1959.8.8
der Sonnabend,der Regen
und der Strum
◆先月の14日午前10時30分発の京都遊覧バスに乗った。
その日はあいにく雨であったが、それでもそれなりに”遊覧”できた。幽暗とかきらびやかさといったものが、雨の情趣に背かぬものであるなら、雨の京都はそれだけに美しく優雅に感じられたのではなかろうか。
静かな落ち着いた古都京都が、雨という最適のバックボーンを得てますますその良さを増しているかの如く思われた。
しっくりと雨景の中に溶け込んで微動だにしない静寂を発散している京という都市の魅力は必ずや旅人の心を捉えて離さないであろう。
清水寺からの眺望は素晴らしく、雨雲に低く閉ざされた嵐山の風情あふるる一景は私の心に藤村の千曲川旅情の歌をこみ上げさせずにはいなかった。
幾たびか栄枯の夢の
消え残る谷を下りて
河波のいざよう見れば
砂まじり水巻き返る
嗚呼古城なにをか語り
岸の波なにをか答ふ
過ぎし世を静かに思へ
百年もきのふの如し
百年もきのふの如しという感懐、それは桂川の岸辺に立つ私にあまりに強烈であった。
伝統というか歴史というか、時代の厚みがどっしりと根を下ろしている都市というものの激しい放射能は、旅人の心を有形無形焼き尽くしてしまうのである。そこでは歴史の偉大さに不感症ではありえないのである。
バスガールの殿上人という言葉に、応仁の乱という言葉に、その華やかさを、その痛ましさを、如実に感得できるのである。
ウワキは取れない植物丼の竹の小枝がバスの窓をパチッとはじいた瞬間、清少納言の枕草子の一章を思い出さざるを得なかったほどに感情が高ぶっていたのだ。
京都それは日本人の心の故郷である。これは真理である。京都という都市の雰囲気は不思議に私の心に安らぎを与え、母の懐に飛び込んだような感懐を与えたのだった。平安神宮、そこには伝統がなかった。明治時代に建てられたそのけばだった建物には私を不愉快にさせるものがあった。三十三間堂の中の空気こそ京都の匂いに満ちていた。
金閣寺、それはすでにこの世になかった。それとよく似た偽物が池のあるさびた雨景に、溶け込むこともできずに、真新しい金箔を無意味に輝かせていた。
京都、それは東京などと違って愛することのできる都会である。心に懐かしい都会である。忘れ得ぬ街である。また行ってみたいものだ。
◆台風6号は九州上陸の予測をはぐらかして日向沖を北上しつつあるらしい。釘で打ち付けられた戸がすっぱかしを食ってしょげている。
◆”去る者は日々に疎し”という言葉がある。日々という言葉は時間的な隔たりを言っているのであるが、日々と言ったような簡単な言葉で空間的な隔たりを表しうるものがあれば、それを日々の代わりに当てはめても最初の言葉は真理であろう。空間的な隔たりが如何に人間の忘却に大きく役立つものか。東京と島原の隔たり。それは意志を通ずるのに手紙で三日もかかる隔たりなのである。
昨日まで大きな比重を占めていた一友人が一人の女の子が一人の先生が今日島原の私になんと軽微な存在と化すことであろう。時間的空間的隔たりが悲しいほどに存在の希薄化をもたらす事実は、やはり寂しいものである。その子を一目見ることで一日楽しかったほどの存在が今の私に何であろう。もはや刺激を重ねて思い出さねばならぬ存在に化しているではないか。
◆愛することは片務的であり得るか双務的でなければならないか。
◆我々が木の実であり、一日一日と熟れていくのなら我々は本来的に強い克己心を持っていなければならない。
◆「男もやはり自分の容貌に関心を持つのね」と言われた時彼の心の中に一種の恥じらいが生じた。「私はつい先頃まで知らなかったわ」
その言葉は彼にとって唐突であった。なんだってつい先頃まで、18歳にもなるまで知らなかったのだ。いや、知るという問題ではないのだ。むしろ本来的なものとして次第に積み上げられてきた自然認識の部類に属することではないか。そんなことを出し抜けに話題に持ち出されて、なんだか後ろめたい心持ちにさせられるのはまっぴらだ。と彼は思った。