより評価し、また、あらゆるものにきめこまかな序列付けをする日本文化とも良く調和するため抵抗感なくなく受入れられる。しかも新規採用者を安く雇用するためには、終身雇用制(=生涯賃金制)を前提として、その能力にかかわりなく初任給は最低の給与水準で採用できれば、それが最も経済合理性にかなう。企業の成長期にはそれほど資金力に余裕がないし、余分の金があれば成長のための投資に回される。他の企業でも能力にかかわらず新規採用者は初任給という最も安い賃金を適用して採用する慣行が成立しているのでその面でも抵抗はない。当初小人数で設立した段階では、中途採用者で事足りるが企業が大きくなり、採用者の数も増え、しかも、自社の社風ができてくると、他の組織の社風に染まっていない若い優秀な労働力を確保するためには、新卒の労働者を採用しなければならない。
日本ではこうして新卒の労働者を一斉に採用する慣行が成立していった。この成長期に、ほとんどの企業で年功序列制と終身雇用制が慣行として確立する。企業は年々拡大しているので、実員も増えており昇進昇格を行ってもそれに見合うポストを充分設けることができるので問題は生じない。むしろ、一度入った組織にそのまま止どまりうるという安心感の方が労働者にとっては大きな意味があり、一所懸命の伝統的価値観にも適合する。労働に見合う賃金が支払われなくても、年功序列賃金制度のもとでは生涯を通して見ればその埋合せをしてもらえるという期待を持ちうる。
いわゆる「日本的経営」はこの成長期に最も理想的な形態で発現する。その意味でも、いわゆる「日本的経営」は成長を前提とした経営方式であり、常に拡大路線をとらざるをえない本質を持っている。これが各企業が、常にシエア競争に明暮れ、激しい過当競争を演ずる大きな原因である。
安 定 期:この時期に入ると、成長期のように退職者を上回る新規採用を続けることができなくなる。つまり、実員でみると現状維持か微増微減になり、ポストもあまり増やせなくなる。そのため知恵を絞って序列の細分化によるポストの増大を図ったり、単なる名称のみで実質のともなわない肩書を作り始める。この時期にいわゆる窓際族といわれる族が苦肉の策として生出される。つまり年功による序列づけが難しくなる。終身雇用制を維持するためには次第に無理が生じはじめ、比較的高給をはむ中高年にたいする肩叩きを行う企業も出てくる。つまり新規採用による新陳代射を図ったり、賃金の伸びを押える必要からも年功の高い高給者は歓迎されず、一定の年齢で昇級もストップにしたり、文字通りお払い箱にしたりする。
なお、論者によっては、中小企業には、年功序列賃金制や終身雇用制が理想的な形で成立していないことをもって、いわゆる日本的経営そのものを否定したり、その特徴とすることを認めない人もいるが、これは、日本的経営が理想的な形で発現する以前に、成長が止まり、安定期に入ったためと考えるべきであって、いわゆる日本的経営が理想的に発現するためにはある程度の企業規模に達することが、必要なことを示すものだ。
衰 退 期:この時期に入ると、新規採用は極めて難しくなり、退職者数を下回る採用を行うかあるいは採用ストップという事態に陥る。事実上ポストは減らさざるを得なくなり、希望退職者を募ったり関連会社への出向を増やしたり、最悪の場合は生首を切るなどの荒療法で実員の削減を図らざるをえない。従ってもはや年功に応じて序列をつけることも難しく、終身雇用制は事実上崩壊する。つまり終身雇用制は終身雇用というアメで若い労働力をその能力以下の低賃金で雇用し、そのぶんの埋合せを年功が高くなるに従い高い序列で遇したり、生涯賃金としては、定期昇級やベアで辻褄を合せることによって成立するシステムであるのが、企業が衰退期に入ると、肩書も与えることができなくなり、いわばとりのこした高賃金の部分も、昇級ストップ、定年年齢の引下げ、途中退職あるいは出向の形で水に流さざるをえなくなる。こうして、労働者の管理策としては終身雇用制も年功序列制も完全に機能を失う。
