| 評論・講演
の部屋 |
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ここに掲載したのは、わたしが1988年(昭和63年)札幌に赴任して一月
半たった
頃、「自信を持て北海道」という演題で講演したものである。先日(2004年4月4日)たまたま、録音テープを起こした原稿を発見したので、ここに掲載す
ることにした。
(2004/4/6掲載)
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| 講演 「自信を持て北海道」 |
| 1988年8月16日 於:北海道札幌市「ヒューマンハーバー212」 |
| index 自 己紹介|講 演を引き受けたいきさつ|北 海道の魅力|自 信と悲観|座 標軸の転換|地 理| 経 済優先の価値観|東 京は潜水艦|所 得格差|国 内中心・優先主義|歴 史的座標軸| 安 全の感覚|外 交|異 分野交流とアンテナ効果|北 海道の時代| 始 めるに遅すぎることはない|幸 運の受け入れ準備| |
| link エッ セイ「言葉遊びへの散策」|巻 頭言「自信を持て北海道」|| 苫小牧新報| 四暗刻|ポー ランド|[志樹逸馬]|評 論「東京一極集中と潜水艦」 |
只今ご紹介いただいた通産局長の阿部でございます。皆様よろしくお願いいたします。 |
[講演を引き受けたいきさつ] |
[北海道の魅力] |
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[座標軸の転換] |
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[経済優先の価値観] |
[東京は潜水艦] |
[所得格差] |
[国内中心・優先主義] |
[歴史的座標軸] |
[安全の感覚] |
[外交] |
[一国繁栄主義を越えて] |
[異分野交流とアンテナ効果] |
[北海道の時代] |
[始めるに遅すぎることはない] |
[幸運の受け入れ準備] |
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只今ご紹介いただいた通産局長の阿部でございます。皆様よろしくお願いいたします。
[自己紹介]
只今のご紹介のお話にもございましたとおり、私、こちらに赴任して一月半ということでございまして、6月25日付けで辞令を貰い、すぐさま北海道に飛んで参りまして、しばらく挨拶回りをした後、東京に帰えって、正式にこちらに着任いたしましたのが、7月6日ということでございますので、今日は8月16日ですので、勘定いたしますと、札幌住まいは1月と10日ということになります。
私の経歴の中にも色々書いてあります通り、私、採れたのが九州でございまして、東京に出て就職し、それから四国にも1年8ヶ月住んだことがございます。
で、今回、北海道に行けという辞令をいただいて、私、非常に喜んで参ったわけでございます。と申しますのも、日本列島4島あるわけですけど、既に、九州、本州、四国は経験済みでして、私、根っから好奇心満々の男でございますので、是非とも北海道に行ってみたいなと思っていたわけでございますが、今回その念願がかなったわけでございます。その意味で、本当に勇躍北海道に参ったわけでございます。
これで4島フルハウスになったわけでございますけれども、北海道の寒さに対する懸念と申しますか、畏怖感と申しますか、そういうものは、まったくございません。
配られた私の経歴にも書いてあると思いますが、ポーランドという所に3年ばかり住んだ経験がありまして、そこは北緯53度で、札幌より更に10度北にあるので、寒さに関する限りは、寒いところに行けば行くほど冬は暖かいものだということが良くわかっているわけでございます。
ポーランドにおりましたときは、高気圧が張りつめると零下10度くらいで、昼も夜もないような格好で温度が一定水準に落ち着いてしまうんですけれども、そうなりますと非常に気持ちがよく、さわやかな感じがします。そこで、幼い子供も連れて近くの公園に散歩に行ったものです。そのくらい、その気になるくらい、室内は暖かい。室温は常にだいたい26度くらいに保たれておりました。
それで、夏も冬も同じこういう背広姿で、下着は年中半袖のシャツで十分だったものですから、「北海道に行け」といわれると、普通九州育ちであれば、「寒い所に行くなぁ、冬はどうするのかなぁ」とちょっと心配になるはずなのですが、私の場合は、「寒い所ほど冬は暖かい、しかも、冬にも色々楽しめることがある」ということを承知しておりますから、非常に喜んで参ったということでございます。
[講演を引き受けたいきさつ]
この講演は、さっきご紹介がありました通り、北海道に来て初めてこういう場でのお話と言うことになるわけでございますが、これをどういう経緯で引き受けたかということですけれども、先ほど言ったように根っから好奇心のある男でございまして、このヒューマンハーバー212から、第一回目をやるよというパンフレットをいただきまして、私、出来るだけ多くの人に会うのを愉しみにしておりますし、異業種交流、異文化交流、そういうものは非常に重要だと思っておりますものですから、あれは7月の8日でしたか、着任して3日後か2日後、早速この場に飛び込んで来たわけです。講師の先生方のお話をうかがって、色々と活発にやっておられるなと感心しながら聞いておりましたところ、突然、原田社長がですね、ここに着任早々の通産局長がおるよ、ということで、ちょっと立ち上がって挨拶せいということになったわけです。
私も、北海道に赴任して来るに際しまして、通産局長の役割はいったい何だろうと考えて参りました。道内におられる方に対しましては、出来るだけ刺激剤になるstimulatorと申しますか、刺激を与えて元気を鼓舞するのが役割であろうと思いますし、道外の方に対しましては、北海道というのは非常に魅力があるよということをPRするのが役割ではなかろうかと 、思って来たものですから、せっかくのチャンスだということで、自己紹介の名を借りまして、色々と北海道の魅力についてまでしゃべりましたところ、「あいつは面白いことを話すな」ということで社長のお目にとまったと見えまして、早速、講演してくれという話がございましたので、これも積極的に受けて立とうということで今回、この場で講演させていただくことになったわけでございます。
[北海道の魅力]
