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チビクロの冒険(小説)
黒い子犬「チビクロ」が、大活躍します。小学生から大人までお愉しみいただけます。
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目次
1.ポーランドへ=1 2 3 4
2.アンナ=5 6
3.キジ猫=7
4.いたずらな子供たち 8
5.ボイテック一家 9
6.日本大使館10 11
7.タクシー 12
8.肉屋13
9.新しい家14/15
10.アメリカン・スクール16/17
11.ディナー18(工事中)

ア メ リ カ ン ス ク ― ル

          16







「チビクロったら、まだ眠っているの」

「ポ―ランドにきたら、チビクロもお寝坊さんになっちゃたのかな」

 ミコちゃんとひろしくんが僕の部屋の入口からのぞいています。僕は、出来るだけ知らん顔してたぬきねいりをきめこんでいました。

「ミコちゃんどうする。チビクロ起こしちゃおうか」

「でも、チビクロも散々苦労してやっとわたしたちに巡りあえたんだから、きっと疲れているのよ。今朝は、このまま寝かせておいてあげましょ うよ」

 二人は僕のダンボ―ルの箱の上からのぞきこみながら、ヒソヒソ声で話しあっています。

 これ以上心配かけたくありません。僕は、こっそり片目を開け、いきなり飛起きて、

「ワン」

と叫びました。

「まあ、チビクロったら、起きていたのね。寝たふりなんかして」

「お早う、チビクロ」

 僕は、ダンボ―ルの箱から身を乗出して、二人のほっぺを代わる代わるなめて上げました。これがいつもの朝の挨拶です。こんな挨拶をするの も久し振りです。やっといつもの習慣を取りもどした感じです。

「チビクロ、今日からあたし、ワルシャワのアメリカンスク―ルへ行くのよ。チビクロもつれてって上げるから、早く朝御飯を済ませてね」

「さあさあチビクロ、朝御飯よ」

いつの間にか奥さんが、大きな皿の上に大きな肉の塊をのせてミコちゃんの後ろに立っていました。朝からこんな大きな肉の塊の御馳走なんて生 まれて始めてのことです。でも、こんな御馳走なら何時だって大歓迎です。

「プップ―」

 朝御飯を食べおわらないうちに玄関のほうから自動車の警笛が聞こえてきました。

「ジェンニドウブリ、パヌ。みなさ―んおはようござます。お迎えに参りました」

 男の人の声がします。僕はまだにぎりこぶしほどもある肉の塊を残していたのであわててごくんとのみこみました。ところがそれが喉につかえ てしばらくは息もつけません。

「チビクロ、どうしているの早くいらっしゃい」

返事どころではありません。目をしろくろさせて後ろ足で立ちあがり、前足で口のあたりを一生懸命ひっかきまわしたあげく、やっとのみこめま した。目から涙はでるし、息は詰まるし、やはり食い意地は程々にしたほうがいいようです。

「チビクロ、置いていっちゃうよ」

奥さんの催促です。僕はちょっぴり情無い顔付きで階段を昇っていきました。

 玄関の前には、ピカピカに磨かれた黒い大きなカッコいい車が止まっていました。昨日乗ったタクシ―に比べたら、ブラッシングのいきとどい た若いコリ―犬と泥塗れの少し年老いたマルチ―ズ位の差があります。その傍らに三角形のおむすびを逆さにしたような顔をした男の人が立っています。紺色の 背広を着て、角張った紺色の帽子を深々と被っています。おまけにネクタイも紺色です。両方のめじりが少し垂れ気味で、なんだか眠たそうな顔をしています。 ご主人を先頭に玄関の階段を降りていくとその男の人が車のドアをいきよいよくパッと開けてくれました。

「ワタシは、アドミャックと申します。どうぞよろしく」

運転手が片言の日本語で自己紹介をしました。ご主人が自分の商社の運転手のアドミャックさんだ。長年日本商社に勤めているので、少し日本語 が話せる。今日はミコちゃんをアメリカンスク―ルへつれていって貰うためにきてもらったと奥さんたちに紹介しています。 奥さんやミコちゃんやひろしくんも覚えたてのポ―ランド語で

「ジェンドウブリ、アダミャックさん」

と挨拶をしています。僕も負けずに

「ワンワン」

と挨拶しました。アダミャックさんは、両方のめじりを益々下げて、大きな口を開けて笑いながら、

「ジエンドウブリ」

と一人一人にあいっさつを返しました。もちろん僕にも長い体を折曲げるようにして、

「ジエンドウブリ」

といってくれました。その間にひろしくんはすばっしこく車に乗込み、

「ワ―これは本物のメルセデスベンツだ。スゲ―ナ―。僕のミニカ―よりよっぽどカッコいいや」

 そういいながら、後ろの座席でピョンピョン跳びはねています。僕もひろしくんと同じ様に、そこらじゅう走りまわってピョンピョンやりたい ところでしたが、昨日電車の中でタトゥ―シュにムチでいやというほどぶたれたことを思いだし、車にも静かに乗り静かにしていました。

