(1999/11/18掲載)

駅まで300歩


 我が家から最寄りの地下鉄の駅まで、私の足でちょうど300歩である。

 我が家は、車がやっと一台通れるほどの細い脇道に面しており、歩道と車道の区別もない。家を出て、この道を右に約50〜60歩歩くと早稲田通りに出る。その角を右に曲がって残り240〜250歩歩くと、もう東西線の落合駅である。新宿の都心に近い地域での300歩だ、家は交通至便のところにあると言って良かろう。

 私は、週日は毎朝この道を地下鉄の駅まで歩き、そこから地下鉄で通勤している。

 朝、自宅の玄関を出、新鮮な気持ちでこの道を歩き始める。社会人としての一日の始まりだ。この道が、どこまでも気持ちのいい道であったなら、どれほど清々しい気持ちで今日という一日を始めることができるだろう。毎朝通るたびにそう思う。というのは、たかだか300歩しかないこの道が、東京という都市の抱えている問題を集中的と言っていいほど抱え込んでおり、新鮮な気持ちをたちまち萎えさせてしまうからだ。

 ちょうど出勤する時間に、ビニールのゴミ袋が、歩道の車道側のガードレールにもたれ掛かるようにして、あちこちにうずたかく積まれているのが、いやでも、目に飛び込んでくる。ゴミを集める特別の収容集積設備がないので、いや、そういう設備を都市にとっては必須のインフラと認めて作ろうという発想がそもそもないので、例の都ご推奨の半透明のビニール袋を、舗道のうえに直に積まざるを得ないことになる。ガードレールに小さな長方形のプラスチックの掲示板が架かっており、資源回収場所、ゴミ集積所と書いてあるのだが、ゴミが積まれているとその掲示板はよく見えない。ゴミ袋が、きちんと積まれていることは、めったになく、だらしなく、裾の方が広がっているので(たとえどれほどきちんと積まれていたとしても)、見栄えがいいとはお世辞にも言えない。むき出しのままのゴミもなかには混じっている。雨が降ると一層惨めったらしい。ときには、夕方帰るときもそのままになっている。
 
 早稲田通りには、いろんな店が並んでいるが、各店が、やれ宣伝とばかり、大きな置き看板を、店の前と言わず、わざわざ歩道の車道側にまで置く。夜になると赤青黄のランプを点滅させる仕掛けのさえある。宣伝が目的のせいか、どれもグロテスクなデザインだ。歩いていて、ちょっと油断すると看板にぶつかりかねないし、電源コードに足を取られかねない。

 鉢植え植物が好きな人は、家の前の路上にも、車道のガードレールの近くや並木のポプラの根元にも、普通の鉢ばかりか、灯油缶のようなものにまで植えて、いっぱい並べている。背の低い植物から、大人の背丈より高い小灌木の類まである。ポプラ並木の植えられている路地には根付いたヤツデなどの木もある。ある消火栓の廻りにもこの類のものがこんもりと茂みをつくっており、実際、火事ということになったら、さぞかし消化作業の邪魔になることだろう。
 八百屋などは、商品を並べる台を、歩道にせり出すようにおく。バス停には、木製の古い椅子が、ポプラの根元には、錆びた灯油缶がさりげなく放置されている。

 歩道の舗装はフラットではなく、うねって、でこぼこしている。まだ共同溝になっていないし、行政の横の連携が悪いので、ガス工事、電気工事、上下水道工事のたびに道路を堀り返したせいである。だから、道路の表面には切り刻まれたあとが残っており、白っぽいところと、黒いアスファルト地のところとがまだらになっている。

 立ち並ぶ建物も、都市の美観を高めようとの統一した思想がまったくないので、てんでばらばらの色合い、様式、高さ、家幅である。建物の前の線も一直線ではなく、出たり引っ込んだりしている。しかも、30年以上も実行されないが、道路の拡幅計画があるというので、新造のビルは三階まで、いつでも壊せるように継ぎ足した形式で建設されている。そういう設計にしないと、区の建築計画の認可が貰えないのだ。

 建物と建物の狭い空間には、ジュース類の自動販売機が詰めこまれていたり、小型の自動車が家屋の壁すれすれに駐車している。ジュース販売機類は、食べ物屋や米屋の前などにも、置かれている。これも決して美しい物ではない。

 早稲田通りには、ポプラ並木があるが、枝は可愛そうなぐらい切り刻まれており、枝や葉っぱの茂みの中をおびただしい電線電話線の類が縫うように走っている。

 ポプラの幹と並んでセメント製の電信柱がにょきにょきと建っている。その柱には、広告の看板が巻き付けられ、道路標識を支えるポールから、四角いボックスまで、いろんな物がぶら下がっている。破れかけた宣伝用のちらしの類が貼り付けられている。

 そのほか道路に沿って、バス停の標識や、交通標識のポール、地下鉄の標識用ポール、消火栓の位置を示すポール、街灯のポール、公的機関の標語入りの立て看板、町内会の掲示板、案内図の立て札、ポプラ並木の説明板(これは、不法駐輪車の後ろなのでよく見えない)など、よくこれほど立てたと思うほどいっぱい建っている。どれも、都市の美観を損ねるためにわざわざ作られたようなものだ。