北海道の魅力につきましては、自己紹介のときにも若干申し上げたのですけれども、赴任せよ、と言われまして、何も知らずに北海道に行くのも皆様に失礼ですし、自分の仕事にもなりませんので、私もやはり、早速、色々な文献等で北海道の勉強を始めたわけです。「いったい北海道はどういう魅力を持っているのかな」ということで、色々と考えた末に、色々わかって参りましたが、こういう場でお話しするには、出来るだけわかりやすく簡単に要領よく何かまとめられないものかということで、実は、ローマ字の北海道に、いわばインデックスの役割を割り振りまして、その一つ一つのローマ字のイニシャルに北海道の魅力を当てはめてみたわけです。
北海道はHOKK…と始まるわけですが、HをhospitalityのHと考えました。これは、いろんな本などを読みましても、人を非常に手厚くもてなす土地柄である、ということが書いてありまして、そういうことであろうかとHを当てはめてみたのですが、ここではまだ一月半しかなりませんけれども皆様に大変手厚くもてなされておりまして、本当に、ここに長年いるような気持で安心して仕事をさせていただいているということで、まさしく、hospitalityのHは間違いないというふうに思うわけでございます。
それから、次のOは、open mindednessというふうに考えました。これは、心を開く、開放的であるということでございまして、先ほど申しましたhosipitalityにもある意味ではつながるわけでございますが、外部からいろんな人が来られましても、そういう方を温かく迎え入れる精神風土があるというふうに思ったわけでございます。
その後KKと並びますが、最初のKはkeenness、これは熱意、熱情、情熱と訳せば良いかと思いますが、皆様、非常に北海道を愛しておられまして、北海道を良くしたいという意欲、情熱、パッションを非常にお持ちであるというふうに感じます。
現在もあちこちでイベントが催されております。青函博とか食の祭典とか十勝の海洋博とか。色々な一村一品運動にしましても、やはり、この北海道を出来るだけ良い、住みやすい土地にしようという情熱をお持ちになっているということでございます。そういう意味のkeenness。
もう一つのKは、これもhospitalityにつながるkindness。非常に親切であるということでございます。
次のAでございますが、これは"Boys be ambitious"という有名なクラーク先生の言葉がありますけれども、そのambitiousのambitionということでございまして、大志。長期的な視野に立って計画的に事を進めるということであります。北海道は、明治以来ですね、まあ、その前の歴史もございますけれども、非常に着々と長期的な視野のもとに開発が進んで参ったわけです。今後も、残っている非常に広大な土地、緑豊かな自然をできる限り大切にしながら、長期的な展望のもとで着々と開発していくという大志があろうかと思うわけでございます。
その次のIはinternationality、国際性ということでございます。
最初に申し上げましたhospitaliry、openmindednessをつなぎ合わせ、 それにkindnessを加えれば、これが、まさしく国際性そのものでございます。色々な異文化、異分野の方々を温かく迎え入れて、共通の土俵の上で人間同士がつきあうということが国際性でございます。
北海道はそういう土壌を十分に持っているということで、今後の国際化の先頭を切れる素地が十分あると考えるわけでございます。
その次のDは、development、発展、進歩ということでございまして、現在もたくましく発展しておりますが、更に将来に向けて発展する潜在的可能性を一番多く秘めている土地でございます。
私、こういう話を、この場でこの前も若干した時にある女性経営者が、このDとしてもう一つ、絶対入れて欲しいというのがございまして、deliciousness、食べ物がおいしいということでございます。これは本当にその通りでございます。私もある意味で食い道楽の面がありまして、どんな土地に行きましても、その土地のうまいものに何でも食らいついてみるという精神を持ち合わせております。私の家に色々な珍しい物が送られてきたりしまして、「どうもこれはちょっと、口に入れるのが憚られるな」というような感じの物がありますと、家族は、私のために必ず取っておきまして、「お前、食ってみろ」ということで、いわば毒味役を仰せつかるのですが、私はそんなときもいやがらず喜んで食べてしまうという性癖を持っているのです。
この北海道に来まして、本当に食べ物がおいしい。やはり「自然そのものの新鮮さが良いな」と思います。口の中でパッと広がるような甘みが新鮮な食べ物にはありますね。そういう意味では、本当にdeliciousnessということも北海道の一つの魅力であると思います。
最後のOでございますが、これはoriginality、独創性、創造性ということでございます。やはり、私ども、本州から来ますと、「北海道は日本離れした日本である」ということをつくづく感じるわけです。気候、風土がそうでございます。その意味も含めまして、やはり、独自の良さを今後とも大いに発揮し、大いに発展して行く必要があろうかと思うわけでございます。
まあ、今のがいわば横軸で捉えました各々の個別的な魅力でございますが、これを縦軸で一つの言葉に要約するとどうなるかでございますが、それは北海道の最初のHに戻っていただきまして、humanityということでございます。人間性が豊か、人間味が溢れているということでございまして、今後、我が国が世界の中で国際社会の一員として、対等に他の国々と接していくためには、やはり人間性が豊かであり、他の国民、他の文化と本当に心を通じ合わせて接しうるものがなければやっていけない。そういう意味でhumanityというものが、非常に重要性を持つわけでございますけれど、いままで申し上げました北海道の魅力を全部一つの言葉で申しますと、humanityであろう。人間性が豊かということではなかろうかと思います。
私、通産行政という行政に携わっている者でございますけれども、今後の行政の一つのpolicyと申しますか、ideaとしてこのhumanityというものは、やはり非常に重視していく必要があると思っているわけでございます。
[自信と悲観]
