引用句・語録の部屋


掲載日別索引
2009/11/09掲載 2009/9/1掲載
(2009/7/22掲載)
(2009/07/20掲載)

(2009/07/19掲載)

(2009/07/06掲載)

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項目別索引
2009/11/09掲載
読書(長田弘) ユダヤ人(エリック・ホッファー) 弱者(エリック・ホッファー)
散歩(井伏鱒二) 禅(司馬遼太郎) 表札(石垣りん)
人まね(まどみちお) 成熟(ねじめ正一) 睡眠(井上昌次郎)
 2009/9/1掲載    
 科学と芸術
ユルバン
 信仰
ピーター・L・バーガ
ー
 
 2009/7/22 掲載    
 発見する喜び
小川洋子


 権威
キケロ
 論争の相手
ニーチェ

 新しいものを生み出すこと
川上未映子
 からだと服
川上未映子
 不屈の意志と新しいものを発見していく喜び
レイ・ブラッドベリ
 自分の外から自分を見る
なだいなだ
 静寂を聴く
イヨラン・セルシェル
 音楽はタイムマシン
イヨラン・セルシェル
 模倣
ホラーティウス
 軽薄
ジンメル
 表現力や個性の重視
佐久間奈緒
 個性とオリジナリティ
塩谷哲:小曽根真
 人生における大きさ
塩谷哲:小曽根真
  つもり違いの十ヵ条
薬王院
  本当の意味の若さ
ピカソ

  無意味なものに抵抗し、意味あるものに仕える
ヘルマン・ヘッセ
 著作の目的
ヘルマン・ヘッセ
 景観
サン・テクジュベリ
 数学は知的な遊び
数学オンチ
 魚は頭から食べるアエタ族
辺見庸
 魚は頭から食べるアエタ族
辺見庸
 首相のレベル
高村薫
 
(2009/7/22掲載)
ライフワーク
戸山滋比古
(2009/07/20掲載)
一休道歌
一休
(2009/07/19掲載)
この道一筋
小池光
一つのことに集中しても
ガルブレイズ
日本の宿痾
ロバート・フェルドマン
変物
夏目漱石
元の位置に in situ
六嶋由岐子
幸せ
六嶋由岐子
中国と日本
六嶋由岐子
不登校という生き方
奥地圭子
書くという行為
日垣隆
(2009/07/06掲載)
普遍的公共的な規範に乏しい日本人
司馬遼太郎
コミュニケーション教育放棄の教育行政
平田オリザ
使命感(1)
神谷美恵子
使命感(2)
神谷美恵子
発見の純粋な喜び
岡潔
もっとも多く生きたひと
ルソー
listenしながらhearする
国谷裕子
楽譜を読む
堤剛
建築の法規定 日仏の差
民主主義
山根基世
成果を伝えたい欲望
懸秀彦
憲法の理想
長谷川恭男
保守主義
山口二郎
本が見える
スティーブン・キング
モーツアルトは独裁者
チェリビダッケ
頂きます、というふしぎな語法
司馬遼太郎
(2009/05/04掲載)
社会性
(柏木恵子)
 いわなくてもわかってくれる関係
(柏木恵子)
自分と他者
(柏木恵子)
(2009/05/03掲載)
富士山型と八が岳型
(小田島雄志
この道一筋
(周防正行)
どこへ行くか
(ルイス・キャロル)
80歳で生まれて
(マーク・トゥエイン)
ただ座っていること
(河合隼雄)
自己実現
(河合隼雄)
(2005.11.11掲載)
ピーターの旅の心得10箇条
(ピーター・フランクル)
障害は 祝福
(トム・サリバン:生まれつき盲目の俳優)
詩とは
(金時鐘)

argumentは喧嘩ですか?

(ロジャー・パルバース/上杉隼人)

「話の腰を折る」のを厭う日本人

(ロジャー・パルバース/上杉隼人)

画家ジグマー・ポルケの言葉から

(ジグマー・ボルケ)

外国人に緊張する日本人

(グレゴリー・クラーク)

本物の冒険者

(戸井十月)

「チャンピ オンたる者は」

(ルイゾン・ボベ)

ジャズとは

(中条省平)

どん底のニヒリズムは明るさ

(仲代達矢)

俳優は「ぜいたくな仕事」

(柴崎コウ)

Nothing in the world can take the place of persistence

(Calvin Coolidge )

フィーリングの ない日本人の演奏

(ダン・タイソン)

風流

(寺田虎彦)

人生は自転車操業だ

(山本一力)

「英 語で読む万葉集」より

(リービ英雄)

白川静 の世界

(白川静)


引用句・語録
タイトル 本文
2009/9/1 掲載
出典-1  参照項目      
科学と芸術 「俗論はよく主張するが、科学と芸術の間に断絶はなく、創造的な学者と創造的な芸術家は、知的な観点から見れば双子である。」

「両者とも、分析的データから出発して総合し、世界の姿を明らかにする点では同じである。」

ユルバン「アリストクセノスのトンボーー音楽についての試論」1924より、徳丸吉彦の引用(「三人の自然科学者の思い出」図書 岩波書店 2009/9月号p.9 注)トンボーとは、フランス語で「墓」を意味するが、転じて、死んだ人を称えるための作品を意味する。フランスの作曲家ラヴェルが二世紀も前のクープランというバロック時代の音楽家を偲んで<<クープランのトンボー>>というピアノ曲を書いているが、これがトンボーの代表的な使い方である。(左欄の徳丸吉彦による)
信仰 信仰を持つことについては、「たしかにある種の賭けである」と説く。信仰をもつことは、「世界は究極的には善である」「最後には喜びがある」ということに賭けることである。 「現代人はキリスト教を信じられるか」ピーター・L・バーガー著への久保文明の書評(朝日新聞20090830)から引用。
2009/07/31掲載

発見する喜びー江夏の背番号28が完全数であることを知ったとき 

28が完全数(約数の和がその数と一致する数:28=1+2+4+7+14)であることを知り、その28が江夏の背番号そのものであることを“発見”した瞬間に、「博士の愛した数式」の物語はでき上がっており、私はそれをただ書き記せばよかったのです。数学と同じように小説も”発見する喜び”を追求する知的活動のひとつなのです。 
小川洋子談
 2007/8/19FM東京パナソニック・メロディアス・ライブラリ10:00am~10:30
 スティーブン・キング「本が見える」      
 権威  キケロにならって言うならば、白髪やしわや過去の肩書きが老人に権威を与えるものではないのだ。
 青年期、壮年期に立派に生きて来た人のみが、 最後の実りである権威を手に入れるのである。

 過去に名誉ある肩書きを数多く手にした人であっても、権威も威厳も感じられない人がいるのは、彼らが青年期、壮年期に立派に生きてこなかったことを意味している。
参照:キケロ「 老人の豊かさについて」p.71
(2008/10/16)
       
 論争の相手 論争の相手は、今、おごりたかぶっている権威を選べ。そして真理以外に味方のないことを確かめて、独りで戦え。
 
 ニーチェ
日経新聞2008/1/17より
       
 新しいものを生み出すこと
成熟することよりも、新しいものを生み出すことに価値をおきたい。   川上未映子(第38回芥川賞受賞者)
朝日新聞「ひと」欄から
(2008/1/17)
       
