日記の部屋1956(04)/Diary1956(04)

(1956/10/31〜1956/11/8)

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年月日 曜日 日記本文
1956.10.31 Wednesday ◆実際は11月1日の日付けの中にある。午前6時。私としてはまったく珍しい時刻にいるわけだが、昨日9時に寝た私の睡眠が6時のサイレンのもとに快く私を届けてくれた。
 こうしてここに座っているといやでも11月を感じないわけにはいかない。私を包み背中からぞくぞくさせる。6時。東の空が次第に赤みを帯びてくる。それはまだ眠り覚めぬ、白く青いヴェールに包まれた空にしみ通り突き抜けて昼の王者たる風格を持つ赤みである。しかしまだ家も緑の木々もすでに落葉の木も、柿の実も山も朝の歓喜を見ない。依然としてヴェールの中に覆い隠されて夜の世界にある。
 時は気持ちよく身をうねらせて高く低くその黎明の空気に共鳴するポンポン蒸気の労働の歌として刻まれた。
 妖精は青いヴェールに包まれた黒々しい夜の中にすでに目を覚まして大急ぎヴェールを払いのけ、昨日の山に昨日の柿の実に赤みを少し余計に加えた色を大筆で塗りつけた。
 小人たちは昨日の家に昨日の木に、あるときは葉っぱを全部競ってもぎ取って裸にした枯れ木にも昨日の色を忘れずに塗りつけた。すでに朝を迎えるに十分準備ができていた。
 7時。朝は世界であった。
 その滾れる赤の塊が、滾れる情熱を傾けて全世界に朝の歓喜を配って歩く。その鋭い眼差しに地の恋人たちははにかんでぽっと顔を朱に染める。この朝の歓喜は私の筆の先にも踊っている。
 北斗七星の柄杓で汲んでも尽きぬ歓喜がもう一杯である。
1956.11.1 Thursday U.喜志子。彼女は僕の出た中学の英語の教諭をしている。背は高いと言うよりむしろ低い方、小柄である。彼女は顔が丸く、ニキビが何かでぶつぶつになっていたのを思い出す。男性的でキビキビした熱心は先生であった。書物も沢山読んでいたし、古風な先生(むしろ女と言うべきか)ではなかった。スポーツも演劇も熱心で、英語をカトリック教会の牧師に習いに行くほどだから進歩的に思っていた。むろん彼女の言葉は進歩的だったように思う。
 その彼女が今年になって結婚した。彼女のことだからさだめし理想的な二人の配合が出来上がったことであろうと祝福した。ところが二三ヶ月で夫婦の仲が思わしくない話があった。二人の家庭で思わしくないことが世間に漏れるのだからもって知るべしであったのだが、私は事態を軽く見て人の噂程度に考えた。そして結婚式から六ヶ月位たったこの頃彼女が三ヶ月で夫婦生活に見切りをつけ離婚したことを聞いた。私の理想は地に落ちた。あまりにも愕然とさせられる話であった。
 話によればこうであった。
 彼女の妹が、彼女より先に結婚した。彼女はすでに二十七才位ではないかと思うが母親が極度にそれを心配し縁談があればと待ちかまえていた。事実彼女は進歩的であったが僕の感覚から言っても彼女が恋愛し情熱の炎を燃やすとは思わなかったくらいだった。そこに一人の男性候補があった。人の話によれば梯子酒の名手で、東大中退者と思われていた人とは別の人であるとのことだった。彼女は拒絶した。しかし、母親にとって彼女の夫は男でさえあってくれれば良かった。推測するに話は父母の間で進められたらしい。そして一切がゴールに向かって進行した。彼女にしてみても年齢や、その他の条件からして結婚は一種の博打であって、彼女が理想の男と結婚した時と同じ結果が得られるかも知れないと考えた。僕は心理学者ではないから、こういった時の女性の心理が皆目見当がつかないのである。拒絶しておきながら、わずか三ヶ月で離婚する勇気を持ちながら、甘んじて母親の命に封建的女性として従ったにしても三ヶ月での離婚は大変であった。自己の不利な条件を振り返ってみる目を男性に向けたかった。梯子酒の名手が彼女の夫として適格を欠いていたことは言えるであろう。彼女は結婚式上で何を考え何をなさんとしたか。三ヶ月間男と交わって何の喜びを得たろう。離婚を考えながら嫁ぐ?相抱き合う?生活を共にする?
 まさに私の考える世界の女性でなかった。彼女のうごめく世界はあまりにも人情のない化石の世界であった。夫、何を期待し彼女を抱いた。妻、何を期待し夫の下にあった。夫婦、その間にどんな愛を、どんな話を、どんな夢を交わした。愛もなく話もなく夢もない、全然共通の広場を持たない夫婦。それを期待して彼女はその男に嫁いだのだ。それを期待した彼女がどんな期待はずれがあって離婚したのか。いや、離婚されたのかも知れない?が。母。今、家に帰った我が娘に何と言葉をかけるべきか。
 私はこういった筋の小説を読むとすれば作者の非現実的な構想に嫌味を覚えたろう。
 ところが・・・