このように、北海道には非常に多くの魅力が溢れているわけでございます。そういうことで、私本日の演題を「自信を持て北海道」としたわけでありまして、これだけの魅力を持っているわけでございますから、そこに住んでいらっしゃる皆様方が、是非ともそれを自分の財産目録として数えていただきまして、その基盤の上に立って、「やるんだ、やれるんだ」と考えていただければ、幸いでございます。
ところが、残念ながら、北海道には非常に遠慮っぽいと申しますか、悲観的な方がおられまして、私どもが、これだけ魅力がありますよ、良いところがありますよ、と言いましても、「いやぁ」とか申されます。たとえば先ほど申しました、「食べ物がおいしい」と申しますと、「いやぁ、それは原材料が良いだけでして、料理法の方はいまいちでしてね」とかおっしゃるのですね。
しかし、食べ物のおいしさというのは、料理法ももちろんですが、やはり新鮮さ、自然に口の中でパッと広がるおいしさがあってこそ料理法も生きるわけでございまして、いくらうまく料理したところで、悪い材料を使ってのものなら、うまくははないのですね。私も、全国あちこちで色々食べますけれども、ゴテゴテと料理されたものよりは、北海道で食べる新鮮な食べ物がよほどおいしいと思うわけです。料理法を越えたうまさがあるぐらいの自信を持っていただきたい。
それから、住まいにしましても、先ほど申しました通り、冬も非常に寒いということはありますけれども、すべて二重窓になっており、暖房設備も完備しており、全然寒さの心配もないんですね。東京の冬のほうがよほど寒い。
そこで、「東京に比べても非常に住みやすい所だ」という話をしますと、「いやぁ、冬が寒くて」とか「所得が今ひとつでして…」とか、若干、遠慮っぽさも手伝うんでしょうが、ある意味で悲観的な見方をされる方が多いものですから、是非とも、自信を持って、今後、色々な面で、対外的と申したら変ですけれども、他の地域の方々に対応していただきたい、と思うわけです。
私も、ゲーム事が好きでゴルフとかテニスとか色んなことをやるのですけれども、やはり、自信があるかないかによって、特にゲーム事などは、大きく影響されてしまうんですね。まあ、テニスとかゴルフなどというのは、非常にmentalなスポーツだと言いますけれども、mentalという意味は、やはり自信のあるなしでゲームの勝敗が決するという意味なわけですね。本当に自信を持っているかどうかというのは、勝負の最後の最後で、「ここでこのパットを入れなけれ ば負けてしまう」というときに、本当に思い切ってポンと打てるかどうか。そのときに、自分の腕前にちゃんと自信がありますと、これはボールの一点だけ見て、ポンと打ちさえすればいいわけですね。
ところが、入るか入らないか自信がないと、どうしてもヘッドアップしたり、真ん中を打てなくなって、たかが、50cmのパットも外して負けてしまうという事になるわけです。そういう意味で、最後の勝負どころのパットを決めるためには、やはり自分自身の置かれている現状、自分の実力について、はっきりした認識を持たれて、事に当たる必要があると思うわけでございます。
ここにいらっしゃる皆様方には、現在、自分の持っておられる財産目録を是非とも今夜、お帰りになったら、数え上げていただきまして、「なるほど、オレも随分大したものを持っているわい」ということで、再度、明日から新しい視点から世の中を見ていただければというふうに思うわけでございます。
[座標軸の転換]
ただ、新しい視点と申しましたけれども、人間というものは、どうしても固定した視点から物事を見がちなんですね。たとえば、そこに配ったのは私が「自信を持て北海道」というタイトルで通産局の情報誌の巻頭言として書いたのですけれども、やはり、おそらく、食卓に座る位置も、まあ、ここにいらっしゃる方であれば、一家の主でございましょうから、食卓の一番良い位置にドカッとお座りになって、そこに定着しておられると思うんですね。また、会社では、社長さんとか常務さんとか、色々と高いポストにお座りの方が多いと思いますけれども、常に社長の椅子にドカッと、会議の時も中心にドカッとお座りになる。しかし、ちょっと奥さんのお座りになっておられる椅子にお座りになってみますと、俄然、部屋の感じ が違ってくるわけですね。奥さんが意外と美人に見えてきたりする。
会議の席上でも、常日頃、自分の座っている席からちょっと違ったところに座りますと、部屋のたたずまいも違いますし、隣に座っている人の人相なども違って見えるものです。そういうふうに一回、座りつけた座標といいますか椅子には、人間非常に愛着がありますものですから、なかなか捨てがたいということ で、日常的な行動の中ではなかなか座り直そうとなさらないわけでございますが、むしろ意図的に、意識的に座り直してみるということをしてみられれば、世の中がいままでとは非常に変わって見えるということです。
私も通産局長ということで、車で朝も通勤させていただいているわけですけれども、これも、左の席に座りっぱなしでいるよりも、時々、右の椅子に座り直してみますと、街の風景が全然違うんですね。ちょっとした心遣いで違ったものが見えるということでございますので、ひとつ、北海道を見る際にもですね、従来の固定化した、あるいは他の人々が押しつけて来たような視点をちょっと離れて見直してみてはいかがかと思うのです。
[地理]
たとえば、地理的な問題で言いますと、どうしても日本という国は、首都中心、東京中心に全てを見るように、ある意味では傾向付けられているわけです。したがって、東京と比較して北海道はどうか、という見方を常にしがちなのです。そうしますと、東京が中心ということになってしまいますものですから、北海道はいわば、北の果ての、しかも、東京の気温に比べますと、積雪寒冷の地というふうに位置づけられてしまうわけです。
でも、別に東京が中心でなければダメな理屈は無いわけで、じゃあ北海道を中心に、今後見直してみようではないかということにしますと、北海道は、ご承知の通り、北緯40度から45度という地帯、ゾーンに属していまして、それを世界地図の中でずぅーっと伸ばして見ますと、西欧とか北米などの近代国家がすっぽりとその帯の中に入ってしまうのです。
そういう意味で、気候、風土も、まさしくそういった、先進的な文化の栄えた気候・風土とそっくりなわけです。
私も、ヨーロッパに、先ほど申しました通り、ポーランドに3年おりまして、夏休み毎に、全部陸続きでございますから、あちこちを車で、一回出ますと5,000キロメートル以上も走ったりしておりました。
