僕の日記1955年
1955年11月20日日曜日 天気:曇り雨 起床:8時00分 就床8時40分 
 

11月20日曇り雨起床8時00分就床8時40分

日付を見てくれたまえ。二日ご無沙汰した。

後40日あまりで今年も暮れてしまう。昔の唐の詩人の歌にもあるように、一日難再 晨であり、歳月不人待である。晦日に誰が霜鬢明朝又一年と思わぬものがあろうか。 それなのに正月はめでたいのである! 人は皆新しいものを欲するのである。そして生活に区切りを欲する。それが墓の下ま で通じる石の階段であろうとも。

まったく醜い有機物から人間は成り立っていて、それを互いに美しいと思っている。 感覚を求めて惑い人を恋する。そして儚い一生を終わるのである。

生の起源は明らかではない。しかし、生は確実である。私というものが存する限り何 十億年前にこの世に生というものが現れて以来その血は切れていない。それは絶対に 切られることのない生によってその生を私にまで運んできたのだ。私は生を何ものに も増して愛する。尊いのだ。なんと多くの生物が生を伝えるために生まれて死んだこ とだろうか。

ところで人間の社会には組織というものが生物の体の中のように整然とあってそれに よって分子たる細胞たる私は動かされ動いているのだ。その人体の大脳と言うべきも のが、政治なのであり、その直接の中枢が国会、裁判所その他なのだ。 ところでその政府や国会は政党というものによって作られ、その政党は人間によって なされている。

私が不思議に思うことはその三百人二百人もの大政党が同じ考えを持った人によって 作られていることである。私たちの体のように各自意志を持たぬ細胞から成っている のではないこの大政党が同じ考えを持っている!?

ところで数日前政党の合同があってついに自由民主党なるものが生まれた。ところが 両者の頭上にはこれといった目標・政策がおかれていないのだ。これでは国民をない がしろにするのと同然である。まず合同してから政策を作ろうとする考えである。そ れならば何のために合同するのだろうか。政党なるもの、完全に考えが同じであって こそ出来上がるものである。ネコとイヌがやって来て、そこに何ができるだろうか。 ネコの子?イヌの子?ウマとロバの間にはラバができるが、できたところでそのラバ は長続きしない。

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