APPENDIX

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私のプロフィール関連
応援歌 欧米 四著 四冊 紹介引用批評コーナー|
論文の部屋関連コーナー
エッセイ「単身赴任者の愉しみ」関連記事コー ナー
掲載紙

北 海道新聞
1989.6.7

「人・
交差点」
北 海道新聞
1989.6.30

「人・
交差点」
苫 小牧新報
1989.3.4

ニュース欄

苫 小牧新報
1989.3.4

「夕刊時評」





欧米

1993年:イギリス

1994年:スペイン、ポルトガル

1995年:イギリス

1996年:アメリカ(カルフォルニァ)

 

近隣、短期、単身旅行

1997年8月:香港

1998年10月:香港(妻も同行)

1999年2月:北京

2000年2月:大連・旅順

2001年2月:西安・洛陽 /

2001年5月台湾

2002年2月:フランス(Courchevel)

2003年2月:広州・桂林

2004年12月:青島、山東省

 

 

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著 書(四著)
表紙

「チビクロの冒険」

株式会社かんぽう

2002年9月1発行

  チビクロの冒険 (童話:共産主義時代のポーランドに生活した日本人一家の物語をチビクロという小犬の視点から描く。2002年9月1日、出版し ました。1997/3/27開設の 童話の部屋 に収録。注文はこちらへ(クリック
「文化としての日本的 経営」秋光 翔名義 中央経済社1990年
  『文化としての日本的経 営』の書評・紹介文へ工事中

「日本的システムの総点検」秋光 翔名義 通産調査会1985年

現代産業選書

装幀:
真鍋博

  『日 本的システムの総点検』の書評、紹介文へ

「日本的システ ムの総点検」の概要、目次、「はしがき」(全文掲載)へ

「どう変わる国際経済と日本」阿部毅一郎編 通産調査会1984年

現代産業選書

装幀:
真鍋博

   「どう変わる国際経済と日本」の 概要、目次、「はしがき」(全文掲載)へ
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四冊

即興和歌日記 歌集:即興の和歌をメモ代わりに綴った六年間の日記)単身赴任者の愉しみ (エッセイ:月刊誌に5年間にわたって連載 した、人生の愉しみについてのエッセイ)

イギリスを走ろう (紀行記:中年の夫婦がレンタカーで2500km ドライブ旅行したときの記録)

日本を考える (政治経済評論:時評賞を受 賞した「強気論と日本の自己主張 」をはじめ、「歴 史に学ぶ教育改革 」「海外子女の日本語教育 」など、わたしがあちこちに発表した評論を集めたもの。論文の部屋日本文化を巡るエッセイ に収録)

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応援歌
「闘魂は」(昭和35年東京大学入選応援歌)  


「闘 魂は」をお聞きになれます。

MP3データ(442KB) はこちら。

Real Audioはこちら


    作詞:阿部毅一郎  作曲:山中一由

闘魂はいまぞ極まる

逞しく力競いて

掲げなん勝利の旗を

淡青のこの空の下

おお わが東大

栄えある学府

   *

団結はいまぞ極まる

惜しみなく技を振るいて

開かなん勝利の道を

淡青のこの空の下

おお わが東大

栄えある学府

   *

歓喜(よろこび)はいまぞ極まる

ひたぶるに努め果たして

歌わなん勝利の歌を

淡青のこの空の下

おお わが東大

栄えある学府

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 ◆ノンフィクションライターの最相葉月さんが2003年9月「東 京大学応援部物語」を集英社から出版され、

「闘魂は」をめぐる感激的なエピソードを多数紹介してくれました。

 2003.9.16「東京大学第一応援歌『闘魂は』と最相葉月著『東京大学応援部物語』で紹介しておりま す。

◆「闘 魂は」を聞こう。MP3データ(442KB) はこちら。

◆「闘 魂は」を聞こう。Real Audioはこちら

6.島原新聞2002.5.29(水曜日)「こぼれ 話」欄

◆作詞 した日の日記(1960.8.29)へ

◆神宮に応援に行った日の日記 (慶大を1−0で破った)

◆エッセ イ「応援 歌

◆ エッセイ「四十一年目の初対面」

◆ エッセイ「四十年ぶりのことども」

◆ 応援歌「闘魂は」をweb上で発見(1999.7.9)

