Kiichiro Abe's Place for a Pleasure


編集者のつれづれノート


赤ん坊のこと(14)
(2001年8月9日掲載)


 成長ぶりは順調と言えるだろう。
 顔つきももう、赤ん坊の顔を脱して、しまった幼児の顔つきになった。体重は14キロを超し、先頃庭で、ツツジの後ろのほおずきを見せてやろうとひょいと抱き上げようとして、あやうくぎっくり腰になりかけたほどずしりと重い。身長も90センチを超え、食堂のテーブルより頭一つ高くなった。ぜんそくも入院加療して以来、あまり発作が出なくなった。
 まだ、2歳半だが、一人の人間として、存在感が増してきた。人間関係、言語、感情、遊びなどの各面 で、かなり複雑な機微まで理解していると思うからだ。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだと思うこのごろだ。

時間の観念
(時計のこと)
 ■ 前回、書いても良かったのだが、Hが、おやつを欲しがるので、ばーばが、「おやつは3時よ、今、何時かしら」と言うとテレビの上においてある小型の置き時計を持ってきたというのだ。 「この短い針が、この3の上に来たら、おやつよ」というと一応納得して、時折時計を覗くのだそうだ。時間と時計が関係していることを、わきまえているのだ。
 このごろも、この針が6のところに来たら夕食よ、といわれ一応うなずいている。

(カレンダーのこと)
■Hは、以前から、カレンダーに対しても大変興味を持っている。最初は、そこに描かれていた飛行機が興味の主な対象だったが、数字を読めるようになったので、大きく書かれた数字の7や、8に興味を持ち始め、7月、8月と読むようになり、このごろでは、「もう8月だね」などともいう。
 壁にぶら下がっているカレンダーの前に踏み台を置き、ばーばーや私と一緒に見るのが好きで、一枚一枚、めくってやると、「7月の次は何月?」と聞く。「8月」というと「8月の次は」といつまでも飽きずに聞き続ける。
 カレンダーの最後までめくると「来年の1月の次は」とまた最初に戻り、繰り返すことになる。

(デザートのこと)
■ デザートに、いつも関心を持っていて、ご飯を食べる前から、たとえば、夕食を作っているときに、台所に来て「ごちそうさまが済んだら、何があるの?」とか「ご飯食べたら何があるの」と決まって聞く。
 ときに「お茶」とかごまかされるので、このごろでは、用心深く、「ご飯食べて、お茶飲んだら何があるの」と聞く。「ミカンだよ」などと聞くと安心する。ご飯を食べ終わると、ちゃんとミカンを思い出す。
 ところで、この夏の時期に温州ミカンをもらったので、痛まないうちに片づけようと思い、毎日ミカンにしていたら、三日目になったら「Hは、ミカンより、アイスクリームがいい」と言い出した。
 このことから、少なくとも、夕食の前から、済んだ後のデザートのことを考え、それを楽しみにしている。つまり、未来を予測して行動していることがわかるのだ。
 しかも、食後はデザートを食べるものと、思っているらしく、食卓に自分が食べたいものが残っていると、デザートのことは言い出さないが、(たとえば、大皿に漬け物のナスとかキュウリが残っていたら、「H、ナス食べていい?」と聞いて食べる。)、それが終わり、お茶の時間になると、忘れずに「お茶が済んだら、今日は何があるの」と言い出す。

(コーヒーのこと)
■コーヒーを飲みたがるから、ばーばが、これはね、大きくなったら飲めるのよ、と教えた。  大好きな絵本「一寸法師」の終わりのところに、「打ち出の小槌を振ると一寸法師はずんずん大きくなりました」というところがある。ここのところをばーばが読み終わると、Hは、「一寸法師は大きくなったから、コーヒー飲めるの?」と聞くのだそうだ。
 また、踏み台に乗って手を洗っているHに「H君、大きくなったねぇ」と言ったところ、すぐさま、 「コーヒー飲めるの?」 と聞き返してきたという。

身体能力
 ボールを、結構遠くまで投げられる。ストライクというと喜んで投げる。テレビを見ているせいか、野茂投手ばりのフォームをして投げる。今日、校庭でこんな具合に投げてきたと野茂ばりのフォームを披露したりする。
 上空高くバウンドさせたボールが落ちてくるのを、ばーばが受け止めるのを見るのも好きで、飽きず眺める。

