日記の部屋1958(01)/Diary1958(01)

 

(1958/1/1〜1958/1/10)

(2001/12/19掲載)




 

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年月日 曜日 日記本文
1958.1.1 Wednesday 1958.1.1

世ノアリトアラユル人ニ新年ノオ喜ビヲ申シ上ゲマス。
日記君モオメデトウ。

朝からは元日の天候はかくもありたいと思われるような晴れ晴れとしたいい空模様であったが、すでに昼頃から雲が出始めて午後の十時頃からは風混じりの雨になって、今午前一時半になってもなかなか風が強いようである。
ともかくも1958年の1月1日はすでに終わってしまった。
一年の計は元旦にある。と古くから言われているようであるが、私はもう大げさな自己躍進の秘策を立てるよりもわずかの一つでもそれを充分にやり上げたいと思うほどに数々の苦い経験から成長しているように思う。
私はここに一年の計の目標として私の踏み行うべきことを掲げるが大げさではないにしても一番難しい問題であるかも知れない。実行不可能に思えたときはできるだけ今日のページを開いてみて、私のモットーを再確認して行くように努めて行くつもりである。今日のこの気持ちを忘れないことが大切だ。

”強い克己心を持て。””常に、たゆまず”。

あらゆる物を己の目で見、自分の心にかえって反省し、常に判断の主役を己自身に任せねばならない。他人に恥じても、自分に恥じない行動をとること。これこそ私が克己心と私に要求する所以のものであって、これから一年絶えず、