 体と服 服と違って体は脱げない。自分に最も近いものなのに、どんどん変化していって思い通りにならない、というのはどういうことなのか考えてみた。重要にも、くだらないことにも見えることが一番おもしろいと思うんです。 
  川上未映子(第38回芥川賞受賞者)
朝日新聞「ひと」欄から
(2008/1/17)
       
 不屈の意志と新しいものを発見していく喜び  老人は聞くのである。「人生について全部知りたいのかね?」少年はうなずき、老人は言う。「不屈の意志を持つことだ」

 著者(レイ・ブラッドベリ 87歳)には、前作(「たんぽぽのお酒」)で言い残したことがあったのだ。人生の輝きは、一瞬、一瞬過ぎ去り、いろんなものを喪失していくけれど、恐れることはない、新しいものを発見していく喜びは奪い去られることはないのだよ、と少年ダグラスに伝えたかったのだな、と。

…老いとは未知への冒険である。不屈の意志を持って作家として人生を生き切ろうとするブラッドベリは凄い。
 レイ・ブラッドベリ「さよなら僕の夏」への書評(久田恵)から
朝日新聞書評欄2007/7/9)
       
 自分の外から自分を見る
  人生おもしろがって生きないと。自分から一歩外に出て自分を見る、ということかな。自分の外から見ると、自分や世の中っていうものがよく見えてくる。
 なだいなだ(人生の贈りもの)
2007/12/7
       
 静寂を聴く 人間がほんとうに『聴きたい』と思うのは、鳴り響く音より、むしろ、静寂なのではないでしょうか。
 イヨラン・セルシェル(11弦ギターのギタリスト。1955年スウェーデン生まれ、1978年パリ国際ギター・コンクールで優勝)
(2007/12/7)
       
 音楽はタイムマシン  
バッハが音楽を書いている時のフィーリングを追体験できる感性を持ち続けられるか。それが僕の課題です。音楽は、数百年の時を超えて作曲家の心と僕らの心をつなぐタイムマシンなのだから。 
  イヨラン・セルシェル(11弦ギターのギタリスト。1955年スウェーデン生まれ、1978年パリ国際ギター・コンクールで優勝)
(2007/12/7)
       
 模倣 わたしは勧めたい、模倣することを学んだなら、人生と慣習を手本に仰ぎそこから生の声を汲み取るようにと。   『詩論』ホラーティウス(岡道男訳)
東京新聞「けさのことば」岡井隆より引用)
(2007/11/9)
       
 軽薄 人生に堪えるのには、一般に一つの可能性しかない。即ち、或る程度の軽薄ということである。

大きな問題と、その解決がもう期待されないのに、それでも問題へ向かって行く勇気と、人間としてこれ以上のものを望み得ようか。

本当の罪過というものは、決して贖えるものではない。 
 ジンメル「愛の断想 日々の断想」
朝日新聞読書欄「たいせつな本」岡井隆(下)より引用
(2007/10/9)
       
 表現力や個性の重視  表現力や個性が、テクニックとかそういうものと同じぐらい、あるいはそれ以上に重要だということも、イギリスに行って感じたことです。 佐久間奈緒: バレリーナ(バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシバル)

東京新聞2007/10/13「芸術欄」
       
 個性とオリジナリティ  小曽根真:…でも、ニューヨークで認められるには、巧いだけじゃダメなんだよね。巧いっていう意味では、日本の音大で学んでいる楽生のほうがよっぽどテクニックや読譜力はあったりするんだけど。

塩谷哲:個性とか、オリジナリティが感じられないと認めてくれないでしょ?

小曽根:そうそう。

塩谷:どんなに巧く弾けても、"So what?"(=それがどうした?)だからね(笑)。結局は、「それを弾こうと思っているオマエというニンゲンが感じているなにかを伝えてくれ」ということを常に問われているような気がするよね。

だから、ホントに真剣に、心を裸にして「ボクはこれが好きだから弾くんだ!」「これを表現したいんだ」っていうことを提示し続けていかないとダメっていうか…。でも、それって、あらゆる芸術分野のいちばん大事な部分でしょ。そういう部分を発している人の演奏や作品だからこそ、お金を払ってでも体験しに行きたいわけだから。そういう”芸術の厳しさ”という部分を、ニューヨークはものすごくストレートに感じさせてくれるよね。


 塩谷哲と小曽根真の対談
「SKETCH OF NEW YORK」のプロキュアから

2007/10/13
       
人生における”大きさ”   塩谷哲:…その人の経歴とかほかの人の与えた評価なんかはぜんぜん関係なくて、常に新しく自分を作っていくというか、その人人の人生における”大きさ”を提示し続けていくという生き方みたいな…、それって、ものすごく厳しくツラいことで、それに気づいてしまうとすごくプレッシャーがかかっちゃうんだけど、だからこそ楽しいというか、人生における”JOY"なんだろうなぁって思うんだよね。そういう意味で、ボクにとっての小曽根さんが、まさにニューヨーク的な厳しさを見せてくれる、そういうイメージを伝えてくれる人となっているわけ。

  塩谷哲と小曽根真の対談
「SKETCH OF NEW YORK」のプロキュアから

2007/10/13
       
 つもり違いの十ヵ条  
高いつもりで低いのは  教養

低いつもりで高いのは  気位

深いつもりで浅いのは  知識

厚いつもりで薄いのは  人情

薄いつもりで厚いのは  面の皮

強いつもりで弱いのは  根性

弱いつもりで強いのは  我

多いつもりで少ないのは 分別

少ないつもりで多いのは 無駄


 薬王院(高雄山=行基が開いた山の山頂近く、真言宗智山派の大本山)        
 本当の意味の若さ  年をとらないと本当の意味で若くなれない。 ピカソ
読売新聞読書欄「著者来店」から
『京都夢幻記』杉本秀太郎(新潮社)
(2007/2/4)

 
       
 無意味なものに抵抗し、意味あるものに仕える  「荒野の狼」は、永遠なるもの、モーツアルトと不滅の人々を扱っているのです。p.292

生あるものはすべて生成の過程にあるのであり、固定した存在ではありえません。

あなたは「詩」に忠実であって下さい。しかし、「現実」を否定するためではなく、一層生気あふれる力で無意味なものに抵抗し、意味あるものに仕えるために。意味とは「道(タオ)」です。詳しいことは老子やその他の中国の賢者たちの本に書かれています。p.293

 「ヘルマン・ヘッセの手紙」
(2006/12/24)
       
 著作の目的  善いことをして自分の時代に少しでも奉仕するための直接的な方法を、他に見つけることができないのですから。

 ある書物を鵜呑みにする人間が多ければ多いほど、その著者は「それでは私はそれほどうすっぺらで、大衆の本能に迎合しているのだろうか」と自問せざるを得なくなるものです。だから自分の仕事が、真に事に通じているわずかな人たちによってしかまじめに受け入れられていないことを意識して仕事をするのも悪くありません。p.227

