| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1958.1.11 |
Saturday |
1958.1.11
血液型と同様に精子などにも色んな型があるという話を探偵クイズかなにかで読んだことがある。
ところで血液型というものは種類が違えば受け付けないものも出てくるのであるが、精子はそうでないようだ。それで同じ種類の動物であれば雌はあらゆる精子を受け入れる。だから日本人が黒人を生もうが白人を生もうが、当たり前に黄色人を生もうが、ちょっとも問題にならない。
しかし、いかにも不思議である。男性にも色々あれば女性も様々である。そのどの一対の間でさえも受精が可能であるという事実は、生物学的に見れば、外観は異なっていても人の本質的な生理は、ほとんど変わらないことを意味しているのかも知れないが、女性の一般的な性質に大きな影響を及ぼしているように思われる。
何とか嬢の言葉に、「男は妻に少なくとも執着するが、大方の妻は夫を愛していない」とかあったように記憶する。我々男性は最愛の女性にとってさえ、一匹の雄であるだけだ。 |
| 1958.1.13 |
Monday |
1958.1.13
In ninetynine cases out of a hundred, it is we who lead ouselves into temptation.
なんと私にとって慈悲のない言葉であろう。そしてなんと慈悲のある言葉であろう。
克己を持つべく踏み出して13日目、この言葉に会合してよろめく哀れさ。
今までの誘惑物を他に転嫁してきたきた私からその虚飾と怠惰をはぎ取って真の裸で、烈風の中に立たしめるありがたさ。
”自身に帰れ”とこの言葉は語っている。その自身は、すでに誘惑を生起せしめず、誘惑に陥らぬ自身でなければならぬ。 |
| 1958.1.14 |
Tuesday |
1958.1.14
恩赦を当て込んで相当悪質な選挙違反が行われているとのことだ。まったく嘆かわしき政治屋どもではある。
天皇は内閣の助言と承認とにより、大赦、特赦、減刑等々の認証をなすことができる(憲法7条6号)そうで、近く行われるらしい。皇太子ご成婚の時には当然恩赦が行われると思っているらしい。
私には恩赦の意味が良く分からない。今までの例からすればその推量も大分確率が高いらしいので、恩赦というものは、不当に刑を軽減するのと少しも変わらないように思われる。
巡り合わせの良い悪いで牢につながれる長さに長短があってはたまったものではない。しかも、講和条約成立による恩赦(1952)の如き、意識的に特定の者に寛大であったりしてはまったくもって馬鹿らしい規定だと思う。
たかが皇太子妃の決定とか何とかに国家的な恩赦が必要であろうか。単に政治屋を助けるための恩赦になるとしたら、内閣は助言を慎むべきではなかろうか。 |
| 1958.1.15 |
Wednesday |
1958.1.15
人生において、一つの経験は、常に一つ以上の代償経験を犠牲にする。
現役で入試に合格したとすれば、浪人生活のあらゆる経験は失われ、浪人は現役入学の経験を失ったことになる。
結婚前に童貞あるいは処女を失う経験は、初夜に純潔で臨む経験の代償である。
経験の一回性は常につきまとう。人生は一つの連続した流れであるから、一度経験してしまったことから抜け出ることはできない。あらゆる経験が常に代償を払わされているという事実は我々の行動をきつく拘束して、慎重にならしめる。悪しき経験のために良き経験を代償にする愚を知るからである。
それゆえ我々は純潔な結婚という良き経験をするために、結婚前に純潔を失うという経験を回避しようと努めるのである。
一度しかない人生であるからあらゆる経験をしたいという考えで、不道徳的なことも、不法なことも、不純なことも、やったほうがましだといわんばかりに、日々を乱行に明け暮れ、淫逸に送る人がいる。彼らには自分の淫らな経験が、貴重な経験を犠牲にしているという考えがない。我々が人生を真面目に生きる経験は、内容的にも決して不真面目な人のそれに劣るものではあるまい。
日々をできるだけ良き経験で充実させ、思い出深き人生を刻むことが我々に生を与えた神が期待したものではなかろうか。生きていることの表現ではなかろうか。 |
| 1958.1.16 |
Thursday |
1958.1.16
中島光恵さんから第八信。
私にとって彼女の存在だけで人生は十分明るいものとなる(かくならしめる彼女の筆力恐るべし)。素晴らしき人に巡り会いつるものかな。
運命?運?