 「事実は小説より奇なり」とは良く言ったものではないか。
 私が少年の夢をはせた人はこれにて去れり。新たなる夢を女性に託す。思うのは間違わずに生きることの難しさ、である。
1956.11.2 Friday ◆何はともあれ一流になることは難しい。一流に達したときのことを考えるとこれほど心落ち着くことはあるまい。数学者ともなると自分に解けぬ問題が数学に関する限りないのだから愉快であろう。
 僕なんぞまだ数学の足下にも寄りつけなのだから哀れである。一流の人の話を聞いているとどこかゆったりとしたところがあって、ある面で偏った意見を持っていることがあってもどっしりとした人柄は自ずから言外に感じられる。
 一流になるには一筋の道を志さなくてはだめである。また一流という意味そのものが一道に秀でた人で十分なのである。一流でなくとも小さなことでも良いから完全になることさえ凡人が一生を費やしても難しいのだ。第一凡人は完全たらんということに魅力を感じないものであり、たとえ、感じたにしてもやがて世俗的、現実的な欲望の中に吸収されてしまう種類のものなのだ。百円、二百円の薄い参考書一冊にしろ僕が完全なる所有主であるのはないのである。完全に隅から隅まで読み通し何頁にはこれこれのことが書いてあると言うことを言える参考書がないのである。
 小さきことに完全たらんことを欲せよ。されば栄光の道は開かれん。ーキリストならぬキイチロ
1956.11.3 Saturday 早慶戦で慶応先ず一勝す{4Aー2}。
今日の日を称して”文化の日”という。わざわざ文化の日を設けるのはまるで大海原の一孤島に文化の島と名づけるのとひとつも変わらない。今日ばかりが文化の日で後の364日が非文化の日というのでは馬鹿らしすぎる。
 日本人はあまりに口でばかり「文化、文化」と言いたがる。文化の日、文化人、文化機関、文化餅、文化勲章。何でもかんでも文化とさえ名が付けばそれで嬉しいのである。庶民はその文化なる冠をつけられた者、物を、大いに有り難がって自分らから一段上のものとして尊敬するのである。
 一般人がこの文化の日をいかに考えているのだろうか。仰山そうに被されている文化よりも国民休日である故にもって有り難がっているのである。しかし、この日があるために各地で’文化’的催しが行われるならば結構なことである。幸運にも土日と重なった休みに誰しも拍手をもって歓迎した。行楽に絶好な時とばかり各地で相当な賑わいがあった。業者たちが儲かるのも文化の日があればこそで、普通バスや汽車に縁のない人がこういった文化的なものに接し、展覧会とか美術館とか言った文化施設を見学できるのも文化の日のお陰である。
 何はともあれ文化の日は終わった。明日から早速非文化的にならねばならぬ訳もない文化の日である。またいつか連続休日を作ってくれるであろう文化の日に期待しつつ後一日残っている休みの中に睡眠をとる。時すでに午前一時なれば。
1956.11.4 Sunday 慶応9シーズン振りに優勝す(2-1)。
◆僕が日記を書きだしたのは丁度去年の文化の日からであった。思い出してそこのところを開けて読んでみると面白い対照をなしている。
 去年の今日の私は、読み返した日記のありがたさを述べ、繰り返し忘れずに明日も書こうと書いている。今、モームのA Writer's Notebookを学校図書館から借りて読んでいるが、過去の今では同じくモームのThe Moon and Sixpence とCake and Aleを学校図書館から借りて読んでいて、ロンジは何とかかんとかと書いている。
 私は同じ日付の過去と現在を比較してみられるようになった。楽しみがまた一つ増えたわけである。
 この楽しみが日記を毎日書くという習慣によって持たされたことを思えば良き習慣は持って損はないと思われる。
 今日のこの日記がまた来年同じ感慨をもって眺められ私の旅路の続く限り続けられるとすると自分自身によって創り出していくものとは知りながら宝石でも手に入れたようで嬉しさでいっぱいになる。
 永久に続かんことを願う。
 私のこの日記に私の子孫が継ぎ足していっても良い。
1956.11.5 Monday ◆モームは自分の頭にふっと浮かんだことを根気よくノートの片隅とか封筒の上に書き付けた。で、その表現は当を得ており、宝石の煌めきを持っている。作家の手帖の中の小さな断片的一章に私の心をずばり言っているものなどがある。そういった考えを持つには持っても、モームのようにその場で筆を執る気構えや、表現力に劣るために文字にすることができない。この日記にせよ書くことが頭に浮かんでから書くのではなく、寝る前のちょとした時間にページを拡げて、取り留めもないことを何か書いておくといった具合のもので、考えなど練れそうにない。頭に去来する全てのことを私もモームのように書き記してよいように思う。また面白いものが出来上がるかも知れない。
 
