日記の部屋1956(03)/Diary1956(03)

(1956/10/24-2〜1956/10/30)

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1956.10.24 Wednesday ◆『エデンの東』ー映画ー見学。
 日本の一番悲しいことは信仰を持っていないことであろう。日本人の心には強い宗教の杭が打ち込まれていない。西洋にしろインドにしろアラブ諸国にせよ彼らは生活にしみ込んだ宗教を持ち、強い信仰心は常に彼らの心の支柱である。
 今日見た『エデンの東』の題名も、この物語そのものも聖書の中の言葉から構図を得てできたもので、人の名前も全てバイブルからとあった。
 好漢ジェイムス・ディンーンと初顔合わせをした。彼がこの世にいないと言うことが、エデンの東におもむいたこの映画の発展上のことのように思えて、どうも信じられない。ほんとうに演技がうまい。いや、うまいと言うより素直さがあって実にすんなりとわだかりのない演技ぶりであった。ここにエリア・カザンはスター誕生の産婆役をやったのであるが、ディーンの死は熱狂的ファンのみならず、彼をシネマスコープで見た人々全てが惜しむところであろう。しかし、彼が自動車事故で亡くなったことはエデンの東のキャルの役の性格から見て不自然さがない。
 エリア・カザンの映画は”波止場”に続いて二度目であるがやはり貫禄十分な演出ぶりであった。
 共に不適なしかも純情な青年を登場させ彼らの心理を解剖している。事実を言えば不適とは言い得ないのだが、その容貌からしてそう感じられる二大スターである。
 『エデンの東』の複雑な人間関係からエリア・カザンが追求するものは愛の本質であって劇中人物のセリフからもそれが感じられる。女の子の、自分そのものを愛してくれているのではなくて自分を女の子として愛している、と言う言葉は意味が深い。人は得てしてそのように特に愛などの場合は間違って愛しているのかも知れない。その人の素地から愛してこそ、そこに愛があるものである。
 愛を与えて貰いたいディーンは、色々策を講じるのだが、ついにすべての愛を放棄しようとした。父から最後の許しの言葉を得ようとした努力に対する父の言葉は「看護婦を代えてくれ」というのであった。彼は寂しがり屋だ。心中涙してアグラに父の看護を自分に頼んだと言ってその寂しさを、父のーついに彼を心の通わなかったー傍らで募らせていくのだった。父の許しを安易に与えることなく観客を混乱の中に置いたまま映画は終わるのである。
 私にはディーンの行為で何一つ理解できないことはないように思う。彼は実に素直な、思いやりのある好青年であることは疑いない。彼の悩みも憂えもそのまま私に共通するところがある。
 ミュージックも同じ楽音の繰り返しによる効果などを考えてあって良かった。
 色彩は本物の色と思えないところが多いが茶色を主調にした最後の方の暗さ不安さの表現、春、咲き乱れる野畑の青年男女の顔は美しかった。
 導入部は主演者や監督などの紹介のところから、すでに劇の中心の近い港から始めてカメラを移動させて人物を追い、主人公を登場させるのは『波止場』と同じようなものでカザン好みなのかも知れない。
 ジェイムス・ディンーンのあのにこっとした顔をしたときの、格好が忘れられない。
 構図もうまかったし、傾角に映し出した場面やブランコの部分は野心的な感じがする。
 先にジョン・スタインペックの『怒りの葡萄』を読んだことがあるが、場面や人物の配置に相似点も多い。
1956.10.26 Friday ◆どうも計画が守られてなくて、睡眠を司る神様がぷんぷん怒っていらっしゃる。そして最高の考えを司る神様と大戦争が勃発しようとしている。偵察隊の小競り合いが学校の授業中におこなわれたときには、考えの神様が雲隠れなされる。
 眠りの神様がー女神なんだがー私の働きを十分遂行させてくれないのは”考えの神様”があまりに計画性がなくてご自分でお立てになった計画さえお守りになられない。あのあなたのご司会の会議の時私の意見を通しておきながら、今さら自分勝手にご変更になられるならば戦争に訴える他はない。幸いなことには感情の神様も肉体の神様も自分に味方してくださる。
ーその理由を彼女に言わせると彼女が美人のためなんだそうだ。眠れる美女神(ヴィーナス)。悪いこともない。ーとおっしゃる。
 それでその結果、人(神?)のよい”考えの神様”がヴィーナス殿に大幅に譲歩されて円満に解決した如く見えるのであるが、それでもやはり依然として考えの神様にルーズな点が見えて女神の怒りはなかなかとけない。実は考えの神様の臣下であるかく書いております私も眠りの女神様に怒られそうで。
 あっ怒ってこっちへやっていらっしゃいます。三十六計逃げるに如かず。では、ごめん。
1956.10.27 Saturday ◆男一人女二人の話はなかなか尽きなかった。時計の針のみが離すべき時の余裕の中に突き進んでいって私たちの話は終わらねばならなかった。男一人女二人。私には年に三回同じ歳の女性と話をする機会が与えられルウ。同じ学校に通っていながら、普段はニコリともしない間であるのだが、やはりどちらも、話したいことが多いらしく、そんなことにはお構いなしで話はあっちに転がりこっちに転がり、止めどもなく続いていくのであった。
 三人の心に同じ夢があり、同じ言葉があった。話し合えば三人に留まらず全ての同年輩の者になら同じ希望があり、同じ考えがあるはずであるのだが・・・話し合うのは三人であった。
