読書の部屋:最近購入書籍1999/10/15
1999/10/15掲載
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著者・編者名 書名 出版社 出版日
イアン・マキューアン アムステルダム 新潮社 1999.5.30
小和田哲男 石田三成 PHP出版 1997.1.6
黒田勝弘 韓国人の歴史観 文芸春秋社 1999.1.20
サイモン・コンウェイ・モリス カンブリア紀の怪物たち 講談社 1997.3.20
百目鬼恭三郎 奇談の時代 朝日新聞社 1978.8.30
荒俣宏 奇っ怪紳士録 平凡社 1993.11.15
健次 きみたちと朝鮮 岩波書店 1991.6.20
高宮いづみ 古代エジプトを発掘する 岩波書店 1999.4.20
ポール・オースター 孤独の発明 新潮社 1991.4.15
山崎豊子 沈まぬ太陽(1,2,3) 新潮社 1999.6.25
時代小説の会編 時代小説百番勝負 築摩書房 1996.4.20
ポール・オースター シティ・オブ・グラス 角川書店 1989.4.15
エリザベス・ギルバート 巡礼者たち 新潮社 1999.2.25
石川好 ストロベリー・ロード(上下) 早川書房 1988.4.30
ジャン=フィリップ・トゥーサン ためらい 集英社 1993.1.10
永井荷風 摘録断腸亭日乗(上下) 岩波書店 1987.7.16
柳恵誌郎 テニス面白すぎる新打法 青春出版社 1990.5.1
鈴木良一 豊臣秀吉 岩波書店 1954.7.20
長崎(江戸時代ひとづくり風土記) 社団法人農産漁村文化協会 1989.5.25
岸田秀 20世紀を精神分析する 文芸春秋社 1996.10.30
吉田直哉 脳内イメージと映像 文芸春秋社 1998.10.20
野本陽代 ハッブル望遠鏡から見た宇宙 岩波書店 1997.4.21
宮部みゆき 初ものがたり 新潮社 1999.9.1
別役実 日々の暮し方 白水社 1994.9.30
小西正泰 虫の博物誌 朝日新聞社 1993.12.25
林望 リンボウ先生の閑暇なる休日 PHP研究所 1999.4.2

 
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著者・編者名 書名 訳者名 出版社 出版日 メモ2
イアン・マキューアン アムステルダム 小山太一 新潮社 1999.5.30  私にとって、イアン・マキューアンの二冊目の本。98年度ブッカー賞受賞作品。
 この小説は、モリーという女性の葬儀の日から始まるが、この女性と生前、交渉のあった三人の男性の物語である。いわば、引き回し役はすでに死亡しているというわけだ。三人とも、社会的には成功者に属する。作曲家、編集長、外務大臣。三人とも知的レベルは高い。たとえば、作曲家は、次のように考えたりする。
 「リズム・メロディ・心地よいハーモニーを「読み取る」力は、言語を学ぶという人間独自の能力と同じく遺伝子に書き込まれたものである。人類学者の調査によれば、これら三つの要素はすべての音楽文化に見つかっている。ハーモニーに対する耳はわれわれ固有のものなのだ。(さらに言えば、ハーモニーの文脈に包まれていない不協和音(ディスハーモニー)は意味がなく面白くもない。)ひとまとまりのメロディを把握するというのは複雑な精神活動だが、それはまた幼児すらなしうる活動でもある。われわれは遺産を受けついで生まれる音楽的人間(ホモ・ムジクズ)なのだ。それゆえ、音楽における美の定義は人間性の定義を含まねばならず、その定義がわれわれを人間性と意思伝達とに連れ戻してくれるのだ・・・」(p.28)
 つまり、作者は、真の作曲者らしい人物を描くことをやすやすとやってのけるのだ。もちろん、他の二人についても、同じ事が言える。読みやすく、知的刺激に富んだ本だ。
小和田哲男 石田三成 PHP出版 1997.1.6 秀吉の参謀格で、悪名のみ高い、三成とはどういう人であったか。最近、NHKの堂々日本史でも取り上げていたので、秀吉と一緒に勉強してみようと言うことで購入。筆者は、三成にこれまで着せられてきた様々な悪行を、いわれのないものとして排除している。