それで、今回、北海道に赴任になったときも、広大な北海道でああるから、是非とも車で走りたい、ということで、自分の家財が着く前に車を先に持ってきたわけです。このところ、ちょっと時間的余裕があるとあちこち走ってみたのですが、やはりそっくりなのです。たとえば、千歳から支笏湖に抜ける道は、ポーランドでポズナンという街から西ベルリンへ向かう道すがらと、全く同じようなたたずまい、地形です。広島町あたりを274号線ですか、あれを通って行きますと、その周辺に広がる風景が本当にヨーロッパを思わせる感じなのです。
気候・風土もそういう意味では、ヨーロッパにそっくりなわけですし、北海道を中心にものを見ても何も悪い事は無いわけです。北海道を中心に見れば、逆に東京の方が高温多湿であります。北海道を過疎と言うより、北海道がむしろ適正な人口密度でありまして、東京が人口過密であるわけです。北海道は現在1平方キロメートルあたり68人ですが、東京は、関東地方は、その17倍の人がいて、狭いところに住んでいるわけです。面積では、日本全体の5分の1なんですが、人口は20分の1以下、これくらいの人口密度の所は、ある意味では空間とかのゆとりもありまして、住むには非常に恵まれていると考えて、まさしく、天の恵みと考えれば良いのではないかと思います。
[経済優先の価値観]
それから、また、座標軸で申しますと、価値観というのがございまして、戦後の我が国が追求した、最大の価値と申しますと、やはり、経済、GNPということだと思います。だから、GNP中心でものを見ますと、やはり、GNPが高い、あるいは、経済成長率が非常に速い東京が先頭に来るわけでございますが、ただGNPだけで、物事を見る社会というのは、日本と、周辺のNIESにあるくらいでして、世界的には必ずしも、主流ではないのです。
ヨーロッパに住んでごらんになった方、あるいはアメリカに行かれた方もおられると思いますけれども、やはりGNPだけではなくて、生活のゆとりとか文化とか地域社会とか、色々な意味の質的な面、単なる経済価値だけに置き換えることの出来ない面を非常に重視して生活しているという事にお気づきだと思います。先ほど北海道の魅力ということで申し上げた通り、ここには、単なる経済活動、経済発展という面だけではなくて、生活のゆとり、あるいは自然といった、世界の人が共通して持ちうる価値があるわけです。
そういう意味で見ますと、GNPでは、確かにここは東京に比べて地域格差のある地域になってしまう。しかし、先ほど申しましたような、多様な価値観に照らして見ますと、東京こそ、北海道に比べて地域格差のある遅れた地域なのであり、今後、北海道に追いつくためには本当に大変な努力を強いられる地域になってしまうわけです。
[東京は潜水艦]
私も、つい最近まで東京に住んでいましたけれども、あそこにいますと、北海道に追いつくのは、ほぼ、絶望だと感じるよりないわけです。したがって、これから一体どうするのだろうというのが本音であります。私は、東京一極集中を喩えまして、いつも経済戦争を戦う潜水艦だというふうに見ているわけです。
私、潜水艦にちょっとだけですが乗った経験があるのですけれども、潜水艦というのは、本当に居住空間がぎりぎりまで押し詰められておりまして、蚕棚みたいな所に乗組員は全部押し込められております。天井から床から壁まで、至る所に計器類とかパイプ管とかが所狭しと通っていまして、本当に狭所恐怖症の方は数時間もいたら、気が狂ってしまうような感じなのです。
ところが、潜水艦はやはり戦艦でございますものですから、ミサイルとか魚雷とかを発射する所や弾薬庫はピカピカに磨き上げられていまして、しかも、非常にゆったりと作ってあるわけです。戦の時に打ちそこなったり、弾薬がたっぷりなかったりして、戦えなかったら、元も子もないわけですから、そういうものについては、十分すぎるほどのスペースを取ってあるわけです。
東京の姿をみますと、今、東京23区の中で、中央区とか、港区とかいう所は、地価が値上がりしまして、1坪で1億円とか数千万円とかということになっております。
そういうことで、個人が絶対買えないわけですね。ちょっとしたマンションだってもう数億円してしまいます。そのうえ相続税が非常に高いものですから、まず、土地の持ち主が死んでしまいますと、だいたい、遺族がその土地を相続できないのです。したがって、遺族は都落ちと申しますか、郊外の方に全部出て行ってしまわざるを得ない。
そういうことで、中心部に建っているのは、全部ピカピカに磨き上げられたビジネス・オフィスばかりになっているわけです。いわば、経済戦争を戦うための武器とか弾薬庫のために十分なスペースを割きまして、乗組員については、本当に蚕棚みたいな狭いところに押し込んで、やっとこさ生きさせている、というような、いわば潜水艦型、さっき言ったGNPを獲得するためには非常に適した構造になっていますけれども、そこに人が住むという意味では、非常に住みにくい、住みづらいものになってしまっております。
現在もそういう状況が進んでいまして、土地があれだけ高騰しまして、ますます戦闘用のスペースだけが徐々に拡大して、乗組員たちは後方に押しやられている。しかも、夜遅く通勤電車のラッシュにもまれて、マッチ箱みたいな小さな家に帰り、蚕棚のようなベッドに寝て、また、翌朝、早々と出かけなければだめだという構造になってしまった。
だから、そういう今まで我々が追求してきたGNPオンリーの価値観では、今後、日本というものの存立は、非常に難しくなっていくということで、東京自体も、大改造するためには、そういう価値基準を変えていく必要があるわけですけれども、そういう意味では、北海道は単なるGNPだけではない、多様な価値基準が取り込まれていて、非常に住みやすい、良い街になっているということでございますので、今後とも、経済と文化との融合をはかりながら、発展を図っていくべきではなかろうかと思います。
[所得格差]
それから、所得については先ほど、申しましたけれど、東京に比べて北海道は6割方しかないとか、非常に低いという話をされるわけですが、ただ、東京に住んだ経験のある人の実感を聞けば、「よほど、北海道の方が豊かである」とおっしゃると思います。それは先ほど申しました通り、ここでは2千万円も出せば、まあまあの土地が買えますけれど、東京では2千万円出しても、およそ、人間が住むのに値するような土地、家屋は絶対手に入りません。
しかも、生活の隅々にいわば中間投入、中間コストとして非常に多くのものを割かざるを得ない状況になっているわけです。
