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編集者のつれづれノート
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多趣味は身を助く
2003年4月9日、職場のOB会の一つである「濠ばた会」で、スピーチをした。ここに掲載したのは、その時、配ったレジュメである。
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2003/4/9
濠ばた会(スピーチ)
多趣味は身を助く(レジュメ)
阿部毅一郎
1.私の基本コンセプト
人生は愉しみから愉しみへの旅である。
人生は愉しく、仕事も愉しく、老後も愉しく。
2.私の愉しみの数々
HPで紹介(30近くの部屋、HPは自分史、自分のこれまで書いてきたもの、描いてきたもの、やってきたことのアーカイブス=文書貯蔵庫、私家版全集の趣き)
・スポーツをすること(テニス、ゴルフ、スキー)
・ゲームをすること(囲碁)
・描くこと(水彩画、スケッチ、俳画)
・書くこと(エッセイ、日本文化論、日本的経営論、論文、評論、紀行記、童話、推理小 説、短編小説、歌詞、詩、日記)
・詠むこと(和歌、俳句)
・ひねること(川柳、言葉遊び)
・撮ること(カメラ、ビデオ)
・読むこと(読書、引用・語録)
・観ること聞くこと(音楽、観劇、映画)
・旅すること(旅行、ドライブ)
・いじること(パソコン、インターネット、ホームページの運用)
3.有段者といえる趣味のリスト(下手の横好きが多いがそればかりではない)。
私の囲碁(プロに2〜3子で打つ、三水会優勝3回、第一回ジャンボ大会優勝チームのメンバー)→有段者と言える。
囲碁のレベル・基準で計って見て有段(棋譜が取れ、後で並べ直せるのが一応有段者の基準)と言えると自分で思うもの
・テニス(H会、ダブルス優勝7回、最高殊勲賞受賞(最多勝利賞)11回現在3年連続受賞中、最近ではデ出場組に勝つことも)
・ゴルフ(昨年、第102回O会で優勝、S工業会常務会コンペで生涯ベストの79で優勝)
・スキー(札幌手稲のオリンピックコースで滑る。フランス、ゲレンデ総延長600キロのオリンピックコースを含むコースで滑る)
・水彩画(月刊雑誌「時評」の表紙絵3回採用、日本倶楽部会員作品展に連続7年出品)
・エッセイ(人生の愉しみに関するエッセイ、月刊誌に丸5年連載、日本文化に関するエッセイ、一年間連載2回)
・論文(東洋経済社賞、時評賞受賞)
・評論(月刊雑誌に60回ほど執筆)
・著書(商業出版、3冊:「文化としての日本的経営」「日本的システムの総点検」「どう変わる国際経済と日本」)
・紀行(「イギリスを走ろう」原稿用紙500枚以上他)
・童話(昨年「チビクロの冒険」出版)
・推理小説(「オール読物」など月刊誌新人賞最終候補に「遺書は風に散った」、「情事のたしなみ」で2回)
・短編小説(「オール読物」月刊誌新人賞選考三次審査を「山羊男」で突破)
・歌詞(東大第一応援歌「闘魂は」、同人誌で「燃えつきた恋」で作曲家 遠藤実 賞受賞)
・川柳(川柳専門雑誌で金賞受賞、「たまには歌句会」(@niftyのフォーラム)で川柳部門最多トッ プ賞)
・ドライブ旅行(ヨーロッパをポーランド時代5500キロ、退官後:イギリス2500キロ、 スペイン→ポルトガル2000キロ、イギリス南部1500キロ走る)
・HP(アクセス件数、26000突破、日経新聞(2001/11)、北海道新聞などに紹介記事)
◇ わたしのHPを見て作家林望のコメント「日本にも本当の意味での趣味人がいたんだなとうれしくなりましたね」
4.「多趣味は身を助く」のエピソードの紹介
テニス
どこにでもラケット、赴任地(高松、ワルシャワ、札幌)ではすぐ仲間が出来た。
ポーランド時代、加入していたブリティッシュクラブでシングルスのチャンピオン、決勝戦では2セットとも、1-4から逆転、7−5,7−5でインド、シーク族の頭にターバンを巻いた巨漢シンさんに辛勝。「これがどんなに凄い試合かわかるか」と、観戦中のイギリス外交官夫人がわたしの妻に語ったとつい最近、妻から聞いて知った。
ブリティッシュ・クラブの主将として、外交官クラブとの対抗戦に出場。
週末は、対戦申し込みが各国の外交官から。
アメリカ大使(気骨のある人)とよく早朝テニス(冬、雪をかいて、プラットフォームテニス)
→きちんとした趣味を持っていれば、少々語学が多少出来なくても、一角のものとして評価され、招待され、仲間も増える。
テニスH会で、年間10回ほどの対外チームとの対抗戦は40年続いている。年一回会う人でも親しくなる。METIの先輩同僚後輩とその幅60年に及ぶ人との交流。
囲碁
ポーランドで普及に乗り出す(囲碁入門書を持参、碁盤、碁石を提供し、週一回碁会を開催)
ワルシャワで航空機の乗り継ぎに遅れた加納九段(通産省で囲碁指導で旧知)との再会し、
囲碁使節団のポーランド派遣のきっかけを作った。
教え子から、ヨーロッパチャンピオン(ポーランドの参加に助力したアマチュア世界囲碁選手権でも青い眼でトップの7位に入賞)
日本ポーランドの友好関係の増進(趣味に淫するなと大使から言われたが)
言葉遊び