◆ 東京大学 応援部HPへ

◆東京大学応援歌のチラシへここをクリックしてください。)(1991年10月6日、神宮球場にて入手したもの)

日本経済新聞(2001.11.24付 け)消息欄で「闘魂は」が紹介されました

日本経済新聞(2001.11.24付け)の「消息--あの人この人」欄に「自作の応援歌に感動」と題して、私と応援歌のことが、 次のように紹介されました。


『西部石油常勤監査役の阿部毅一郎さん(61)は自分が作詞した母校の応 援歌を久しぶりに耳にした。十月の週末、神宮外苑でテニスをしていると、となりの神宮球場から東大の応援歌「闘魂は」が流れてきた。「若い人の合唱がじー んと胸に響いた」

二十歳の時、学内の募集に応募して当選。第一応援歌に昇格しているのを七、八 年前に知った。応援部に連絡すると「作詞したのはずーっと昔の人だと思ってま した」と驚かれてしまった。阿部さんの楽しみはスタンドで若者たちと一緒に歌うこと。』

   




紹介引 用批評コーナー


1  日経ネットナビ(日経BP社発行の月刊誌) 1997 年10月号の『私のブックマーク

2北海道新聞1999年1月 27日「ひと’99」欄

3.島原新聞2001/3/23(金曜日)「こぼれ話」欄

4. 日本経済新聞2001/10/14Sunday Nikkei欄「自分史」ネットで人気加速の記事の中で

5.日本経済新聞(2001.11.24付け)消息欄で母校東大の応援歌「闘魂は」と私のことが紹介されました

6.島原新聞2002.5.29(水曜日)「こぼれ話」欄

7 毎日新聞2005.3.17(木曜日)夕刊「人・模・様」蘭



毎日新聞2005年3月17日(夕刊)


「人・模・様(ひ・と・も・よ・う)」欄

絵との対話が楽しい

 財団法人「自転車産業振興協会」の阿部毅一郎会長(65)は、日本で最も歴史のある会 員制の「日本倶楽部」(東京・丸の内)でこのほど開かれた会員作品展に水彩画3点を出品。「もっと赤を強めたらどうだろうか、など絵との対話が楽しい」と 話す。

 阿部さんは、旧通産省官僚として激務をこなしながらも、多趣味・多芸を通してきた。童話「チビクロの冒険」を出版、作詞は東京大の第一応援歌「闘魂は」 となった。推理小説、エッセーを執筆し、俳句、川柳、囲碁だけでなくスキー、ゴルフ、テニスなどのスポーツも人一倍達者だ。「入省して仕事に押しつぶされ そうになったとき、人間らしく生きるために必死になった」「1日15分ずつでも続ければものになる」という。

 出品作品は「アラスカ・自転 車ツァー」「風 景・ロマンティック街道から」「北の漁船」。写真などの イメージを膨らませ、3枚をほぼ1ヶ月で仕上げた。 「自転車に乗ると風を切る爽快感がある。実際にアラスカの大地を走りたい」。ツーリングが新たな趣味として加わりそうだ。
                        【滝川徹】
毎日新聞



北海道新聞1999/1/27朝刊の『ひと’99』欄に
このホームページが次のように紹介されました。


北海道新聞1999/1/27
ひと’99

多彩な趣味で豊かに
21世紀型マルチ人間を目指す元札幌通産局長
阿部毅一郎さん

「人生とは楽しみから楽しみへの旅だと思っています」。その言葉通り、二年前に開設したインターネットの「阿部毅 一郎のお愉しみコーナー」( http://www.linkclub.or.jp/~akybe/ ) には、水彩画 から短歌俳句小説各種論文囲碁テニス に至るまで、趣味と教養の多彩な世界が広がっている。
 情報量は単行本で数冊分。どのジャンルも玄人はだしで、囲碁は六段の腕前。大手出版社の ミステリー 新人賞では最終候補に残ったこともある。
 「月平均三百人が見てくれてます。香港の大富豪をはじめ新しい人間関係ができはじめました。二十一世紀型マルチ人間を 目指し、ほかにないホームページをつくる。楽しい挑戦です」
 簡単な英語の説明も付け、世界の人々と楽しみを分かち合うこのホームページを偶然見つけたエッセイストの 林望さん は、「日本にも趣味人がいた」と喜ぶ。
 通産省OB。八八年から一年間、札幌通産局(現北海道通産局)長を務めた。現在は西部石油常務。「それぞれの趣味に最 低一五分ずつ割くのが日課。仕事人間ではなく、本当の意味で自分を豊かにし、世界に通用する道を歩んでいるつもりですが、日本ではまだ少数派」と残念が る。
 北海道ファンの在京グループ「 北海道にこだわる会 」の会長も務め、「北海道は今こそ経済優先の小型東京と違う新しい生き方を」とエールを送る。東大卒。長崎県出身。五九歳。(編集委員 上出義樹)