「ひろし、車に乗ったらチビクロみたいに静かにしなければだめよ」

奥さんがひろしくんに注意しています。  車が動きだしました。ものの十メ―トルも行かないところで

「アッ」

奥さんが大きな声で叫びました。いきなり耳元で大声をたてられたのでアダミャックさんは驚いて飛上がり、頭をゴツンと天井にぶつけました。 奥さんはそんなことには見向きもせず窓の外をみながら、

「ストップ、ストップ」

と叫びました。アダミャックさんは慌てて車を止めました。

「一体どうしたんだい」

「あなたちょっと右側の建物を見てよ。ひろしと同い年位の子供たちが建物の中にも広いお庭にも一杯だわ。そうよ。ここは間違いなく幼稚園 よ。ほら、すべり台もあるわ、ブランコもあるわ」

「な―んだ。我家の斜め筋向いが幼稚園だったってわけだ。これはいい。ひろしの幼稚園をどこにするか、散々頭を悩ましていたのに、燈台下暗 し、とはこのことだね」

「ぴったりよ。正しくおあつらえ向きとはこのことよ。ひろし。あなたの幼稚園が見つかたのよ。さあ、いらっしゃい」

「おいおい、どうするんだ。先にアメリカンスク―ルへ行ってきたほうがいいんじゃないかい」

「まだ充分時間があるわ。善は急げよ。アメリカンスク―ルに行く前にちょっと頼んで見ないこと」

 奥さんは、さっさと車をおりると、ひろしくんの手を引張るようにして先頭を切って歩き始めました。

 奥さんの鼻息が嵐のように荒くなっているのを見ると

――百万人とて我行かん

の気がまえのようです。こうなったら奥さんを止めることのできる人は誰もいません。ご主人もそのことは良く知っていますから、ミコちゃんと もどもその後を追掛けます。僕も負けてはおれません。たちまち奥さんより先にでて幼稚園の玄関先まで一気に走って行きました。振返ると、運転手のアダ ミャックさんは、メルセデスベンツの傍らで、右手で頭を押えながら口をポカンと開けて後ろから皆を見ています。車をたった十メ―トル走らせただけで頭は嫌 というほどきつく天井にぶつけさせられるや、お客には皆降りられてしまうやで、さぞかし驚いたのでしょう。本当に大きな口です。おむすびの逆三角形に口の 丸、これはどこかで見掛けたマ―クです。そうそう、確か、公衆便所にかいてありました。なんでも逆三角形のマ―クが男用、丸のマ―クが女用を意味するとの ことでした。逆三角形に丸のマ―クが重なるとそれはきっと男女兼用ということになるのでしょう。もっとも僕ら犬族には公衆便所は余り関係ありませんが。

 幼稚園は、道路の曲り角にあって例によって緑色の背の高いフェンスに囲まれています。大きな庭にはたくさん木が植わっており、ひろしくん と同じ年頃の子供たちが手を取りあってダンスをしたり、砂場でトンネルを作ったり先生を囲んでお話を聞いたりしています。一番奥まったところに二階だての 建物が立っており、左側の道路から入るようになっています。奥さんがよびりんを押すと若い女の人が出てきました。

「ジェンドウブリ」

ご主人一家が口を揃えて、挨拶しました。その女の人は髪の黒い見かけない家族がドアの前に立っているのに驚いたのか、目を皿のように大きく して、

「モメント」

というとあっというまに奥に引込んでしまいました。しばらくするとご主人よりももっと年をとったようにみえる背筋のぴんとはった女の人が出 てでてきました。さっきの若い女の人は、その人の後ろに隠れて心配そうに様子を伺っています。

 奥さんはニッコリ笑うと、

「ジエンドウブリ」

といいながら、手を差延べました。

「ジエンドウブリ」

中年の女の人はその手を握って、ちょっとだけ笑みを浮かべました。奥さんはひろしくんをその人の前に押出していいました。

「この子をこの幼稚園に入れてください」

それは日本語でしたので、女の人は首を傾げながら、

「ニエロズミエム(分りません)」

といいました。奥さんにはその言葉の意味が分りませんでしたので、今度は奥さんのほうが首を傾げています。僕には『なんのことか分りませ ん』といっていることが分りましたがどうすることも出来ません。すると奥さんは、庭で手を取りあってダンスをしている子供たちの方を指差しました。それか らいきなり女の人とひろしくんの手を取って、音楽に合せて足をリズミカルにはねあげたり、ステップをふんだりしてみせました。女の人は、合点がいったとみ えてポ―ランド語で、

