日記の部屋1957(02)/Diary1957(02)


(1957/3/1〜1957/3/15)

(2000/12/29掲載)



 

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1957.3.1 Friday

3月1日
 春が世界となった。

 まだ冬にその力を勝ってはいないが暖かい足跡が自然の中に鳴り響いて近付いてくる。
 私は春が好きだ。

 その足音も、その新鮮なみずみずしさも、したたる緑光も、青色の空も、すべて生気に溢れてうごめく春が私にはぴったりする。

 春よ。足音をとどろかせて私1人のために来い。

 私はお前のあふれる贈り物を賞味し終わっても、それを他人に与えないほど欲張りではない。

 春よ。私1人のために来い。

1957.3.2 Saturday

3月2日

 明日から国立第1期校大学の入学試験が始まる。いよいよ1日も余さずに一年を大学入試準備期間として残すことになった。

 さて、頑張らねばならぬ。さっそく東大等の問題は報道されることだろうが、よく吟味し尽くして来年の入試に備えねばならぬ。入学試験問題をどれくらい現在で解けるかが、自信をつけるうえにおいても違おうというものである。さああと1年だ、無駄な長が書きを止めて休もうではないか。

1957.3.3 Sunday

3月3日

中島光恵さんに10枚の便せんの手紙を書く。

1957.3.4 Monday

3月4日

 私は他人がずるずると落ちぶれていったり、どんなにしても上位に進出できずにいるのを見ると哀れに感じたものであったのだが。

 ところが実際に自分がその哀れな状態になってしまったのだ。そして他人に対してもどかしさを感じた私が、いま自分に大いなるがもどかしさを感じながら、やはり不思議でならなかった上位に一歩も進めないありさまを今度は自ら演じることになってしまった。

 科が私だけにあることが、私にとって慰めになろうか。

 わたしはこれから1年間はあくまで絶望してはならない。常に最後の勝利をつかむべくコツコツと努力を続けることが、この1年間の私の任務である。

 もう、がやがや言うべき時を終わった。後にあるのは、

           実行!

 これ以外にないものもない。

1957.3.6 Wednesday

3月6日

 自分の一生に有利であって、眼前のできごとに対しては不利なものと、この反対なものがある時、私はどちらを選ぼう。多くの人は一生に有利な方を選ぶだろうが、一生に有利なことが、眼前の出来事に不利とはどうして言えよう。それは未来に起こることなのだ。

 統計に頼っても良いが、その統計がどれほど正しかろう。そして一生とは、その眼前の出来事を乗り越えうるものであろうか。もしその出来事でその人の一生が終われば、今まで人生に不利だと言われていたものが、その人の人生に実は有利であったといえることになる。

 長い人生にとって有利だというのは若い人にとってであり、老人とっては眼前の有利は、その まま人生の有利なのだ。

 私は学校で科目の選択をやらねばならない。いや実は選んでしまったのだ、眼前の有利な方に。

 眼前の出来事が人生とって非常に大きな価値があるとすれば、もし眼前に不利というごとく不利で、その出来事が全く価値のないものにしてしまうような人生の優利を選ぶのが得策であろうか。その眼前の有利から、その出来事を最大限に人生に有利あらしめれば、人生の不利をいま選択したことに勝るものである。その時になって人生の不利も、有利なっているかも分からないではないか。統計のよりしっかりした眼前の有利に飛びつことも、あながち間違いではないと思うのである。

 しかし、自分の尊敬する先輩が、こっちから来いと示す道を眼前の有利にとらわれて踏み外すのはやはり間違いであろう

 こう言えば、頼りにすべき根拠がなくなってしまって、ますます選択することが難しくなってくる。

1957.3.7 Thursday 3月7日
 入試は人の素質を見るのではなくて、その時の学力を見るのであることをよもや忘れてはならぬ。自分には素質はあるのだがと言ってみてところで、学力が伴わねば入試の敗者とならねばならぬ。それで素質云々を論じる暇にも学力をつけ、入試に入るだろうか、と心配する暇があれば学力を磨け。迷いはもう私から去らねばならぬ。ただ全身全霊を打ち込んで学力増進のために尽くし、精神に落ち着きを与えることだ必要である。私は迷わぬためにも日々同じことを繰り返す必要がある。
1957.3.8 Friday