しかし、運は巡ってきてもそれをつかむ意力がなくては役にたたぬ(32年度1月3日朝日社説参照)
とにかく私は素晴らしき人をつかんだ。
彼女は”話せる”人である。私のすべてを包んでくれる広さがある。私の青春が彼女とともにある喜びは生涯忘れ得まい。その喜びの頂点の刻みとして燦然と私の手元に彼女の八通の手紙がある。わずか八通と言うなかれ、分量よりも質だと、私はこのことからして思い知らされたぐらいなんだから。 |
| 1958.1.17 |
Friday |
1958.1.17
東大の漢字の書き取りは一字一画でも一撥ねでも違えばペケになるというので今日熱心に教科書を授業中に睨んで調べてみて驚いた。後のK君に試験してみたところでもやはり惨めな結果を期待通り示すほど我々は右に撥ねるか左に突き出るかも知らずに字を書いていたのである。この文にしてからがそうである。
誤字を示せば、関心。輩出。恋。解放。脈。求。窮。家等々である。これらは、関心、輩出、恋、解放、求、窮、家となっているのである。もっとも非常という字は、非常となっているのもあって、本によって一定していないが、まったく見落としていたところが逆撥ねになっていたりして前途多難を思わせる。 |
| 1958.1.18 |
Saturday |
1958.1.18 午前三時
私には愛のプロポーズをするだけの勇気があるだろうか。私には「あなたを最も幸福にするのはこの私です」と言える自信がない。自分を無理に相手に押しつけたような結果になって、相手が一日一日を堪え忍んで生きなければならないようなふうになったらと心配する。私というこのつまらない存在のために、相手が人生を台無しにしやしないかと懸念する。「私の人生を返して」と言われても私にはそんな芸当はできない。
相手が自分を愛して---ほんとうに愛してくれているかどうかを見抜く力がありそうにない。この上なく愛している人を、自分が愛しているが故にその人を自分を愛するようにするだけの自信がない。
自信なき愛の持ち主は、プロポーズをはねつけられたときの心境を思って、一歩踏み出すのを躊躇する。現在において私はプロポーズする必要もないが、この気持ちが続く限りにおいては私は相手の申し込みを期待せねばならないことになる。しかし、それも私には面白くない。
プロポーズは多分に現在では男性側のものである。そしてその経験は一生に一度(か二度)しかないものである。女にとっても男からプロポーズされる甘美な瞬間は捨てたくない特権ではなかろうか。男は相手にプロポーズを余儀なくさせるような結果に持っていこうとする心組みは避けねばならぬ。
特権というものはただ意識的に持っていたところで使わない以上価値はないのである。そしてその特権は一人の人間には滅多にないものなのだ。経験を得るためと貴重な特権を行使するためにはどうしても私は跪かざるを得ないであろう。愛には不安は付き物かも知れぬ。しかし、その不安が、ある愛の雰囲気の瞬間には消え失せてしまうものだと思う。その瞬間にこそ私は女の前に愛のプロポーズをし、身を投げ出しているに違いない。
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| 1958.1.20 |
Monday |
1958.1.20
あることがあることを、あるときにある方法で、考え出させずにはいないことを私はこの日記を読み返してみて思った。あることを暗示的に書いている(=ある方法)にしても原因たるあることを結びつけて考えれば目的が判然として来ることも確かだと思った。そして、それ故に後から読み返してにやりとしたり、ちくりと胸を刺されたり、恥ずかしがったりするのである。
暗示的に書くのは目的遂行に自信がない証拠であって夢想に等しいものもあるが、完全に不可能と思い諦めてしまっていないところに、その日記も成立したのであろうか。やはり夢想が実現された時の幸福感は夢想をたてるものにしか経験され得ないものなのだ。
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| 1958.1.21 |
Tuesday |
1958.1.21
--六校時はロングのホーム・ルームで解析の時間がこれで終わります。
いつものようにのそのそといそいそと自分の部屋に戻る。
--最後の授業は解析だったね
後ろのUが話しかける。
(何だって、最後だって・・・・)
思わぬ見落としに空洞が胸にできてくる。
(最後の授業だったのか・・・)
解析が六校時まであることを予定に入れて、私は最後の授業を心に銘記することを忘れてぼんやり、いつもと変わることなくその時間を終わっていた。
ホームルーム・ティチャーが
---あと半年たてば、高校の授業が懐かしくなってくるでしょう。卒業生に聞くと「高校時代の方がいい」と誰もが答える。
と。