年功序列制が崩壊すれば、肩書を人生の目的としてあらゆるものを犠牲にして忠誠心一筋で生きてきた多くの人々から生きがいを奪う。終身雇用制の崩壊はそういう人にとっての人生設計の失敗に繋がる。もらいそこねた金を当てにして家をたてた人は取返しがつかない。これらが自殺の引金にもなる。日本では相変らず中高年者の自殺率は高い。
以上見たように、企業のライフステ―ジに応じて、終身雇用制も年功序列制もその発現形態を異にするのであって、現実に現在成長期にある企業にあっては終身雇用制も年功序列制も理想的な形で見られるのであるが、鉄鋼や造船・電機などの衰退期に入った企業では、いわば日本的経営の崩壊といわれるような現象が見られるわけである。先にも指摘したように、日本の企業はその維持存続を第一義とし、贅肉を切りおとして再生を図り、衰退期から見事に回復し、再度、成長路線に乗る可能性も持っている。その様な企業においてはまた年功序列制や終身雇用制が理想的な形で復元される可能性もある。ただ、その場合は、一度失敗したという学習効果が様々な面で現れることなり、当初の形とはかなり異なったものとなる可能性が強い。
ここでは、極めて単純化した形で企業のライフステ―ジと終身雇用制および年功序列制との関連について述べたが、諸々の企業が多かれすくなかれ一本調子の順調な生々発展をするのではなく様々な浮き沈みを経験しながら、日本文化と言う風土の中で日本的経営の運用に習熟していくのであるから、日本的経営そのものにも極めて多くのバリエ―ションがあることはいうまでもない。しかも次ぎに述べるように現実には日本経済の発展段階と個別企業のライフステ―ジが微妙にからみあい、極めて複雑な発現形態を示すのであり、ここではそれらをわかりやすく説明するために単純化して示していることをお断わりしておく。
この分析を通じて明らかになったのは年功序列制と終身雇用制を前提とするいわゆる「日本的経営」が成長を前提とした経営方式であり、その方式による理想的な経営を維持するには常に拡大路線をとらざるを得ないということである。これが各企業がシエア競争に走る原因であり、その結果として、熾烈な過当競争をえんじることになるのである。
企業の発展段階によって日本的経営の発現形態が異なるように、日本経済の置かれた環境、日本経済の発展段階によっても日本的経営の発現形態は異なる。
復 興 期:戦後の日本経済の発展段階は大雑把に復興期、高度成長期、安定成長期の三期に分割することが可能であろうが、復興期においては太平洋戦争敗戦による経済の荒廃のなかで、ほとんどの企業がいわば零に近いところから横一線に並んで再スタートを切ることになった。その意味では企業の草創期の状況に近似していた。モノやカネの絶対的不足に加えて、戦死による若年労働力不足、外地からの復員労動力の流入、レッドパージによる有力経営者の追放、財閥解体、激しい労働争議の多発などにより、労働市場も組織もまだ混乱・無秩序・未分化の状況が続く中で、文字通り企業の存続を賭けた激しいサバイバルゲームが繰り広げられ、競争力のある組織づくりへ向けて、様々な試行錯誤が行われた。戦前型の組織原理に加え、戦後は諸外国、とくにアメリカから多くの経営法や組織原理の諸思想が紹介されたこともあり、両者の長所の摂取・融合も試みられた。
傾斜生産方式の導入や朝鮮特需などにより、日本経済の前途にも明るい復興の兆しが見え始め、人心が落ち着きを取り戻していくに伴い、企業の組織も安定化へ向かい、その中から、次第に現在の日本的経営といわれる経営法が自然発生的に形を整えて行った。つまり、日本人の心情にも良く合い(その意味で日本文化の伝統的価値に良く合い)、また、小規模で蓄積の乏しい草創期の企業に相応しく成長・拡大・競争志向型の日本的経営へ次第に収斂していったのである。この文字通り、命懸けでサバイバル競争を勝ち抜かざるを得なかったと言う幼児体験が、その後の日本的経営の中に色濃く影を落としていることは記憶に止めておいていいだろう。復興期に準備された成長・拡大・競争志向型の日本的経営は、環境さえ許せば、爆発的な高度成長を達成しうる体質を内包していた。