 嬉しいことがあると、ことばにならないことをでたらめに叫びながら、手を振り、身体をねじって踊り回る。テーブルの回りをぐるぐる走り回ることもある。

 私が、足に引っかけてブランコをしてやるのが気に入っていて、やってくれと言ってくる。やり始めると、いつまでも飽きないので、つきあうのは大変だ。

 大人は、いつでも自分を抱き抱えてくれるものと安心しきっていて、椅子の上に立ち上がり、思いがけないときに大胆にもぽいと身体を投げ出してきたりする。こちらは予期していないので、ずしりと重たい身体を受け止め、怪我をしないようにするのは大変だ。特にばーばにとっては。体重は14キロを越し、身長も90センチを越しているのだ。
 走り回ったり、相当、烈しい動きもできるようになってきた。
 二階にも一人で自由に行き来する。二階から降りてくると一番下の階段から、決まって飛び降りる。手を洗ったり、電灯をつけるときに乗る低い踏み台からも、飛び降りる。

(箸のこと)
■箸も2歳半の幼児にしては、結構うまく使うが、ときにはうまく行かないといらつく。途中で使うのを止めて、フォークに持ち替えたりする。

■もう、帰る時間なので、部屋中に散らかった碁石やアルファベットを片づけるように言ったら、「いや、まだ帰らない」と居間の床の上にふて寝したので、それには取り合わず、ソファに背中をもたらせて、脚を高く揚げてぐるぐる回し、「H君、これできる?」というと、ふて寝の効果 がないのをすぐ感知して、ソファーにやってきて、同じような姿勢をして、脚を高く揚げてぐるぐると動かし、にこしこしていた。

人間関係
 われわれとは、いつもにこにこして楽しくつきあえる。基本的には、明るく慎重で情緒が安定した子供だ。ひょうきんでおふざけなところも持ち合わせている。
  我が家にやってくると、玄関から大声で「ばーば」と呼ぶ。

「ねーねー」とか、「じーじ」と自分の方から話しかけてくる。

 自分に関心が集まるように気を配っており、目をすがめにしてみたり、ひょうきんな表情をする。

 ママが、身体の具合が悪く、横になっているときには、気遣って、無理を言わない。独りで遊び、独りで昼寝する。

 パパとは、二人でつい最近泊まりがけで蓼科へ、遊びに行ってきた。パパの会社のテニス合宿だったらしく、同じ年頃の子供もいて、一緒に楽しく遊んだらしい。相変わらず食欲旺盛で、大人と同じ量 のカレーを食べ、帰りのバスの中で吐いてしまったらしい。
 帰ってから、ばーばに、 「お友達とあそんだの」「Hもテニスやったの」とか「カレー食べて、パパのズボンに吐いちゃったの」と報告したという。

 私が、自宅にかけた電話にも出て、このことを含めいろいろと話した。

■親族の夫婦連れは、決まってペアで覚えている。そういう風に覚えるものなのか。

■よく知らない人とは、まだ気軽には遊ばないし、「こんにちはといいなさい」と言われても、黙っていて挨拶をしない。

(帰りの挨拶)
■夜、帰るときには、玄関口でドアの隙間から、 「ごちそうさまでした」「おやすみなさい」とぴょこんと頭を下げ腰を曲げて挨拶をして帰る。

(熊さんのこと)
■台湾から買って帰った、腹話術にも使える熊さんのおもちゃが大好きで、私が片手で操りながら、腹話術で「H君、こんにちは、ぼくはH君が好きだよ」などと話しかけると、半ば疑いながらも、半ば本当に熊さんが話しているようにも、思うらしく、「Hはねぇ」などと会話を始める。
 その時、自分より、幼いものに話すようなくちぶりになる。 「これは、数字の3でちゅよ」 「熊さん、このアルファベット読めまちゅか」 とわざわざ、幼児語を使うのだ。
 熊さんに両手を広げて抱きついてきたり、頬づりををしたりする。
 いつか、熊さんの上に乗ったので、腹話術で「そんあことをすると、Hとは、もう遊ばない」というと、真剣な顔で心配そうにしていた。

 帰るときは「じゃ、またね」と互いに手を振って別れる


言語能力

 加速度的に、言語能力がついている。かなり複雑なことも言える。われわれの言うことも、結構理解している。

■何か疑問が解けたときとか、理解したとき「そうか」という(7/21)。いかにも、よく分かったと言わんばかりなのでおかしい。

■ビデオで覚えたらしく、英語の単語を少し知っていて、キュウリを指して、キューカンバー、キャベツを見て、キャーベッツという。幼児用のCD雑誌の見本で覚えたらしいが、日本語とは明らかに違う発音ぶりなので、違う言葉として認識しているのか。

