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曜日 |
日記本文 |
| 1960.2.1 |
Monday |
1960.2.1
今年も早や、二月。立春も近い。今日などは何となく空気に温もりが感じられた。
二月は、試験の月である。今学年も早や後一月で終わってしまう。今日試験の時間割が発表された。七日で十課目。それに私には他に三語とゼミナールの試験がある。今日からは決して生やさしい心がけでは、過ごしておれない。やはり、自分の全力でもっていい成績を取ろうとすることは、本来的な姿勢であると思う。一生懸命頑張るつもりである。
(午前一時四十分)
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| 1960.2.4 |
Thursday |
1960.2.4
淡野安太郎著「哲学の考え方」の中に次のような話がある。
周遊切符の通用期間の規定の仕方がドイツとフランスとでは違うという話で、ドイツの切符の方には通
用期間二ヶ月と規定してあるのに、フランスの切符には、六十日の通用期間と記載されているというのである。
そこに、両国民の考え方の相違が明確に現れているのであるが、両者が、パリとベルリン間の周遊切符の記載上の、我々なら微細だと考えがちなわずかな点でさえも妥協できないほどに、確立された考え方であるということに、最も私は関心を覚えるのである。
昨日の朝日新聞で出会った、次のような経済ニュースがある。
NYで発行した日本の国債は不評である。その理由は、発行間際まで、時を大体同じくして発行されるオランダ国債がどういう利率で、どういう条件で発行されるかと気を回しすぎたためである。
このニュースが、私を情けない気持ちにする。我々が、周遊切符の二ヶ月と六十日との差を、わずかな取るに足りない差としてしか評価し得ず、そうとしか考えないならば、日本人は、この経済ニュースを、なんの感興も覚えず読み過ごしたことであろう。我々がよしんば切符の通
用期間を現在六十日間というふうに表しているとして、国際空路の相手国の表示方法が二ヶ月であった場合、両者統一による便利さの前に、厳然と六十日間表示を主張できるほどの国民的な考え方の確立がなされているのであろうか。
「否」と答えて妥当としたい。
なぜなら、オランダ側の出方次第、オランダ側の条件次第で、自国の外債の内容を決定してしまおうというこのニュースの中に潜むのは、妥協的な、弱々しい、確立されていない、個性以前の考え方でしかないからである。
これが日本人の考え方であろうか。
もし、そうだとしたら、情けないというのである。
日和見的、両岸的、八方美人的というべきものであって、個性の確立のされていない国においてしか、見られない考え方であろう。
文化の豊かさというものを考えてみる時、国民的思考法が確立されているかいないか、という点が、豊かさの程度を大幅に規定していると言えよう。伝統が文化となりうるためには、伝統は考え方を自己再生産しつつ、その中をかいくぐらなければならないのだ。
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| 1960.2.7 |
Sunday |
1960.2.7
明日は試験のはしりでフランス語。
優は取れようが、大していい優でないことは確か。昨日と今日二夜漬けではあるから、もっと確実な優が取れて良さそうなものだが、何となく乗り気がしない。乗り気がしないと言うか、緊張感がわかない。第三語学だ。優は取るのは簡単だ。という気があるのであろう。あまり誉めたことではない。
二夜漬けと言ったが、本試験で一日、二課目もある日などは、私の場合本当に即席漬けとはなるであろう。 |
| 1960.2.8 |
Monday |
1960.2.8
◆『仏語試験』
これからの試験に対する示唆。
�@基本的な事項を徹底的に暗記しておかないと実際の役に立たぬ。
�A枝葉と幹とを明確に判断して、まず幹の部分から片づけよ。
◆ 桑原武夫氏の評論集---フランス的ということ---の第一章「フランス的ということ」を本屋で立ち読みしてきた。本の発行日が古くて、汚れていなかったら買ってくるところだったのだが。
大変面白い評論だった。我々が漠然と考える、フランス的=パリ的の思考上の欠陥をついて、フランス的なこととは何かに、広い観点からアプローチしている。例えば、フランスの社会的基盤である、プチ=ブルジョアの、歴史的な成長過程を通
して、「フランス人は何よりもまず個人である」ことを実証するという具合に。
今日フランス語の試験を受けたのだが、そのあまりに数多く存在する時称なるものに大いに悩まされた。日本語とフランス語の根本的相違から来る悩みであり、私が日本人であることからくる悩みなのである。