中間投入と申しますのは、たとえば、私もゴルフとかテニスをやりますが、ゴルフをやるにしましても、ここに赴任する直前の東京でのゴルフの話をしますと、朝の4時半くらいに目覚ましをかけて起き出し、5時20分に自宅を出て、東名高速道路で、御殿場という所まで行ったのですが、それでスタートが8時20分、回り終わったのが3時過ぎでした。というのは、中間に必ずメシを食います。ゴルフ場が沢山人を入れているものですから、ハーフが終わるとじっくり休まざるをえないのです。それで表彰式が終わったのが、6時。ゴルフ場を6時過ぎに出て東名高速道路に乗りましたが、雨も降り出し、非常に渋滞しまして、家に着いたのが9時なのです。そうしますと5時にスタートして9時まで、本当に丸一日かけて、やったことは何かと申しますとゴルフを1ラウンド回ったということなのです。
こちらに参りまして早速7月10日にゴルフを誘われましたので行くことにしたのですが、何と私の家に、私をpick upしてくれる人が10時半に来るというのです。スタートが午後からというのです。「えっ、午後からスタート?!」とびっくりしたのですが、とにかく、スタートが午後なんていうのは、東京では考えられないことなのです。12時過ぎにスタートしまして、しかも、まだ日が高いうちにちゃんと自宅に帰られるということです。1ラウンド続けて、休まずプレイしますから。
東京の場合は、時間も非常にかかる。しかも、あれだけ沢山の人が住んでいるために、ゴルフのグリーンフィが非常に高くなっているのです。だから、コンペでございますので色々会費とかを入れますと、すぐ2万5千円から3万円、高いのは4万円近くかかってしまうのです。しかも、往復の交通費は、東名を往復するだけで5400円かかる。
こちらではグリーンフィなど日曜日にやっても、1万2千円から3千円くらいで済むのではないかと思うのですが、そういう意味では、同じゴルフをやるというbenefitを受けるために、東京では、非常に莫大なコスト・時間を支払わなければならないのです。
ゴルフのみならず、テニスにしましても、その他のことにしましても、一事が万事そうでして、コンサートにしましても、色々と沢山の有名楽団が来ますけれど、その場に行くための交通費、時間あるいは切符を入手するための手間、そういうものを、全部換算しますと、中間投入、中間コストにいわば空しく消費されるものが非常に多いわけですね、東京の場合は。
したがって、10対6でもよほどこちらの方が質の高い生活ができます。しかも、食べ物は、北海道で食べるのと同じ新鮮なものを東京で食べようとすると、これは一流の料亭で、全素材を空輸しているようなところに行って食べなければならないのです。料亭などというところは、座るだけでも2万円、3万円はかかるわけでございますから、北海道はそういう意味でも、非常にcost benefit、cost performanceの高い、したがって、単純なGNPだけで比較しては、そのあたりの実態の差、本当のbenefitの差が把握できないというふうに思うわけです。
もう一つGNPについて、ついでに申しますと、日本の中だけでGNPを比較しますと、確かに北海道はかなり低いといことにならざるを得ないのですが、これをまた世界的なスケールで考えていただきますと、必ずしも、GNPでも落ちるどころではなくて、大変なperformanceを北海道自体が持っている。
たとえば、スウェーデンといいますと、非常に大きな国といいますか、立派な国だというイメージをお持ちだと思いますけれども、まさしく北海道はスウェーデンに匹敵するだけのGNPをあげているわけです。面積で申しましても、たとえばオーストリアという国と全く同じ広さなのです。人口はもっと多く、GNPでも、北海道の方が上回っている。
発展途上国で、NICSとかNIESとか言われて、韓国の成長率が高い、台湾がどうのこうのと言いますけれど、そういう国と比較しましても、北海道の方が、北海道地域だけで勝ってしまうわけです。それほどの大国なわけですね、北海道は。そう言う意味でも、自分たちが世界の中に出て行くに際して、世界で有名な国と匹敵するだけの経済力を既に持っているのだという目で世界に羽ばたけるのではなかろうかと思うわけです。
[国内中心・優先主義]
更に先ほどの価値観の話の続きで申し上げますと、これまで日本は、国内中心・優先主義の経済、政治の運営が行なわれてきたと思うのですが、今、非常に国際化が必要だということで、国際化が迫られているわけです。国内優先主義というのは、「日本人だけに通用する価値基準ですべてを割り切ろうじゃないか」という動きだったと思うのですが、国際化時代というのは、ある意味で世界に共通する価値基準、ルールで対等に付き合って行こうと言う時代なわけです。
先ほど申しましたGNP一本槍の価値基準で、非常に凝り固まった感じの東京とか、大阪、名古屋に比べますと、色んな多様な価値基準を持っている北海道が、今後、国際化という時代には、よりふさわしい適応ができる、国際化の先頭を切れる素地があるのではなかろうか、と思うわけです。
日本の社会と言うのは非常に同質化しやすい構造を持っております、社会構造として。日本人というのは、やはり隣百姓的な発想がありまして、隣の人に何とか合わせよう、隣の人には負けたくないという発想があるものですから、どうしてもお互い同士似てしまうのです。その同質化の渦が戦後ずっと巻いていたと思うのですが、その渦の中心にあるのが東京で、その東京の周辺地域はそういう同質化の渦がものすごいスピードで回っているものですから、知らぬうちに同質化されてしまっている。
幸いにして、北海道は東京の渦の中心から、かなり離れたところにあったために、必ずしも同質化の中に全部引っ張り込まれずにいたのではなかろうか。先ほど申しました通り、北海道には多様な価値基準が現在も残っておりますし、そう言う意味で国際化する際に先頭を切れる素地があるだろう、と思うわけでございます。
[歴史的座標軸]
それから、もう一つ、視点を今度は歴史的な座標軸に置き換えて考えたいのですが、何か、日本だけに住んでいて、しかも中心が東京にあるということで、東京だけを見て、東京に比べてGNPも低いし、若干、県民所得も低いということで、追いつけ、追い越せと言う視点だけで見ていますと、日本だけしか目に入らないわけでございますけれども、やはり世界と言うものは、周りに厳然と存在しているわけでございまして、北海道も世界の中の一員であることは間違いないわけでございます。
そういうことで、歴史的に見てみますと、ここは戦後処理如何では、非常に厳しい状況に置かれても決して不思議ではなかった地域なのです。その現実を絶対忘れてはいけないと思います。