◆女は対人関係において”好き”でなければ”嫌い”のどちらかである。で、好きでないと言われると嫌われていると思う。そして全ての人から好かれたいと考える。
1956.11.6 Tuesday ◆人生が無意義であってなぜいけないんだろう。人はかくも熱心に「・・・のために生きている」とごまかしを考えつくのであろう。地球上に芽生えた一つの生細胞には生きる意義はなかった。自然がそれに生を与えたのに過ぎなかった。猿にも生きる目的はない。それなのになぜ我々人類のみが何のために生きるのかと考え悩むのであろう。人生が無意義であることがわかれば世界中の人々の顔に幸福が訪れるであろう。

◆世間に女の裸身がいっぱいあるが、少数の芸術家を除けば誰がその写真を芸術的興味から見ているのだろう。
◆女は自分だけを愛してくれないと不服がるが、男は一人の女だけを愛するようにはできていない。愛することが女の全てを愛しているのではなくて男の気に入った一部を拡大しそれを女にしたてて愛しているのである。だから他の気に入る一部を持った女を男は愛することができる。

◆「我思う、ゆえに我有り」 この言葉はまさに至言だ。と同時に『我有り、ゆえに我思ふ』も至言なのである。

◆作家は実は好感を持たない主人公でも作品の上では好感を持たせたほうがよい。でないと大抵の読者は主人公を間違ってしまうか読む気をなくしてしまうかのどちらかである。

◆男は王たらんと欲する。自分の目の届く範囲で王であっても満足する。その王国を拡げようとはするが、近くに勢力家が現れると王国を二人にしてまでも王たらんとする。ひとたび王位を去るや恥を雪ぐことに力を注ぐ。

1956.11.7 Wednesday ◆アイゼンハウワー氏、米大統領に再選される。
◆いい加減な評価ほどしゃくに障るものはない。体育のようなものにおいて、大した判定の基準になることもさせずに机上で勝手に評価する。そう言ったことも正当と考える先生の知能の低さも思いやられるが、それが通用するのであるから評価に不服なものにとってはたまらない。しょせん体育などの能力を判定しそれを試験の成績と比重を等しくする学校の方針が間違っている。私は自分の能力を他人と比較した場合七十点であるというのが合点がいかない。七十点と言えば全体の平均に二十点足した値でしかない。
 実技でこんな悪い点を取ったのは初めてである。
 今まで心身共に優秀であると考えてきたが心に比べると身体のほうが随分劣っていることになる。
 ハテナ?

◆F。彼女はまだ十六才であろう。背は150センチ位。肥えたほうに入るくらいの体躯。黒髪でふっくらしたカールがあって耳の下に巻き込んでいる。顔は大いに特徴がある。眉が太く黒く、目の縁が少し黒ずんで見えて意欲的な眼。ベートーベンばりのくちびる。鼻はあまり高くなく、頬のふっくらした高さに圧倒されている。目と目との間の間隔が広くて、顔形はやや四角いほう。顔全体から特異な強い感じが受け取られる。無類の勉強家。熱心家。運動は嫌いらしい。気が強いほうで、気に食わないとぷっとふくれる。K大を受験する・・・はず。K子と親友。母親は彼女の前で、「姉より器量が悪い」と言う。彼女はそれで悲しみを心の奥に抱いている。しかし、性格的には明るさを持つ。性的魅力はあまりない。
 家庭には医者の兄と姉、弟を持つ。父親は先生をしている。中流家庭。何か硬さと特異な容貌を持つ彼女が、やがて女としていかに進んでいくか興味がある。

1956.11.8 Thursday ◆人は死を嫌がる。ことさらに恐れる。しかし、誕生を嫌がり生を受けるのを恐れる者はいない。自分が現在生きていることに諦めを持っている。
 生を受けることはとりもなおさず死を受けることでしかない。人は生まれたその日から死へ通ずる道を歩み出す。だから人は自分の存在を諦めたのと同じように死に対しても、やがて諦めの時を迎えねばならない。それは誰にしても辛いことだ。恐ろしいことだ。堪らないことだ。一時も一刻も一日も長くこの世に留まりたい。望みのない生活であったにせよ、死んでしまうことを思えば天国以上の処だ。
 世の中にはなんと英雄的に、劇的に、あくまでも心確かに落ち着いて死んでいくものの多いことよ。死ぬまで自分を偽って「後一秒余計に生きたい」という本心をひた隠しに隠しながら「我死すとも自由は死せず」と、首をがくりと埋めるのである。