■ばーばと一緒に学校へ遊びに行こうと出かけたとき、ばーばが近所のお年寄りにつかまって、長話が始まった。
 しばらく、様子をみていたHは、話の途中で「学校へ行ってみようか」と言い出した。お年寄りも「まあ、むずかしい言い方ができるのね」と感心して退散した。

■「一寸法師」の絵本を見るのが好きで、描かれた一人一人が、実在の人物に対応している。一寸法師が自分であり、おじいさんとおばあさんが、じーじとばーば、お姫様がママである。地文もほとんど覚えていて、どこで頁をめくればいいかも心得ていて、タイミング良くめくれる。

■生協の店でサンマを指して、「背中の青い魚だね」。 これは、二階の部屋の壁に魚類図鑑が貼って、いつも一緒に見ていて、ばーばが、日頃背中の青い魚と言っているから、覚えたのである。
■料理屋に連れて行き、鮎の塩焼きを食べ、Hにこれはお魚の仲間だよ、といったら、「ミキサー車も車の仲間?」と聞き返してきた。コンセプトをつかむのがうまいと思う。

■ 「やっぱり落ちたね」という風に、副詞もかなりうまく使える。

■シルヴァスタインの絵本「ビッグオーを探して」の「まだだめ!」というキャプションのあるところでは、必ず、「もういい!」と叫ぶ。


■反抗期で、何か言うと必ず、反対をいう。しかも、結構的確に反対の言葉を言えるのだ。
「Hは,もう、おなかいっぱいでしょう?」→「Hは、まだおなか空いてる」
「Hは、もう帰るのよ」「まだ帰らないの」
「もう、眠いでしょう」「まだ、眠くないの」
「喉渇いてでしょう」「渇いてないの」

■言語採集(7/25)
「ブドウはね、皮をとって、種を出すのよ」
「じっと見ないでよ」「見るのよ」
「熊さんもう寝た?」
「起きるの時間?」「おやつの時間?」
「今度はね、えーとねぇ、この3」 「今度はねぇ、ブドウケーキだよ。」
「ばーば、今日は野球やる?」
「何かついてる」

(梅干しのこと)
■(8/8)梅干しを上手に箸に乗せて口に運び、丸ごと食べ始めたので、 「H君、酸っぱいでしょう」というと 「甘い」と答える。 「本当は酸っぱいでしょう?」 「あまーい」 といってにこにこする。口の中で上手に食べ、種をぽいと出す。大人そっくりに。

 私が梅干しを食べ始めたら、 「じーじ、梅干し、すっぱい?」と聞く。 「あまーい」 というと、にこにこして、何度でも聞く。「あまーい」とか「にがーい」と応ずると、そのたびに、顔を崩して笑う。
  Hが、その後、はるさめの料理を食べ始めたので、 「H君、おいしい?」 と聞くと、 「すっぱーい」 と言って、いたずらっぽく笑う。

■その後、ひょうきんな顔をして、口から出任せにいろんなことを次々に言い始めた。
「あぱけとぎたりこ」と言ったかと思うと 「2の2の2の2」 というので、 「3の3の3の3」と応ずると、 「4の4の4の4」と、次々に9まで言い合い、 「3の3の、4の5の、6の7の8」と様々に変形させる。
「ぴしゃらかなみぱぴ」などのでたらめな言葉の中にQRSTUVWXYZとか、HIJKLMNなどアルファベットを混ぜる。
 私が、言葉や数字やアルファベットなどの複雑な組み合わせで応ずると、その組み合わせの意図を見抜いて、自分独自になぞって別 のことを言う。