質と密度だけが問題なのであって、数や量は全然問題ではない。

私の作品を読んで人生を変えたり善なるものへの意志を強めたり、あるいは崩壊しかけている世界に新しい拠り所を与えようと心をくだす人を十人、いや五人か二人でも見つけ出すことができれば、その人たちは、読書を娯楽や教養としか考えない十万の読者にも匹敵するのです。

  「ヘルマン・ヘッセの手紙」(2006/12/24)
       
 景観  …僕は、ある一つ景観は、それを見る人の教養と、文化と、職能を通じて、はじめて意義をもちうるにすぎないと、察知するのであった。  「人間の土地」サン・テクジュベリ
平凡社世界教養全集24 p.140
(2006/11/5)
       
 数学は知的な遊び 数学もユーモアもともに知的な遊びである…。知的な遊びは、頭の体操、パズル、ゲーム、パラドックスに共通する基盤なのである。

 数学もユーモアも組み合わせからなっている。

 …発明の才、矛盾を感じとる能力、簡潔な表現も、数学やユーモアには欠かすことができない。 p.108~109

数学者は、彼らの訓練の賜物ともいえる、特有のユーモアのセンスを持っている、といっていいだろう。p.109

数学のガウス、オイラー、ラプラスは、文学のシェイクスピア、ダンテ、ゲーテに相当する。

 「数学オンチ」
(2006/1/13)
       
 魚は頭から食べるアエタ族  アエタ(ピナトゥボ山中で焼き畑農業に従事しているフィリピン先住民)の人びとはピナトゥボの渓流で捕った魚を調理して頭ごと食べていた。尾頭つきだ。頭はおいしいし栄養があると信じていた。

(大噴火の救援物資である)缶詰のイワシには、しかし、頭がなかった。なんだ、この魚は!平地の者にばかにされたと誤解して、食べなかった者もいた。

注)1991年のピナトゥボ大噴火で、山の生活を捨て、アエタ族は下界に下りてきた。
 もの食う人びと」辺見庸 共同通信社
p.31
       
 批評 本を100冊読む人の批評と、全く読まなくても自分の考えで生み出す批評とはサシで勝負できると思う。そうでないと批評が死んでしまう。
 
 加藤典洋
朝日新聞夕刊2004/7/29
       
 首相のレベル  オバマ新大統領の登場について、日本の首相の弁は、「どなたが大統領になろうと、日米関係の重要性には変わりない」という一言だった。

 高村薫「社会時評」東京新聞夕刊2008/11/18        
タイトル 本文
2009/07/22掲載
出典-1  
ライフワーク 自分だけの時間をつくることは、長い目でみれば、いちばんの精神的な肥料になる。自分のつちかった球根が芽をふき、葉をのばしたあと、どれだけ大きな花を咲かせるかは、過去にどの程度、実りのある空白があったか、充実した無為があったかにかかっている。

空白の時間の中から、自分の知的関心をそそるものを探し出して、
自由な時間の中で伸ばして行く。それは当面の仕事となるべく関連の少ないものが望ましい。囲碁にたとえるなら、石と石との間をぐっと離して、一見、関連のないような布石をすることだ。

やがて、人生の収穫期に達したとき、
離れたように見えた石と石とが、おのずからつながって、”盤上ことごとくわが陣地なり”という終局を迎えることができる。これが、ライフワークである。
「ライフワークの思想」戸山滋比古
ちくま文庫 2009/7/10 p.19~20
 

タイトル

本文
2009/07/20掲載

出典-1

 
一休道歌 何事もみないつわりの世なりけり 死ぬるというもまことならねば

嘘つきの釈迦が舌の根引き抜きて 有無の事をば言わさじと思う

生きば生きん死なば死なんと思えただ その行き先は有無にまかせて

生まれ来たその前生を知らざれば 死に行く先はなお知らぬなり

始めなく終わりもなきにわがこころ 生まれ死するも空のくうなり

死にはせぬどこへも行かぬここに居る たずねはするがものは言わぬぞ

嘘をつき嘘と知らする嘘こそは これぞまことの赤まことかな


一休

「人生は愉快だ」池田晶子 毎日新聞社 2008/11/14 p.171より引用
 

タイトル

本文
2009/07/19掲載

出典-1

出典-2

キーワード

採集日

 

この道一筋

…が、もっと言うと根底には一種の文化の型のもんだいがあろう。わが国ではなにごともこの道一筋で行かないとほんものらしく見えない。この傾向は明治時代以降、芸術や科学の細分化によっていっそう顕著になった。

 

日経新聞060827「詩歌のこだま」小池光

 

(注:高橋睦郎が、「短歌」「俳句」さらに「詩」と様々な詩型創作を続けていることに対するコメント)

 

この道一筋、

2006/8/2

 

一つのことに集中しても

「典型的な経済学者のように、一つのことに集中して終わる人生はもったいないではないか。」

ガルブレイズ

日経新聞060502経済教室「故ガルブレイズと経済学」佐和隆光より引用

 

 

一つ、経済学者

2006/5/2

 

日本の宿痾 「CRICサイクル」

 

「Crisis(危機)が起きるとResponse(反応)し、Improvement(改善)を図るが、一定の成果が出ると気がゆるみComplacency(怠慢)に陥ってしまい、再び危機を招く」

 

エコノミストのロバート・フェルドマンの言葉。

 

 

出典:週刊ダイヤモンド2006/01/14「プリズム」第59回 by辻広雅文から引用

危機、反応、改善、怠惰

2006/1/14

 

変物

何故というのに、困ったことには自分はどうも変物である。[中略]とても一々こっちから世の中に度を合わせて行くことが出来ない。何か己を曲げずして趣味を持った、世の中に欠くべからざる仕事がありそうなものだ。」

夏目漱石

 

夏目漱石「処女作追憶「売文生活」p.87

 

 

2006/1/13

 

元の位置に

in situ

「in situ と は、ラテン語で「元の位置に」という意味だが、こちらの古美術業界ではよく使われる言葉である。ハウス・セールの下見の醍醐味は、この「イン・シツ」の状 態の美術品に逢えることだ。(中略)イギリス人は何に対しても、そっとしておこう、自然のままにしておこう、という気持ちが常にはたらく。たとえば相手の 領域にむやみに立ち入ることのない個人主義的な人付き合い。あるいは、フランス人などの人工的な庭とは異なり、自然の姿をそのままに残したイギリスの庭 園。または、化粧や着飾ることを嫌う女性たち。それらはイギリス人の気質を語る上で見逃すことができない。「イン・シツ」にこだわるのも、そんなイギリス 人気質からきていると言ってよいだろう。」(p.224)

 

 

ロンドン骨董街の人びと」六嶋由岐子著 新潮社 1997年から

 

ロンドン骨董街の人びと」六嶋由岐子著 新潮社 1997年から

自然

2006/5/29

 

幸せ

「統計によると、イギリスは「幸せである」と答える国民のパーセンテージが世界で最も高く、自殺が最も少ない国のひとつだそうだ。」

(p.229)