日本語には、外国語--なかんずくフランス語---に見られる明確な時称という概念がないように思われる。その点フランス語は徹底的に、時称上の明確さを持つのであって、我々日本人がフランス的という概念に、”明晰さ”を感知していない欠陥というものがここにも見出しうるように思われる。
我々の多くが、翻訳された文学書でフランス的ということを学ぶ限りにおいては、その複雑な時称の区別
にも、代名詞一個も省略しない精密な思考にも、全然接触しないことになるために、容易に、明晰さを理解できぬ
のではないかと思われる。
先日、私が指摘したような、日本人の迎合便乗性を桑原氏も同じように指摘して、フランス的ということとおよそ正反対のことであるとしておられる。
それなのに、つまり、日本的なことと、フランス的なこととは、それほど正反対の概念であるにもかかわらず、なぜ、フランス文学が日本人の間に評判がいいのか、という疑問に対する、氏の分析は、私には至当なものと思われた。
淡野教授の社会思想史の講義に、エスプリとガイストという問題提起がある。そこに見られる問題提起の方法には確かに桑原氏の言うような欠陥、つまり、フランス的なものとドイツ的なものとの比較に走りやすくて、日本的なものとの比較を見失いがちな、日本知識人の欠陥、があることは是認できるが、その提起した問題の解釈のために、淡野氏が挙げられた事実と桑原氏が挙げられた事実に食い違いがあるのはどうしたことか。一つの美しい解釈のために、事実を切り捨てることは、学問する人なら慎むべきことなのだ。
その食い違いとは、十字路を如何にフランス人は横断するかという問いに対する答を、淡野氏は、一方の交通
が激しく行われている間他の方向の自動車も、たとえ信号灯がない辻でも、神妙に待っている、と断定するのに対して、桑原氏は信号が赤の時ですら、その中を、渡って行く人がいる、とされる点に見出される。そこに桑原氏は、フランス人の自由の精神を見出し、一方、淡野氏は、その前提から、フランス人のエスプリを説かれるのである。
法律に対する、まず最初の反応が、日本人やドイツ人においては、「イエス」であり、フランス人においては、「ノー」であるとする点については、淡野氏は、桑原氏ほど明確には、説明されなかったが、ドイツでは、官庁の命令によるという掲示が非常に多いという解説は桑原氏の説を裏書きするものであろう。
フランス人のプチ根性。<<Merci mon petit>>と言われて驚く桑原氏。生活の画一化を恐れて、近代的なテレビ・ラジオを好まぬ
フランス人の生活が、その実、画一的であること。けちけちと貯蓄し、金銭的に非常に細かく、金銭的な余裕があって初めて、真の自由があると考える、等々、この評論は私にとって非常に興味ある事実を教えてくれた。
少なくとも、今までの私のフランス観を著しく転換せしめ、フランスに対する認識を深めさせてくれた点で、何と安価で(実際は無料)何と高価な買い物をしたことかと思うのである。
「フランス人は何よりもまず個人である」。その四千三百万の人民が一人一人主権者である。という事実の根本的な認識なしには現今のフランス状勢の理解は困難であろう。あの大国にして、アルジェ暴乱が起こりうる、基盤というものを、彼らの個人主義を理解せずには、あの大戦中に見せたレジスタンス精神を理解せずには、とうてい日本人の感覚内に安住せしめることは出来まい。
アルジェ暴乱の首領が、やさしい、いたわりのある扱いを受けているものと私は信じて疑わない。
(午前三時五分記す)
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| 1960.2.9 |
Tuesday |
1960.2.9
◆北野恵子さんから、お手紙
◆ニーチェの「ツァラァツストラはかく語りき」は、一つの圧巻である。天才が自己の内に充満している力を、惜しみなく表白した、エネルギッシュな大著である。ヤスパースが、ニーチェの生活の中でいう如く、どこを読んでも面
白く、自らの文章力を誇示して楽しんでいるニーチェにぐいぐいと引きずられていってしまう。人間というものの可能性への限りない接近を指向している人間の美しい姿を我々はニーチェの中に見るのである。
◆エスプリとガイスト
この課題に対して書かれるであろう答案の恐らく九割以上が、エスプリとガイストは如何に異なっているかについて自己の見解を述べるものと思われる。
そこで私は、この両者を考えるに当たって、そういうふうに見失われがちな、この両者が如何に共通