「それではこの子をこの幼稚園に入れたいのですか」

と尋ねました。僕は皆がきょとんとしているのを見かねて、

「ワン!」

と吠えて尻尾を盛んに振りました。

「そうだ。チビクロはポ―ランド語がわかるんだ」
ご主人が叫びました。

「チビクロ、今この女の人はひろしくんを幼稚園に入れたいのかときいたのかい。もしそうだったら、ワンと一つだけ、もしそうでなかったら、 ワンワンと吠えてくれ」

さすがにご主人です。僕を見る目があります。

「ワン」

僕は激しく尻尾をふりました。嬉しくて、もっとワンワンワンといいたいぐらいでしたが、ハイのときはワンというようにということでしたか ら、ワンとだけいってその代わり激しく尻尾を振ったのです。

 ご主人は女の人の方へ向直ると

「タ―ク、タ―ク(そうです、そうです)」

盛んに首を縦に振りました。

「でもこの幼稚園には、外国人は一人もいないし、入れることは出来ません」

そういうと女の人は首を左右に振りました。

「どうも入れることは出来ないといっているみたいだな」

ご主人は僕の方に振り返りました。僕も力なく、

「ワン」

とうなずきました。奥さんは、

「プロシェ、プロシェ、お願いします。なんとか入れてください」

ポ―ランド語と日本語をちゃんぽんにして盛んに頼み込んでいます。女の人はそれでも首を左右に振りつづけています。しかし、ご主人一家は いっこうに帰るそぶりを示さないので、女の人が尋ねました。

「あなた方はどこの国の人ですか。ヒンスカ? ベトナミ―ズ?」

「ベトナミ―ズ? あら、ベトナム人かって聞いているのかしら」

奥さんは一言つぶやくと、突然叫びました。

「ヤポンスカ!日本人!ヤポンスカ!」

女の人の目が急に輝きました。

「ヤポンスカ?」

「タ―ク、タ―ク」

「ワンワンワン」

僕は後ろ足で立上がり、尻尾を盛んに振りました。

「タ―ク!」

女の人は大きくうなずくと、後ろで様子を伺っていた若い女の人に入園用の書類を取ってくるようにといいました。ものの三十秒もしないうちに 若い女の人が書類を持って来ました。中年の女の人は、その書類をご主人たちに示しながら、右手に持った鉛筆で書入れるまねをしました。

「どうも入園手続きのために書類に書入れるようにいっているみたいだな」

「ワン」

僕はかんぱつを入れず相槌を打ちました。ご主人は僕ににっこりし、女の人に向直って、

「ユトロ、ドブジェ?(明日でいいですか)」

と聞きました。

「タ―ク」

女の人はこっくりして初めてにっこり笑いました。にっこり笑うと十歳位若くみえます。僕は嬉しくなってその場を三回ぐるぐる回りました。女 の人は僕の方を見ると、

「お前は、日本から来たのかい」

と尋ねました。

「ワン」

「さっきから見ていると、お前さんが通訳をやっているみたいだけれど、なかなかおりこうさんなんだね。この子が幼稚園に入ったら、時々一緒 に遊びにいらしゃい。私がこの幼稚園の園長だから、日本からの感心な犬として子供たちにも紹介して上げるからね。私はね、日本人を見るのも日本の犬を見る のもうまれて始めてなのさ。だから、入れて上げる気になったんだよ」

といって園長さんは僕の頭を軽くなぜてくれました。僕は、園長さんから思いがけないお誉めの言葉とお招きとをいただいたのですっかり嬉しく なり、目を細めてその柔かい手の感触を味わいました。

「ジェンク―エン」

「ありがとう」

「さようなら」

「ドビゼニア」

 皆でお礼をいって幼稚園を出ました。逆さおむすびの運転手のアダミヤックさんは、メルセデスの運転席でこっくりこっくりと居眠りをしてい ました。

「ミコちゃんがアメリカンスク―ルに入る前にひろしくんの入園が決まるなんて全く運がいい」

 ご主人一家は大喜びです。

「でも、トモコの度胸には恐入ったね」

「言葉はほとんど通じないのになんとなく話は通じちゃうのね。これからもなんとかなりそうだわ」

「トモコぐらい度胸があれば心配なしさ」

ご主人と奥さんの話声でアダミヤックさんは目を覚まし、すぐに車を発車させました。一眠りしたせいかたれさがっていためじりもピンと跳上が り、今度は奥さんに威かされることもなく、無事にアメリカンスク―ルへ百キロメ―トルの猛スピ―ドでふっとばすことが出来ましたから、なんとそこまでたっ たの五分しか掛かりませんでした。