「結局、幸せとは、自分に合った週末の過ごし方を知っていることなのだ。」

 (p.230)

 

ロンドン骨董街の人びと」六嶋由岐子著 新潮社 1997年から

 

ロンドン骨董街の人びと」六嶋由岐子著 新潮社 1997年から

 

 

 

2006/5/29

 

中国と日本

 

「中 国の皇帝(チャイニーズ・エンペラー)。その響きにヨーロッパ人は、ひどくロマンをかき立てられる。壮大なスケールと絶大な権力。叡知と長寿。東洋の神秘 の真髄。イギリス人が日本へ抱くのは好奇心だが、中国へは畏怖の念を抱く。イギリス人は昔から、中国のスケールに驚き、「かなわない」と思ってきた。」(p.156)

 

ロンドン骨董街の人びと」六嶋由岐子著 新潮社 1997年から

 

ロンドン骨董街の人びと」六嶋由岐子著 新潮社 1997年から

 

 

中国、日本、好奇心、畏怖

2006/5/29

 

不登校という生き方

 

不登校、ひきこもりが激増している。ほとんどの人が、過保護などのためだとし、怠け、病気、甘え、発達の遅れなどと否定的に見ている。

著者の主張や活動は広く知られているが、長年にわたってそういう見方に真っ向から反論してきた。いまの社会や学校教育が、競争、管理、上下関係、押し付け に満ちており、子供たちの個性、興味、感性を押しつぶしている。それに対するのっぴきならない生命の反応が不登校になっていると解釈する。


  …子供たちが全面的に受け入れると「自らの内に秘められた宝物が生きて動く」様子は感動的だ。…一般常識からは突飛に聞こえるだろうが、私は子供たちの変 化が大きいと考えており、この現象を「人類の進化」ととらえている。かつて槍で動物を仕留めていた時代に発達させた、アドレナリン系のホルモン分泌が弱 く、闘争が苦手な子供たちが登場してきたのだ。いまの競争社会や画一的な教育システムが絶対なのではなく、いずれ進化していくだろう。…来るべき次の社会 へのヒントを秘めた一冊だ。

 

「不登校という生き方」への天外伺朗の書評から

「不登校という生き方」奥地圭子 NHKブックス

不登校、ひきこもり、教育、

2005/10/17

 

書くという行為

書くという行為は、自己を相対化し、他者の目で見るということである。究極的には、おのれを知る終わりなき仮説の旅だと思う。

「刺さる言葉」日垣隆 p.88

 

書く、他者、仮説

2006/9/16

 
 

 

 


タ イトル
引用・語録
出 典
 参照項目
(2009/07/06掲載)  
普遍的公共的規範に乏しい日本人 同じ小説(「菜の花の沖」)の中で、大黒屋光太夫が、ロシアの人たちから多くの親切を受けたということに関して、司馬は、その「親切」というものは、「愛欲などといったような人間の本能とはべつの系列の感情と行為である」と言っている。そして、日本社会にはそれが少ない、と指摘している。司馬の小説の中では、日本人的な性愛感覚は存分に発揮され表現されており、それ自体には司馬はけっして嫌悪を示しているわけでもなく、むしろ肯定しているのだが、半面、とかく愛欲・本能的なものへ傾斜しがちで、普遍的公共的な規範に乏しい日本人の情念表現における欠陥は見逃してはいなかったのである。
「司馬遼太郎とエロス」碓井昭雄 白順社2009.6.30 p.064
(採集:2009.7.3)
 
コミュニケーション教育放棄の教育行政 産業構造が大きく変わったにもかかわらず、日本の教育制度は工業立国のスタイルのままではないか。上司の言うことを聞いて黙々と働く産業戦士だけを育てるような教育を続けていては、この問題はどこまでいっても解決しない。 

 派遣村の問題は、だから根本的には、コミュニケーション教育を放棄してきた教育行政の失政であり、その失敗のつけを、個々人が払わされる由縁はない。製造業に従事していた方たちがコミュニケーションが苦手なのは、まったく本人たちの責任ではない。そしてそれ故、私は、少なくとも中高年の製造業従事者に関しては、保護政策として労働者派遣法を適用すべきではないと考える。
平田オリザ
朝日新聞オピニオン2009.4.29
(採集:2009.4.29)

参照:社会性(柏木恵子)
 
使命感(1) …どういうひとが一ばん生きがいを感じる人種であろうか。自己の生存目標をはっきりと自覚し、自分の生きている必要を確信し、その目標にむかって全力をそそいで歩いているひとーーいいかえれば使命感に生きているひとではないであろうか。

 このような使命感の持主は、世のなかのあちこちに、むしろ人目のつかないところに多くひそんでいる。肩書きや地位のゆえに大きく浮かびあがるひとよりも、そういう無名のひとびとの存在こそ世のなかのもろもろの事業や活動に生きた内容を与え、ひとを支える力となっていると思われる。
「生きがいについて」神谷美恵子 みすず書房1970 p.38
(採集:2009.4.26)
 
使命感(2) 「社会的にどんなに立派にやっているひとでも、自己に対してあわせる顔のないひとは次第に自己と対面することを避けるようになる。心の日記もつけられなく なる。ひとりで静かにしていることも耐えられなくなる。たとえ心の深いところでうめき声がしても、それに耳をかすのは苦しいから、生活をますます忙しくし て、これをきかぬふりをするようになる。サルトルはこれをmauvais foiと呼んでこまかく分析したが、この自己に対するごまかしこそ生きがい感を何よりも損なうものである。そういうひとの表情はたるんでいて、一見してそ れとわかる。」

「生きがいについて」神谷美恵子 みすず書房1970 p.42
(採集:2009.4.26)
 
発見の純粋な喜び また小学校五年のころ、ある日、山へ昆虫採集に行って、美しいチョウを見つけ、とうとう夕方まで、そのチョウを追いかけたことがあった。その時、もうかくれて見えないだろうと思っていたチョウを、谷間の杉の木で見つけたときの、強く、鋭い喜びは、いまも心のなかに鮮明に残っているが、これこそ発見の純粋な喜びに通ずるものがある。 岡潔「自然の英知に純粋なよろこび」朝日新聞1960.11.6

「生きがいについて」神谷美恵子 みすず書房1970 p.19 より

(採集:2009.4.26)


  参照:「発見」
もっとも多く生きたひと もっとも多く生きたひととは、もっとも長生をしたひとではなく、生をもっとも多く感じたひとである。 ルソー「エミール」から

「生きがいについて」神谷美恵子 みすず書房1970 p.26
)
 
listenしながらhearする Q: インタビューで大切にしていることは何ですか。
A:(国谷裕子)リッスンしながらヒアする、細部に耳を傾けて聴きながら、その人全体から伝わるものを聞く。心の奥底まで感じ取ることが大事だと分かってきた。

国谷裕子(1957年生まれ)東京新聞20080425夕刊
 
楽譜を読む 国際コンクールの審査員を務めながら痛感するのは、「素晴らしく弾くことに集中するあまりスケールが乏しく、本当の意味で楽譜が読めていない」という日本人演奏家の問題だ。

