編集者のつれづれノート
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(2000/9/5掲載)
赤子の手をねじるように易しいことか
 白洲正子の「いまなぜ青山二郎なのか」(新潮文庫 1999年)の140頁にこんな文章がある。
 
 昭和16年12月8日、といえば太平洋戦争が勃発したその日のことで、横光さん(作家の横光利一)は、かねてから約束してあった講演を済ませた後、「この日の記念のため、欲しかった宋の梅瓶を買った」と記している。(中略)12月8日の日記はこんな風にはじまっている。
「戦いはつひに始まった。そして大勝した。先祖を神だと信じた民族が勝ったのだ。自分は不思議以上のものを感じた。出るものが出たのだ。それはもっとも自然なことだ。自分がパリにいるとき、毎夜念じて伊瀬の大廟を拝したことが、つひに顕れてしまったのである。」
そのあとに『宋の梅瓶云々』とつづくのであるが、右のような言葉を、今から批判するのは赤子の手をねじるように易しい。そんなことより横光さんが美しい陶器に、はかない夢を托したことの切なさに想いを致すべきだろう。


 ここで、著者のいう「今から批判するのは赤子の手をねじるように易しい」という言い方であるが、これはある種の常套句であり、これまでも正当な批判をはねつける機能を果たしてきた。「今から」という言葉には、戦争に負けてしまい、結果がわかっている今からみれば、そういう考え方をしたのは可笑しい、間違っている、と簡単に言えるだろうが、その当時、戦争が勃発した直後の人にとってはそう考えるのも無理からぬことで、安易に批判できない、という気持ちが込められている。
 しかし、今から考えても可笑しい事は可笑しいのであって、可笑しいと言い切ることは、赤子の手をねじるように易しいことではない。易しいというのであれば、そのことは、逆に、横光という人物は、信念に基づいて発言する人ではなく、つねに時流に即した発言をし続けた人なので、その発言に関して結果が出てみれば、時流に流されていましたねと指摘することは、ごくごく簡単で誰にでもできることだ、と言うことになってしまう。
 横光の文章には、ある種の確信犯に近いニュアンスがあり、時流に流された発言とは捉えにくい。その当時であっても、これほど神懸かり的な考えを持った人ばかりいたわけではない。「先祖を神だと信じた民族」「毎夜念じて伊瀬の大廟を拝した」などという表現は、十分批判に値するものだった。誰もが、太平洋戦争初戦の大勝を、「先祖を神と信じた民族」と結びつけたわけでもないし、先祖を神と信じた民族の勝利を「それはもっとも自然なことだ」と言い切れたわけではない。
 しかし、多くの人が、横光と同じように考えたことも事実であり、今もって、同種の思考が、深く日本人のものの見方の中に沈潜しており、ときどき、森総理大臣の「神の国」発言などのような形で、ぽっかりと浮上してくる。したがって、横光のこの、民族に対する偏見に凝り固まった文章を、ナチスのアーリア民族優越説と同根とも言える考え方を、「今から批判するのは赤子の手をねじるように易しい」といって、簡単に見過ごすわけにはいかない。根は想像以上に深いのだ。赤子の手をねじるように易しいとして、逆に徹底的に批判しないことが、日本の精神風土が、今もってこの種の考え方に汚染され続けることを容認し、諸外国の日本に対する信用を傷つける原因にもなっている。
 横光やその他多くの人がどうしてあのように考えたのか、どうして、あのように考えることが間違っているのか、ということを、徹底的に明らかにし、現在に残る同様な考え方を、排していく努力を怠ってはならないのだ。そしてこのことは決して赤子の手をねじるように易しいことではない。



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