◆T。高校二年生だが背丈が150センチほどで身体は小作りである。加えて丸顔ときているから子供らしさが半分を占めている。その童顔には不似合いなキラキラした嫌な目を持っている。私と彼とは高校に入学した時初めて会ったが、彼は始終口元に含んだような笑いを浮かべてそのキラキラする目で私を見つめていた。彼は多少私を知っているらしく(もちろん入学式のとき、私は人から注目されるようなことをしてはいたが)私に興味を持ってもいたらしい。私には未知の存在であった。
 彼は二中の常任委員長であった。
 彼は鼻の高い男である。実際の鼻はその丸顔の中に丸く丸く収まっているのであるが。
 彼は人が誉めればすぐに上がってしまうし、子供扱いにされた優遇を自分の実力と考えてしまう。 
 勉強はできるほうーすなわち実力はあるらしいのだがーなんだか日頃の試験に良い点を取らないのを常習とする。
 戦後大阪京都方面で辛酸を舐めたらしく、その話をよくして聞かせる。父母は長崎のほうにいて、祖父母のところに預けられていた。彼は背の低いのをその頃の食糧事情の悪かったせいにしている。
 なかなか物知りで間違った話を最後まで聞かされたりする。
 父は長崎東高の教諭を長く勤めた人で彼にとっては頭の上がらぬ父である。非常に背が大きいという。
 母は(実の母かは知らないが)十九の春に嫁いで来たとかでまだまだ美しい母である。彼がちょっと漏らした言葉によると「化粧をぺたぺたする癖が直るとよいんだが」。彼と母とは連れだってよく本屋に行き、彼はその手に寄り添って歩くとか聞いた。
 彼と背のあまり違わない中二の弟がいる。
 彼はなかなかしっかり者で授業中私なんかあまりに真面目くさったように思え、他人に変に取られはしないかと懸念して止めてしまうようなことでも落ち着いてやる。彼は京阪神育ちらしいアクセントをもっており、英語の読み方にも一種独特のイントネーションをつける。
 勉強家で英書に辞書片手に覆い被さるようにして文字通り食い下がっている。
 負けず嫌いなところが多分にある。私も彼のために今日ひどい目にあった。性格は明るいほうだ。
 私の隣の席で最前列である。マントヒヒじみた先生から一番前で良くしゃべると共に怒られたことがある。
 気が細かい男で貫禄がない。
 彼がやはり一人の女性を娶り父となるのかと思えば社会とは不思議なところだ。
 
◆学校が勉強を教える処でないなら楽しいんだが。教えることのできない先生が教えようとするところに悲劇がある。教壇に立つ目的をいい加減にしている先生が多いところに不幸がある。生徒が教えられることを嫌うところに一番の悲劇がある。それは可笑しくはあっても楽しくない喜劇である。
◆人に理性のみがあって感情がなかったならば人は人が現れた時に滅びていた。
 誰が後代に子孫を残さねばならないというだけの心で生殖を行うことができよう。
◆官僚(公務員)に「あなたがたは公僕ではないか」と言えば「国家第一の下僕でさえ王様でした」と答えるかも知れない。
◆盛んに統計が行われる。結核の死亡者は○○年は十万人と言ったぐあいに。統計があまりに行き渡ったせいか統計に出た数をそのまま大小を表した数としてしか、人々は感じなくなってしまった。十万の数のなかの最小数の一が一人の人間の死を意味していることに気がつかない。その人がいかなる人生を送ったか。その人は一家の働き手だったかも知れない。その人を看病した人はどんな人だったか。その人は赤貧の中で手当も十分に受けないで死んだかも知れない。その人の死を悲しんだ者がいたろうか。その人の家族は親子心中をせねばならなくなったかも知れない。
 結核死亡者十万人の一人一人にこんな想像を働かせる暇もないほど社会は急速に流れ時は移り変わっている。統計はその一瞬を捉えたものに過ぎない。
 世の中は非人情化しつつある。
◆彼は他人の反対をやることで一生を押し通した。しかし、誕生と死のみは反対にすることはできなかった。彼がこの矛盾に気づいたならば大いなる侮辱を感じたはずであった。ところが深く物事を考える余裕のないくらい死の直前に彼は矛盾を世間の人と反対に考えればよいと考えた。それで彼は侮辱ではなくて勝利を思った。彼は天の邪鬼らしく俯せになって死んだ。

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