 バッハならバッハ、ブラームスならブラームスに響く「楽譜の景色」を重視する。「楽譜を読めば読むほど見えてくる音楽は大きくなると信じ、私なりの新しい方向を出していきたい。」
堤剛
日本経済新聞
2007.7.29朝刊
 
建築の法規定
フランスと日本の間は大きい
「フランスの建築法規は「建築は文化の表現である。建築の創造、建築の質、これらを環境に調和させること、自然環境lは都市景観あるいは文化遺産の尊重、これらは公益である」と定める。」
…

日本の建築基準法では「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの…」と規定する。

「フランスの景観を読む」和田行信著への書評(橋爪紳也)から
朝日新聞2007.7.15読書欄
 
民主主義 私は「民主主義」という言葉をつい口にするから皆から馬鹿にされるんだけど、私にとっては民主主義というのは遠い観念じゃないのよ。どうしても実現しなきゃならない、もっとも切実なものです。台所に転がってるような民主主義。だれもが自分らしいと納得できる生き方ができる世の中を実現するという、抜きがたく私の中にある思いですね。」
山根基世
朝日新聞20070616
--団塊はいまーー
 
自分の成果を伝えたい欲望 人間には食欲、性欲、物欲のほかに、自分の成果を人に伝えたい、という欲望が必ずある。 懸秀彦准教授(国立天文台)教育学博士
東京新聞2007.6.5夕刊
 
憲法の理想 条文との乖離などという安易な議論をする前に、条文が実際にどれほどのことを要求しているのか、現実と完全には一致ししない理想を条文に示すことには、それとして意味があるのではないかということを、落ち着いて考えてみてはいかがであろうか。
長谷川恭男「憲法とどう向き合うか」
東京新聞2007.5.1
 
保守主義 本来の保守主義は、人間の能力の限界をわきまえずに計画や統制で世の中を変えようとすることに懐疑的な態度を示すものだが、今の保守論壇には、特定の考え方を絶対化する硬直したイデオロギーがあふれている。
山口二郎(北大学院教授
東京新聞2007.4.30
 
本が見える 何かを書いているとき、ぼく(=スティーブン・キング)には本が見える。でき上がった本が見えるんだ。何らかの形で、それはすでにそこにある。だから、ほんとうは創っているというより掘り出してるって感じだね。土の中から土器何かを掘り出すみたいにさ。壊さないように、なるべくたくさん、できればまるごと、使える形で取り出すのがコツだ。

いつもどこかしら傷つけてしまって、けっして完璧なものは手に入らないけど、よくよく慎重にやって、ほんとうに運がよければ、大部分を取り出すことができる。

『夢をみる作家たち」
ナオミ・エペル
柴田裕之監訳
バベル・プレス
p.197
(採集2001.11.1)
 小川洋子「発見する喜び」
モーツアルトは独裁者 モーツアルトこそ独裁者で、冷酷無情この上ない人間だ。彼は私たちに嬰ニを嬰ハに変えることを許さず、嬰ニであることを要求する。
チェリビダッケ
日本経済新聞2007.1.14

 
頂きます、というふしぎな語法 日本語には、させて頂きますというふしぎな語法がある。

 この語法は上方から出た。ちかごろは東京弁にも入りこんで、標準語を混乱(?)させている。

 …この語法は、浄土真宗(真宗門徒・本願寺)の教義上から出たもので、他宗には思想としても、言いまわしとしても無い。真宗においては、すべて阿弥陀如来ーー他力ーーによって生かしていただいている。三度の食事も、阿弥陀如来のお蔭でおいしくいただき、家族もろとも息災に過ごさせていただき、ときにはお寺で本山からの説教師の説教を聞かせていただき、途中、閑があったら帰らせていただき、、夜は九時に寝かせていただく。この語法は、絶対他力を想定してしか成立しない。それによって「お蔭」が成立し、「お蔭」という観念があればこそ、「地下鉄で虎ノ門までゆかせて頂きました」などと言う。

「街道をゆく」
[近江の道]」司馬遼太郎p.9
 
(2009/05/04掲載)  
社会性 10/14/2008    

 「幼稚園に入園させる第一の目的は、母親も先生も「社会性を身につけさせる」ことだといいます。この場合の「社会性」とは何でしょうか。友だちと遊べる、仲良くできる、自分勝手をしない、他に迷惑をかけないなど、集団で他と協調する力が日本の親や先生たちが考える社会性の主要な内容です。自分の意見を他者に主張する、自分の意思を集団の中で表明する、リーダーシップをとる、といったことも「社会性」ですが、このような面は二の次にされがちです。自分を抑えて他を活かす、自分はがまんしても集団の和を大事にする。これは母親たちがいまも子どもに期待する筆頭です。日本の「社会性」の中心理念だといえましょう。…「和」「仲良く」が大事という態が、幼いうちから身についているのです。p.72

このような日本の「和」を大事にする風土の中では、他との違いは、すぐに悪とされてしまいがちです。人それぞれが違うのは当たり前であり、違いがあることに意味があり価値があることだと認めるのは容易ではないでしょう。p.72    

 
「子どもが育つ条件」柏木恵子
岩波新書p.70,72                      
 
 
 いわなくてもわかってくれる関係 10/14/2008      

日本では、「いわなくてもわかってくれる」関係がよしとされますが、これが親と子の関係、とりわけ子の養育にあたる母親と子の関係で強い傾向があります。母親が子どもが何を求めているか、何が必要かを察知する、それを子自身が自覚も要求もしないうちに母親側からしてやる。このような態度は母親に限らず、「察し」を重んずる日本の人間関係という土壌あっての特徴です。p.79                        

「子どもが育つ条件」柏木恵子
岩波新書p.79    
 
自分と他者   10/14/2008      

   これは日本人において自分と他者とは分かち難く結びついていること、すなわち、他者との調和関係が自己の安定にとって重要であるということも関係しています。p.93

 「子どもが育つ条件」柏木恵子
岩波新書p.93                        
 
(2009/05/03掲載)  
富士山型と八が岳型 10/3/2008
      富士山は、どこから見ても、いつ見ても、つねに富士山である。そういえば、能やギリシャ悲劇は、どこか富士山ににている。主人公がいて、脇役がいて、端役の裾野が広がっている。それに対し、歌舞伎やシェイクスピアは、八ケ岳のようである。主人公群のほかにも、ある場面だけは脇役でも主役になりうるし、見る人によってはさまざまな受け取り方可能になる。そしてぼくは、「富士山型」を尊敬するが、「八ケ岳型」が好きである。八ヶ岳を、ぼくのふるさとの山、と見立ててから、ぼくは生きることが少し楽になったようである。この道一筋ではなく、ぼくのように好きな横町に寄り道しながらの人生も、八ヶ岳はあたたかく見守ってくれると思うからである。」      
--
小田島雄志   081003日経夕刊「こころの玉手箱」  