北海道新聞1999/1/27朝刊


 

1  日経ネットナビ(日経BP社発行の月刊誌) 1997 年10月号の『私のブック マーク
 
 
日経ネットナビ(日経BP社発行の月刊誌)1997年10月号の『私のブックマー ク』のコーナー(208〜209ページ)で 林望(作家・東京芸術大学音楽学部助教授)さんが、私のホームページを次のように紹介してくれました。

 

<ネットと付き合うようになって、新しい発見もあった。例え ば、 右ページ(下) で紹介した「阿部毅一郎のお愉しみコーナー」(http://www.linkclub.or.jp /~akybe/index3.html )。俳句、囲碁、エッセイ、スポーツ、水彩画まで、何でもござれの風流な紳士が、趣味で作っているホームページだ。「日本にも本当の意味での趣味人がいた んだなとうれしくなりましたね」>



右ページ
阿部毅一郎のお愉しみコーナー」Kiichiro Abe's Place for a Pleasure      

<私が連載している日本経済新聞のコラムを読んでメールをし てきていただいた方のホームページです。「人生は愉しみへの旅である」とのコンセプトに従って、水彩画、エッセイ、俳句、ドライブ、童話などさまざまな 「部屋」がとりそろえられていますが、どこも非常によくできている。作者はいかにも趣味人という感じがしますね。この方も私と同じで、ホームページが「私 自身の広告」そのものになっています。本来、ホームページというのはこうあるべきだと思いますね>





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(2001/5/17掲載)

島原新聞2001/3/23(金曜日)「こぼれ話」欄で次のように紹介されました。


 

21世紀型マルチ人間を目指す

  多過ぎてム趣味の阿部さん     

      島高さとみ会誌『還暦記念号」から

△…島原高校を昭和三十三年に卒業した第十回生の同窓会・島高さとみ会(会長"伊東作蔵さん)の会誌「還暦記念号(二〇〇〇年)」が立派にできあ がった。

△…編集長の杉永定さんが中途で少し体調を崩したためかなり遅れるのではと心配していたが、間もなく元気を取り戻してまたエンジンがかかり、「初恋は永遠 に忘れじ」と題して、六十を過ぎた今日まで秘めていた青春の熱い想い出を赤裸々に語り、「初恋のあの人と会える次の同窓会が待遠しい」とまで書いている。

△…改まって原稿を書くとなれば、おいそれとは書けないのが人情のようで、更に「一筆啓上」をお願いするなど原稿集めに一番頭を痛めたが、送られて きた作品はどれもが六十年の年輪を感じさせるに十分な労作ばかりで読みごたえがあり、「さとみ会ででもなければこれだけのモノはとても…」と自慢できる素 晴らしい「人生の記念号」になった、と喜び合っている。

△圧巻は何といっても、多彩な趣味で豊かに「21世紀マルチ人間を目指す」通産省OBで元札幌通産局長を務め、現在は西部石油常務の阿部毅一郎さん(東大 卒)。

△…エッセイの「私のホームページ」をメインに、詩、和歌、川柳、水彩画と何でもござれの多才ぶりを発揮し、最後は故郷・島原を折り込んだ 言葉遊び で飾っている。


(し)清水湧き (ま)真鯉は泳ぎ  (ば)バラ薫る  (ら)楽土さながら 
(し)島原の町

(し)島原の   (ま)街はうるわし (ば)万国に   (ら)雷鳴さながら (し)しかと轟く

(し)芯強く   (ま)真心厚く    (ば)バラの肌  (ら)来世までも  (し)島原の女

△…阿部さんがインターネット上にホームページ(HP)を開設して九三年。エッセイや紀行文などの文字情報だけでなく、絵の類(水彩画、俳画、ス ケッチなど)から、写真などの映像情報も載せ、私家版の全集のごとき景観を呈している。