3月8日

◆私は日に3度悩む。なぜこうまで薄志弱行の徒とであるのかと。

◆私は1日1日、可能を不可能に近寄せている。大学にパス出来る可能を。

◆私は他人にだけ目を向けてそれを羨望する。自分のための目を失っている。

◆野球で5αー3と言っていたのは5xー3でなければ意味がないという。私はそうかそうかといってαでは間違いと思う。それじゃ「カボチャ」を何にするつもりだろう。

1957.3.9 Saturday

3月9日

 私は私であること。すべての環境と、私のすべての精神的動きを含めて私は必然的に私を成立せしめていること。歴史的にも地理的にも私はこの1点に存在する私以外の何物でもないこと。

 私は時々ふっと私が今の環境以外に存在していたり、歴史をさかのぼって生まれていたり、未来の世の中に生活している私を想像する。私の両親が違い、兄弟が違い、家庭の貧富の差が違い、それがアメリカにあってみたりする私を考えることがある。

 しかし、私はあくまで私であるための必要にして十分な条件を備えて現在生きていることに気づく。私は私以外の何物でもない。私を99.98%含めた人がいるとしても、余りの0.1%が私をその人と完全に区別するし、人が似るといってもその似ている点は、全体に比較して0.1%もないことを考えれば、私は私として古今独歩なのである。だから、私は私が私であることを嘆く必要はないし、取り返しのつかないこととあきらめることもない。本当に私は全世界に身体が占める容積以上に独特なものなのである。

 私は未来のことを考える。そしてまたもやふっとこういう気持ちがしてくる。私と同じようなことを考える少年がきっと生まれてくるに違いない。そしてその少年の中に私は生まれかわっているのだと。私は私としての範疇を超えるものではない。私もやはり人生60でこの世から失せる一個の人間なのだ。だが私はその少年の胸の中に私の再生を託すことができる。私は古代の人々が再び生まれ代わってこの世に現れると考えたことに親しみを覚える。

 ここまで考えてくるとはっとするものがないでもない。私が未来の少年の中に生きようとするごとく、私も過去の世界の人々が私の胸の中に生きようとしたのではないかと。私は誰かの生まれ代わりであるのかもしれないと。

 時のある、あまりにも厳しい世界に生まれてきた私だが、もう時を悲しむ必要はなくなった。私は私の再生を信じることもできるし、大昔の人々の再生の姿として存在することもできるのである。神に与えられたこの身体、この生命を、私は定められた年月支配する。そして私は永遠に生きるのである。

1957.3.10 Sunday

3月10日

春は空気をすっかり柔らかくした。このごろの寒さは暖かい寒さだ。どことも知れず忍び寄る春。大自然の大にふさわしい偉大さだ。

◆期末考査がまたまた始まる。必要悪にしては時間がもったいないことが多い。なるだけ入試に関係づけて準備をしなければ大事な時間を失いかねない。

◆このごろはある時に比べて、面白いほど暗記できる時がある。こういう時に覚えなければという気持ちでひとつ頑張ろう。ただし、忘れやすいことも人一倍強いコンディションなのかもしれない。

1957.3.11 Monday

3月11日

準備は早すぎることはないのだ(午前2時)

1957.3.13 Wednesday

3月13日

驚くべし。試験が一日で、1日が過ぎ去ってしまう。朝から晩まで試験試験。準備が不完全極まって睡眠時間がない。またもや午前二時を過ぎた。

1957.3.14 Thursday

3月14日

明日で期末考査を終わる。われに幸あれ。
午前3時半

1957.3.15 Friday

3月15日

 私がこの春休みを最高に使うならば、来春の春休みはとても希望のある春休みになるであろう。

 言うならば、この春休みこそ私のすべての運命を決し去ると言っても過言ではないないのである。それだけに猛勉を期待する。どれほど時を惜しんでも惜しみすぎることはないし、私がいかほど勉強しようとも、し過ぎたとはいえないのだ。否、否、どれほど、いかに勉強しようとも足りないというべき類のものなのだ。もう、本当に一生懸命とかなんとかは、屁でも食らえだ。ただ猛勉あるのみ。

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