私のプロ フィール

 

 

     本名は、阿部毅一郎(あべきいちろう)、筆名は、秋光 翔(あきみつ しょう)、と言いますが、私の5 4 3 2 1で簡単にご紹介しましょう。

    (2006/1改訂)

5.   「ご趣味は?」と聞かれると「む趣味」と答える多趣味人間。

 えっ?でしょう? その心はゴ(5)趣味では収まらず、ム(6)趣味ありますの意。

 スポーツならテニス、スキー、ゴルフ、ゲーム事なら囲碁(アマ六段格)。

 そのほか、描くこと(水彩画、スケッチ・俳画)、書くこと(エッセイ、日本文化論、日本的経営論、論文、評論、紀行記、童話、推理小説、 短編小説 、 歌詞・詩、日記) 詠むこと(和歌、俳句)、ひねること(川柳、言葉遊び)、撮ること(カメラ、ビデオ)、読むこと(読書、引用・語録)、観ること聴くこと(音楽、観劇・映画、マイ・ホームシ アター)、旅すること(旅行、ドライブ)、集めること(mycollection)、パソコン・インターネット*、なども趣味。

 

 やることが多くて、いつもうれし悲鳴をあげております。

 

 *なお、このホームページを取り上げてくれた紙誌については、ここ(クリック)を見て下さい。

 

4.    四暗刻・四職・四著・四絵。

 四暗刻と いうマージャンの役満をご存じですか。

日本列島四島、九州、本州、四国、北海道に一年以上住んだことがあるので、四暗刻達成を自賛。

 九州で生まれ育ち、大学入学で上京、そこで大学を卒業し、就職し、家庭を持ち、四国、北海道には短期間ながら赴任しました。

 海外はポーランドに三年滞在。

 四職:サラリーマンで、2004年7月に転職し、四つ目の職場で働 き始めました。第一の職場では26年間、第二の職場では13年間、三番目の職場では1年6ヶ月働きま した。さて、今度の四番目の職場では 、何年働くことになるのでしょう。

 人生は愉しく、仕事も愉しくをモットーに、サラ リーマン生活を愉しく続けております。


 

 四著、2002年9月、三著プラスONEの四 著になりました。

 まず、プラスONEの方から紹介しますと、このHPの童話の部屋に収録している「チビクロの冒険」を2002年9月1日株式会社かんぽうから、オー ダーメイド方式で出版しました。これはポーランド滞在時代を題材にした児童文学ですが、子供も大人も愉しめます。ご予約いただいた方々には深く感謝いたし ます。まだ、注文できます(クリック)。

 後の三著は商業出版で、

 *「文化としての日本的経営」 (秋光 翔 名義、1990年 中央経済社、本ホームページに収録)

 *「日本的システムの総点検」 (秋光 翔名義、1984年  財団法人 通商産業調査会、
   著作の部屋に概要、目次、「はしがき」(全文掲載)。ここをクリックしてください。 2004.5.3)

 *「どう変わる国際経済と日本」 (阿部毅一郎編著  1983年 財団法人 通商産業調査会、
   著作の部屋に概要、目 次、「はしがき」(全文掲載)。ここをクリックしてください。2004.5.3)。

  ◇原稿なら、まだ、あと三冊分ほどたまっているのですが、このホームページでご紹介しております。

 でも誰か出版してくれる人いませんか。


 四絵
、水彩画が好きで描いたもののほとんどを水彩画ギャラリーに掲載しておりま すが、これまで月刊雑誌「時評」の表紙を四枚の絵が飾りました。 「モタバ川」(1996年8 月号)「エイボン川の秋」(1996年10月号)「タウンハウスのテラス」(2001年10月号)「コートダジュールのテラス」(2004年4月号)  
(2004/2/25 追加)



3.   三賞楯、三職兼務
 三賞楯 
賞というほどのことはありませんが、サンケツ状態を続けるよりはと、これまでにいただいた三つの 賞楯搔き集めてみました(2004.7.26)。

 
 週刊東洋経済創刊85周年記念懸賞論文優秀賞(1980年東洋経済新報社「日本式経営の総点検」(注)、論 文の部 屋に収録(2001.12.9)これが著書「文化としての日本 的経営」へ発展し ました)
東洋経済新報
東洋経済賞
 
 第一回時評賞(1989年時評社「強気論と日本の自己主張」 (論文の部屋に収録、筆名秋光翔)
 (注)この入賞論文の選評については、こ こ(クリック)を見てください。
時評賞 時評賞ー2

  
第二回遠藤実賞(最優秀賞)(作詞仲間の同人誌上で、1974年遠藤実さん(作曲家) から作詞「燃えつきた恋」(歌 詞・詩の部屋に収録1997.2.4)で受賞、筆名あきいあきら)

遠藤実賞
遠藤実賞

画像をク リックすると拡大図が見られます。

 三 職兼務 
 
2005年9月以降、三色兼備ならぬ、三職兼務になりました。
 
小さい組織のトップとはいえ、三つも兼 ねれば、責任という意味で精神的な負担は小さくありません。し かも、増えた二職は非常勤ながら無給ですので、決してインセンティブが高いとは言えませんが、経営方針の決定、書類の決済、挨拶、定例会議への出席など、
トップとしてどうしても避けることのできない職務がどの組織にもあるわけで、時間的肉体的にやりくりすることが増え、何かと忙しくなりました。
 まあ、
しかし、これもセレンディピティ (偶然、幸運に出会う能力)を高める好機であり、いろんな事を経験できる幸運に巡り会ったのだと前向きに捉えております。

2.  二子二孫。

 

 子供は二人で、既に二人とも社会人。娘も息子もすでに結婚。学費がかからなくなり、少々余裕が出来て、1993年から、毎夏、欧米をドライブ 旅行していましたが、近年親の介護などで、近隣、短期、単身旅行へ と変貌しております。

 2001/11/6、長女が二番目の子供(女児)を出産、二孫になりました。

  なお、初孫(長女の長男)の誕生は、1999/1/14で、その時点でおじいちゃんになりました。初孫の成長記録は「初孫のこと(赤ん坊のこと改題)」と 題して「編集者のつれづれノート」コーナーに連載しております。

 

1.一妻一詞。

 一妻あり。バツイチにもならず、35年婚式をクリア。欧米へのドライブ旅行ももちろん、妻同伴でした。妻も、テニス、 スキー、碁、旅行、うまいものが好きなので、一緒に楽しんでおります。

 一詞は、大学二年生、二十のときに作詞した母校東大の応援歌「闘魂は」。現在は、同校の第一応援歌とし て、神宮球場の六大学野球で歌われております。

 ◆日本経済新聞消息欄でも応援歌にまつわるエピソードが紹介されました(2001/11/24) (なお、MIDIで聞きたい方は、ここをク リック(mp3)、(RealAudio) してください。)

 ◆ノンフィクションライターの最相葉月さんが2003年9月「東京大学応援部物 語」を集英社から出版され、「闘魂は」をめぐる感激的なエピソードを多数紹介してくれました。2003.9.16「東京大学第一応援歌『闘魂は』と最相葉月著『東京大学応援部物語』で紹介しておりま す。

 


(2003/9/17改訂)

(2002/12/30改訂)

(2004/2/25改訂)
(2004/5/3改訂)
(2004/7/4改訂)
(2006/1/14改訂)

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