△…この間、約九千件(注:2001/5/17現在13450)のアクセスがあったというから、それだけの回数、阿部さんのHPを開いて見てくれた 人がいたわけで、「世の中と確かにつたがっている」という手応えを心から喜んでいる。

△…作家の林望さん(当時、東京芸術大学音楽部助教授〕が「 日経ネットナビ 」(一九九七年十月号〕の「私のブックマーク」で「ネットと付き合うようになって、新しい発見 もあった。例えば、阿部毅一郎のお愉しみコーナー。俳句、囲 碁、エッセイ、スポーツ、水彩画まで何でもござれ風流な紳士が趣味で作っているホームページ。日本にも本当の意味での趣味人がいたんだなとうれしくなりま した」と紹介したほか、 北海道新聞 でも取り上げられ、「月平均三百 人が見てくれ、香港の大富豪をはじめ新しい人間関係ができはじめました」と、簡単な英語の説明を付け、世界の人々と楽しみ を分かちあえる喜びをかみしめてい.る。

△…「ご趣味は?」と聞かれると「ム趣味」と答える。その心は?ゴ(五)趣味では収まらず、ム(六)趣味はありますの意。スポーツならテニス、スキー、ゴ ルフ。ゲーム事なら囲碁(アマ六段格)。そのほか水彩画、読書、音楽、執筆(エッセイ、論文、紀行文、童話、推理小説、評論)、旅行、ドライブ、パソコ ン、インターネット、カメラ、和歌、俳句、川柳、言葉遊びなど、まさに多芸多能。やることが多くて、いつもうれしい悲鳴をあげている。

△…二人の子供さん(一男一女)が社会人としてひとり立ちし、「学費がかからたくなり、少々余裕が出来たので」と、一九九三年(平成五年)から毎年夏には 奥さんと一緒に 欧米のドライブ旅行 を続けているというから大したものだ。

〔写真"記念号に掲載された阿部さんの水彩画「茅葺きの家 」(F6) galleryno2-2.html#thatchedroof


4. 日本経済新聞2001/10/14Sunday Nikkei 欄「自分史」ブーム、ネットで人気加速の記事の中で次のように紹介されました。

(日本経済新聞(2001.10.14付け)Sunday Nikkei欄「自分史、ネットで人気加速」から抜粋 )

・・・阿部毅一郎さんのHPには三十あまりの「部屋」がある。自己紹介、青春の 日々の日記、趣味の数々、エッセー、評論・・・・。「人生を愉しく過ごしたい方、どうぞお立ち寄りを」というメッセージを添え、交流の輪を広げている。

 「会社人間に染まらず、多面的な生き方を自分なりに貫いてきた。生きたあかし を、気恥ずかしいことも含めて公開したい」。一つの部屋の文章は本一冊分く らいあって膨大で更新が大変だが、阿部さんは「自分史兼アーカイブ(文書貯蔵庫)のつもり。後世に残したいし、同好の士も増やしたい」と考えてい る。・・・ 」(編集委員 中沢義則)

 

日本経済新聞(2001.11.24付け) 消息欄で紹介されました

日本経済新聞(2001.11.24付け)の「消息--あの人この人」欄に「自作 の応援歌に感動 」と題して、私と応援歌のことが、次のように紹介されました。

『西部石油常勤監査役の阿部毅一郎さん(61)は自分が作詞した母校の応援歌 を久しぶりに耳にした。十月の週末、神宮外苑でテニスをしていると、となりの神宮球場から東大の応援歌「闘魂は」が流れてきた。「若い人の合唱がじーんと 胸に響いた」

二十歳の時、学内の募集に応募して当選。第一応援歌に昇格しているのを七、八年前 に知った。応援部に連絡すると「作詞したのはずーっと昔の人だと思ってま した」と驚かれてしまった。阿部さんの楽しみはスタンドで若者たちと一緒に歌うこと。』

   

 


論文の部屋関連


日本式経営の総点検

」週刊東洋経済創刊85周年記念懸賞論文「テーマ:80年代の企業と個人」選評(週刊東洋経済1980年 11月15日号)および受賞のことば

(論文選考経過から抜粋)

 阿部毅一郎の論文は、日本式経営が問題になっている折から、その問題点を上手に整理された”優等 生”の作品だ。忙しいビジネスマンには今日的な要点をかいつまんで教えてくれるし、文章力もしっかりした内容になっている。企業を宗教に比較するくだりは 説得力があるが、この種の論文によく見られるように、少し”伝統的”すぎた構成が、最優秀作を逃す結果となったようである。

