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12月31日曇り雨 人間の絆 1 完読 just12時、尾道専光寺。 瀬戸内海のポンポン蒸気船の音。ポォゥーン。余韻あり。・・・うーうーン。オメデトウ。 もう1956年なんだ、今もう3分は、1956年が失われた。 犬の喧嘩が聞こえる・・・ ラジオで仙台の瑞光寺ー伊達政宗がウグイスを楽しんだところーボゥワァァーン。 どうも、音を日本語に直すのは苦労する。英語のcanのa,busのu,fatherのaなどの区別 がない「ア」は常に「ア」である。 今、ついちょっと先を振り返る。私が風呂を出たときは11時55分であった。それがもう0時10分になろうとしている。もう、絶対に帰らぬ 過去なのだ。その”かこ”の時に私はやはりいた。しかし、その真ん中に禁断の園と区別 する大きな柵が打たれた。ただその柵を通して眺めるだけなのだ。時というものに対する漠然としたものがあるのだが、どうも言葉では言いきれない。 善通寺。プァァーン。少し軽い感じ。ああ・・・四国高松、終わり。 北海道 東本願寺札幌別院。ブボォォォォォォーンーン。余韻長きことはなはだし。うなって聞こえる。85年前作られたそうだ。 長崎の勝福寺。上品な音。ポブアンーン。太字を一緒に発音すればよい。240年前のもの。 人間の暦には昨日と今日の間に何物もないように昨年と今年との間にも何もない。それで人間は押し迫った圧迫感から100度のお湯に雪を投じたように解放されて新たな希望を持つのである。今年こそは、誰でも人間である限り元旦に当たれば一度はそう思う。 |