表面ではにやにやしていてもどんなにか私達の心は寂しさでやるせなかったことだったろう。
もう二度と高校生活での授業を受けることもないと考えると、切々として、失われたものに対する哀愁の心が私達の胸を締め付けてくるのだった。
---今は終わったと解放感を感じて清々するかも知れない
どころではなかった、まったく。
私達は人生の一瞬一瞬が尊い経験を与えながら失われたものになって行くのに一々の哀愁を感ずるほど暇人でもない。しかし、今日、この高校時代の本質が失われた大事件の前には少なからぬ哀切を感ずるのである。
実を言うと今日という日をまったくその大事件を突発事件と等しく受け取るほどにしか準備をせずに迎えてしまったのだ。
高校時代。
私の人生における全高校時代の内容がまったくその成長を停止せんとしているのである。
思い出の中によみがえる若き私の高校時代は一歩として今日の関門を越えることを許されなくなったのだ。ああ・・・とも、るいるいとも、嘆息し、涙をこぼして泣きたくもある。
私に取り返しのつかぬ事をしてしまったという後悔の念が悲しみをもたらすものか。
すでに我が高校時代は取り返しのつかぬものになってしまっている。
明日からは二十五日まで支あごの定期考査。 |
| 1958.1.22 |
Wednesday |
1958.1.22 午前五時四十五分
◆もう、一眠りした後なのである。
今が一日のうちでも最も寒さの厳しい時だ。
◆どんな知識でも持たぬよりはましだ。知識にはもとより卑しかったり、尊かったりの区別があるはずばない。我々が卑しいと呼んだり、高貴だといったりするのは、知識そのものではなくて、その知識の所有者に他ならない。その知識を外部に発表する際に通過せしめる所有者の”賢さ”の働き具合に対する評価なのだ。どれほどの知識も人にとって、多すぎることはないが、"wise"に釣り合わない知識は持たぬ方が"wise"というものである。得てして、wiseに釣り合わぬ知識はwiseさを成長せしめるよりは抑圧するものである。 |
| 1958.1.23 |
Thursday |
1958.1.23
他人の寝顔にしてがそう簡単には見られぬとあっては、なんだか不思議な気がする。もっとも俳優でない限り、他人に対してはごく少数の表情でしかつき合わないようであるから、我々が見る他人というものはごく限られた枠内のもので、寝顔といえばその最も奥にしまっておかれるべき一つなのかも知れないが。
夜行列車の中で一人起きてでも見ない限り、そう多くの寝顔を一生のうちには見ることが出来ない。
もう午前一時半近いから今頃は大方の人々がその人一人の寝顔で安らかに寝ていることであろうが、愛する人や、興味をおぼえる色んな人の寝顔を想像してみるのは面白いことである。ああ、あの人は今どんな顔をしているのだろう・・・と。 |
| 1958.1.24 |
Friday |
1958.1.24
下等動物の中には体中ほとんどが生殖器官で占められているものも多い。彼らの目的は唯一、生殖、子孫繁栄に他ならない。
ところで私は先頃、”青年の主張”で子孫繁殖のために女は存在すると男性から言われた女学生の反駁を聞いた。私はそんなことがぬけぬけと面と向かって言える青年には驚いたものであった。確かに人間の存在がそのことだけのためにあると考えることには賛成できにくいが、人間の中には下等動物並があまりにも多すぎるような気がする。
繁殖という崇高な目的よりはただその快感のために生きている下等人間があまりに多すぎる。この私にしてがそうではあるまいか。 |
| 1958.1.25 |
Saturday |
1958.1.25
自分自身の中に自分自身ではどうにもならぬ無意識の自分がいて、自分にうまく釣り合いを保たせている。英語の筆記体などで署名するときなどは一画一字は決して自覚状態の私の指令ではなくて、一種の手の”くせ”が無意識に働いて妙な字を出来上がらせるのである。
話すときにしても、自分の話しぶりを自分で言える人はまずいまい。常日頃、あまりに気を止めずに考えたことを口先からペラペラ出して話せるのは、まったく無意識の自分のお陰であるから、自覚せる私の意見と違ったことまで言うことがあるのはやむを得ぬとせねばならない。
漠然と無意識の自分が書かせ始めたようなこんな文章を、こんな風に取り繕っていても苦労するのが、この自覚状態の自分の損な役目なのである。
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| 1958.1.26 |
Sunday |
1958.1.26
There is a saying that no man has tasted the full flavour of life until
he has known poverty ,love,and war.