 私はその部屋の空気が自然であり、調和しているのを見て取った。微塵のわだかまりも私の全神経を働かせてみても感じ取ることはできなかった。
 私たちは話した。私たちは食べた。私たちは思い出に耽った。
 この世に宮羽前生まれ出たその奇を三人が話し合える立場にあって認識した。三人は同じ年に生まれなくても良いはずであった。親戚関係がなくても良いはずであった。こういった絵画催されるようにならなくたって何の不思議もないはずであった。
 三人は十七才と十六才の少女と少年であった。
 皿の上のアメもたまには拾われ、ミカンも黄なる肌を現した。
 時計は十二時を過ぎていた。
 会も解散の時を何度も迎えながらついに十二時を越していた。
 私たちは帰路に着いた。秋がその名を空に持つ晩であった。夜空はオリオン、大熊、カシオペア、こと座を有して私たちの頭上にあった。その美しい星を眺めた。その美しさに胸をうたれた。
 そして・・・ほのぼのとした温まりを心に映った星に感じ取った。
 十七才の歳を持った少年少女が、私たちのように楽しい時を持つことができるだろうか。人のはかない一生において思い出を残してしかるべき時であり、七時間であった。私たちの足音は土に鳴って夜空に蒸発していった。
1956.10.28 Sunday ◆ 私は日曜のたびに、六日間の体と心の慰安に十分な日を送ろうと考える。しかし、それは日曜のたびに私を失望させることになる。私が一日家にいる日だとして、私の働きに頼ることが出てくる。一日中、家族が顔を合わせていると私の家のような家庭では口論が絶えない。身体の休養もすることができない。
 私はいあkなる曜日に、六日間の疲労を癒すことができるのだろう。私の一週間もやはり七日しかない。人はとかくものを考えるだけで疲れることはないろ考える。だから、一生懸命勉強しても少しも働いたとは考えない。働けば疲れるものである。こう思っている。だから、勉強に疲れて休んでいる私を見つけては肉体的労働を押しつける。
 働くと言うことが自分自身の力を使ってやる肉体労働ばかりを差すのだったら、知能労働という字も生まれまい。仕事をちょっともしないと言うことが、働かないところ意味しているとすれば、私に向かって言われる言葉ではない。私は勉強という知的労働を働いているのだ。私は仕事をして疲れているのだ。
 人は一般に肉体労働を好まない。私のこの一文も肉体労働回避のための一文でしかない。私が職業を選ぶとすれば、やはり知的職業を選ぶであろう。
1956.10.29 Monday ◆人はたるむことも必要なのだ。ところがたるんでいると何とか言って暴力を振るいたがる上級生がいないでもなかった。
 緊張ばかりしていたんではやり切れぬ。三味線にせよ、ヴァイオリンにせよ、弦をたるませてこそいざというとき美しい音が出る。張りっぱなしの弦は切れやすい。
 いくら張っていても張っているように見せかけてたるんでいる。いざというとき引き締められた張りよりもかえって弱々しい張りができる。
 人もそうだ。
 切れるように頭の働く人は頭をたるませることを忘れないからこそなのである。いつから始終、切れるようにしていたのでは頭のゼンマイの方が切れてしまって役に立たなくなるのは当たり前である。
 しかし、たるみすぎたんではいけない。
 たるみかたが難しいのである。
 いくらヴァイオリンの名器でも手入れもせず湿気に当たらせていたりしたのでは名器が鈍器になってしまう。
 頭の良い者でも、酒を飲みっぱなし、布団に潜りっぱなしで、本に手もつけないのではつかいものにならなくなってしまう。
 とにかく、大いに適度にたるみ、緊張してこそ、完全なのである。
1956.10.30 Tuesday ◆『ロダンの言葉』の中に深く教えられ感動するものがあった。
◆深く、毅然として、誠実であれ。君がたの感ずる処が、たとえ世間一般の慣用の理念(イデー)と正反対であるのが見出される時と雖も、その発表を躊躇してはならない。恐らく先ず最初は、君がたは理解されぬであろう。だが君がたの孤立は遠からずして終わるであろう。やがて味方が君がたの許に訪れて来る。何故なら一人の人間にとって深い真実であるものは、万人にとっても真実だからである。然しながら公衆を引寄せようとして、顰め面をして見せたり、可笑しな身振りをしてはならない。率直であれ、素直(ナイーヴ)であれ!
◆もしも絶対の真実が人類の間を支配するに至るものとすれば、忽ちにして何という驚くべき進歩が表現されることであろう!
 ああ! 社会はなんと速やかに、その誤謬と醜悪を明らかにされ、なんと速やかに我が地上は天国となるであろう。
◆重要なのは、感動させられることであり、愛することであり、希望することであり、戦慄することであり、生きることなのである。芸術家たること以前に人間であること。
◆普段に現実を検討することを君がたにすすめ、また如何なる師にも盲目に従うことを禁ずるものは、伝統それ自体なのである。
◆芸術とは感情に他ならない。
◆芸術は今なお誠実の荘厳な教訓である。
◆最も麗しい主題は君がたの面前にある。即ちそれは君がたが最も良く知るところのものである。
◆真の芸術家は常に、既に樹立された一切の前例をくつがえす危険を冒して、その考える処を表明する。

ーポール・グセル著『ロダンの言葉』古川達雄訳 三笠書房ーより

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