 ある店の前では、駐車したトラックから荷物を積み下ろししており、荷物を運ぶ人と歩道を歩く人が交錯している。下手すると、荷物を運ぶ荷車で足を掬われかねない。車道では車道で、駐車用の特別のスペースがないので、配達に来たトラックが駐車すると、一車線を占有するので、車が渋滞を来すことになる。片道二車線の車道に無法に駐車している車もある。歩道にも大型のオートバイが乗り上げ、ガードレールに沿って駐車している。

 駅の近くには、不法駐輪の自転車がいっぱいだ。駐輪場の施設がないので、狭い道を半分以上も狭めるような形で、駐輪しており、中には、倒れたり傾いたりしているのもある。ここは、駐輪は迷惑だから止めて下さいという標語入りの立て札があるにもかかわらず、不法駐輪の数は、一向に減らない。立て札だけではなく、自転車に取り囲まれたポプラの幹には、駐輪禁止に協力を求める、白い掲示板がぶら下げてある。

 つい一月ほど前から、ちょうど駅の入り口に接してマンションの建設工事が始まり、安全のために、2メートルもある鉄製の白いブロック塀が作られたので、右にはブロック塀、左には駐輪中の自転車の長い列ということで、歩道の幅が極端に狭くなり、人と人とすれ違うのすら大変である。雨が降って傘を差すと、傘がぶつからないようにいちいち傘を持ち上げ、人と人が入れ替わるようにして通らなければならない。そのブロックには建設計画の許可証がいくつも架けられているのだ。

 そんな狭い所にも、歩道通過のお墨付きを貰った自転車族が、スピードも緩めず、我が物顔で突っ込んでくる。暴走自転車族に、何度冷や冷やさせられたかわからない。

 その白いブロック塀のすぐ後ろに高いクレーンの塔が建っており、建材をトラックから降ろしている。いまにも、頭の上から落ちてきそうだ。生コンを注入する大型トラックが、歩道すれすれに、駐車して、作業していることも多く、通り過ぎるとき、すごい圧迫感を感じる。少し前までは、掘り出した土を運び出すトラックが通るたびに警備員が交通を遮断していた。さきに、ポプラの木に駐輪禁止に協力を求める掲示板がぶら下がっていると言ったが、それをぶら下げたのは、この工事の施工する建築会社である。狭いところだからよろしくというのである。

 工事と言えば、自宅が面している例の脇道の右側の曲がり角の少し手前のところに、最近、家屋建設の工事が始まり、作業用のトラックが道の大半を占拠している。トラックのドアが開いていると人一人通れないし、閉まっていても、傘を差すと通り抜けるのが難しい。 

 これで、たかが300歩だが、なかなかどうして、のんびりと歩けないことが、おわかりいただけたことだろう。健常者でもこの始末だ。まず、こんな道を目の不自由な人や、車椅子の人が通れたものではない。

 ゴミや廃品回収施設とか、店の貨物の上げ下ろしのための駐車用のスペース、駅周辺の駐輪場、電気、ガス、上下水道用の共同溝など、本来都市の施設として当然必要なものを、あらかじめ都市の施設のなかに組み込み、そうしたインフラを整備するという思想がないので、こんなことになったのだ。まず、とにかく家を建て、その後に水道でも下水道でも引いてくる発想で、都市を無計画に造り始めるから、いつまでたっても、しかも、結構金をかけながら(毎年、同じところを掘り返しており、金はかかるが、残るのは接ぎ当てだらけの道路である)、良好な都市空間ができあがらないのだ。

 バブル全盛の時代、金が余るようにあった時代に、共同溝を造り、電線電話線の類を地下に埋め、ゴミや廃品の集積施設を整備し、駐輪場や、駐車場用の用地を確保していたら、どんなに清々しい思いで、歩ける通りになっていたことだろう。ところが、ばらまき行政、総花主義の予算配分で多くの金を無駄遣いし、いらざる箱物をたくさん作り、公共工事、景気刺激とやらで、いらざる道路・橋・トンネル、いらざる港湾・空港、護岸・水利設備、ダム堰の類を造り、同じ道路を何度も掘ったり埋めたりはしたが、足下の日常生活はあまり省みなかった。そのせいで都市の日常生活は相変わらず、劣悪な都市空間のなかで送らざるを得ないことになった。今後も改善の見通しも暗い。これが発想の貧困でなくて、何だろう。

 外国に滞在したり、旅行をした経験では、都市造りはまず、基本的なコンセプト造り、地道なインフラ造りから開始され、そうした地道な努力が、美しい都市の景観を生み、日常生活に不自由しない整った都市の施設整備につながり、いかにも永住するにたる永続性のある都市空間を造り出しているように思うのだが、日本では、理念や基本を軽視し、なんとかなる、できたものはしかたがない、という、その場主義、後追い主義で、都市計画らしい都市計画のない都市造りをいまもって繰り返しているので、それが、駅から300歩という、こんな狭い空間すら住みづらいものにしているのだ。

 まあ、しかし、わずか300歩である。我慢するとしよう(いや、本当は我慢してはいけないのだが、身が持たない)。ところが、歩いた先にある地下鉄ときたら、毎朝、毎夕、いやになるほど、混んでおり、これは、本当に我慢できないしろものなのだ。ああ・・・



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