The three conditions embrance about all there is in life worth knowing....(O.Henry) |
| 1958.1.27 |
Monday |
1958.1.27 東大願書を先生に提出。
◆他人の自説を無意識にもせよ、担ぎ廻っているものが多いようだ。
◆我々の会話は大方受け売りで、私などは努めて出典を明らかにして話すことにしている。その方が誤っても気が楽だし、他人が知っているか知っていないかは出典を読んだが否かですぐにも分かるから。
◆危険なのは他人の説を、自分の説のように思いこんでしまうことである。いかにも話し始めはもっともらしくって後になるほどあいまいになってくる手合いのものはこれをやっている。
◆他人から聞いた話を、その人の話したのと手振り口振り、身振り、まったく違わず話すのが妙にうまいものがいる。いったいどの話しぶりが彼本人のものかしばしば問わないわけには行かなくなってしまう。個性味に欠けると言うべきか、そういった独特の個性を持っているというべきか。
◆私は会話はうまいとは思っていないが、今までうまい話し手に出会ったことはないように思う。もっとも多分に技巧的うまさの意味ではあるが。素朴に、ぼそぼそ話すことがうまくないのなら、その判断の理由の不当さはおそらく技巧者を讃える理由の正当さと等しかろう。
その場にふさわしく最も豊かな会話ができる人なら立派な話し手ではある。会話の立派さはその内容にある。 |
| 1958.1.28 |
Tuesday |
1958.1.28 午前六時
書物は常に私の面白き相手であるが、相手として、少し物足りないところがあるとすれば、質問ができないという点である。たとえ印刷間違いであるかに思われても聞くに術なしで、特に参考書等では大弱りする。いくらやり直しても解答が合わないことが度々あって友達同士で合わせれば合うというときなど簡単なのだが、いつもそうはうまくない。
私は自分が間違っていてもすぐ書物を疑るほうだから、二三度やり直して自分の方にちょっと計算間違いなどを発見して書物が正しかったことが証明されたりするときには、まったく顔赤らむ思いがする。そんなときには、やはり××博士の書だけのことはあると賛嘆の言葉でごまかしている。
参考書の疑問を先生に尋ねても、常には確答を得られない(一部否定)。
かえってその内容を説明しているうちに、誤りが誤りとはっきり分かって来たりして、同じ質問を他の生徒にその直後にされた先生が、はてなとまたもや小首を傾げられることもあるのである。
間違いの中には著者の手の内を覗かしてくれるようなものがある。
大学入試などの名の知れた問題は計算は違っていても答が合っていたり、元々の問題が二題だったのを一題出して解いておきながら。さも他の本に模範解答は求めましたとばかり、親切にも二題分の答を載せてくれたり、なかなか面白い。 |
| 1958.1.29 |
Wednesday |
1958.1.29
今日、ロマン・ロラン誕生
◆人はあらゆる経験の抽象物なのかも知れないが、ある時においては、一つの経験が表面を覆い、ある時には他の経験が人の主役を務めていることが多い。数学の計算をする時には、キッスシーンを見た経験は絶対に現れて来ない。
私達がある一つの事を考えねばならない時、それに役立つできるだけ多くの経験を自分の中に求めて来なければならないのであるが、往々にして大切なものを忘れてたり、見落としていたりする。そのためにせっかくの経験が役に立たない。そして常に見落とされた経験はもし有効に使われるならば、彼を数等立派にせしめたかも知れぬのに、かえって欠陥を作るのに役立つ。たとえば、我々ば絶対に経ねばならぬ少年時代の経験が見落とされた時、その人は正常な人ではなくなるであろう。 |
| 1958.1.30 |
Thursday |
1958.1.30
◆一つのことをふっと思い出す。するとあわててそれをもみ消そうと努める。その努力に比例してますます頭にこびりついて離れない。次のものを思い出した瞬間それはもう思い出せなくなってしまっている。
◆一つの事をふっと思い出す。なにか解決されていない問題を持っていたとする。そして先入観的にその解決法が難しいと考えて、またそのままにして忘れ去ろうとする。その時、思い切って考えてみるわずらわしさは、その後のすべてのわずらわしさの数パーセントにも当たるまい。それがまた案外簡単にすらすらと行ってしまうものである。 |
| 1958.1.31 |