点を多く持つかという方向からのアプローチを試みてみたいと思おう。なぜなら、我々がヨーロッパに行って感ずるであろうことは、ヨーロッパが相互に如何によく似ているかであって、如何に異なっているかを第一義的に感じうるのは、よほど鋭敏な神経の持ち主を持ってしなければならない(桑原、「フランス的ということ」)のであるから。
我々が日本人である限り、ヨーロッパに行って感じることは確かに、日本とヨーロッパの差であろうし、フランスとドイツとの小さな差異は、日本対ヨーロッパの対決を前にしては問題とならぬ
と思われるからである。
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| 1960.2.10 |
Wednesday |
1960.2.10
夜半、雪になった。
窓の明かりの中に、黒い闇の空から、水泡のように湧き上がってくる大きな白いボタン雪ほど美しいものはない。雪には目まぐるしい動きがある。雪景色のように天と地の間に張りめぐらされた無数の糸が、左右に動くだけの動きと全然趣を異にする動きがある。
雪の動きは点の動きなのだ。まるで大空に輝く、星の一つ一つが我々の頭上に舞い落ちて来るような美しい動感がある。それでいて無限に静的である。静かである。
私が夢の中で落下するように、ゆるやかに落下していく雪には、思わず人を引きずり込んでしまいそうな気持のよい落下がある。我々が、眠りの中に入って行くとき感じる一種の落下感と、生理的な共感を覚えさせるような動きがある。心身ともを委ねきって、疲労感から完全に抜き出うるような、一種の螺旋状の渦を幻覚する。
雪は降る情景からしてすでに快い。明朝、私の前にどんなに素晴らしい雪景色が展開されることだろうか。楽しみにして寝よう。
◆人間の間引きに対する反対意見として、自分自身が、間引きの対象となっていたら、と仮定しての反対は、矛盾する。
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| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1960.2.11 |
Thursday |
1960.2.11
「尼僧物語」は、私が大のファンである、オードリー・ヘップバーンの相変わらぬ
美しいフレッシュな容姿と、なかなかの好演によって、私には、近頃評判の良かった映画である。色彩
も、雨上がりの秋の色のように透明感があり、画面はしっとりと落ち着きがあった。
筋は、一人の少女が、尼僧を志し、尼僧としてのいろいろな生活を味わった上で、ついに還俗するまでを扱っているが、ヒロインの心理的、精神的遍歴がその主題である。
その心の遍歴は、私のような法学を志すものにとっては特に興味深いものであった。法と道徳を私達が論ずるとき、私達が当面
する、上の二つの間の相克が彼女の心の悩みに通ずるように思われる。法格言は、「心の中のことについては何人も処刑され得ない」と言っている。これは、彼女が、ついに還俗した事情を物語っている。
一般的に、道徳は個人を、個人自身の良心の命令に従わしめることである、と言われているのであるが、修道院の要求するものは一片の個人的良心ではない。尼僧たちは、心の中のことでも、他人の足に接吻してパンを乞う処刑をかせられる。法の外面
性に対して道徳の内面性とは、よく言われるところであるが、彼女達は、道徳的であるために、内面
そのものをも、外に、さらけ出さねばならないのである。
従って、そこには一切の人間らしさが失われていく。彼女達が、一般社会に対して見せる慈悲心は機械的な空虚なものでしかない。ミスター・ルークがついに還俗したように、修道院の社会は、あまりにも外面
性が重んぜられる社会なのである。内面の告白も外面的な手続きを通してのみしかわかり得ないならば彼女のように、常に人間的な良心を持ちながら、内面
の外面性を、キリスト教的な無私の中に沈めてしまうことも可能なのである。
そこには人間性の偽りはあっても、真の個人自身の良心の命令に従うべき道徳は生じ得ない。道徳が、単なる内面
性に対する、外面的表出の偽りによって勝ち取られ、心身共にキリストの妾に成りきることが有徳者の資格とされる修道院といった一つの団体が、自我を獲得した人間にとって、いかに虚偽と欺瞞とに満ちた社会として感じられ、ついになじめないものであったかを、この映画は語っている。
修道院そのものの活動は、映画の中にもあるように、アフリカの奥地で土人のために働いたり、戦渦の最中に、病人の看護に当たったり、確かに、価値を有するものであることは分かる。だがしかし、どうして看護に当たる彼女達が、あの何枚も重ねた布が象徴するように、最も人間的な感情を、捨て去ることもできないまま、深くヴェールの中に包み込んでしまわないでは、あの献身的な仕事に当たれないのであろうか。傍目には人間的な行為が、最も非人間的な手によって行われているところに、私は、問題を感じた。