■テレビを見て、野球とゴルフ、相撲の区別を確かめる。「これ野球?」「これゴルフ?」ちゃんと識別 出来る。

 碁石をじゃらじゃらばらまいて遊ぶのが好きなので、テレビで碁を見ると「碁石だね」という。車の絵を描いてやったら、黒石をタイヤに重ねて、見せに来た。

食事  

■あいかわらず、健啖で、食卓に出た物には、「これなぁに?」とすべて食指を延ばす。
 ニガウリの煮物とか、イカのはらわたを使ったイカの煮物とか、大人向きの味だと思うのだが、とにかく、何でもおいしいといって食べる。しかも、食べ始めるとすぐ、「おいしい」というので、料理を作ったばーばから「Hは、偉い。誰より先に言ってくれる。何でもつくってやるからね」と誉められる。
 初めて食べるものは、さすがに用心深く食べ始めるが、たいていのものは、おいしいと言って食べる、
 先に書いたように、梅干しも大好きで、大きな梅干しを、口に丸ごと一つ入れて食べる。種を後でぽいと出す。何個でも食べようとするので、一日に一個に制限している。
 キムチとか塩からとかよほど味の強い物とか、多量の生もの(さしみも少しは食べさせている)以外は、大人と同じ食べ物を食べる。この食べ物は、大人のと説明すると納得する。食べる量 も、母親より、多いほどだ。

■ 料理は、一皿ずつ食べる。順序は、このごろでは、肉類が最初のことが多い。以前は、ご飯から食べていたが、ご飯は最後の方に回った。
 放っておいても、一人で、フォークとスプーンと箸を上手に使い分けほとんど、残さないように全部たべることができる。残ったお汁もこぼさないように飲む。
  納豆も、カップの中に、たれと芥子が入っているのを、うまく取り出し、たれをかけてもらい、混ぜてもらう。ときには自分でもかき混ぜる。
 出された物だけで、満足することは少なく、あらから食べ終わると、もっとご飯ちょうだいとか、納豆は?とか必ず言う。
 母親が、今日はこれでおしまいというと納得する。しかし、その後でデザートを食べるものと思っているのだ。この歳で、デザートは別 腹と思っているのか。

 (桃の種)
■ ある時、デザートに出した、スライスした桃も、大人並みの分け前はたちまち全部食べて、皿に種のところが四個分残っていたら、それも食べると言い出し、かじり始めた。種の回りの果 肉をきれいに食べて、種だけを、口からぽいと出した。
 その有様を、大人3人(ばーばとママとわたし)が感心して見ており、
「この場面を、知らない人が見たら、子供には種のところだけを食べさせている、ひどい家族だと思われかねないね」
と言ってわらったことだ。

■ミカンも自分でむいて食べる。まだ、皮は小さく千切れるが。とにかく、自分で何でもやりたがるのである。でも、時には、納豆をかき混ぜてというように、場合に応じる柔軟性も少し出てきたが。

■食べる前に「いただきます」、食べ終わったら「ごちそうさまでした」という。

 (エプロン)
■食べるときにはプラスティック製のエプロンをつける。エプロンの下の縁は受け皿になっていて、そこにこぼした物が引っかかるようになっている。そこにこぼしたものを、拾って、Hは、食べる。 「ごとそうさまでした」が終わると、首の後ろにあるエプロンのホックを自分ではずし、椅子を降りる。その椅子には、厚い電話帳に布のカバーを掛けたものが置いてあり、Hにそれに座わらせ高さの調節をしている。

■ とにかく、何皿あろうと、つぎつぎにおいしいと言いながら食べ続け、実にきれいに食べ尽くすし、ほとんどこぼさない。見ている方が気持ちいいくらいで、わずか二歳半の幼児であるということを、この点ではわれわれは忘れてしまう。

■食べ物については、じつに勘が働き、台所で料理しているばーばが味見をしていると必ずやってきて「Hも食べてみる」といい、味見をする。ごはんだよというと、反抗期なのにいつも「はーい」と大きな声で素直に応え、自分のイスに座って、しずかに待っている。
 食事を終えたHが、居間で遊んでいるので、見つからないようにと、デザートにこっそりアイスクリームを食べたりすると、すぐさまやってきて、 「じーじ、何食べてるの?」とまともに、聞く。アイスクリームは、新聞紙の陰に隠せても、いつまでもじっと口元を見つめているので、ごまかすわけにいかず、分け与えることになる。

 台所でばーばが口を動かしていても、めざとく見つけて、 「何食べてるの、Hも食べてみる」

知育面
■好奇心が旺盛で、「これなぁーに」と、よく聞く。
 街を歩いていても、すぐ立ち止まって、色んな物を見たがる。土木建築の会社のところに行くと、「ショベルカーがあるね」、とか「ダンプカーがあるね」という。

(じーじの絵)