(審査委員長 宮崎義一(京都大学教授)「懸賞論文の選考を終えて」から抜粋)

阿部論文は、前の三編と異なり、企業内人間の立場を全く離れた自由な立場から、一種の文明批判的に 「特殊日本的な」企業と個人の関係を、”宗教的””共同体”的な点に光をあてて整理しようとした論文である。内容の新しさというより、アナロジーの面白さ が目立つ作品といってよいだろう。会社の経営者に読ませたい、という声が審査員のなかにあったことを付言しておこう。

(週刊東洋経済1980.11.15号)

 

(受賞のことば)

「ささやかな実践活動の証」

 大学を出てから仕事専一の生活を送り、長い間十分な自由時間を持てないでいると、創造的な作業に取 り組もうとする意欲が失われてゆくものだ。私もその一人だが、仕事と直接関係のないテーマで、何かまとまったものを仕上げる作業をやらなくなって久しかっ た。

 ところが一年前、私は東京から地方へ転勤になり、通勤時間がまるでかからない事情もあって、時間的 なゆとりが持てるようになった。そこで何か創造的なことに取り組んでみたいと思っていた矢先、たまたま本誌の懸賞論文募集を知った。そのテーマが、かねて から私が関心を持っていた日本の社会構造と関係深いものだったので、できばえは二の次にして、とにかく挑戦してみることにした。

 先頃、優秀作入賞の知らせを受け全く入選など期待していなかっただけに、最初はややとまどいを覚え たが、時間がたつにつれて喜びが湧きあがってきた。

 80年代は、日本社会の国際化、高年齢化がいやおうなしに進展する時代である。その中で、日本経済 発展の原動力となった日本式経営は、どのような対応を迫られているのだろうか。また企業と個人の望ましい関係はどうあるべきか。これらの点について、日頃 私なりに考えていたことをまとめてみた。私はこの小論の中で、自由時間が増え、それを計画的に使えば、日本人は本来活動的で勤勉な民族なのだから、その時 間を創造的な活動に充てるべきだと主張した。

 この入賞がささやかではあるにしえも、私の実践の証として、また最初の成果として認めてもらえた意 味で、いっそう嬉しくもなった。このような立派な賞をいただけたのだから、今後もこうした知的活動を続けていくためのインセンティブを与えられたものと 思っている。(週刊東洋経済1980.12.6号)





エッセイ「単身赴任者の愉しみ」関連記事
目次
掲載紙
日付
掲載欄
北海道新聞
1989.6.7

「人・
交差点」
北海道新聞
1989.6.30

「人・
交差点」
苫小牧新報
1989.3.4

ニュース欄

苫小牧新報
1989.3.4

「夕刊時評」
タイトル
移 り変わる季節
身近で楽しめる道内
大 好きな北海道
輝く未来 祈りつつ 
自 信を持て北海道
   阿部通産局長が内外情勢調査会で講演
心 強い応援団


掲載紙
掲載欄
タイトル
内容


北海道新聞
1989.6.7

「人・
交差点」
移り変わる季節
身近で楽しめる道内


「定点観測すると、季節の移り変わりが見えるので、面白いですね」。着任いらいちょうど一年になる阿部毅一郎札幌通産局長は道庁側に面した庁舎五階の局長 室から、赤れんが庁舎前庭のたたずまいを毎日、カメラで撮り続けている。

 成果はアルバム五冊。来訪者にさりげなく見せているが「木立越しに見えた赤れんがが日一日、新緑で隠れていく様子なんかを写真で見るにつけても北海道は 身近な所にすごい自然があるなあ、と感じます。ビルばっかりの東京なら撮る気も起きませんものね」という。小学時代からカメラ歴は約四十年。入賞歴もあ る、という実力派だ。

北海道新聞
1989.6.30

「人・
交差点」
大好きな北海道
輝く未来 祈りつつ 

「一年間の北海道勤務ですっかりここが好きになった」というのは二十七日付 けで札幌通産局長を退任した阿部毅一郎氏。仕事もさることながら、暇をつくってはスキーに精を出し、ゲレンデに繰り出すこと二十数回。「初心者がついに上 級者コースを滑れるまで上達しました」と感激さめやらぬ様子。
 