 

         17           

 「昨日私の秘書がミコちゃんの入学依頼の電話をしてOKをとってあるので、だれか出迎えてくれるはずだ」

 ご主人のいうように二階だてのアメリカンスク―ルの玄関口にちゃんと出迎えの人が待っていました。頭はツルツルに禿げているのに口元には ふさふさとしたくりいろのひげをはやした男の人とミコちゃんと同じ年頃の金髪の素敵な男の子です。ご主人一家が車から降りると、口髭の男の人が近付いてき て

「ヨクイラッシャイマシタ。ワタシコウチョウノデイビスデス。ドウゾヨロシク」

と日本語で挨拶をしました。ご主人が思いがけないところで聞く日本語に驚いた顔をすると、

「ワタシ、ムカシニッポンニイタコトガアルノデ、ニッポンゴハナセマス」

ご主人はそれは大いに助かります、こちらこそよろしくと握手をしました。

 金髪の男の子はツカツカとミコちゃんに近付き、ミコちゃんの右のほっぺにチュッとキスをしました。そのときなんと静電気がピッと弾けたも のですからミコちゃんは、両足をまげて僕の頭よりも高くポンと飛上がりました。始めてキスされたためなのか、静電気に驚いたのか分りませんが目をパチクリ させています。ホッペタはもう真赤です。僕たち犬仲間だったら、キスぐらいいつものことですから、あんなに飛上がったりしません。アンナとの時だって僕は 全然飛上がったりしませんでした。もっとも少々赤くはなりましたが…

「ヘ―イ、カムオン(さあおいで)ミコ」

男の子はミコちゃんの手をとってひっぱりました。ミコちゃんは手を引かれながら、たちまち姿を消してしまいました。ご主人も奥さんもあっけ にとられています。

「シンパイイリマセン。ミコチャンガクルコトヲミンナシッテイマス。ダカラムカエニキタノデス。ミコチャンモスグニアメリカンスク―ルニナ レマスヨ」

ご主人たちは心配そうでしたが、校長先生はニコニコしています。

「チョット、ワタシノヘヤデ、コノガッコウノコトニツイテオハナシシマショウ」

校長先生は校長室へご主人たちを案内していきました。僕は、校長先生の話よりもミコちゃんのことが気掛かりでしたので匂いを頼りにミコちゃ んたちの後を追ってみました。

 二人の匂いは廊下を左に折れ一Aとかいた教室へ行き、廊下のロッカ―のところへ行き、それからトイレに行き、体育館へ行き、運動場に出、 階段を昇って図書館へ行き、そしてまた最初の一Aの部屋に戻っているのです。さっきの男の子が恐らく学校の中をくまなく案内してくれたのでしょう。

 僕は一Aの部屋の窓の外から後足で立って精一杯背伸びして覗き込みました。が、それでも少し高さが足りません。そこで少し弾みをつけて ジャンプして見ますと、ミコちゃんは部屋の真中の机に座り、二十人ほどの子供たちに取りまかれてホッペを先ほどキスされた時のように真赤にしながら話をし ているのです。

 一体なに語を使っているのか、何について話しているのか分りませんが、いろいろと身振り、手振りをまぜた話に、赤、茶、黄色、黒といろん な髪の色をした子供たちが愉快そうに頷いているところを見ると、ミコちゃんもそれほど心配なさそうです。

―案ずるより生むがやすし

そう思いながら校長室に戻ると、ちょうど話しも終わったと見えてご主人一家が別れの握手をしているところでした。

 帰りの車の中で奥さんがいいました。

「ミコちゃんはアメリカンスク―ルへ行きはじめたし、ひろしくんの幼稚園は見付かったし、これで子供たちのことはなんとか目処がついたわ ね。あなたは明日から商社勤務が始まるし、なんとなくポ―ランド生活も軌道に乗りだしたみたい。さあ、私も皆にまけないように頑張らなくっちゃ」

「さあ僕も、明日から幼稚園だ。皆に負けないように頑張らなくっちゃ」

ひろしくんが奥さんの口調をまねて言ったので、ご主人と奥さんは大笑いしました。実は僕も、

「ようし、僕もみんなに負けないように頑張らなくっちゃ」

と心の中で呟いたところでしたので、ご主人たちに笑われたような気がしてちょっぴり照臭い思いをしました。

 その日、アメリカンスク―ルから帰ってきたミコちゃんが最初にいったのが、

「あたしにアメリカンスク―ルの玄関でキスした子、男の子かと思ってたら、マリアっていう女の子だったの。赤くなってそんしちゃった」

この調子なら、ミコちゃんも全く心配なさそうです。

 

  (続く)
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