|
買 物の楽しみ (1979年10月執筆、2004.11.29掲載) |
前書き これは、2004.11.12に掲載した「料理の楽しみ」と同時に、つい最 近古いファイルの中から発見したエッセイです。 1979年9月に四国高松に単身赴任し、家の設営のためあれこれと買物をせざるを得なかったのですが、その 1年半前まで滞在していたポーランドでの買物が苦痛以外の何物でもなかったことに比べ、これがなかなかの楽しみであったとつづっております。当時勤務して いた四国通商産業局の情報誌「四国商工情報」1979年11.12月合併号に掲載されたものです。 後に北海道札幌への単身赴任時代を振り返って書いた、「単身赴任者の愉しみ」シリーズの第28遍「ショッピングの角逐」の中にも、ポーランドでの買物の様子が登場 しますので、ご一読願い ます。 なお、リンクを、ポーランドの部屋にも張りました。(2004/11/29記) エッセイ「落ち穂拾い」目次へ戻る。 |
|
高松へは、この9月
に赴任してきた。当初は単身赴任なので、家の設営を一人でやることになった。たとえ単身とはいえ、一家を構え、そこで起き伏しするとなると身の回り品をは
じめ必要な物が案外と多い。今まで余り気にしなかったような小道具でも、いざ無いとなると想像以上に不便な思いをさせられるものが多いのである。そこで、
あちこち走り回って買物をすることになった。 高松に来て以来、もっぱら自転車を愛用することになった
ので、文字通り走り回って買物をしたのである。どこに何を売ってあるか全く予備知識を持たず、丸亀通りやライオン通りに行き当たりばったり自転車を走らせ
て、それこそ飛び込みスタイルの買物をしたのである。 い
ろいろ考えて買い揃えたつもりでも、実際必要になってみて「しまった。あれも買っておくんだった」と思うことが少なくない。洗濯をしたあとで洗濯紐や洗濯
はさみがなかったことに気づいたり、ラーメンを作ってから中華どんぶりや七味唐辛子が無かったことに舌打ちするのである。 まあ、それでも、高松に来てから2週間とたたぬうちに、
男一匹何とか暮らしていける程度のものは買い揃えることができた。 丸
亀通りやライオン通りは、ウインドウショッピングだけでも楽しい通りであるし、どの店に飛び込んでも店員は気さくで親切で、品揃えもなかなか行き届いてい
る。欲しいと思ったもので手に入らぬものはまずない。これほどまとまった買物をしたのは久し振りのことであったが、こんな買物なら、男の私にとっても「買
物は楽しみ」たりうる。少々大袈裟だが日本という国は、やっぱり大したものだな、と思った次第である。 こんなことを思うのも、私が1年半ほど前
まで滞在していたポーランドという国では、日常的な買物は楽しみどころか、苦痛以外の何ものでもなく、本来買物を息抜きと考えていた私の家内にとっても、
それは息抜きどころか、逆にストレスの温床とでもいうべきものだったからである。 ポー
ランドは、ソ連・東欧の社会主義国の中ではソ連に次ぐ大国で、計画経済の国であったが「計画」というものはうまくいかないものと見えて、物が不足するのは
日常茶飯事であった。我々もポーランド生活を始めるや自衛上たちまちにして何もかも買い溜めする習慣がついてしまったものである。 例えば、ポーランド人の主食ともいうべき肉にしても常に不足がちで平均して2時
間店頭に並ばなければ買えない。肉屋の前には毎朝決まって長い行列ができる。厳冬の最中でさえ、徹夜して肉屋の前で待っている人がいるほどである。 肉だけ でなくバターでもオレンジでも店頭から姿を消すといつまた店頭に現れるかわからない。電球や電池でさえ品切れするので、あるのを見つけたら買い溜めしてお かねばならない。電球にしても電池にしても品質が悪く、すぐだめになってしまうので、備蓄しておく必要があるのである。
「ニエ(ない)」 「いつ入荷しますか」 「ニエヴィエム(知らない)」 こ
んな会話をポーランドにいる間、無愛想な店員との間で何度繰り返したことだろう。何を買うにも行列。商品はカウンターの向こう側に並べてあるので店員に頼
んで一々見せてもらうしかない。店員は一時には絶対に一人の客しか相手にしないので他の客は黙って行列を作って待っているよりないのである。 やっと品物を見せて貰い、品物を選定すると店員が伝票を
書いてくれる。それを持って会計係のところへ行くとそこにも行列が出来ている。会計係で支払いをすませレシートを貰って、品物を受け取りにカウンターに引
き返す。またもや行列。 つごう3回並んで一
つの買物が終わるのである。同じ店内にある品物でも担当の店員が違えば、その度並び直さなければならない。これではどんな頑丈な主婦でもクタクタになって
しまう。 ソファセットを買うため何月もの間むなしくワルシャワ市内を走り回ったことがある。ある
家具店でようやく気に入ったのを見つけ出し、心をときめかして行列の後に並ぶ。30分
も並んだ後で店員に「ああ、あれはもう売約済みですよ」とこともなげに言われたときの失望感。信じられないという顔をしていると、店員は、ソファを引っく
り返して見せる。なるほどそこには売約済みのゴム印が押してある。次々と私と同じような客が現れるが、店員はその都度、ソファを引っくり返して見せて、
がっかりしたお客の顔を平然と見ている。 ソファひとつでこれだから、カーテンを買い、テーブルを
買い、家らしい家にするまでポーランドではずいぶん苦労し、ずいぶん長いことかかったものである。 高 松では、どの店にも品質のいい品物があふれ、親切な店員がニコニコと応対してくれる。そんな買物を楽しみながら、ふと、今日も、肉やパンを求めて凍てつく 街頭に長い行列を作っているであろうワルシャワの人たちのことを思い出し、彼らにとって買物が楽しみと言える日はいつ来るのであろうかと、つくづく思った ものである。
(「四国商工情報」1979年11.12月合
併号掲載) |
| トップへ
|