編集者のつれづれノート Editor's Note
皆様、良いお年を、新しい世紀21世紀を、お健やかにお迎えのこととお慶び申し上げます。ことしもよろしくお願いします。



 (2001/2/24掲載)

 目次(還暦祝い旅行 H2F2)


 

還暦祝いとH2F2

 2月の17日(土)、18日(日)と子どもたち夫婦に、還暦祝いの小旅行に招待さ れて、伊豆下田に出かけた。

 下田には行ったことがあるが、もう数十年も昔のこ とで、記憶に残っているのは、石廊崎の灯台まで、丈の高い草の生い茂る、険しい 崖に沿った道をかなりの距離歩いたことぐらいである。だから、下田に着いてみると、 駅舎にしても町のたたずまいやホテルにしても、記憶を呼び覚ますようなものは何 もなかった。すっかり、観光地化した町になっており、昔のしなびた温泉町のイメー ジはもうどこにもない。

 81歳の義父から2歳の初孫まで年齢差が80年に及ぶ四代8人連れの旅だったが、 昨年入院して病み上がりの義父や、2歳の幼児の歩くテンポに合わせての旅だから、万事のんびりしていて、ひさしぶりにゆったりした時間を過ごすことが出来た。

 8時26分新宿駅発の踊り子号で11時過ぎには下田に着いた。ホテルに荷物を預 け、近くの寿司屋で活きのいい地場の魚の寿司で昼食を済ませ、下田水中水族館に行っ た。ラッコやペンギンの給餌の模様や、アシカやイルカのショーを短時間のうち に要領よく愉しむことが出来た。

 アシカにしてもイルカにしてもどうしてこんなことを仕込むことが出来るのだ ろうと感心するほどの高度で複雑な芸を披露してくれる。アシカは、水中で人間を相手に何度もくるくる回って見せるし、イルカは背中や頭に人を乗せハイスピードで、こっちの足場から向こうの足場へ海面から上半身を出したままの調教師を運ぶのだ。文字通り、老いもわかきも、幼児も楽しめた。それに大きな水槽を泳ぎ回る大小様々な魚たち。大はエ イやサメ、小は小エビやポリープまで、色とりどり、形状容貌も想像を上回るも のばかり、いつまで見ていても飽きることがない。エイがガラスにぴたりと張り付くと、人間の笑い顔にそっくりに見える。また小さな水槽には、実に様々な顔つきをしたカニ類が納まっていたり、三メートルもある高脚カニがいたり、一つ一つ立ち止まってしばし見ほれたものだ。

 水族館をほどほどに切り上げて、ホテルに帰るとすぐチェックインできた。三部屋のうち、一室に集まって、仲居さんから、茶菓子の接待を受けた。疲れていたので、おいしかった。わさびを使った佃煮などの試供品の提供もあった。ホテルの売店で売っているので、お帰りにどうぞということだった。

 その後、それぞれの部屋に分かれた。義父と妻と私が同室だ。部屋の前には海が広がっている。黒船を模した観光遊覧船がでる発着場が目の前にある。それを見下ろせる位置に露天風呂がしつらえてある。まだ、日は高く、青空を仰ぎながら露天風呂というのもいいものだ。鳶が舞っている。飛行機が二本の飛行機雲を引きながら右から左へほぼ水平に横切っていく。コンピュータ管理とかで、お湯の温度が、ゆっくり長風呂ができる程度に保たれているので、いつまでも風呂に浸かっておられる。  風呂の後、三人揃って昼寝。すっとよく寝られて、疲れがとれた。

 6時半から全員三階の大広間に集まって、夕食。長女が、お祝いの言葉を簡単に述べて還暦の祝宴が始まった。

 料理はなかなかのものだった。テーブルの上には所狭しといわんばかりに、様々の料理が並べられている。各人の目の前で、固形アルコールで生きたアワビを焼く。アワビは断末魔の苦しみで体をよじり、殻からできる限り身を離してのたうちまわる。気の毒になる。しかし、焼きたてにレモンの汁をかけて食べると、柔らかく歯ごたえもあって実にうまい。人間は残酷にできている。伊勢エビの活き作りもある。刺身、酢の物など、地場の新鮮な魚を利用しているので、どれもうまい。

 これもアルコールで加熱しての牛肉の料理やら、茶碗蒸しやら、お吸い物やら、バラエティが豊かで、食が進む。  担当の仲居さんが、目の前で、串に刺したホタテや白身の魚やイカ、カボチャやサツマイモなどを揚げてくれる。熱々の天ぷらをほうほう吹きながら食べると、食材の甘みが出て、いける。

 目の前に、盛りだくさんに並べられたのを見たときは、こんなに食べられるだろうかと危ぶんだものだが、楽しく語らいながら、ゆっくりと食べると、ほとんどの皿が空になった。  デザートのメロンが出たところで、私からお礼の言葉を述べた。このメロン、息子は大嫌いなのだが、孫は大好きということがわかった。孫は息子の分では、満足できず、あちこち歩き回って大きな口を開けて、貰っている。