Friday |
1958.1.31 午前四時
◆シューベルトの161年目の命日
◆まるで昼と夜と反対に入れ替わったような日々である。あまり蛍光灯の下ばかりで暮らしすぎるせいか目が痛い。依然、どうも私には休みは苦手である。もっとも普通の日にも相当苦手であるようであるが。
とにかく今日は一月三十一日、明日は二月一日である。あやふやさとのんびりさが私にはありすぎて困る。とにかく二月ともなれば、他人を良く見る必要があるようだ。どんなに彼らが一所懸命であるか、その一分間でも見る機会があれば、いくら私でもちょっとは筋金が入ろうとものを。
ベストを尽くす気持、これが私には欠けている。ベストを尽くすことの意義を考えてみようともしない。
何はともあれ、入試が後一ヶ月後に迫ったことを銘記して欲しい。 |
| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1958.1.1 |
Wednesday |
1958.1.1
世ノアリトアラユル人ニ新年ノオ喜ビヲ申シ上ゲマス。
日記君モオメデトウ。
朝からは元日の天候はかくもありたいと思われるような晴れ晴れとしたいい空模様であったが、すでに昼頃から雲が出始めて午後の十時頃からは風混じりの雨になって、今午前一時半になってもなかなか風が強いようである。
ともかくも1958年の1月1日はすでに終わってしまった。
一年の計は元旦にある。と古くから言われているようであるが、私はもう大げさな自己躍進の秘策を立てるよりもわずかの一つでもそれを充分にやり上げたいと思うほどに数々の苦い経験から成長しているように思う。
私はここに一年の計の目標として私の踏み行うべきことを掲げるが大げさではないにしても一番難しい問題であるかも知れない。実行不可能に思えたときはできるだけ今日のページを開いてみて、私のモットーを再確認して行くように努めて行くつもりである。今日のこの気持ちを忘れないことが大切だ。
”強い克己心を持て。””常に、たゆまず”。
あらゆる物を己の目で見、自分の心にかえって反省し、常に判断の主役を己自身に任せねばならない。他人に恥じても、自分に恥じない行動をとること。これこそ私が克己心と私に要求する所以のものであって、これから一年絶えず、
自分自身の目で、自分自身の心で、見、判断して私はあらゆる行動を厳格に”束縛”するのである。 |
| 1958.1.2 |
Thursday |
1958.1.2 午前一時
世間がいかに広いかつくづく思い知らされたいならば、新春特別放送とか銘打って十数人もの歌手の出場による歌のパレードにラジオのスイッチを合わせさえすればよい。
まったく色んな歌手が次々と出てくるが、その中の大半が私にとっては嘔吐を催しさせかねない(もっとも正月で私の胃が弱っているせいもあるかもしれないが)発声法で歌うのである。
その大半の歌手がああいう歌い方で(声がそもそもから悪いというのではない)それぞれ生活を維持していけるかと思うと、その生活を支えているファンがいかに多いか、そのファンがいかに異なった興味なり、嗜好なりを持っているか、そのファンをその内部の一角としかしない世間がいかに広いかがわかるのである。私には荒井恵子的歌い方が合うようである。 |
| 1958.1.3 |
Friday |
1958.1.3 午前一時十五分
面白い考えが頭に浮かんだらすぐさまこの日記に記録するとしたら、おそらく私の日記はもっと面白いものになるに違いない。
面白い考えに限って、一回水面に浮かんできたが最後、二度と水面に現れて来ないもので、それをすばやく捉えて記録にしてしまわない限り、日記を書くときになってこう書こうと思って思い出そうとしたところでとうてい思い出せない。
もちろん、そのような水底からぶくぶく上がって来たあぶくが水面でぱちんとはじいて消えてしまうような考えを、もっともらしく書き立てるのもどうかと思われないこともないが、やはりそのはかないあぶくにも見るに価値あるものもないでもなかろう。
日の光にキラキラ輝いて出るあぶくは水面ではじかせてしまわずに、首飾りのように並べておきたいという気もする。
とにかく私が苦をいとわないとすれば何か得るものがあるに違いない。 |
| 1958.1.4 |
Saturday |
1958.1.4
一月一日 初霜
一月三日 初雪、初氷
◆いかなる日か、私がその一日を満足に生きたと言う日は。
◆いつの日か、かくある日は。
◆・・・・・・・・・・・・・・・・ |
