僕の日記1955年
1955年11月10日木曜日 天気:晴れ起床:8時20分 就床12時分 
 

11月10日木曜日晴れ起床8時20分就床12時

常識という言葉がある。非具象ではっきり定義するのは難しいが、一般には「普通一 般の世態・人情を理解する識見。時世に適応した健全な思想」とある。自分はここに 前者について述べてみたい。

人間はしばしば常識にかけ離れた行動への衝動を感じる。人の秘事を知りたいという 欲望は多分にその要素を含む。人の日記を盗み見たり、人の読んでいる物をどうして も知りたい欲望がそうである。人の日記はその人自身の物・分身であって、それは公 表され、第三者を目標にするものでない。相手は自分自身でなければならない。それ 故人は日記を他人に見られることを嫌う。私はそれに極度をつけた、その分にもれぬ 人間である。

私が日記をこれまでつけなかった、つけても、その心の反映でなかった 理由もそこにある。 現在私は自分の部屋を持っているが、その私の牙城とも言うべきところですら、しば しば闖入者におびやかされる。私に光を当てて、人の心を分析する光を当てて、私の 心を見れば、常識がその大部分を占めることがわかるであろう。

しかし、その一部 に、焼いても煮てもとれぬ非常識という細菌が根強くはびこっている事実は否定しよ うがない。私の行動を表す、口、手等は多分にこの細菌に侵されている。世界のあら ゆる人もやはりこの細菌を持っている。

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