高 度 成 長 期:内外の経済環境の好転により、あらゆる企業が、一斉に高度成長を始める。その結果、日本は未曾有の高度成長を遂げる。これは、あらゆる企業の成長期がほとんど重なりあったことによってもたらされたと言ってもよい。この時期には、日本的経営の最も理想的な発現形態が日本企業の非常に多くの部分で見られたという意味で、日本的経営イクオ―ル終身雇用制、年功序列制という通説を生出す土壌になった。もとよりこの時期にも衰退期に差掛かっていた企業もあったが、この時期においては著しい需要の拡大があったので、そういう企業であっても新規分野への転換が比較的容易であったため、どの企業にもほとんど同様の経営方式が発現しえたのである。
安 定 成 長 期:高度成長期に加速的な急成長を遂げた日本経済も、石油危機に遭遇して、一転安定成長期を迎える。爾来、日本経済は、不況と、低位安定成長とを繰り返しているが、不況に遭遇すると、日本企業はおしなべて減量経営に走る。石油危機後の不況や円高不況に際しても、重厚長大型の多くの企業が減量経営を実施した。これは周知の事実であるが、これをもって日本的経営の特徴と位置付ける論者は少ない。しかし、この事実は、停滞期における日本的経営の発現形態としてこの減量経営を位置付けるべきであることを示唆している。減量経営と終身雇用制および年功序列制とは表裏一体の関係に立っている。
円高不況時には、円高のデメリットをまともに被った企業群と円高メリットを享受している企業群とに分極化が進み、その意味で日本的経営の様々な発現形態が混在して見られた。ちょうど、企業の発展段階としての安定成長期にあるものと衰退期に入ったものとが混在しているようなものであった。円高のデメリットをまともに被った企業群において先に述べたような日本的経営の崩壊論が展開されるような状況に陥ったのは記憶に新しい。 現在、日本経済は、円高不況を克服し、大型景気の真っ最中にあり、一度冷え込み掛かった日本的経営にたいする信頼感も復活してきており、経営者も自信を深めているが、日本経済が現在の成長路線からマイナス成長に落込めば、日本の多くの企業において企業の衰退期に見られると同様の日本的経営の発現形態が見られることになろう。もちろんその中でもなお成長期の企業があれば、理想的な形での日本的経営が残る可能性はあろうが。ただ、ここでは議論を単純化するため、日本経済の発展段階を単線的に描いたが、今後日本経済が情報化・サ―ビス化・高齢化していくに伴い、産業構造の高度化を遂げるとともに、経済のグローバル化、ボーダーレス化の潮流の中で様々の国際的な経済構造調整を迫られなど、まったく新しい局面に遭遇しなければならないことを考えれば、たとえその企業が成長期にあるとしても、これまでのような理想的な形での日本的経営の発現形態を示すことにはならないであろう。不況に遭遇すると、終身雇用制の下でも大胆な減量経営に走ったように、ある種の適応能力の高さも日本的経営の特徴の一つなのである。
日本的経営と日本文化との関わりに付いて論じる必要があるのは、日本的経営の将来予測をするにしても、その根底を規定する日本文化との関わりについて分析しなければ的確な予測ができないからである。また、日本的経営の改善改良を図るにしてもその文化的土壌との関わりについて充分な考察がなければ、効果的な改善・改良は不可能だからである。
背中に大きな腫瘍ができたとして、原因を確かめることもなく、闇雲に塗薬を塗ったり、切除したりするよりも、腫瘍のできた原因を内科的にも外科的にも良く調べた上でその原因に応じた治療法を講ずるほうが旨く治癒できるのと同じ事だ。
