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曜日 |
日記本文 |
| 1956.10.10 |
Wednesday |
◆人は世間的な名誉職には喜んでつく。中には名誉職を嫌う人もいるが、その人はある程度世間的な名声を得ているからそう落ち着いていられる。
ところが学校の名誉職?となると誰もが毛嫌いする。当たり前である。議長すなわち小使い、それも同じクラスメートの。ではたまらない。評議員ともなるととんでもなく下手くそな議長の下で畳の上に座りっぱなしにされる。大変な時間の浪費である。世の議員諸氏のような得するところ毛頭ない。喜んでなるものがないのはもちろんだが、うまくできているもので立候補も何もせぬ者でも推薦ないしは投票すれば、ことが決することになっている。
今年だけで議長・常任委員長候補、評議員の推薦を受けた。馬鹿らしいから戦線に止めさせてくれと願い出たが、あいにく係りの先生が二枚舌で、条約が不履行に終わり、どうか私以外の他人に投票してくれと前代未聞の選挙演説をやって、やっと常任委員長職だけは免れた。
後は議長と評議員だが、仕方ないので不熱心さで勤めるほかない。 |
| 1956.10.11 |
Thursday |
◆意味を持つ単語が普通に使われる場合、そのものずばりの意味と違った感じを持って使われることがある。すなわち「死んでも忘れるな」と言った具合である。この場合の死が我々の生と対した言葉でないばかりか「決して」の意味と少しも変わらないのはわかるであろう。
芭蕉においては、彼の思想はここに終わると感じ彼が一生積み重ねた考え方と匹敵するほど重要な言葉を吐かせしめたほどの死が「正気に帰っていたときには死んでいた」などと茶化し気味に用いられるべきではない。この言葉内の死と「死」とは単なる単語上の一致であって、人の思索反応を含めて考えるべき場合同じ反応を示さないのは当たり前である。
言葉は元来人が作ったものであるが、かえってその言葉の定義付けなどに追い回されている人が多い。個人主義などもそういったものの中に入れられないだろうか。日本語には色々な問題が宿されている。煩わしすぎる漢字。同音異義の語の発音、同義語の豊富さ、敬語法等々。日本語を生かしていくとすればできるだけ美しいものにしていきたい。 |
| 1956.10.12 |
Friday |
◆「芭蕉忌」
学校で国文学史を学んで、日本文学の大体の様子が分かりかけてきた。名を聞いたことのある作品よりも、全然聞いたこともないような作品や作者に埋もれた宝を得た喜びを味わった。名が知られている作品がこういった時代の何という作者によって生み出されたということを書からにせよ先生の口からにせよ知ることは興味あることだったし、作品の内容を聞いて読んでみたいなあと主人公に夢を及ぼしたり、作者の人柄や容姿を思い浮かべるのは愉快であった。
紫式部は美人だったのかしら?どういう様子で源氏物語を綴ったのであろう。枕草子の作者を現代に連れてきて「これに何をか書け」と紙を与えたならば果たしてどういった随筆ができたろう。等々・・・先生の講義のヒマ(?)を見ては想像に花を咲かせている・・・私なんだが・・・
仰々しく国文学史などと書いたが、文学そのものもはっきり認識していない私である。阿部氏の「文学入門」はもう一年近く購入されたまま日の目を見ない頁が大部分である。文学、私はこれの本質が知りたい。私が小説を書こうと思うとき書こうという心を起こさせるのは発表したい主題ではなくて単なる筋と興味でしかない場合が多い。で、未完成ばかりに終わって(?)しまう。
小説にすべき主題を得、文学作品をより多く読むことが、自分自身で小説を書き上げた時の喜びを味わいたいという望みへの最短で行き着く方法である。
喜びを得たいものはまず勉強が必要である。 |
| 1956.10.13 |
Saturday |
◆試験を受けるような特殊なところでは、その人の普段の様子と違った性(しょう)が現れる。いつも落ち着き払っている者でも、運動会のスタートの前や試験の時ともなると慌てふためきとんでもない失敗をしでかしてしまう。それで普段の時のその人がその人の全てではなくなる。特殊な条件下におかれたにせよその人には違いなく、普段が特殊であるかも知れないのだから。
日本人ほど酒飲みに寛大な国民はないように聞く。自分自身で酒を飲んだら何をするかわからないと言い、そんなことは酒の上の話ではないかと反駁する。酒さえ飲めばすでに暴君である。あの人は酒を飲めば人柄ががらりと変わるという。この場合、酒を飲んだという特殊な立場におかれた人が普段のその人と全然別なはずがなく、彼の言動は彼の性格を表していると見て差し支えない。酒を飲んだときが真の彼であって普段は仮面を被っているので、その仮面を通して彼の素面を想像していたのに過ぎないのかも知れないのだ。私は落ち着いているようでも試験の時は大ポカをやらかす。私という人間はもともと大ポカ的な人間なのかも知れない。