黒田勝弘 韓国人の歴史観 文芸春秋社 1999.1.20 隣国の韓国人がいかなる歴史観を持っているか。従軍慰安婦問題などで、マスコミの報道を通じて少しはわかったつもりになっているが、韓国に詳しい著者の見解に耳を傾けてみよう。
サイモン・コンウェイ・モリス カンブリア紀の怪物たち 松井孝典 講談社 1997.3.20  グールドの「ワンダフル・ライフ」を読んで以来、バージェス化石動物のことが気になって仕方がない。ついつい、この本も買ってしまった。
 グールドに寄れば、カナダのバージェスで発見されたカンブリア紀の生物の化石は、これまでのダ−ウィン流の生物進化の見方に変革を迫るものだった。化石の中の奇妙奇天烈な生き物たちは、この紀に生物が爆発的に多様化し、しかも、そのごく一部が幸運以外の何者でもない偶然に支配されて生き残り、それらの生き物が現代の生物の直接の先祖になったことを示している。しかも、カンブリア紀に遡り、生物の進化を再度繰り返すとすれば、人間という意識を持った生物への進化は、百万分の一以下の確率だろうという。
 さて、この本はどういう新しい知見を示してくれるのだろうか。
百目鬼恭三郎 奇談の時代 朝日新聞社 1997.8.30 この著者は朝日新聞で活躍した。「風」の文名で、書評も書き、本も出した。私も読んだが、日本の古書の類について大変教養がある人である。その人が、日本の優れた奇談について、紹介の労をとった本だ。
荒俣宏 奇っ怪紳士録 平凡社 1993.11.15 現代の奇人、荒俣氏の本である。自らが奇人であるからして、選定の眼識が定まっている。第一部は日本人の、第二部は外国人の奇人、変人を集める。北海道という地名の生みの親、北海道人こと、松浦武史郎が最初から二番目に登場する。7月に知床半島に行ったが、羅臼のヒカリゴケノの洞窟の近くに、彼の記念碑が建っており、あの時代にこんな僻地にまで足を延ばしたのかと感慨を覚えた。晩年は諸国から取り寄せた材木で作った、一畳庵に立て籠もって過ごしたらしい。
健次 きみたちと朝鮮 岩波書店 1991.6.20 案外知っているようで知らない、隣国朝鮮の歴史。日本との交流史。編集者のつれづれノートにも書いたが、薩摩焼の沈壽官さんのように、14代にわたって韓国名で日本で頑張っている一家もいる。
高宮いづみ 古代エジプトを発掘する 岩波書店 1999.4.20  早稲田大学の吉村作治教授グループは、古代エジプト発掘に大きな実績を上げている。その一員のまとめた発掘の記録である。
 1991/12、アブ・シール南丘陵頂部遺跡の発掘をはじめてわずか7日目に、石造建造物の所有者が正体を現すという幸運に遭遇する。意外な大物、ラメセス二世の第四王子カエムワセト王子にほぼ間違いないというのだ。その後、1997年夏までの六回のシーズンの発掘調査で、遺跡の全体像がかなりはっきりしたが、調査は今後も続けられると言う。
 エジプト学や発掘現場の実際、調査隊の暮らし、なども紹介して、古代エジプト考古学の調査の実態を浮き彫りにしている。
ポール・オースター 孤独の発明 柴田元幸 新潮社 1991.4.15 一度読むと、オースターの文体は、中毒性の吸引力を持っている。
 この本は、自伝的要素も持った本らしい。小説の冒頭で父が死に、この「見えない人間」であった父の探求が始まるのだ。
山崎豊子 沈まぬ太陽(1,2,3) 新潮社 1999.6.25  長編を飽きさせずに読ませる山崎豊子の筆力にはいつも感心している。この作品は、現代日本の企業の本質をえぐっているような気がして、買った。