先に見たように戦後の目覚ましい経済的成功の大きな要因の一つが日本的経営にあることは疑いない。円高不況を克服し、現在のような円高の水準もものともせず、なお依然として強い国際競争力を維持しているのも、ほかならぬ日本的経営の力である。それがある面では強すぎるために、OPECを上回る貿易黒字を稼ぎ出し、そのことが、世界各国との経済摩擦を激化させるとともに、国際的な経済構造調整を求められ、自らの首をしめることにもなっているのである。
この意味からも、我が国の経済を世界経済の中に調和的に組込んで行くためには、日本的経営そのものの在り方について見直す必要がある。文化的な基盤を含めて日本的経営そのものの変革を図るのでなければ、経済摩擦の火は治まらないばかりか、へたをすると各国の猛反発を招き輸出市場からの締出しを受け、戦後営々として築きあげてきた地歩を失うことになりかねない。
とすれば日本的経営の将来を展望するとともにその国際環境への調和の可能性を、その基盤を形成する文化的な側面にまで堀下げて考察することは、極めて時宜を得た必要性の高い試みということができよう。逆にその試みに失敗し、文化に根差した根の深い問題であるとの認識を欠いて、単に現象的に悪い面のみを拾い上げ、その対症療法的な改善を図ろうとすれば、効果は上がらないばかりかせっかくのプラス面さえも破壊し、元も子も無くすことになりかねない。できるだけいい面を残しつつ悪い面を改善していくためには、全体像の正確な把握が何よりも重要なのである。
また、日本的経営が日本文化に深く根差したものであるとの認識を欠けば安易にその海外への輸出を考え、不況の先進国企業や発展途上国の特効薬として投与せよとの議論になりやすい。しかしこれが日本文化に深く根差しているとの認識を持てば、外国に輸出するにしても、文化的な障壁をいかにして突破したらよいかという考察をしてからでなければ輸出しようという気にならないだけのメリットは生じよう。今日、多くの企業が海外進出をその企業戦略として考えているが、文化としての日本的経営の認識・把握はその際にも必要不可欠であることはいうまでもない。
よく引き合いに出される小話だが、「あるテロリストの集団にフランス人、日本人、アメリカ人の三人が捕まり、処刑されることになった。殺す前に、自分のやりたいことを一つだけやらせてやろうという。そこでフランス人はフランス国歌を歌いたいと言った。日本人はもう一度、日本的経営のユニークさにについて講義したいと申し出た。それを聞いたアメリカ人は、『どうか自分を一番はじめに処刑してくれ』と頼んだ。」というのがある(2)。この小話は、外国人に、日本的経営ないしは日本人がどういう風に受け止められているかを、辛辣に示している。
以上述べたような意味で、文化としての日本的経営の真価が現在はまさに国際的に問われているといえよう。これにうまく応えないならば日本経済の前途も決して楽観できないであろう。狭義の「文化」としての日本的経営が、世界に真に誇りうるものにならない限り(誇りうる普遍性を持たない限り)、日本経済の世界経済との調和的な発展はありえまい。その意味で日本経済の国際的構造調整と並んで日本的経営の改善・変質が今後はいろいろな側面で不可避となろう。
注
(1)辻村明他編『世界は日本をどう見ているか』日本評論社、一九八七年 五三頁 (戻る)
(2)この小話には、フランス人をドイツ人へ置き換え、「われわれの生活における規律と命令の重要性を世界に訴えたい」といわせる(リード・マウラー『日本市場での競争』サイマル出版会、一九八九年 六四頁)ものなど同巧異曲のものが多いが、日本人に日本的経営について話したいと言わせ、アメリカ人に、日本的経営のユニークさについて講義を聞く前に殺してくれと言わせる構造は同じである。いずれも、日本との大幅貿易赤字に悩み、日本に構造障壁調整を求めるアメリカの日本的経営自賛への食傷気味を強調するものだ。(戻る)