■私の描いた水彩 画を、妻が玄関と廊下に、10点ほど架けている。いつぞや、Hを抱いてやり、「これはじーじが描いたんだよ」とそれらの絵を見せた後、パソコンで、わたしのHPの水彩 画のギャラリーを開き、それらをアップロードした絵も見せてやった。
 ところが、それが気に入ったらしく、その後、我が家に来るたびに「じーじの絵を、パソコンで見る」と言い出す。
 見せてやると、前回見せたのをよく覚えていて、「今度はチューリップ、 今度は、お船の絵、見る」と言う。途中で止めようとすると、「じーじの眼鏡の絵、見る」といい、一通 り、自分の見たい絵を見終わるまでパソコンから離れようとしない。

■気に入らないことがあったり、いらいらしたりすると、床に大の字に寝て、抵抗する。 あるとき、台所から食堂への通路に寝ているので、足で踏んで、「おや、こんなとことに変なものがいるぞ。ネズミかな」と言いながらつま先でくすぐってやると、大喜びで、わたしが通 りかかると、急いで床に寝て待ち構えており、「おや、また、ネズミかな」と言いながら、くすぐってやるときゃっきゃっと喜ぶ。

  (アルファベットと数字)
■ 台湾から持ち帰ったアルファベットと数字のボードは大いに役に立っていて、毎日これで飽きずに遊んでいる。
 このごろでは(8/2)「これ作る」といって、私のTシャツの胸に書いたJEANSというロゴとか、テレビ、新聞の数字や英単語をアルファベットや数字の文字を作って並べて、遊ぶ。

 最初はテレビの、「BS2」がきっかけ(7/20)だった。アナウンサーが、大声で「BS2(ビーエスツー)」と宣伝しているのを食堂で見ていて、近くの本棚にあるランダムハウス英和辞典の背表紙にある第2版の2を差し、「ツー」と言っていたが、そのうち居間の方へ行き、アルファベットの文字を持ってきたかと思うと、テーブルの上にBS2と並べ、「びーえす、つー」とやりだした。 「びーえすわんは?」というと、すぐ「BS1」も作った。よく作ったねというと、たいへんうれしがり、「NHKは?」というと、「持ってくる」といって、居間からNHKの文字を持ってきて、すぐに並べて見せた。

 その日、シルヴァスタインの「ビッグオーを探して」という絵本を見ていたら、「Here It is」という看板の絵があった。と、「これつくるか」と作り出した。ところが、Hereには、eが二枚要り困っているので、紙でくりぬ いて作ってやったら、つぎつぎとアルファベットを持って来て、作ってくれと言う。結局アルファベットと数字と全部つくってやることになった。
 これ以来、新聞の広告欄に載った受付電話番号などを作るのである。

 昨日(8/8)も、わたしのTシャツのUS POLOを作った。Oをちゃんと2枚使っているので、うまくできたと拍手してやると、自分でもにこにこしながら大喜びで、拍手している。 うれしいのだ。
 また、その並べた文字を並び替えたり、新たに文字を付け加えたりして、「これ何ていうの?」と聞く。読んでやると、次々に文字を足していき、とにかく、26枚のアルファベットを使い切るまで、いや使い切っても、飽きずに聞くのだ。こうやって、子供は言葉を覚えるのだろう。
 ただ、左右どちらから並べるのか、十分分かっていないところは多少あるが、文字を逆さまにおいて、逆向けに並べることもできる。形で覚えているのだ。
 昨日は、ばーばから、読んでもらえなくなったら、自分で「ピーエヌアイ・・・」と読み始めた。 まず、間違えない。

(目覚まし時計のこと)
■ところで、このところ数回、わたしの枕元にある目覚まし時計が、いつもの時間よりずいぶん早い時間に鳴ったことがある。妻は怒るが、わたしには、身に覚えがないので、Hが、いじったのではないかというと、Hは一人では寝室に絶対来ない、ここにはHが怖がっているお面 もあるし、と妻は譲らない。

 今朝も、5時頃に目覚ましが鳴った。Hを疑っているわたしが、目覚ましの針が動かないように背面 のポッチを引き出しておいたところが、ちゃんと押し込まれている。Hは、もっと小さな時から家中のボタンを押してまわり、オルゴールのねじをまいたりしていたのだ。そういうことが大好きなのだ。Hなら、やりかねないと思うのだ。妻が四六時中監視している訳でもないので独りで寝室ぐらい来るだろう。
 Hではないと言い張っていた妻も、少し折れてきて、「時計をHの手の届かないところにおいてみたら」と言い出した。まだ、真犯人が判明したわけではないが、真相はどうなのだろうか。  
 
 
 

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