 舞台は、ナショナル・フラッグキャリアの航空会社だ。主人公は恩地元。名門大卒のエリートながら、ちょっとしたいきさつから労働組合の委員長を引き受けざるをえなくなる。根が真面目な恩地は、組合傘下の労働者のために、他企業に比べて劣悪な労働環境や処遇の改善を実現しようと、社長以下の経営陣と渡り合って一歩も退かない。ところが、それはこれまで御用組合で、組合幹部を経験することがいわば、出世のルートと化していた従来の慣例を無視するものであって、彼を後任に推挙した前委員長からも、激しくいさめられる。それでも恩地は頑張り、ストを決行する。それが、たまたま総理がオランダから帰国する政府専用機の到着日に重なったため、アカ、共産党の手先呼ばわりをされるようになり、委員長を退任後、海外の僻地をカラチ、テヘラン、ナイロビとたらい回しにされる、いわば「流刑の民」に等しい憂き目に合う。
 人物像はやや類型的ながら、このように、日本的経営の実態や、わたしがウズ社会というところの会社社会の中で生きていくことの難しさがリアルに描かれていて、読まされる。
時代小説の会編 時代小説百番勝負 築摩書房 1996.4.20 時代小説の会のメンバーは、中村嘉人(1929年生まれ、会社監査役)、鷲田小爾太(1942年生まれ、大学教授)、山内文明(1942年生まれ、ジャーナリスト)の三人。この三人が旅路で偶然に出会い、夜の明けるのも忘れて時代小説を語り合ったことから始まったという。
中里介山の「大菩薩峠」から、「四十七人の刺客」、「本所深川ふしぎ草紙」などまで、この「会」が選んだ100冊の時代小説が、きっちり2ページに一冊ずつ紹介される。
ポール・オースター シティ・オブ・グラス 山本楡美子・郷原宏 角川書店 1989.4.15 オースターのものとしては、これが4冊目。ニューヨーク三部作の一作目。オースターは石油タンカーの乗組員の経験があるらしい。
17の出版社からつき返された作品。出版と同時に大評判になり、三部作の残りの二冊も、出版の運びになった。ミステリーとしても読める小説らしい。
エリザベス・ギルバート 巡礼者たち 岩本正恵 新潮社
1999.2.25
 短編小説でしか書けないことがある。という帯のオプションに惹かれて買った。著者の処女短編小説集だが、インターネット上でのアマゾン・コムの読者採点でも、満点続出の作品らしい。
◆最初の「巡礼者たち」を読み終わったところだが、悪くない。牧場のカウボーイが父が新しく雇い入れた、オンボロ車で流れついたようなカウガールに惹かれる物語だが、このカウガールが、何とも魅力的なのだ。決して美人ではないが、生き物そのものといった活きの良さを持っている。また、二人の会話がいい。なるほど、これ以上長く書いても、短くても、作品の鮮度が落ちそうな気がする。とするなら、短編小説でしか書けないことが、確かにありそうである。
石川好 「ストロベリー・ロード」(上下) 早川書房 1988.4.30  著者の人生にもっとも大きな影響を与えたに違いない、カリフォルニアの農園での雇われ農夫としての生活を小説化した作品。
ジャン=フィリップ・トゥーサン ためらい 野崎歓 集英社 1993.1.10 トゥーサンの本は、これで二冊目である。何とも不思議な魅力のある文体で、ごくごくありふれた日常が淡々と描かれるのだが、読まされてしまうのだ。
永井荷風 摘録断腸亭日乗(上下) 磯田光一編 岩波書店 1987.7.16 読みたいと思い、事務所近くの本屋で岩波文庫の書棚をずいぶん前から物色していたのであるが、決まって下巻しかない。注文するのも、と思い、数ヶ月たってしまったが、今日、その同じ本屋の奥の方に、平積みになっているのを発見した。上下で4組ほども置いてある。本棚の方はと見ると、こちらは下巻だけである。新しく入荷したのではなさそうだ。いずれにしても、欲しいものが手に入った。荷風39歳の秋9月からの日記である。今年のように雨の多い秋だったようだ。
大正6年(1917年)9月16日。秋雨連日さながら梅雨のごとし。
と荷風は記す。
柳恵誌郎 テニス面白すぎる新打法 青春出版社 1990.5.1 テニスは奥が深い。いつまでやっても、得心がいかない。そこで、次々とテニス関係の本を読みあさり、その中で自分の現在の疑問にうまく答えてくれるところを見つけだしては、次の練習の時のヒントにする。この本には、「新打法」と銘打たれているだけに、わたしの要求に応えてくれるところが多い。早速、コートに出て試してみたら、かなりうまく行った。