環境が人の性格に影響するところまさに大と言わなければならない。いや、人の性格はすべて環境によって作られると言っても過言ではないだろう。刹那の事件が複雑にからみつき、その次の刹那の事件がそのからみつきに解釈されて吸収され、それを繰り返して人の性格が生まれる。
私の生まれてからの全ての事件が自然数の二乗の数列の和となってイクオール私の性格となったのである。あらゆる人、物、私の行動、生年月日、時代、・・・私に蹴られて水の中に落ちた小石までが私の性格を形成している。私の性格は生きている間作られる。誰が生ある人の性格をーあえてその人の生長を止めてまでー正確に言うことができようか。 |
| 1956.10.14 |
Sunday |
◆僕は相変わらず漫画を良く読む。弟の雑誌には五冊も六冊も付録に付くし、借りてくるのも合わせると月に二十冊以上の漫画本を読むことになる。本誌掲載のと合わせると相当なものになる。時間の浪費と言えば浪費で早くこういった少年向きの漫画から脱却すべきである。
そう思いながらも同じような筋で同じような描き方でザラザラの紙に印刷された漫画を追っていくのである。あれほど考えないで読めるものもない。文芸春秋等の一コマものは漫画であっても考えなければわからないものが相当あり、一種独特の皮肉な、怪奇な、辛辣な、好色的なデリケートな味を持つものであるが、私が月に二十冊も読むそういった漫画ときたらすべてが冒険活劇で必ず人殺しがあり、絶対的に強い主人公が登場する。塩田先生流にやるなら、すべてを歴史の資料にし、歴史的に解釈せねばならぬのだがーだぶん先生なら絶対的主人公から絶対主義についての説明まで押し進め、剣を振るって人殺しのできる中世の様子を考察されるところだが、ー私にはまだ歴史的な物の見方ができていない。それでできるならば、漫画ーこういったーを読まぬように心掛けたい。
残念だがもう少年雑誌と別離しても良いときが来たようだ。いや、私は普通の者より遅れての別離なのである。ともあれ下らぬ漫画を読む時間があったら文学書でも読むようにすることだ・ |
| 2000.10.15 |
Sunday |
◆今年の正月私の誕生日にわざわざ贈り物を届けてくれた人の誕生日が多分十月十六日なんであるが、この不誠実な私には贈り物を届ける行動がとれない。誕生日をはっきり覚えてないのもどうかしているのであって、もし、間違った日にでも持っていったとしたらかえって失礼になろう。
社会に出ていってみるとどうにもならないことが多いが、自分の不誠実のためそういった窮地に落ちこんでしまう。ちょっと話さえすればよいことを、単なる恥ずかしさのためにためらって大事件が起こって自分の進退を危うくすることさえ起こりうる。また私なんぞには大人びた礼儀だからしなくても良いだろうと楽観していると、大人はそうは取らない。そうして礼儀知らずにされかねない。ませた子供だととられないための配慮が社会的な自己の位置を低めてしまう。
偶然思いついたが、毎日新聞に今連載中の『日々の背信』の主人公にせよ独りよがりの考え方から苦境に立とうとしている。相手を見ることやあまりにも若々しさを失った大人びた几帳面さは不必要であって、やはりもう一人前の社会人として一応の礼儀ー頭をペコペコ下げたり、堅苦しい言葉の挨拶が礼儀でないのはもちろんだがーを心得て対等の立場で付き合っていかなければならない。
しかし、私は今礼儀に反する罪を犯そうとしている。矛盾?紙の上での深刻さか? |
| 1956.10.16 |
Tuesday |
◆よしこれは一つ見てやれ、読んでやれと思うことは多いが、実行のところまで行くとはたと当惑する。
第一見るだけの時間的な余裕があるだろうかと自問する。金を払っただけの価値のあるものにできるだろうかと考える。これが自分に一番必要なものだろうかと考え直す。かえって面白くもないときにはどうするのかと頭と相談する。映画『スター誕生』は批評その他を読んだ時はきっと行こうと思ったのだが、ついに歩いて行かねばならなかった悪条件と、時間的な余裕がなかったためにお流れにしてしまった。
あの本は必ず自分のものにするぞと勢い込んで本屋まで行くが、これより増しな本はないかとか内容に気に食わないところを見つけては、思いとどまって家に帰ってから「ああ、やはり、買ってくりゃよかった」ど残念がる。
