僕の日記1955年
1955年12月19日日曜日 天気:起床:7時30分 就床:1時00分 
 

12月19日起床7時30分就床1時00分

―どうだった、昨日の映画。

―うん、面白かった。

―君はこともなげに面白いのなんのって言うけれど、ちょっと理由も欲しいな。

―うん、あの映画で、時の流れというものをしみじみと感じたんだ。鮎太が六年の時 13歳であと15,18歳と3年おきに映画は移っているんだが、13歳の時はまっ たく純で素朴と言おうか、まだあどけないぐらいなんだ。それが、18歳になると、 好きならば飛び降りてごらんなさい、と言われて飛び降りるような異性というものに 対してはっきりしてくるんだ。

  鮎太は、あの三人の女性から強烈な印象を受ける。彼の性格もそこから影響されてい る。そして、僕もあの映画を見て、あの三人の女性に憧れたんだ。僕の13,15 (現在15歳11ヶ月)の時、あるいは18の時、あの中の一人の女性でもよい、僕の そばに現れたら、僕というものが非常に影響されるのではないかと思って見てたん だ。

 東北という環境もよい。あすなろうと思い続ける。実に清新な感じがした。最後 のシーンは目頭が熱くなった。

「ヒノキになりましょう」

「明日はなろう、明日はなろうといつも思いつづけているんです」

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