人生のモットー「焦らず 勉強 気長に 生きて 血の沸く ロマンの 詩(ウタ)も忘れず」(あべきいちろう、折り込み)
札幌時代、挨拶にいつも取り入れた
折り句、
「北海の輝く波路行く船の堂々として美しきかな」
空知地区リゾート開発国際コンペ表彰式
「夢語る宴ぞ今日はバラ色のリゾート目指し祝杯挙げん」(夕張市)
木村尚三郎東大教授から評価
講演も20回、幅広い話題を提供できる
HOKKAIDOの魅力
H:HOSPITARITY
O:OPENMINDEDNESS
K:KINDNESS
・
・
上五島関係の会社(2002年12月9日に転職)でも、かみごとうを折り込み、
「神ならぬ身に計り得ぬご縁なり共に寿ぎ旨酒重ねん、交わさん」(歓送迎会)
「海上に見るも巨大な五船あり時に備えて浮かべし城ぞ」(事業所での、職員への新任挨拶)
たまには歌句会(@niftyでも駄洒落川柳の「大家」として認知されている。eg「出る杭になるまいとして悔いが出る」)
歌詞
東大第一応援歌「闘魂は」
日経新聞消息欄(2001.10.14)に紹介
作曲者と41年振りの初対面
日記
46年前の日記が取り持つ縁、インターネットの超能力
映画「文無し横丁の人々」(監督キャロルリード)16歳のときの日記に感想あり。
佃公彦(漫画家「ほのぼの君」東京新聞に長期連載)と一夕、会食
5.趣味人の生き方を選んだわけ
わたしのHPを見て作家林望のコメント「日本にも本当の意味での趣味人がいたんだなとうれしくなりましたね」→自分のこれまでの生き方を評価して貰えたようで嬉しい。
日本は、仕事優先社会、私生活は従。
趣味すらも仕事に尽くす観点から選ばれる面あり。
職場公認の趣味が幅を利かす社会:eg.マージャン、囲碁、ゴルフ、飲酒(縄のれんも仕事のうち、ノミュニケーション)、カラオケなど、付き合い趣味が多い。
この種の趣味ができないと、むしろ仕事が出来ない、付き合いが悪いということにされかねない。
職場公認でない趣味をやっていると:それでよく仕事ができますね、とすぐ言われる。趣味に淫する、とも。肩身の狭い思いをさせられる。
人間は本来、好奇心旺盛で、多様性のある生き物。
外国では、仕事と趣味(私生活=自由時間)を両立させる生き方が普通(長期休暇も取れる)。
日本はあまりにも、仕事(組織)優先になりすぎている(長期休暇が取れない。誰も取れるようにしようとしない。→長期休暇を必要としない。仕事の合間を縫ってなんとかやりくりして自由時間を確保せざるを得ない)。
日本的生き方へのアンチテーゼとしての、趣味人の生き方を選択。生きにくいが、敢えて選択。自分なりに生き方の理想を求める(レオナルド・ダ・ビンチ的生き方に憧れ)。HPはそのデモンストレーションの場。
好きな言葉「自足の最大の収穫は自由である。」エピキュロス
自分の自由時間の確保。
人生観。
戦後、「良い学校、良い成績、良い企業、良い肩書き」=幸福という単純化された価値観、人生観の蔓延。
自分の生き方を貫く。そのため多少、いわゆる出世しなくとも、構わない覚悟(肩書きより人生の質を重視)。悔やみのない人生を送りたい(出世だけに人生を賭けると大抵の人は悔やむことになる)人生80年時代、職場は50年、趣味は一生。
6.多趣味を身につけ、維持するには
どれも自分が好きなことで、やること自体が愉しいから苦にならない。(自分が愉しいことを見つけ、あせらず取り組み、取り組みだしたら、少々成果が出なくても、諦めず続ける)
いつもやることがいっぱいあって、嬉し悲鳴
多様な愉しみ方が身に付き、他の趣味を身につけるとき、応用が利く(進歩に一直線はあり得ない、アップダウンがつきもの、不可逆点をとにかく突破するまで頑張る(時間利用の効率化)
問題意識を持つこと(アンテナを張る)
時間のマネージメント(同じことばかりすると頭が疲れる、取り組む対象を切り替え頭脳の違う場所を使う)
旺盛な好奇心と想像力、創造力(健康の元)
勝ちきるには(ゲーム事には共通点あり(相乗効果)、ゴルフ、囲碁、テニス、長期戦、自分から負けに行かない、)
一日、少しでも関心を払う(1日15分でも、40年間続けると3650時間、これは丸一年一日10時間ずつ、そのことに時間を割いたことに当たる)。
継続は力なり(五段はイロハ、才能よりも継続)
7.多趣味の効用
人生を多様に愉しめる。多様なほうが豊か(この路一筋で奥を極めるのも尊いが)。
世の中を色んな視点から見られる。
誰も持たないユニークな視点が出てきているはず(これだけ多様な趣味を持てば)
趣味を通して多彩な人と知り合える。
退屈しない。話題に事欠かない(スピーチを頼まれても)。
人を評価する基準が多様化する。色んな人を受け入れることが出来る。
昨年は我が生涯最良の年とも言える
62歳で
スキー;2月、フランス遠征
ゴルフ:10月、 大平会(第102回、123人参加)優勝
テニス:3年連続最高殊勲賞受賞
執筆:「チビクロの冒険」、出版(ポーランド時代の人に配り喜ばれる)感想
12月9日 第三番目の職場に転職
これからも、多趣味生活の充実を図り、人生をますます愉しんで行ききたい。
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参考資料
新聞(消息欄:応援歌、SUNDAY
NIKKEI(自分史))