ところが選りに選って買った本でもまだ読んでしまっていないのが圧倒的に多い。どうも買う時には慎重派で、買ってしまうと余裕派になるものらしい。
「後で読もう、後で読もう」
で、一冊の本にかける手間と時間を考えるとビックリするほど長い時間を使っている。買っては読み捨て、買っては・・・でも味がないが私のようになかなか買わずになかなか読まないのは糠饅頭を食うより不味い味だろう。「味を良くせよ、味を良くせよ」 |
| 1956.10.17 |
Wednesday |
◆十九日から中間考査。基礎的な問題だとのよし。越したくなくも、時がたてば、どうしても越してしまう、嫌な嫌な試験。今度のは中一日、休みをおいてあって少しは楽。試験試験で三年暮らす。後の一年は浪人して暮らす、か。
「この六題の問題の中から二題出します。」
無理して数学の答えを暗記しているだけでも点は取れるくらい基礎的な問題だとのこと。しかし、普通の人!!には絶対解けない問題があります。点が、できるものの線と普通のものと、それ以下のものの線とに美しく悲しく二分されよう。一体何のための試験ですか。生徒を遅くまで起こしておいて。 |
| 1956.10.23 |
Tuesday |
◆雨。ぼそぼそと枯葉の上に音を立てて降る。そぼそぼと哀れにか弱く天と地の間にたもたる。雨は止まず。寂しさを添え、人の胸の中の雨と共鳴して降る。
雨は夜になってなお降り止まず。夜になってさらに感傷の雨は人に降り注ぐ。雨。しとしと。ぽとん。と、と、とん。しずしずしずしず。さらさらさらさら。じゃんじゃんじゃんじゃん。ふうーんふうーん。ちゃっちゃっちょっち!! ぱらぱら。ぷるぷるぷる。かんかんかん。・・・・雨は降り止まず・・・。 |
| 1956.10.24 |
Wednesday |
◆夏目漱石の『それから』を今読み終えた。尽きることない興味がその中に私を引きずり込んで、本から私を離さなかった。先に『三四郎』を読んだときの淡い感じから一歩進み、遠のいた感じがする。代助なるものは今の世の中には存在し得ない人物であるが、その時だとしては存在したかも知れない代物であって作者は彼の創造に少しの破綻も見せていない。
文章から批評するならば、やはり夏目漱石は文豪の名に恥じない力量がある。『二百十日』で見た彼一流の会話のうまさは明治の世間の掟風なカンバァセイションの中に昭和の今日に生きる私たちに肌触りの悪さを感じさせるにせよ生き生きとして現代的に感じられた。
三四郎・それから・門、と続くいわゆる三部作を貫くテーマはアンコンシャス・ヒポクリシーと言われるのであるが、『三四郎』における美禰子を扱った軽さから『それから』では代助をついにギリギリのところまで追い込んで作者はそのテーマの追求に力を注いでいる。「代助」と「三千代」の恋愛事件が中心的な役割をなすにせよその当時の社会に対する鋭い作者の批判・考え方・人々の思想・社会情勢等を背景に織り込んで明治四十二年六月二十七日から十月十四日まで、朝日新聞紙上に漱石四十二才の考えを述べたものと見られよう。
当時のインテリゲンツィアの日本観として代助に日本対西洋の関係を批判させ「無理に一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方面に向かって、奥行きを削って、一等国の間口を張っちまった。なまじ張れるから、なお悲惨なもの」であると言わせているのは明治時代に早くもこういった考えを持っていたのかとすこぶうる興味深いものがあった。
すでに嫁いだ身に代助から恋をうち明けられた時の三千代の「飽りだわ」「残酷だわ」といった言葉には感心した。かくも短い半片の言葉の中にその時の女の心を表して余りあるものを見るとき夏目漱石はここ一連の会話のやりとりを書きたくて『それから』の筆を起こしたのではないかと思ったくらいだ。
なにせ作者が明治時代の社会において特殊な二人を配して「愛」を書こうとしたことは頷ける。
代助はつかみ所のないものであるが、その代助につかみ所のなさを精一杯に拡げさせ、更にその上を覆って代助を把握している作者は三千代についてはあまりその考えを書かずにその会話の中に三千代を表そうとしている。脇役もその時には確かにいたであろうと考えられるような正確を描き出してはいるが、少し類型的な感じがしなくもなかった。
それを解説する小宮豊隆も作者の賛美に終わっていて作者の批評や欠点の指摘はなくあまり興味のあるものではない。後に注解を置いたことは良いと思うが、いちいち頁をめくって見なくてはならぬのは不便である。横欄にでも書けば見やすいが、それではあまりに作品の格を下げてテキストじみてしまうのだろう。漱石の作品はほとんど未開拓の分野だから興味がある。(漱石全集第八巻それから定価百五十円岩波書店版) |