| 1958.1.5 |
Sunday |
1958.1.5 午前二時四十分
◆今日は私の誕生日である。
今日から私は満十八歳になる。
法的には結婚が出来るようになったし、ある笑話のようにパチンコもできる歳でもある。
こういった意味合いからも世間は私の中に大人を期待していると言えるだろう。私はまだまだ未熟だし、昨日の子どもが今日からすぐに大人になれるわけがない。大人になるべく準備をしておけば良かったかも知れないが、今更仕方がない。とにかくこれからは言動に大人らしい責任を持たねばならないし、思慮が一段と必要となる。
大人という言葉もあいまいだからそれを正確に言い表すことは出来ないが、一個の人間として社会的に認められた存在態と言えば当たらずとも遠からずであろうか。真の大人としては後二年たたなければ認められないが、この辺りで馬鹿げた子どもらしさから抜け出て精神的な意味でより大人に近づこうと努めるのも、意味のないことでもあるまい。
人間の一生はすべて一回性を持っていて今日は昨日に逆流しない。たとえ「子ども」がいかに懐かしいものであっても、この流れに従って速やかに子どもから青年へ青年から大人へ進んで行くのがいいようである。 |
| 1958.1.6 |
Monday |
1958.1.6
今日K.Kさんが来た。
午後二時に来る予定と聞いていたからそのつもりで一人でなにやら用意をしていると時や(少し)早し二時の時報を打ったのである。と玄関を覗けばまさしくjustにこれ過ぎたるはなしぐらい正確に彼女が立っている。
十二月の二十五日に本を返しに行ったとき「お正月に遊びに来ていい?」と聞かれて驚いた。
本を返すといっても玄関に現れた彼女の手に本をのせ、一言「ありがとう」と言ってくるりと後ろ向き一路家路に向かうくらい純真な私だから、まさかその背中にそんな言葉が飛んでこようとは夢にも思っていなかった。
乙女の願いでもないが、頼み(でもヘンか)えーと希望を無下に拒絶できるぐらい情の熱い男でも、心臓の小さい男でもないから、もちろんOK、で月日と時間を決めておいたわけ。
何の目的あってうちに来たのかは全然わからないが、一時間四十分くらい話して帰った。遊びに来いと言いたかったためかも知れないがなかなか平然と交友関係を話してくれるので、この未熟者たる私が今更その仲間と同等のつきあいぶりを示せるか心許ない。
私は全然知らない裏と言ってはおかしいが、学校でただ見ているだけでは見られぬところの色々な話を知っている。それを教えに来るのが同じ組のS君とか。まさに私の感覚外のことがいろいろある。まるで純愛小説を地で行く話がこんなにも近くに、私の知っている人たちの間で私に全然知られずに展開されていると聞かされては、まさに「へえー」と驚くより他に手はないのである。
いつか日記で運動会の時来なかったりかなんかして私に散々書かれた男が--私はこの話を聞いても腑に落ちないくらいだが--彼女の親友のT嬢--私とは小学校の四年生ぐらいの時、本を貸し借りしたくらいの仲だったと記憶する--に手紙をやり映画を二人で見に行き、母親(教員)の同僚の人につけられて母親からつき合わないように言われたとか。
彼女はその男の手紙を見せてもらっているらしいが、難しいことを書いているそうである。その男は英教の時にクラスが一緒になるのだが、まさに人は見かけによらぬものかなとつくづく思わされた。
そのT嬢は大物だそうで、そのS君が彼女のところに”大物を射止めた”という男側の評判も持ってくるものらしい。
Sにしろ、なかなかの心臓のようだ。
「自分はあなたのことを悪く言ってしまったが、耳に入って気にはしていないか」と初めはやって来たそうで「家の人は何も言わないか」と、来るたびに心配するそうである。
こう書いてくると彼女もしたたか者に見えそうだが、どうしてどうして、こういった話が平気でできるくらいだから、まだまだ健やかで、何かしら平然たる心が感じられるのである。
写真を随分写しているらしく、傑作があるから是非見に来いと言う。木曜日と、私の踏ん切りがつくように一週のうちの曜日まで設定してくれたが、はたして私が彼女のうちに出かけたらその目的は何だろう。
彼女がT嬢に一緒に私の家へ行こうと誘ったら、恐ろしいから嫌だと言ったそうで、この心優しき男が恐ろしがられているとはまったくもって、意外千万ではある。私はT嬢に言わしめれば大物で(どの意味かは不明)他の人に分からない人と言われているらしい。