鈴木良一 豊臣秀吉 岩波書店 1954.7.20 この八月、秀吉の最初の築城である、長浜城を訪れ、長浜駅前の石田三成との会見の石像を見、歴史書に登場する多くの地名、制度、行事に触れたので、秀吉の真の姿に興味を覚え購入した。
長崎(江戸時代ひとづくり風土記) 社団法人農産漁村文化協会 1989.5.25  郷土島原についても、知らぬことが多い。手頃な解説書が欲しいと思っていたら、この本が見つかった。福知山から移封された松平家が、学業や医術の向上のために、稽古館(1793年)や済衆館(1821年)を開いたなど、初めて知った。済衆館の薬園については多少知っていたが。島原図書館に「松平文庫」があることは知っていたが、これが松平家の初代島原藩主忠房(1669年、福知山藩主から)の収集した1万点に及ぶ膨大な和書・漢書類であり、専門家にも注目されていることは初めて知った。しかも、稽古館の伝統は我が母校島原高校に引き継がれているというのだ。
 松平家の最後の藩主忠和が15代将軍徳川慶喜の実弟だったことも、初めて知った。そのためもあって、明治期には中央で活躍した人物がほとんど見当たらないという(p.216)。
((江戸時代も湯治場として賑わった)雲仙の歴史は古く、奈良時代の名僧行基が温泉山うんぜんさん(雲仙山)満明寺を建立(701年)して山岳仏教を広めたと伝えられます。寺院の繁栄とともに山号がこの地の総称となりました」(p.143)
ドイツ人医師ケンペルも帰国後、雲仙を紹介している。シーボルトも自著の「日本」に、助手のビュルガーが行った日本で最初の温泉水の化学分析結果とともに雲仙小浜を紹介している。(p.147)
岸田秀 20世紀を精神分析する 文芸春秋社 1996.10.30 「性的唯幻論序説」で久しぶりに岸田節に接し、また読みたくなった。これも1992年から1996年までに、新聞・雑誌に書かれた文章が集められている。書評もある。たとえば、柳美里の「私語辞典」など。
吉田直哉 脳内イメージと映像 文芸春秋社 1998.10.20 この著者は、なかなかの書き手だ。NHKでも、ドキュメンタリーの分野で数々の佳品を作った。その人が、人類がその誕生以来貯えてきた巨大な脳内のイメージと映像との関係について考えてみたという。興味を引かれて購入した。
野本陽代 ハッブル望遠鏡から見た宇宙 岩波書店 1997.4.21  宇宙には、宇宙誕生以来の140億年分の情報がびっしりと詰まっている。140億年前からの過去が、何万枚も重なった透かし絵のように、現在の地球で見られるのだ。そのことを可能にしたのが、衛星に設置されたハッブル望遠鏡である。
 空気という障害物のない宇宙空間に設置された同望遠鏡は、これまでの望遠鏡に比べて格段に感度が良く、映像は明確で、これまでの宇宙像を次々に書き改めている。もっとも、開設直後は、ピンボケで、NASAの大失敗とマスコミにたたかれたが、エンデバー号による決死の大改修でみごと、生まれ変わらせたのだ。
 この本にも掲載されたカラー写真は、われわれの想像力を刺激してやまない。およそ信じられないような様々な形象がカメラで写し出されていて、どうして、こういう形象ができるのか、科学者にあらたな挑戦状を突きつけている。 
 今年になってハワイにも、日本の国立天文台が新たな望遠鏡を設置した。この口径8メートルのレンズを擁する反射望遠鏡も大変な威力を発揮しているらしい。
 宇宙に関する、新しい情報が、溢れるばかりに取れる時代になったのだ。その意味でも、現在はきわめて面白い時代であり、宇宙好きの私にも、堪えられない時代である。
(1999.9.30)昨夜、読み終わったが、この本が出版されてからの、新発見もすごいものがあっただろうと推測される。読み終わったときに目にした、昨日の夕刊にも、この本でも取り上げているかに座について、新事実が発見されたというNASAの発表を報道している。宇宙がますます面白くなっていく。