 踊り子号の中で、こんな還暦祝いに子供たちから招待してもらえるので、お礼の言葉として何かいいアイデアはないかと考え、還暦までの自分の人生がかなり充実したものであることを思い、それは何に恵まれていたせいだろうかと考え、あれこれ思いあたったが、絞っていくと、結局HHFFの四つのイニシアルにくくれることに思い至り、水の化学記号H2Oに倣ってそれをH2F2にまとめたのだ。

 中身はhealth,hobby,family and financeである。

 health 健康:小学校時代の日記を読むと、人生60という認識がある。その60まで、もう生きたのだ。お陰様で健康に恵まれ、仕事の方でも病欠はほどんどしたことがない。今もテニスにスキーにゴルフを、楽しめる。食欲も驚くほどあって、何でもおいしくいただける。やはり、なにをやるにしても、健康が土台であり、この土台がしっかりしていないと、楽しいことも楽しめない。

 hobby趣味:日頃から人生は愉しみから愉しみへの旅であると思っている。中学生時代に、これから30年後、40年後の自分は、現在の自分の子供のようなものであり、父親として、できるだけ多くの趣味を身につけ、人生を多様に楽しめるようにしていきたいと思っていたので、できる限り多くの趣味を身につけ、維持管理してきた。おかげで、ほかの人に比べれば、バラエティに富んだ趣味を楽しめることができる。これがどれほど人生を豊かにしてくれたことか。落ち込んだとき支えになってくれたことか。多くの人との交流の元になってくれたことか。いままた、インターネットで趣味を介して多くの人と交流している。

family家族:妻をはじめ、二人の子供、孫、両親、兄弟、いい家族に恵まれたことが、どれほど精神的に充足した生活を送る糧になったことか。81歳の義父から、2歳の孫まで、こうして和気藹々たる雰囲気で一緒に旅行を楽しめるのも、仲の良い家族があってのことである。健康なのも、妻の手作りの料理があってのことだし、家族の支えがあってのことである。それに兄弟が私の五人、妻の三人を合わせて八人もいるが、全員結婚し、連れ合い共々全員健在で、二人以上の子供があり、しかも必ず男女少なくとも一人いる。この確率はきわめて希なはずである。

finance財力:「自足の最大の収穫は自由である」このエピキュロスの言葉が、私の好きな言葉の最右翼にある。自ら足ることを知れば、精神的のも自由になれるし、自分の自由になる時間も増えるということである。経済力にしても、地位位階にしても、自ら足ることを知れば、もっと金を稼ごうとして右顧左眄することもないし、自分の自由時間を放り投げてまで働こうとしなくてもいい。仕事より、自分の趣味に対しても多くの時間を割くことができる。偉くなろうとして、上司にぺこぺこ卑屈になることもない。肩書きが欲しいため、上司につきあって飲みに行ったり、麻雀をしたりして徹夜をしたり、尊敬できない人とゴルフをし、上司のズルを見ない振りをする必要もない。金を稼いで、その金で豊かな生活を送ろうとしても、食べ物にしても住宅にしても、衣服にしてもどれほど贅沢にしても楽しみとしては限度がある。その点、多くの趣味を持ち、しかもハイレベルで楽しめるのであれば、そのほうが、いくらいいものを食ったり、いいものを身につけたり、豪華な住まいに住むより、よほど楽しい。精神的な充足なしには、人間は満たされるものではない。 さいわい、これまで、食うに事欠かない収入があったことに感謝しなければならない。

 わたしは、これまでも自分の名前を織り込んだ「あせらず、勉強、気長に、生きて、血の沸く、ロマンの、詩(うた)も忘れず 」をモットーに、人生訓として、生きてきたが、還暦を迎えて、このモットーがますます自分に合ったものに感じられ、この言葉のように生きて行きたいと思う気持ちが強くなってきた。

 衰えぬ好奇心こそがわたしの健康法であり、いろいろとあせらないで勉強することはこよなく楽しいし、60を越しても、女性の魅力には弱い。機会があればといつも思っている。

   などなど、お礼の言葉として述べたことだ。その後、部屋に戻って、久しぶりにトランプでツーテンジャックを愉しんだ。

 翌日は、例の観光遊覧船で、下田湾を一回りした。風が少しあったが、かもめがずっと船に追尾した。カッパエビセンを、われわれの手から取って食べるのである。乗船券発売所のある待合室に、このカッパエビセンを売っているのだ。

 風向きや、エビセンを差し出す人の立っている位置を勘案して、かもめは実にうまく指先から取っていく。数十羽が追尾するので、かもめの飛翔の様子をかなり至近距離から見たり撮ったりすることができた。エビセンを差し出していた指を噛まれもした。

 帰りの踊り子号の指定席は、一番先頭の8席だった。まるで、運転手席に座ったような感じで、春浅い伊豆半島の風景を愉しむことができた。

 菜の花や、桃や早咲きの桜が線路脇に次々に現れた。花祭りをしている集落もあった。時折、右手に海が見えた。蒼い海だった。やはり、海には心和む。

 定刻に、東中野駅に戻ってきた。ほんとうにいい還暦祝いをしてもらった。深謝。                                                                                                     


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