 雑誌に経済評論を連載したり、また和歌を詠んだり、と多芸ぶりで知られる人だが、二十八日の退任会見でも「北海道 輝く未来 祈りつつ 同志と分かれん  うるわしの朝」(注1)と、一首。これから二ヶ月(注2)ほど道内旅行を楽しみ、九月からは東京の民間企業に入ることが決まっているという。

(引用者注1:ほっ、か、い、ど、う、を折り込んでいる。
(引用者注2:二週間ほど道内旅行を楽しみ、トータルで二ヶ月ほど休暇を楽しみ、と説明したものの誤引用)

苫小牧新報
1989.3.4
自信を持て北海道
   阿部通産局長が内外情勢調査会で講演



 札幌通産局の阿部毅一郎局長が二十日来苫し、内外情勢調査会苫小牧支部(渡辺三郎支部長)の懇談会で「自信を持て北海道」のテーマで講演した。

 阿部局長は昭和三十八年に東大法学部を卒業して通産省入りし、昨年六月から札幌通産局長。講演では、九州、四国など各地に赴任し、在ポーランド日本大使 館にも勤務した経験に立って北海道の持つ良さ、利点を強調。国際化の時代に適した条件を備えていることから「二十一世紀は北海道の時代」だとし、住む人が もっと自信を持つべきだと語った。

 この中で特に北海道のハンディキャップとされる、遠い、寒い、過疎という面は世界的視野に立てば当てはまらないと述べた。北海道こそが日本の中では欧米 先進国の緯度と同等かむしろ南に位置し、冬も快適に過ごせる工夫がみられるとし、東京の超過密、高温多湿の気候に比べて快適と説明した。また住む人の心情 や風土も開放的、親切で開拓精神、独創性があると評価。

 「地元の人は遠慮がちに見て、良いところを強調したがらない傾向があるが、見方をちょっと変えてみると良さが分かるはず」とし「幸運は心の準備ができる 人にのみやってくる」という言葉を引用して、日ごろから良い点に自信を持っていることの必要性を語った。
苫小牧新報
1989.3.4
「夕刊時評」

心強い応援団



 二月の内外情勢調査会懇談会(時事通信社)で、講演した阿部毅一郎札幌通産局長の”自信を持て!北海道”という話は、阿部局長独特のユーモアたっぷりな 話しぶりもあってなかなかおもしろかった。

 私は言葉遊びが好きで、なにかにつけて好奇心の”かたまり”みたいなものだからと前置きして、昨年六月に北海道に着任して以来、感じたことを北海道を ローマ字にしてみると、次のようになりますということだった。いわくH(ホスピタリティー)人をあたたかくもてなす心。O(オープンマインドネス)よそ者 にも心を開く開放性がある。K(カインドネス)親切心がある。A(アンビション)大きな志がある。I(インターナショナリティー)国際性が豊かである。D (デベロップメント)開発すべきものが豊かにある。O(オリジナリティー)北海道らしさをつくる独創性に富んでいるー北海道は、こんなすばらしいものをた くさん持っているのだから、国際化時代を迎えて、道民のみなさんは、もっと自信を持つべきだ。すぐやってくる二十一世紀は北海道の時代になることは間違い ないのだからーとぶちあげたわけである。

 まさに、わが意を得た話でもあったから、強い印象として残った。

 それにしても、このところ、札幌通産局というよりは、省庁のなかで北海道開発局は別格として、通産局の”北海道びいき”は、とりわけめだっている。

 とくに、女性初の札幌通産局長として着任した坂本、そして平戸、いまの阿部と続く各局長の北海道への思い入れは強い。北海道にとって、こんな心強い味方 はないといってよいだろう。

 国が進めている「ふるさと創生」の具体化ではないが、地域社会の活性化、同時に国際化の推進、そして地方経済の発展等を考えた場合、この二月指定された ばかりの道央テクノポリスは、これからがスタートであるし、千歳市が地域指定に向けて動き始めている頭脳立地法にしても、いまの段階は、事前調査の実施に 名乗りをあげた程度に過ぎない。むしろ、本格的な正念場は、これからやってくるのである。そんなことだけ考えてみただけでも、協力は応援団がほしいのは当 然のことだ。

 阿部局長に、これだけ持ち上げられた以上、道民としても、これにこたえねばならないはずである。
                                            (畑)









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