自分自身の目で、自分自身の心で、見、判断して私はあらゆる行動を厳格に”束縛”するのである。
1958.1.2 Thursday 1958.1.2 午前一時
世間がいかに広いかつくづく思い知らされたいならば、新春特別放送とか銘打って十数人もの歌手の出場による歌のパレードにラジオのスイッチを合わせさえすればよい。
まったく色んな歌手が次々と出てくるが、その中の大半が私にとっては嘔吐を催しさせかねない(もっとも正月で私の胃が弱っているせいもあるかもしれないが)発声法で歌うのである。
その大半の歌手がああいう歌い方で(声がそもそもから悪いというのではない)それぞれ生活を維持していけるかと思うと、その生活を支えているファンがいかに多いか、そのファンがいかに異なった興味なり、嗜好なりを持っているか、そのファンをその内部の一角としかしない世間がいかに広いかがわかるのである。私には荒井恵子的歌い方が合うようである。
1958.1.3 Friday 1958.1.3 午前一時十五分
面白い考えが頭に浮かんだらすぐさまこの日記に記録するとしたら、おそらく私の日記はもっと面白いものになるに違いない。
面白い考えに限って、一回水面に浮かんできたが最後、二度と水面に現れて来ないもので、それをすばやく捉えて記録にしてしまわない限り、日記を書くときになってこう書こうと思って思い出そうとしたところでとうてい思い出せない。
もちろん、そのような水底からぶくぶく上がって来たあぶくが水面でぱちんとはじいて消えてしまうような考えを、もっともらしく書き立てるのもどうかと思われないこともないが、やはりそのはかないあぶくにも見るに価値あるものもないでもなかろう。
日の光にキラキラ輝いて出るあぶくは水面ではじかせてしまわずに、首飾りのように並べておきたいという気もする。
とにかく私が苦をいとわないとすれば何か得るものがあるに違いない。
1958.1.4 Saturday 1958.1.4
一月一日 初霜
一月三日 初雪、初氷
◆いかなる日か、私がその一日を満足に生きたと言う日は。
◆いつの日か、かくある日は。
◆・・・・・・・・・・・・・・・・
1958.1.5 Sunday 1958.1.5 午前二時四十分
◆今日は私の誕生日である。
今日から私は満十八歳になる。
法的には結婚が出来るようになったし、ある笑話のようにパチンコもできる歳でもある。
こういった意味合いからも世間は私の中に大人を期待していると言えるだろう。私はまだまだ未熟だし、昨日の子どもが今日からすぐに大人になれるわけがない。大人になるべく準備をしておけば良かったかも知れないが、今更仕方がない。とにかくこれからは言動に大人らしい責任を持たねばならないし、思慮が一段と必要となる。
大人という言葉もあいまいだからそれを正確に言い表すことは出来ないが、一個の人間として社会的に認められた存在態と言えば当たらずとも遠からずであろうか。真の大人としては後二年たたなければ認められないが、この辺りで馬鹿げた子どもらしさから抜け出て精神的な意味でより大人に近づこうと努めるのも、意味のないことでもあるまい。
人間の一生はすべて一回性を持っていて今日は昨日に逆流しない。たとえ「子ども」がいかに懐かしいものであっても、この流れに従って速やかに子どもから青年へ青年から大人へ進んで行くのがいいようである。
1958.1.6 Monday 1958.1.6
今日K.Kさんが来た。
午後二時に来る予定と聞いていたからそのつもりで一人でなにやら用意をしていると時や(少し)早し二時の時報を打ったのである。と玄関を覗けばまさしくjustにこれ過ぎたるはなしぐらい正確に彼女が立っている。
十二月の二十五日に本を返しに行ったとき「お正月に遊びに来ていい?」と聞かれて驚いた。
本を返すといっても玄関に現れた彼女の手に本をのせ、一言「ありがとう」と言ってくるりと後ろ向き一路家路に向かうくらい純真な私だから、まさかその背中にそんな言葉が飛んでこようとは夢にも思っていなかった。
乙女の願いでもないが、頼み(でもヘンか)えーと希望を無下に拒絶できるぐらい情の熱い男でも、心臓の小さい男でもないから、もちろんOK、で月日と時間を決めておいたわけ。
何の目的あってうちに来たのかは全然わからないが、一時間四十分くらい話して帰った。遊びに来いと言いたかったためかも知れないがなかなか平然と交友関係を話してくれるので、この未熟者たる私が今更その仲間と同等のつきあいぶりを示せるか心許ない。
私は全然知らない裏と言ってはおかしいが、学校でただ見ているだけでは見られぬところの色々な話を知っている。それを教えに来るのが同じ組のS君とか。まさに私の感覚外のことがいろいろある。まるで純愛小説を地で行く話がこんなにも近くに、私の知っている人たちの間で私に全然知られずに展開されていると聞かされては、まさに「へえー」と驚くより他に手はないのである。
いつか日記で運動会の時来なかったりかなんかして私に散々書かれた男が--私はこの話を聞いても腑に落ちないくらいだが--彼女の親友のT嬢--私とは小学校の四年生ぐらいの時、本を貸し借りしたくらいの仲だったと記憶する--に手紙をやり映画を二人で見に行き、母親(教員)の同僚の人につけられて母親からつき合わないように言われたとか。
彼女はその男の手紙を見せてもらっているらしいが、難しいことを書いているそうである。その男は英教の時にクラスが一緒になるのだが、まさに人は見かけによらぬものかなとつくづく思わされた。
そのT嬢は大物だそうで、そのS君が彼女のところに”大物を射止めた”という男側の評判も持ってくるものらしい。
Sにしろ、なかなかの心臓のようだ。
「自分はあなたのことを悪く言ってしまったが、耳に入って気にはしていないか」と初めはやって来たそうで「家の人は何も言わないか」と、来るたびに心配するそうである。
こう書いてくると彼女もしたたか者に見えそうだが、どうしてどうして、こういった話が平気でできるくらいだから、まだまだ健やかで、何かしら平然たる心が感じられるのである。
写真を随分写しているらしく、傑作があるから是非見に来いと言う。木曜日と、私の踏ん切りがつくように一週のうちの曜日まで設定してくれたが、はたして私が彼女のうちに出かけたらその目的は何だろう。
彼女がT嬢に一緒に私の家へ行こうと誘ったら、恐ろしいから嫌だと言ったそうで、この心優しき男が恐ろしがられているとはまったくもって、意外千万ではある。私はT嬢に言わしめれば大物で(どの意味かは不明)他の人に分からない人と言われているらしい。
私がT嬢にはいつも同じ顔をしているそうで、ソ連の平和外交転身でもないが、にやりとしてでもやれば恐ろしさも融けるものだろうか(あまり会うこともないようだが)。私はあんがい平気で相手の顔を見ていられる質だから、いつも面白さを相手の顔に見つけようと、学校の廊下や道ばたで出会ってもじっと見ているための表情の固定かも知れない。
私はこんな話は面白いことは面白いが、ただそれだけでにやにやしながら聞いていて別にどうってこともないようだが、やはり時にはこんな話も聞いて人間の面白さを面白がりたいものである。
どうも、真剣にT嬢の母親のところまで出かけていく男の気持ちには昨日十八になったばかりの私には端から見てくすくす笑う以上のものは感じられない。私が恐ろしく見えるのは、私の責任ではあるまい。ただそう言ってみたい乙女の心理なのだろう。二言目には”恐ろしい”と何にでも言っているに違いない。
1958.1.7 Tuesday