 
この道一筋 10/21/2008  
   むしろ日本では色々なことやると批判される傾向にあり、最近は変わってきましたが、この道一筋というのが王道でした。  
         
周防正行「Shall
We ダンス?」アメリカを行くp.311
 
どこへ行くか 11/16/2008
     自分がどこへ行くかわからなかったら、どんな道を通っても、どこへも行けない。  
ルイス・キャロル 「不思議の国のアリス」のチェシャ猫の言葉    「望みの人生を実現する単純だけど重要なこと」ジム・ドノヴァン
Discover2007/12/15
 
80歳で生まれて 5/3/2009  
     もし80歳で生まれてだんだん18歳に近づいていくのだったら、人生は限りなく幸せなものになるだろう。    
  「マーク・トゥエイン150の言葉」ぃディスカバー21 p.29        
 (コメント) 最近見た映画はまさに80歳で生まれて若返っていくという主人公の物語だった。
 
ただ座っていること 5/3/2009  
 「あれも教えようこれも教えよう、と動きまわっているよりも、教師は「ただ座っているだけ」の方がはるかに教育的なのではなかろうか。教師のピタリと安定して座っている姿を支えに、生徒たちが自主的に動き出し、自分の力で学びはじめるのである。しかし、実際にやってみるとこれが実に難しい。舞台の上で、ただ座っているだけいるのと同じくらい大変なのである。
 もちろん、他人と関係なく座っているのだったら誰にでもできるかも知れない。観客との関連のなかでするから難しいのだ。それと同様に、教師も生徒と関連をもち、生徒の動きを見ていながら、自分の内面では大いに心をはたらかせつつ、「ただ座っているだけ」だからこそ生徒の自主的な活動が生じてくるのである。

   …教師でも親でも子どもに対して、すぐに口や手を出したいときに、「ただ座って」見ているだけというのは、大変に教育的であるが、実行は難しい。  」
 「おはなしおはなし」河合隼雄朝日新聞社1992年p.23          

(コメント)  私の言う「待つ力」と「ただ座っていること」とは、同じ認識を示している。
 
自己実現 5/3/2009
       「実現ししようとする「自己」とはいったい何なのだろうか。奥底に存在して「実現」を迫ってくるものは、混沌そのものと言っていいほどつまみどころのないものなのだ。自分の意識では簡単にコントロールできない力に対して、どうしようもないと感じつつ社会の組織や自分を取り巻く多くの人たちとの間に何とか折り合いをつけてゆかねばならない。そのときに出世とかお金もうけとか、一般の評価の方に従いすぎると、たとえ社会的には賞賛されるかも知れないが、「自己実現」の道筋からはずれてくるかも知れない。」
 「おはなしおはなし」 河合隼雄朝日新聞社1992年p.26    
(2005.11.11掲載)  

ピーター・フランクル流の旅の心得10箇条


p.158以下
「第1条:開眼開心、「眼を開いて心も開いて」旅の目的は相互理解。だから、安直な価値判断は控えて欲しいという意味です。

第2条:作案従心「案を作って心に従え」旅に出る前に予定を立てるのは、楽しみであり、かつ重要です。……しかし、立てた「案」に縛られることなく心に 従ってほしいと思います。(p.164)

第3条:看書信目、「書物を看て自分の目を信じて」予定を立てるときにはガイドブックを参考にしますが、最終的に、本当に信じるべきは自分の目だというこ とです。(p.167)

第4条:看顔即話「人の顔を看て即、話しかけよ」。人には積極的に声をかけるべきです。自分のみを守るためにも、自分に声をかけてくる人ではなくて、自分 から声をかけた人と話すべきです。(p.172)

第5条:従郷知真「郷に従えば真実を知ることができる」地元の人が集まる場所に行きましょう。そうすれば、その土地の真の姿を知ることができるのです。 (176)

第6条:人前増味「人といっしょに食べれば美味しさが増す」料理の美味しさは、高級かどうかではなくてむしろ、人と楽しく食事できるかどうかです。とくに 海外のレストランでの一番の楽しみは、偶然隣り合った人たちと話ができることです。(p.180)

第7条:快眠快旅「快い眠りが快い旅を導く」(p.183)

第8条:選凡到平「地元の人が使うのと同じ、公共の交通機関を選んで利用しましょう」(p.187)

第9条:感危即逃「危険を感じたら即、逃げましょう」(p.189)

第10条:旅後必記「旅の記録は必ず残しましょう」整理して記録を残しておけば血となり肉となり、その旅行の思い出はたしかな財産になります。(p・ 191~192)
***************************************2005.12.15追加******
「ピーター流わくわく旅行術」ピーター・フランクル 岩波ジュニア新書399 2002.6.20 C0226 \740E p.200

 

障害は祝福


「障害を抱えている僕(引用者注ートム・サリバン:生まれつき盲目の俳優・歌手)だが、自分のボートに満足している。それは、僕がただ受け入れたからでは ないーーここが肝心だ。ただ受けいれたのではなく、祝福しているからだ。受けいれるのと祝福するのは、まったく別のことなのだ。」

**20051215追加*****
「それは「ボートの外」のこと」 チャーリー・ジョーンズ著藤井留美訳  メディア・ファクトリー 2002.10.18
p.12
 
詩とは
「岩盤の ようなこの世に生きて、誰もがひっかき傷のような生の痕跡を残したいと思う。それが詩です。詩は万人によって書かれるべきものであり、人は自らの詩を何か に託して生きています。料理人にはいい料理を作りたいという一念がある。それが詩なんです。詩人はたまさか言葉による詩を持っているにすぎない。詩人に は、言葉にできないものを抱えて生きるその他大勢の人々の思いを表現する責務があります。私がつむぎ出す詩の言葉は私個人の思いですが、その他大勢の人々 に支えられたものでなければなりせん。
 
 日本の現代詩は優れて私的な内面言語をこね回し、自己と対話することに終始しています。生活実感に乏しくリアリティーがなさすぎる。社会的、政治的な詩 を書けというのではありません。自分も、様々な悩みや矛盾を抱えて生きるその他大勢の一人であると認識したら、内面言語に執着してなどいられません。純粋 さが詩の命ならば世俗にまみれた純粋さを見つけ出さなければ。さもなくば詩は観念の申し子にすぎない。
 
 時代が大きくカーブを切り、人類史的に見ても誇るべき憲法が損なわれようとしているのに、現代詩の表現に時代の陰りはほとんど見えません。不安のおのの き一つ見えない。今の日本ほど詩が軽んじられている国は地球規模で見てもありません。」

万人がもつ詩を表す責務(金時鐘キム・シジョン)
 朝日新聞2005年11月12日夕刊文化芸能欄時金鐘へのインタビュー(インタビュー・白石明彦)から
(2005.11.17)
 

argumentは喧嘩ですか?