私は、先にポーランドに滞在した経験があると申しましたが、ポーランドという国は、やはり戦後処理でソ連の衛星国に引きずり込まれた国であります。それから、ドイツもご承知の通り、戦後2分割されて、東西ドイツの体制がそのまま続いているわけです。
これは、ご承知の方も多いかと思いますが、戦後、処理する際に、ドイツを分割統治するということになりまして、分割占領していた四カ国が分割統治して、今の東独の地域はソ連が統治することになったのです。それは大変まずい結果を引き起こしました。その反省があってはじめて、アメリカは日本を占領するに当たってアメリカ一国で占領することにしたわけです。
したがって、戦争終結を急ぎ、戦後処理を急ぐ必要があった。それが、原爆をあれほど急速に落とした原因の一つと考えられておりますが、下手をすると、北海道がソ連に占領されて、ドイツ同様の分割統治になりかねない。それは非常にまずかろうという判断があった、ということでございます。そのため、できるだけ戦争の終結を急ぎ、アメリカだけで統治する体制をとる必要があった、ということです。あの段階で、もし、そういう措置が取られなかった場合、西ドイツ、東ドイツの分割、あるいは朝鮮半島の南北朝鮮の分割と同じように、同じ民族が、厳しく対立した形で住まざるを得ない状況に置かれる可能性もあったわけです。
私も、ポーランド滞在中に、何度か西ドイツ、東ドイツを車で走り、両国を比べてみる機会がありましたが、たとえば、ヒットラーが作ったアウトバーンと言う自動車用の高速道路があるのですが、東ドイツの方のを走りますと、そこらじゅうに穴ぼこだらけなのです。したがって、よほど注意して運転しないと、危ないほどでした。
しかも、アウトバーンの両脇には旧式の車がエンコして留まっていまして、ガレージと言いいますか、修理工場も十分育っていませんから、本人が、乗っている本人が車の修理をせざるをえないのです。どの車も、ボンネットを開けて、一生懸命修理しているわけです。
で、東ドイツを抜けて、西ベルリンに入る国境は非常に厳重な監視体制がしかれていまして、自動小銃を持った兵隊が、わんさかいて見張っております。もちろん、検問所の周辺にもいますが、高い監視塔の上からも我々を見下ろしている。車で検問所に入りますと、車の下に反射鏡を差し込んで調べる、ガソリンタンクに手を突っ込む。トランクを開けさせて調べる、等などとても厳しく、検査される。
東独は通過ビザですので、高速道路を降りて都市へ入ることが出来ず、食事もアウトバーンの脇にある食堂で取らざるを得ない。その食堂ですが、メニューと言い味といい、非常に貧弱なものです。そこで食事をしている東独の人の服装も、生地も縫製も染色もあまりよくない。
通貨単位は同じマルクを使っており、建前では1対1で交換することになっているのですが、鋳造方法からして違っていますから、まさしく重みが違うんですね。闇レートだと1対3とか、1対4とかかない差がある上に、1マルク貨幣にしても本当に重み自体がずっしりくる西ドイツマルクに対し、東ドイツのマルクは軽くて、吹けば飛ぶような感じがしたものです。
ところが、西ベルリンに一歩踏み入れますと、車も本当に路面に吸い付くようにヒタヒタヒタッと走り始める。しかも、最近型の車がそこらじゅうを走り回っております。店と言う店には物が溢れており、若者も、皆、生き生きとしております。
したがって、まあ、そういう歴史的な事実をとってみましても、東ドイツの運命がここにあったかも知れない。それが、類い希な歴史的幸運に恵まれて現在の豊かな安定的な生活を享受出来ているのです。
[安全の感覚]
もう一つ、ポーランドの話もしましたけれど、ポーランドでは、やはりしょっちゅう外敵に国土を蹂躙されているわけですね。第二次世界大戦が始まったのも、そもそもドイツ軍がポーランドに殴り込みをかけたのが、始まりなわけですけれども、そこでまずドイツに一週間でロールオーバーされてしまう。その後、今度はロシアが入って来て、ロールオーバーする。
私も、車でポーランドを何度も走りましたが、天然の要害というのが何もないことが良くわかります。本当に平坦な国なんですね。したがって、周囲の国が強くなり、自国が弱体化すると、すぐ侵攻されてしまって、あっという間に他の国の占領下に入れられてしまうわけです。
そういうことで、ポーランドと言う国は19世紀は1世紀まるまる地図の上からなくなっていたんですね。18世紀の後半に、3国、ロシア・ドイツ・オーストリーに分割され、第一次世界大戦後のベルサイユ条約でやっと復興が認められるまで、国がなかったのです。一度、国が無くなって復活すると言うことは、至難の業でございまして、そのなかでポーランドが良くやったというのが私の率直な実感ですが、とにかく、ポーランド語は3国分割されたときは、使ってはいけなかったのですね。したがって、使うこと自体が、いわば血で購われていたわけです。秘密結社を作りまして、やはり文化のエッセンスと言うのが言語なわけです。ポーランド語を教えるために、父・母は殺される覚悟で子供に教えていたわけです。そういう血で購った言語を守り通して初めて125年後にポーランドは復活できたわけです。
そういう歴史を経ておりますから、子供自体にしても非常に逞しいわけです。4歳の童子でもちゃんとしつけられていまして、本当に手離しで泣き叫んだりするようなことはありません。
たとえば、生まれてあまりたっていない子供に「泣くなっ」と命令した場合には、本当に泣かなくなるまで、ほっぺたをひっぱたいても泣き止ませる。それは、ある意味では民族が生き延びるために、必要だったのです。たとえば、敵兵が入ってきたとき、「泣くな」という命令に逆らって泣いたら、家族全員が見つかって殺される。父親も母親も殺されても、子供に「泣くな」と言って「お前はここに隠れていろ」と言った際に、言われた通り隠れておれば、ある日、また、その子が大きくなって復活できるかも知れないわけです。そういう伝統・歴史を持っているものですから、幼児でさえ逞しいと感じました。
しかも、これは子供だけではなく、犬でもまさしくそうでして、犬のしつけもものすごく厳しくやるわけです。したがって犬も本当の市民として、たとえば肉屋の前で「待て」と言われればじっと待っております。電車の中に乗ってきて、「そこに座っていろ」と言われればちゃんと座っています。犬と犬同士が絶対喧嘩しないで、本当に紳士的にすれ違います。日本だと、犬と犬とがおりますと、飼主が必死になって「よせ、よせ」と言っているのに、キャンキャンワンワン泣きますけれども、ポーランドでは、犬すら、生き延びるために、「泣くな」と言ったときに泣いたのでは民族が殺されてしまうと必死にしつけられているわけです。