1958.1.7

明日は(といっても今日だが)三学期である。
いよいよ高校生活の最後の学期である。(おそらく卒業の見込みはウラニウムの要求される純度のパーセンテージと同じくらいと思われるから。)やはり感慨深いものがある。人間である以上外界のあらゆるものに反応を示して、うれしがったり、悲しがったりするのは当たり前の話だが、ある一瞬にこみ上げてくるような切なさや、うれしさを感ずることはあっても、こうして日記を書きながら、無理矢理に、予想される気持ちを盛り上げるわけにはいかないものだ。
とにかく、あらゆるものが私の人生を決定する方向に私を押しやる速度を速め、私の気持ちを圧倒せんとしている形勢である。
最後の踏ん張りを期待する。

1958.1.8 Wednesday 1958.1.8
人間の一個の存在がいかに素晴らしいか良く知っている。
偶然に出くわした一人をいつも驚嘆の眼差しで眺める。その内部に思いがけぬ宝物をあらゆるものが持っている。それを知り、それを見る楽しみは格別のものである。
しかし、私はついぞ複数の人間に出くわしてそれを素晴らしいと思ったことがない。数倍の楽しみでしかるべきところに私は嫌悪の気持ちしか感じない。なぜだろう。
集団になると自分というものを捨てることが美徳とされているらしい。他人に対して各々があまりに親切すぎる。絶えず相手を喜ばせて、自分を卑下する。考えても見なかったことを興に任せて言ってしまう。他人の立場で判断した妥当的な考えで、協調精神を示す。そして漠然と自分に一番大切と思われることには錠をかけている。
1958.1.9 Thursday 1958.1.9
木曜日なのでK.Kさんのところへ行く。目的もなくて、ただ出かけた。一つの拘束---木曜日に行くと指定したこと---があれば人間は目的なく動ける。毎日、学校に行くようなものだ。
別に大したことも話し合わないが、次第に世間話---すなわち誰と誰とは友達でどういう関係があるといったような話---には馬鹿らしさが見えて聞きたくなくなってきた。自分が関心を持っていない男女のことなぞやはり好奇心以上の心境では聞けぬものだ。悩んでいれば悩んでいるほどなんとなくその男女が軽薄に見えてくる。真実の悩みを持ったことのない私の知るところではないが、いかにも彼らの悩みは真実らしくって私にとって真実には見えぬ影を、いつもなぜだか感じさせる。悩むべきものを取り違えたとこの未熟者には見えるのだ。
明日、話に聞いたフラれた男の顔でも見たら、笑わずにはいられまい。
1958.1.10 Friday 1958.1.10
◆融通が利くと言うことは決して信念強さを打ち消すものではない。融通のある信念強さこそ望ましい。単なる信念強さは頑固以上のなにものでもあるまい。
◆融通をただ単に人に対する思惑のために利かせるのでは、それはこびでしかない。良い結果を生む融通でなければ、それは我々に害になる。その場を丸く収めるための妥協策が必ずしも融通ではない。
◆我々は努力して融通の利く人間になる必要はない。
努力で獲得された融通ほど、迎合的で、没我的なものはない。人本来の正義感に根ざす融通であってみて、もっとも本然的な融通たりうるとともに最後には迎えられるものとなる。


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