ー敬意と対立


「日本社会では敬意が示されるが、西洋社会では対立的になる。
 これが両社会における大きな違い(key difference)です。しかし、よく考えてみて下さい。それは単に表面的な違いだけです。というのは、日本社会における敬意は、西洋社会における対 立と同じ役割を果たしています。
 
 互いに敬意を示し合うことによって、互いに距離を置くことによって、日本人は互いの平穏を保ちます。
……

 西洋社会に見られる人々の対立姿勢は、日本人にすれば少々行き過ぎの感があるかもしれませんが、それは実際日本社会における敬意の提示と同じ役割を果た します。それによってぼくらはぱっと癇癪を爆発させることができるし、逆にその怒りを抑えることもできます。それは安全弁です。論争する、言い合う、腹の 中の熱いものをすべて残さず吐き出し、人にわかってもらう……これこそ平和維持行為です。あまりに慇懃な態度を保持して、言いたいことも言わずにいれば、 西洋においては、フラストレーションがたまり、ついには暴力にまで発展してしまいます。

 この慇懃な態度(これも度を過ぎれば慇懃無礼になってしまいます)が、日本人が欧米社会で成功を収めるのをむずかしくしているのかもしれませ ん。日本人の中には論点を主張しない人もいれば、自分の立場を明らかにしない人もいます。これによって、その人たちは意気地がないと思われたり、その消極 的な姿勢ゆえに相手を怒らせてしまうことがあります。日本人は欧米人に対して、欧米人が日本人に対するよりも、概して寛容です。ぼくらが腕を振って何かを 力説しようとしている様子を見て楽しんでいるふしさえ時にうかがえます。

 ……
 しかし、とにかく、ぼくら欧米人は論争が大好きです!
 でも、論争(arugument)とは何でしょう?ディスカッションでしょうか、口論(quarrel)でしょうか、それとも実際の殴り合い(real fight)でしょうか?

……
 思うに、日本語の「喧嘩」に一番近い英語は、argumentです。しかし、手元にある一番大きな和英辞典でkenkaを引いてみても、 quarrel,dispute,altercation,wrangle,brawl,squabble,row,disagreement,dissension,feud,fight,scuffle,fray,strife,free fight,free-for-allと出てきますが、argumentはどこにも見当たりません!」

 ……
 ぼくの両親は、ぼくが幼い頃、しょっちゅう夫婦喧嘩をしていました。家族はみんなそれを an argumentと言っていました。ぼくはそれが「喧嘩」にピッタリの訳語だと信じています。

……
 しかし、どうしてぼくら欧米人はargumentにそんなにこだわるのでしょう?
 それは、この単語の中心の意味を知ればわかります。 
argueは、「明らかにする、論証する、証明する」(to clarify,demonnstrate,prove)ことを意味するラテン語から来ています。

……
そしてもう一つの意味は、「論争する、主張する」(to dispute,to insist on)ことです。

……
to argueの3番めの意味は、「何かについて賛成か反対か論議する」(to discuss the pros and cons of something)ということです。

 そして4番めの意味は、「強く反対する、怒りのことばを浴びせ合う」(to disagree forcefully,to exchange angry words)ことです。」
「ほんとうの英語がわかる51の処方箋」ロジャー・パルバース/上杉隼 人著 新潮選書2001年 p.187~191
(2005.11.10収録)
 

「話の腰を折る」のを厭う日本人

「to interruptが一番普通に使われるのは、たぶん人々がお互いに話している時だと思います。そしてこの使い方にこそ、日本人と欧米人のコミュニケー ション方法の違いが示されている、とぼくは感じます。

 世界中の人たちが、ほかの人が話している時にそれを遮ってしまうのは無礼なことである、と教えられていることでしょう。なるほど、ほかの人が話 し終えるまで話し出さずに待つというのが、世界共通の礼儀です。しかし、多くのヨーロッパ人、アメリカ人、オーストラリア人、ブラジル人、インド人、中国 人……そしてそのほか多くの国の人たちは、何か話したいという欲求に駆られれば、人が話していようがいまいが、おかまいなしに口を挟んでしまうのではない でしょうか。

 ぼくはユダヤ人ですから、人間のこうした面を特に強く感じます。なぜならユダヤ人は、ほかの人が話している時に口を挟んでしまうのはもちろ ん、二人が同時に話してしまうことも日常茶飯事です。ぼくは日本の雑誌でかなりたくさんの対談をこなしてきましたが、その際にはいつも礼儀正しくあろう と、すなわち、相手が話し終えるまで絶対に口を挟むまい、と心掛けています。しかし、常々思うのですが、もし本物のユダヤ人同士の対談を雑誌に収録すれ ば、それはまるでオペラの二重唱を聞くかのように、平行して流れる二つのコラムをを同時に楽しむことができるでしょう。

 相手が話し終えるまで辛抱強く待ち続ける日本人の自制心というものに、ぼくは常々感心しています。to interrupt someone who is talkingに対応する日本語の成句は、「話の腰を折る」だと思います。もちろん、この「腰」は強くてしなやかなものでしょう。うまい「そば」にも 「腰」があります。これを折ってしまうのは、ユダヤ人にとっても、まったくいいことではありません。(To break this is definetely not a kosher thing to do.)

ですから、今度誰かおしゃべりな人が何かを考え中のあなたに話し掛けるなどして邪魔をするなら、こう言うのがいいでしょう。

"Please don't interrupt me."(ちょっと待ってよ)


「ほんとうの英語がわかる51の処方箋」ロジャー・パルバース、上杉隼 人著 新潮選書p.45~46
(2005.11.09)
 

画家ジグマー・ポルケの言葉から

「美術史 が定めようとする位置から、いつも自由でいたい」

「色とはただ絵の具のチューブから出てくる物体ではない。様々な文化や歴史を抱え、なおかつ芸術家の個人的な経験から現れるもの、生きていることそのもの だと実感した。」


画家ジグマー・ポルケの言葉から(日経新聞2005.10.22) (2005.10.22)
 

外国人に緊張する日本人


「 以前日本の外務省の人からこんな話を聞いて驚いたことがあります。仕事中、部屋に外国人が一人でもいると、その部屋の職員たちが少なからず緊 張し、外国人が出ていったり、自分たちがその部屋から出ると、ホッとするのだそうです。日本のなかでも、もっとも国際人の部類にはいると思われる外務省の 職員がこの調子なのです。日本人の外国人恐怖症も相当なものだといえるでしょう。」(p.48)

「クラーク先生の英語勉強革命」グレゴリー・クラーク
(2005.10.9)
 

本物の冒険者


「途中の食堂で鳥肉とタマネギを炒めた昼食をすませて外へ出ると、「トイ!」と誰かが叫ぶ。振 り返れば、なんとサン・ルイで別れたファビアンた手を振って いるではないか。脇に立つ黒光りする肌の女がダカールでピックアップした恋人らしい。二人はこれからブルキナ・ファソに向かい、マンゴーを輸出する商売を 始めるのだろう。

 車の調子が相変わらず悪く、100km手前でラジエーターから熱湯が吹き上がったと肩を竦める。「インシャラー」と涼しい顔で、それでも断固と して前に進んでくるのがファビアンやアンディの底力である。緊張して力んでいる偽ハードボイルドの対極にある、力が抜けていてしなやかな本物の旅人であ り、冒険者である彼ら。謀略史観やら、渋くて骨太の男たちが闘う小説やら映画にはうんざりする。本物の冒険者たちは、ハードボイルドな顔などしていない。 そのテのステレオタイプなヒーロー像は、道端の現実や本当の冒険から実は最も遠い所にいる男たちが頭の中でつくり出しただけである。」