私がT嬢にはいつも同じ顔をしているそうで、ソ連の平和外交転身でもないが、にやりとしてでもやれば恐ろしさも融けるものだろうか(あまり会うこともないようだが)。私はあんがい平気で相手の顔を見ていられる質だから、いつも面白さを相手の顔に見つけようと、学校の廊下や道ばたで出会ってもじっと見ているための表情の固定かも知れない。
私はこんな話は面白いことは面白いが、ただそれだけでにやにやしながら聞いていて別にどうってこともないようだが、やはり時にはこんな話も聞いて人間の面白さを面白がりたいものである。
どうも、真剣にT嬢の母親のところまで出かけていく男の気持ちには昨日十八になったばかりの私には端から見てくすくす笑う以上のものは感じられない。私が恐ろしく見えるのは、私の責任ではあるまい。ただそう言ってみたい乙女の心理なのだろう。二言目には”恐ろしい”と何にでも言っているに違いない。
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| 1958.1.7 |
Tuesday |
1958.1.7
明日は(といっても今日だが)三学期である。
いよいよ高校生活の最後の学期である。(おそらく卒業の見込みはウラニウムの要求される純度のパーセンテージと同じくらいと思われるから。)やはり感慨深いものがある。人間である以上外界のあらゆるものに反応を示して、うれしがったり、悲しがったりするのは当たり前の話だが、ある一瞬にこみ上げてくるような切なさや、うれしさを感ずることはあっても、こうして日記を書きながら、無理矢理に、予想される気持ちを盛り上げるわけにはいかないものだ。
とにかく、あらゆるものが私の人生を決定する方向に私を押しやる速度を速め、私の気持ちを圧倒せんとしている形勢である。
最後の踏ん張りを期待する。
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| 1958.1.8 |
Wednesday |
1958.1.8
人間の一個の存在がいかに素晴らしいか良く知っている。
偶然に出くわした一人をいつも驚嘆の眼差しで眺める。その内部に思いがけぬ宝物をあらゆるものが持っている。それを知り、それを見る楽しみは格別のものである。
しかし、私はついぞ複数の人間に出くわしてそれを素晴らしいと思ったことがない。数倍の楽しみでしかるべきところに私は嫌悪の気持ちしか感じない。なぜだろう。
集団になると自分というものを捨てることが美徳とされているらしい。他人に対して各々があまりに親切すぎる。絶えず相手を喜ばせて、自分を卑下する。考えても見なかったことを興に任せて言ってしまう。他人の立場で判断した妥当的な考えで、協調精神を示す。そして漠然と自分に一番大切と思われることには錠をかけている。 |
| 1958.1.9 |
Thursday |
1958.1.9
木曜日なのでK.Kさんのところへ行く。目的もなくて、ただ出かけた。一つの拘束---木曜日に行くと指定したこと---があれば人間は目的なく動ける。毎日、学校に行くようなものだ。
別に大したことも話し合わないが、次第に世間話---すなわち誰と誰とは友達でどういう関係があるといったような話---には馬鹿らしさが見えて聞きたくなくなってきた。自分が関心を持っていない男女のことなぞやはり好奇心以上の心境では聞けぬものだ。悩んでいれば悩んでいるほどなんとなくその男女が軽薄に見えてくる。真実の悩みを持ったことのない私の知るところではないが、いかにも彼らの悩みは真実らしくって私にとって真実には見えぬ影を、いつもなぜだか感じさせる。悩むべきものを取り違えたとこの未熟者には見えるのだ。
明日、話に聞いたフラれた男の顔でも見たら、笑わずにはいられまい。
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| 1958.1.10 |
Friday |
1958.1.10
◆融通が利くと言うことは決して信念強さを打ち消すものではない。融通のある信念強さこそ望ましい。単なる信念強さは頑固以上のなにものでもあるまい。
◆融通をただ単に人に対する思惑のために利かせるのでは、それはこびでしかない。良い結果を生む融通でなければ、それは我々に害になる。その場を丸く収めるための妥協策が必ずしも融通ではない。
◆我々は努力して融通の利く人間になる必要はない。
努力で獲得された融通ほど、迎合的で、没我的なものはない。人本来の正義感に根ざす融通であってみて、もっとも本然的な融通たりうるとともに最後には迎えられるものとなる。 |