私が住んでいたワルシャワの家は、何と3階建てだったのですが、1階の窓と言う窓には、全部親指大の鉄格子が入っておりました。日本から行きまして「へぇー」とびっくりしてしまいました。しかし、それは、敵兵が入って来たとき、少なくともそこで何時間か篭って、救助隊が来るまでしのげるだけのものを備えておこうという思想かと思います。玄関のドアも樫の厚い木でできていたのですが、そこに何とですね、五寸釘大の鍵が3っつもつけてあるわけです。しかも、単に一回カチャッと回すだけでなく、2回回すわけです。そしますと鍵が十字にクロスして絶対に開かないようなメカになっているのです。
我々、日本人は、アルミサッシの半分曲がったような鍵でも安心するようになっているものですから、私も迂闊だったのですけれども、一番上の鍵をかけるだけで安心して、ある日、ポーランド出身のアーノルド・ルービンシュタインというピアノの世界的名手の演奏会に家族全員で出かけたわけです。7時から10時までの演奏会から帰ってきますと、家の中が何もないくらいきれいに泥棒に荒らされていました。
どこから入ったかと言いますと、裏庭に面したテラスから入ったのですが、テラスには天井までの高さの両開きのガラス戸があり、その外側に横に親指大の鉄の桟の入った大きな開き戸があるのですが、その鉄の桟が、横になっているものですから、我々、2箇所、南京錠で止めるところが付いていましたが、上のところだけ錠をかけてでかけたわけです。まさか、下の方のまで留める必要は無いと、こんな鉄の桟を曲げる力のあるやつがいるかというような感じででかけて行ったのですが、物の見事に、下の南京錠のかかっていないところをギギッと捲り上げて、ガラス戸を破って侵入してきているわけです。
そこで家主に「あんな鉄の桟を曲げて入って来たのですよ」と報告をしましたところ、家主は、「どうして鉄のシャッターを下ろさずに出かけたのか」と呆れたと言うようなそぶりをするのです。彼が、居間に来いというのでついて行きますとテラスの窓ガラスのカーテンの陰に隠れていたトランクを示して、クルクル回し出しました。昔、車のエンジンをかけるときに、クルクル回したのと同じようなトランクです。そうしますと、その鉄の桟のもう一つ外側に鉄製の厚さが2センチはあるシェルターが静々と降りてきたのです。
われわれ、日本人の感覚では、そういうところにそういうものがあるとも思わないのです。まず、テラスに二重窓があって、その窓の外側に親指大の鉄棒の入った桟があり、さらにその外側に密封型の鉄製のシャッターまで付いている。窓という窓には親指大の鉄格子がついている。そのくらい厳重な安全策を、たまたま借りた一般家屋でさえ備えている。日本人はよく、水と安全は只だと思っている民族だと言われますが、ポーランドはこれまでの歴史的に過酷な時代を長年にわたって経験しているということで、住宅の構造ひとつから、あるいは、そこに住んでいる人、子
供、犬から、これほどまでに違うのです。
したがって、日本に帰国したときの率直な印象が、のどかでのんびりした国だなということでした。これはこれとして非常に良いことだとは思いますけれども、やはり世界の現実と言うものも、我々は常に頭において行動していく必要がある。単に、日本だけの独善的な価値観で、日本だけが繁栄すれば良いというような生き方では今後もやって行きますと、やはり、なかなか上手く行かない面が出てくるのではないかと思います。
[外交]
第二次世界大戦というものを考えていただきますと、あれは外交の失敗と申しますか、日本が世界と直接色々な意味で付き合う必要が出てきたときに、うまく付き合いを仕切れなかった。付き合うだけのノウハウとか、外交と言う
ものを持っていなかった、育てていなかったということに帰するかと思うのです。
現在、日本は世界に冠たる経済大国になって、世界と仲良く付き合っていく必要性が非常に高くなってきています。その中で、本当に日本が世界と仲良く付き合えるだけのノウハウを持っているだろうかということを考えますと、我々はやはり若干、不安になる面があると思うのです。そう言う意味でも、この繁栄を長続きさせる意味でも、もうちょっと、世界のことを常に考えて行動する必要があるわけです。
北海道は歴史的、地理的に見て、現在は本当に恵まれていると言うことを認識しつつ、この恵まれたポジションを長続きさせるための知恵と言うものを、今後色々な意味で考えていく必要があろうかと思います。
[一国繁栄主義を越えて]
よく、「日本は世界一の金持ちの国になった。しかし実感が無いなぁ」とおっしゃるわけです。では、実感があるまで、もし、日本が頑張って経済成長したらどうなると思いますか。実感というのは、自分が周りをよく見て、新聞も良く読んで、世界の中には、一日、25円あれば命が長らえる人々が沢山いらっしゃるということに気づくことから、もたらされるのです。そういう人が多勢いる世界の中で、これだけ豊かな暮らしをしているということが、どれほど世界から隔絶したポジションにあるかと言うことに気付かなければ、実感が湧きようがないと思います。
隣百姓ということで、常に隣の人との比較しかしないでいれば、視野は世界には広がりませんので、「まあ、この程度が世界一か。これでは物足りない。もっともっと、頑張ろう」ということになるかと思いますけれども、やはり国民の一人一人が実感できるまで頑張りすぎたら、国は行過ぎオーバーヒートして自分の立っている基盤自体を失うことになるのではなかろうかと思います。
私も現在の体制がある意味で一国繁栄主義的な視野の狭さに陥りかねない面があると思うものですから、そういうことに陥らないよう、常々、世界を良く見て、異なった文化、異なった国にまで視野を広げる必要があると自戒している次第です。
そう言う意味で、ここで皆様方、異業種とか異分野ということで一堂に会されて、色々と情報を交換されるということは、新たな視点を身につけるという意味で非常に貴重かと思います。
[異分野交流とアンテナ効果]
私、常々、こういう異文化、異分野の交流は重要と思っていまして、通産省におきましても国際研究協力の推進など、大いに旗振り役をやったことがありますが、異なった分野の人が寄り集まって話したり意見を交換することによって、新たな発想、新たな知恵が出てくるわけでございます。