「52歳、駆け抜けたアフリカ」戸井十月 新潮社2001.12.20 p.105~106
(2005.9.17)
 

「チャンピオンたる者は」


「チャンピオンたる者は、努力家であり、忍耐強く、勇気があり、自制にたけ、知的であり、かつ 野心的でなければならない」



「自転車チャンピオン」ルイゾン・ボベ 三田文英訳 未知谷  2005.7.25 C0098 \2200(1400)E p.114
(2005.9.14)
 

ジャズとは




 「ジャズとは音楽の一ジャンルであることを超えて、秩序と無秩序のバランス、ヒエラルキーと権力への抵抗、周囲の人間との対話による自己主張、 既成の境界線をつねに更新しようとする意欲、そして何よりも、リスクを恐れず一回かぎりの実践(即興)に賭ける精神のありようを意味していたのである。」
ジャズとは(CIT 中条省平の書評から)

朝日新聞2005.9.4朝刊「読書」欄
「戦後日本のジャズ文化」マイク・モラスキー著 青土社
 に対する中条省平の書評から (2005.9.4)
 

どん底のニヒリズムは明るさ



仲代(達矢)は「十代のころ、どん底の貧乏をしたからホーク(ミス・デイジーの雇われ黒人運転手)の立場はよく分かる。どの底に落ちた時の最高のニヒリズ ムは何だと思いますか?それは明るさ。だからホークはいつも明るい。それは彼の生きる知恵でもあったと思う」と話す。

仲代達矢:

(2005/9/3日経朝刊「アート探究」)

2005/9/3日経朝刊「アート探究」翻訳劇「ドライビング・ミス・デイジー」(ミス・デイジーを奈良岡朋子(75)が、ホークを仲代達矢(72)が演 ずる)
 

俳優は「ぜいたくな仕事」


今は俳優を「すごくぜいたくな仕事」と思うようになった。
「だって、不幸が幸せなんですから。不幸を味わえば、それが必ず演技に生きる。だから、いい意味でずっと不満をなくさないように仕事をしていきたい。

柴崎コウ:(2005/9/2朝日新聞夕刊)

2005/9/2朝日新聞夕刊[柴崎コウ]インタビューから(インタビュワーは石飛徳樹)
(2005.9.2)
 

Nothing in the world can take the place of persistence


Nothing in the world can take the place of persistence.Talent will not;nothing is more common than unsuccessful men with talent.Genius will not;unrewarded genius is almost proverb. Education will not;the world is full of educated failures.Persistence and determination alone are omnipotent.
--Calvin Coolidge


語意(オックスフォード英英辞典による)
persistence: the fact of continuing to try to do something in spite of difficulties,especially when other people are against you and think that you are being annoying or unreasnable

determination: the quality that makes you continue trying to do something even when this is difficult

omnipotent: having total power;able to do anything
(”A Father's Book of Wisdom ”CVompailed by H.Jackson Brown,Jr. Rutledge Hill Press 1988 より引用)
(2005.8.28)
 

フィーリングのない日本人の演奏


「日本人の演奏の良いところはテクニックの完ぺきさ。でもフィーリングがない。例え ば、クレッシェンドのところが、なぜそうなっているのかの理解が足りない。音楽は人生を映し出す鏡ですから、学生にはカラフルな人生を送るよう、アドバイ スしてきました」。

ダン・タイソン(ベトナムのピアニスト、ショパン・コンクール優勝者、 1992.1.6日経新聞夕刊から)
(2005.5.2)
 

風流


「<風流>は心の風通しのよい自由さを意味する言葉で、また心の涼しさを現す言葉である。」

寺田寅彦「涼味数題」長谷川櫂「一度は使ってみたい季節の言葉」 p.89
(2005.4.23)
 

人生は自転車操業だ


「…誰も動かしてくれないから、自転車っていうのは人生においてすごく分かりやすい乗り物だと思いますよ。動いたら動いただけの結果を自転車は出 してくれますから。ペダルを踏めば前へ動いてくれますし、くたびれてやめたら倒れるとか、止まるとかしますしね。自転車というのは人生そのものじゃないで すか。よく悪いたとえのように自転車操業という言い方をしますけど、あれは私は言葉の使い方の誤りだと思いますよ。自転車操業そのものが人生じゃないで しょうか。今だって私は自転車操業ですよ。
山本一力さんのインタビュー(Bicycle21, 2004年4月号 掲載)(2005.4.4)
(注) 常日頃、私が思っていることと全く同じことを、作家の山本一力さんが、インタビューで答えているのを見つけたので、掲載する。
 

「英語で読む万葉集」より (2004.12.14)


…とくに花が「咲く」ということは、「裂く」というエネルギーの活動をはらんでいるので、単なるbloomよりも split into blossaoms、「花へとさく」、という表現になってしまう。(p.15)

 ひとつの季節が「過ぎる」という経過の中に「時間」が視覚的に見えてくる。それは日本語の詩歌の伝統において根本的な手法となっていく。持統天皇の香具 山の歌は、書きことばとしての日本語の出発点において、ひとつの手本をなしている。
 だから、「過ぎる」は、きわめて重要な日本語なのである。その英訳は、passとかpassingになる。「過ぎてゆく」ことを一千年余にわたって描き つづけてきた和歌も、物語も、それらの英訳を読んでいると、pass、passing、passed という動詞がどれだけ多く出てくることか。 (p.19)

…
そして「らし」という、その動きの表現をやわらげるような、最も日本語的な日本語。(同)

「英語で読む万葉集」

リービ・
(2005.3.29)
 

白川静の世界 



ー一日の過ごし方は。
「午前六時に起床、八時には執筆。昼食後、一時間ほど睡眠。午後二時から作業を開始。七時過ぎに夕食をとるまで、二度ほど、お茶とコーヒーを飲む。午後九 時就寝。日常の秩序が大切です」

ー仕事の計画は。
「七十代では十年計画。八十代では五年計画。九十代は三年計画を立て、ただ今『金文通釈』九冊の改訂版などを刊行中。今後は三年間に『甲骨金文学論叢』上 下巻など六冊を刊行したい。その先は神様のおぼしめしをうかがってから決める」

ー研究のエネルギーを支えているものは。
「戦後六十年の我が国の歩みには、主体的な国家の誇りに欠けるところがある。戦争やアジアを分裂に導いたことへの反省も十分でない。そうした歴史認識がエ ネルギーの根源にある」

白川静(1910年福井市生まれ。小学校卒業後、大阪の 法律事務所に住み込みで働き始め、夜学に通う。43年立命館大卒。54年同大文学部教授。91年『字統』などの著作で菊池寛賞。04年、妻つるを亡くす。 文化勲章受章。


日経新聞2005.3.27
「遅咲きの人」51
長距離ランナー 白川静」
(2005.3.27)
 



 



 



 



 





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29 March



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