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本名は、阿部毅一郎(あべきいちろう)、筆名は、秋光 翔(あきみつ しょう)、と言いますが、私の65 4 3 2 1で簡単にご紹介しましょう。 (2012/7改訂) |
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5. ゴ趣味、五職、 六絵 ゴ趣味「ご趣 味は?」と聞かれると「む趣味」と答える多趣味人間。 えっ?でしょう? その心はゴ(5)趣味では収まらず、ム(6)趣味ありますの意。 スポーツならテニス、スキー、ゴルフ、ゲーム事なら囲碁(アマ七段格ー淡路修三九段認定)。 そのほか、描くこと(水彩画、スケッチ・俳画)、書くこと(エッセイ、日本文化論、日本的経営論、論文、評論、紀行記、童話、推理小説、 短編小説 、 歌詞・詩、日記)
詠むこと(和歌、俳句,私の独楽吟)、ひねること(川柳、言葉遊び)、撮ること(カメラ、ビデオ)、読むこと(読書、引用・語録)、観ること聴くこと(音楽、観劇・映画、マイ・ホームシ
アター)、旅すること(旅行、ドライブ)、集めること(mycollection やることが多くて、いつもうれし悲鳴をあげております。 *なお、このホームページを取り上げてくれた紙誌については、ここ(クリック)を見て下さい。 五職:
サラリーマンで、 2007年7月に転職し、五つ目の職場で働
き始めました。第一の職場では26年間、第二の職場では13年間、三番目の職場では1年6ヶ月間、四番目の職場では 3年間働きま
した。さて、今度の五番目の職場では 、何年働くことになるのでしょう→参照:アーカイブス(仕事編) もっとも、兼職分も数えると累計10職 ということができます。 人生は愉しく、仕事も愉しくをモットーに、サラ リーマン生活を愉しく続けております6 六絵 ちょっと数字の降順には反しますが、五絵から六絵になったのでここに掲載します。 六絵 水
彩画が好きで描いたもののほとんどを水彩画ギャラリー、NEW水彩画ギャラリーに掲載しておりま
すが、これまで月刊雑誌「時 評」(時評社発行)の表紙を6枚の絵が飾りました。 |
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日本列島四島、九州、本州、四国、北海道に一年以上住んだことがあるので、四暗刻達成を自賛。 九州で生まれ育ち、大学入学で上京、そこで大学を卒業し、就職し、家庭を持ち、四国、北海道には短期間ながら赴任しました。 海外はポーランドに三年滞在。
四 著、2002 年9月、三著プラスONEの四 著になりました。 まず、プラスONEの方から紹介しますと、このHPの童話の部屋に収録している「チビクロの冒険」を2002年9月1日株式会社かんぽうから、オー ダーメイド方式で出版しました。これはポーランド滞在時代を題材にした児童文学ですが、子供も大人も愉しめます。ご予約いただいた方々には深く感謝いたし ます。まだ、注文できます(クリック)。 後の三著は商業出版で、 *「文化としての日本的経営」 (秋光 翔 名義、1990年 中央経済社、本ホームページに収録) *「日本的システムの総点検」 (秋光 翔名義、1984年
財団法人 通商産業調査会、 *「どう変わる国際経済と日本」 (阿部毅一郎編著
1983年 財団法人 通商産業調査会、 ◇原稿なら、まだ、あと三冊分ほどたまっているのですが、このホームページでご紹介しております。 でも誰か出版してくれる人いませんか。 四 職兼務 2007年7月以降、従来の三職 兼務どころか、とうとう四職兼務になりま した。 小さい組織のトップとはいえ、四つも兼 ねれば、責任という意味で精神的な負担は小さくありません。し かも、増えた二職は非常勤ながら無給ですので、決してインセンティブが高いとは言えませんが、経営方針の決定、書類の決済、挨拶、定例会議への出席、重要 行事への参加など、トッ プとしてど うしても避けることのできない職務がどの組織にもあるわけで、時間的肉体的にやりくりすることが増え、ますます忙しくなりました。 まあ、しかし、これもセレンディピティ (偶然、幸運に出会う能力)を高める好機であり、いろんな事を経験できる幸運に巡り会ったのだと前向きに捉えております。
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三賞楯 →なお、2010年11月3日勲章(瑞宝小綬章を受賞しました。ここをクリック)
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二子 子供は二人 で、既に二人とも社会人。娘も息子もす でに結婚。学費がかからなくなり、少々余裕が出来て、1993年から、96年まで、欧 米をドライブ 旅行していましたが、近年親の介護などで、近隣、短期、単身旅行へ と変貌しております。もっとも、病状が安定したので、久しぶりに、2006年には、ボルドー、ベルギー、ノルウエー、2007年には、マジョルカ島、バル セロナに一緒にでかけました。 なお、初孫(長女の長男)の誕生は、1999/1/14で、その時点でおじいちゃんになりました。初孫の成長記録は「初孫のこと(赤ん坊のこと改題)」と 題して「編集者のつれづれノート」コーナーに連載しました。
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一 妻あり。バツイチにもなら ず,40年婚式をクリア。欧米へのドライブ旅行ももちろん、妻同伴でした。妻も音楽、 スキー、碁、旅行、うまいものが好きなので、一緒に楽しんでおります。 ◆日本経済新聞消息欄でも応援歌にまつわるエピソードが紹介されました(2001/11/24) (なお、MIDIで聞きたい方は、ここをク リック(mp3)、(RealAudio) してください。) ◆ノンフィクションライターの最相葉月さんが2003年9月「東京大学応援部物 語」を集英社から出版され、「闘魂は」をめぐる感激的なエピソードを多数紹介してくれました。2003.9.16「東京大学第一応援歌『闘魂は』と最相葉月著『東京大学応援部物語』で紹介しておりま す。 一勲章 2010/11/3,秋の叙勲で瑞宝小綬章を受賞しました。11月8日伝達式(東京プリンスホテル「鳳凰の間」)および拝謁(皇居「春秋の間) 改訂録 (2002/12/30改訂) (2004/2/25改訂) |
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