私も、先ほどから好奇心が旺盛だと言う話をしておりますけれども、自分自身もできるだけ色々な分野に思い切って飛び込んでいって、新しいものを吸収していきたいと思っています。そう言う意味で、色々と手広くやっているわけですが、それは私にとってアンテナ効果になると思うのです。
アンテナ効果と言う言い方を自分でネーミングしてやっていますけれども、たとえば、私が今回、北海道に赴任すると言うことになりますと、この北海道という言葉がキーワードになりまして、色々な情報が向うから飛び込んできます。新聞を読んでおりましても、「意外と北海道に関する記事が多いな」、テレビを見ておりましても。「また北海道をやっているよ」。それは家族でも同じです。「こんなに沢山北海道に関する記事が溢れているのか」ということだと思います。
したがって、新しいキーワードを一つ身につけますと、自ずと向うから情報が飛び込んで来るわけです。たとえば、今日私の話をお聞きになって「ポーランドと言う国があるんだな」ということで、今後、ポーランドに関心を持たれますと、意外とポーランドの記事と言うのはあるのです。そういうことで、一つ一つ自分のアンテナを増やしていく。
ご承知の通り、電波と言うものには、中波から短波から極超短波から色々なのがあります。そういう異なった周波数の電波を受信するには、自分自身でそれに合うアンテナを身につけないと、たとえ空気中にありとあらゆる電波が
飛び交っていても受信できないわけです。したがって、そういうキーワーズ、自分が色んなことに関心を持つということで、アンテナ、色んな形をしたアンテナを身に付けていく、ということが、非常に重要と思います。
ここにいらっしゃる方は、異なった分野の色々な情報を入手しようということで来ておられるので、ことさら、言うまでもないかと思いますけれども、今後とも、少しでも、一つでもアンテナを高く広く掲げていただければと思うわけでございます。
[北海道の時代]
それで、結論的なことを申しますと、今後、やはり、日本は北海道の時代になるということであります。
先ほど申しました通り、GNP優先時代から、生活のゆとりとか、文化と経済の融合の時代に入っていくとすれば、北海道が先頭を切れるわけでございます。北海道自体が持っているこの広大な土地、あるいは緑豊かな自然というのは、日本全体にとりましても、非常に貴重な財産であります。したがって、この財産を食いつぶすと言うことがないように、ある意味では、非常に大切に、今後は使っていく必要があろうかと思うわけです。
人生には別にゴールと言うのがあるわけではないのです。一日一日のプロセスを抜きにして、ある日、そこで出来上がって、終わりと言うことは無いわけです。その意味では国家百年どころではなくて、数百年、数千年続くと言う心構えのもとに国の経済も、こういう貴重な空間も善用していく必要があると思うわけでございます。
それで、従来、日本経済の活力と言うことで、労働時間などにつきましても、世界の先進工業諸国に比べましても、非常に長い、ある意味で勤勉な国民性というものが尊ばれてきましたけれども、やはり活力もゆとりあってこそ活力と言えるのではなかろうか。そのゆとりが無くなって単に活力、活力と言うのは、やせ我慢の哲学でございまして、早晩、息切れして長続きしないわけです。ある時期にはパッと燃焼したけれども、あっという間に世界の歴史の舞台から消えてしまう国もあるわけです。したがって、日本は華々しく現在、世界の歴史の桧舞台に登場いたしましたけれども、「何だ、たちまち消えていってしまったではないか」と言われないためにも、ゆとりあってこその活力という生き方を今後身に付けていく必要があろうかと思うわけです。
[始めるに遅すぎることはない]
先ほどから、一人一人が色々と自分の財産目録を見直して、自信を持って、新しい生き方と申しますか、視野の元に活動を開始していただきたいと申しているわけでございますけれども、何事につけても「ものを始めるのに遅すぎることはない」というのが私の信念でございます。私のワープロもこの5年前、自分で買い込みまして、こういう自分の原稿とかは全部ワープロで打ちますし、パソコンのベーシックのプログラムも自分で組んでみましたけれども、50近くになりましても、新しいものにチャレンジしますと、それなりの成果は上がるものです。
したがって、先ほど申しました、アンテナを沢山張って、色々な事に果敢にチャレンジしていただきたいと思います。
私は、こういうときにアメリカのグランマー・モーゼルという人の例を引くんですが、これは日本では「モーゼルおばさん」と訳されていますけれども、アメリカの農婦だったのですが、70歳になって初めて絵筆を持ちまして、絵の勉強を始めたのです。それで80歳で個展を開きまして、101歳まで生きた女性がいるわけです。その人の展覧会がつい最近も東京の伊勢丹で開かれ、画集も出版されておりますが、70歳で始めても遅すぎることは無いということであれば、おそらく皆様方はそれより相当若い方ばかりでしょうから、何事につけても思い切ってお始めになることができるかと思うわけでございます。
私が読んでいた本の中に、ちょっと気に入った詩みたいなものがありますので、それを最後にちょっとご紹介させていただきますと、これは志樹逸馬さんという方の詩なんですけれども、
地上
どこにも
特別に大きなローソクというもはない
だのに
かの灯を見よという
各自が同じ生命をもちながら
燃やさないで周囲を暗くしていることをこそ
悲しむべきだ
という詩でございまして、やはり遠慮っぽく本来同じ明るさを持っているのにもかかわらず、自分の本来の明るさに達するまで燃やさないでいると、そこで他の人を暗くしていることこそ悲しむべきではなかろうかとい詩でございまして、そういう意味で大いに一人一人、精一杯ロウソクの火を燃やしていただければと思うわけでございます。
[幸運の受け入れ準備]
もう一言だけつけ加えますと「幸運は心の準備が出来ている人にのみやって来る」と言うことでございます。色々と身の回りには幸運があるわけですけれども、心の準備が出来ていないと見逃してしまうということだそうでございますので、私も色々見逃しているのか知れませんので、できるだけ準備をしたいというふうに思っているわけでございます。
本日は「自信を持て北海道」ということで、お話いたしましたが、何らかのご参考にしていただければ幸いです。
私も、明日から皆様ともども、元気一杯やりたいと思いますので、よろしくお願い致します。
どうもご清聴有難うございました。