日記の部屋1957(04)/Diary1957(04)

 

(1957/4/1〜1957/4/12)

(2001/1/12掲載)



 

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年月日 曜日 日記本文
1957.4.1 Monday 4月1日
エープリルフール。四月馬鹿と訳すからといって4月が馬鹿では困る。とにかく新学期が開始される。一月から3月までの状態は非の目立ちすぎるものであったから気を新しくしてこの4月をバカにせぬようにしていきたい。この4月は1年も学生においては支配するものである。何はともあれ辛抱し、頑張らなくてはいけない。現在の私の状態が果たして非の打ちどころのないものかといえば疑問である。せっかくの計画表にさえ記入せずに過ごすのでは馬鹿らしいことが存在する。馬鹿を利口するには努力が必要だ。
1957.4.2 Tuesday 4月2日
今日もかくして終わりか、と嘆く日にいい日はない。これではどうする。頑張ってお勉強して下さいと言われた身で、頑張らないでいられようか。頑張って頑張って、苦しいことも多いだろうが。
1957.4.4 Thursday 4月4日
中島さんに手紙を出そう出そうと思いながらなかなか出せない。やはり時の重要さをつくづく感じる。そのくせ、変なことには夢中になって半時間も馬鹿らしく過ごす。自制心を養え。好奇心を養え。これがこのマラソンにおいて最大の武器となるのだから。
1957.4.5 Friday 4月5日
 割合春らしい日。小雨。通りがかりに見た森岳城の桜は、夕暮れの小雨の中に濡れたピンク色をしてかすんでいた。春がそこにあった。何か生き生きとした気怠さがあった。
1957.4.6 Saturday 4月6日

ふっとうれしさがこみ上げてくるのです。
ぞくぞく身をふるわせながら。
なにがうれしいのかって
聞かないでください
私1人のうれしさなんですから。
1人で胸の奥でうれしいんです。
誰も知らないからうれしいんです。
この気持ちと2人っきりでいられるうれしいんです。
 

風よ吹け。
天よ泣け。
地も歌え。
山も怒れ。
海も狂え。
  私はひとり悄然として
  その中に立ちつくしたいのだ。

風になびい草柳は、
雨に打たれた茅の葉は。
猛然として立ち直る。
そは人の誉む美挙なれば

     私は自然に学ぶ必要ない。
     人に褒められる必要はない
     雨風にさいなまれて
     なぜこうも元気に立ち直ることができるのか。
     草よ、柳よ、茅の葉よ。教えてくれ
     私は君らにかなわない。
     君はあまりに強靱過ぎる。
     私は君らのために、かえって
     絶望の度を加えるばかりだ。

ああ世の中は真っ暗だ。
生まれ今日まで17年
夜の暗さにゃ慣れたものの
天の日さえがこの闇に
消しゴム使えぬとは何ぞ

    私は今暗闇の中を手探りでさまよっている。
    しかし私は決して希望を求めているのではない。
    ただ絶望の闇を胸深く吸い込んで死を思っている。

1957.4.7 Sunday 4月7日
明日から学校も始まる。
3年生。何かが胸苦しさがある。
学校の授業を大事にせずに1、2年の失敗を繰り返したくない。

今日中島光恵さんに手紙を出した。

花見で賑やかであった

1957.4.8 Monday 4月8日
男子ばかりのクラスに入るのも今度で二度目。どうせ大学へ入ればそうなのだろうから予行演習くらいの意味がある。今度は成績別にクラス編成されていないようだ。とにかく今年はベストを是が非でも尽くさねばならない。
1957.4.9 Tuesday 4月9日
この胸苦しさ。空虚感。自らが選んだ道がかく展開しようとは。胸がかくも痛いものだとは知らなかった。人文地理と日本史の二筋の道がわたしには掲示され、迷った挙げ句、日本史にした。すでに述べたように目前の利益のためではなかったとはいえ、同じ進路に二人と友が見いだされないとは、私は予期して選んだのではない。全く阿呆面ばかりがそろった私のクラス。頼りするに何ものもなく、勉強のための雰囲気があるものではない。高校3年なってやっと国語の本をようやく読める学力しかないものが大学受験しますとはあきれたものである。全く私は自分自身を苦しめるために日本史を選び、またまたその日本史に苦しめられねばならない苦痛と胸のうずきは続くのみである。
1957.4.11 Thursday 4月11日
なぜにかくも悲しいのか。この言葉は今の私の心の中を1番よく表している。しかし今の私の気持ちに1番ぴったりしない、浮ついた感じの言葉でしかない。
私は泣いている。
 心で、眼で、身体中で、
ああ、思わずため息が出る。
何の神が私の心に来ればかくも悲しいのか。
何と重い私の胸の奥であろう。
泣く?悲しければなぜ、なぜ泣くのであろう。なぜ涙がほとばしり出るのか。
憎むべい、、私をかくも悲しませるとは、
「雨の朝パリに死す」
「長い灰色の線」
泣けた、この憎むべきものを見ながら泣けて仕方がなかった。
私の存在を泣いた。
寂しさを泣いた。
人の世を泣いた。
未来の存在に泣いた。
死!死、死、死、
私の存在は死のための存在でしかない。
愛、愛
ああーー
私の心はもだえて泣く
私には未来がある。
だれのための
何のための
 未来であろう?
私は死ぬために生まれた。
私が泣く声は秋の風、
私が動かしたいのは塚ではない、
時だ。

私はなぜ泣くのだろう
私の心はなぜ虚ろに重いのだろう。

何が悲しくて、わたしは泣くのだ、
うつぶして心の空虚に泣くのだ。
 

1957.4.12 Friday 4月12日
またも日記がなくなってしまった。
死も寂しかろう。なぜに最後だからか。
日記も寂しい。もうお前とも別れねばならぬ。別れほど寂しいものはない。我が校の前校長俵先生を今日は見送った。
明日清が御来島と聞く。皇室で私が1番好感をもっているお方である。明日会うとすればそれが一生における最後のお姿になるかもしれぬ、とにかく、自分の死が、ただ自分ひとりの死でしかないことが寂しい。最愛のものと同じに死ねるのならと思う。日記おまえは生きるのだ。
日記の奥付を見ると以下の通りとなっている。
日記ー1956ー特装版 300円
発行者 磯部芳三
印刷者 小山正登
印刷所 株式会社 城北堂印刷所
     東京都文京区小日向水道橋町17


東京都千代田区神田神保町2丁目34
発行所 丹流社
    電話九段(33)1816番


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