宮部みゆき 初ものがたり 新潮社 1999.9.1 妻が、同じ著者の「本所深川ふしぎ草紙」を読んで、宮部さんの心の細やかさに魅せられ、すっかりファンになったようだ。今朝方の新聞に新潮文庫から、その続編らしき本書が発売になったことを知り、探してみたら、すぐ見つかった。思った通り続編だった。
 回向院の旦那といわれる岡っ引き茂七の人情物捕物帖だ。第一話「お勢殺し」読了。
別役実 日々の暮し方 白水社 1994.9.30 退屈、お散歩、夏休みなどなど、45にわたる項目について、正しい仕方、飼い方、過ごし方をエッセイにしたものである。
たとえば、「正しい日記の書き方」には、次のようなことが書いてある。
「我々は日記帳を前にし、いざ書こうとすると、何故か正直にありのままに書こうという悪しき衝動に駆られる。・・人間性というものは、自然状態放置しておくと誠実にならざるを得ないのであり、日記というものは常に、人の人であることを弛緩させ、自然状態堕落させるのである。それだけではない。日記は中毒する。・・・・日記を書いていない人間だけが、生きることに専念することが出来る。・・・したがって原則的なことを言えば、「正しい日記の書き方」などというものはない。日記は、あくまで書かないことが正しい、のである。・・・」
 別役流の「正しい日々の暮し方」で、日々の暮らし方をチェックしてみるのも一興であろう。
小西正泰 虫の博物誌 朝日新聞社 1993.12.25  動物の中で一番繁栄している種族は昆虫らしい。身の回りにも至る所に昆虫がいる。そのありふれた昆虫だが案外知らないことが多い。たとえば、この本の最初に登場するモンシロチョウ。これは、純国産ではなく、外国からの侵入種らしいのだ。このモンシロチョウが、沖縄本島へは1958年、八重山諸島には1962年、台湾には1961年に侵入を果たしたらしいのだ。子供の頃から見慣れていた蝶が、わたしが大学に入った後になって、沖縄や台湾へは渡ったというのだ。
 アリが、一糸乱れず行進できるのは、分泌腺からごく微量のフェロモンを地表に滴下し、そのにおいをたよりにするかららしい。これは、1959年にアメリカのウイルソンが解明した。このフェロモン0.33ミリグラムで、アリに地球を一周させることができるという。
 こんな面白いことがびっしり詰まっている。
林望 リンボウ先生の閑暇なる休日 PHP研究所 1999.4.2  著者は、「有限の仕事は、まじめにさえ勉めていれば、かならず終わる時がくる」と信じ、 イギリスに渡り、ロンドン大学、ケンブリッジ大学の一万冊に及ぶ古文献の目録を7年以上の歳月をかけて、完成出版した人である。その経験を踏まえて、「不諦」と題したエッセイで、次のように言う。
「思うに、これはこうすれば出来るだろう、と容易に見当がつくほどの仕事ならば、誰にでも出来る。いやしくもこの世に生まれて、手足を働かせて、一個独立の人間として息をしているならば、誰にでも出来る程度のことをしてなにになろう。それは、つまり凡庸の道ということである。私は凡庸であることを望まない。一見不可能なほどの仕事をしおおせたとき、人はその仕事を非凡と認めるかもしれぬ。おなじ生きるなら非凡に生きたい。
 だから、まず、「不可能」と見えるような高い目標を立てる。そうして、その不可能に向かって、人の何倍も努力をする。努力は容易には酬われない。いや、もしかしたら、永劫に酬われないかもしれない。だ、それで諦めてはなにごとも水泡に帰する。努力して努力して、我慢して、我慢して、何年も粘り強くその不可能の高みによじて行く。それでも、その仕事が有限であるならば、いつかは必ず成就の日を迎えるであろう。諦めてはいけない。すくなくとも、私は諦めない。決して決して諦めない。
 「諦念」などは、棺桶の蓋を閉める音を私の耳が聞いたとき、そのとき初めてちょっとは観念してみてもいいのかもしれない。
 けれども、今はまだ、とにかく「不諦」。)(P.272「不諦」から)
 単に閑雅なる休日を賛美するだけの本ではない。
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