修道院が如何なるものかを知れば、当然、誰もが持つ疑問なら、どちらかに無理がある。
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| 1960.2.13 |
Saturday |
1960.2.13
◆購入
メガネ、レンズのみで1590円。
ズボン 3.500円
◆女の子のそぶりというものの、一つ一つの意味が、まるで手に取るように分かるとしたらどんなにいいだろう。もっともいつも、いつも、関心なしのそぶりしか見せつけられなかったとしたら悲劇ではあろうが。でも、その中の一人の少女でもいい、大いなる関心をちらつかせているとしたら、その時は、大いに自信を持って話しかけられるというものであろう。
ああ、あの女の子は僕には気のあるそぶりとしか見えぬそぶりを見せつけているんだが、如何せん、僕には、そういった妙術の持ち合わせがない。「勘違いしないでね」とやられたとしたら・・・それに、話しかける勇気なんてこの僕には縁の遠いことだし。
でも、あの子の目の動き、いつもの座席の取り方、教室から出ていくときの間の取り方。もう二度も、僕とぴったりくっついて部屋を出たんだっけ。今日は彼女との最後の授業。だから彼女はあんなに積極的だったのに。
ああ如何せん。小心者は所詮悲劇の主人公に甘んじねばならぬようだ。
◆『良薬口に苦し』
良薬が口に苦くなくなっていくのが現代の方向なんだなと、ルゴールの甘い液を喉に塗りながら考えたものだ。風邪薬にしても、昔のようにアスピリンの粉末を飲むようなことはなくなってしまった。糖衣を着た形も整った錠剤を、クシャミ三回ルル三錠とかに操られて、調子よく嚥下しているのが現状のようである。で、これから成長していく世代には、「良薬口に苦し」という格言の意味が具体的にはピンと来ないかも知れない。だが、たとえどんなに現代の物質文明が良薬と口に苦くない方向に持っていくとはいえ、この格言の精神面
における重要さはごうも失われるものではない。テレビやラジオその他の科学的な発達は一見精神面
においても良薬を口に甘いものにしつつあるかも知れない。『戦争と平和』の大著を苦労して読むより、映画でなら三時間半座っているだけで、ことは足りるのであるからと。
でも、はたして真の良薬となったかどうかは、薬の甘さにつられて、その判定も甘いものにならないかどうか。人間の一般
的な欲求からして、口に苦くないものを求めるのはやむを得ないし、また不必要な苦さは科学の進歩によって、取り除かれねばならないのは言うを待たぬ
であろう。しかし、真に我々が真的人間に回復するためには、少々の病菌に負けぬ
、気骨のある身体を作るためには、口に苦い薬を大いに飲まなければならないのである。
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| 1960.2.15 |
Monday |
1960.2.15
岡田明重君の才能を高く買わねばなるまい。なかなか、斬新な優れた表紙のデザインである。我らがクラスのクラス雑誌第一号に対する第一印象はかくて私においては、決定的に良いものとなった。MUKADE。
駒場祭の時にクラスで作った最優秀仮装作品ムカデが私達のクラス雑誌にまでついて廻ることになった。この誌名も斬新なものと言えるであろう。とにかく、編集者諸兄に拍手を送りたい出来栄えの我がクラス雑誌第一号の誕生であった。
読んでこれほど楽しい雑誌というものはそうざらにない。あいつがこんなことを、いや、全くあいつらしい、と、いつも机を並べているやつばかりが書いた文章である。思わず微笑がもれ、思わぬ
苦笑もいたすこととなる。
A5版70頁で220円は高くて安いと妙な表現を必要とする。もっと多くの諸兄が書いてくれたら、ずっと面
白味も増して来よう。次号に期待するや切。
(注:このホームページに収録している「これはキッスで始まる!」は、このMUKADEに掲載されたものである。)
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MUDADE表紙 |
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MUKADE裏表紙 |
| 1960.2.17 |
Wednesday |
1960.2.17
◆多田英語、優と見たい。
◆後、残りが八つになったと言って喜ぶのと、ついに一つ減ったと言って喜ぶのとでは、内容的には同じことを言っているにしろ、感じとしては大いに異なっている。
確かに、今日最初の試験が終わり、後八課目を残すのみとなった。とにかくどっちの言い回しを取るにせよ、嬉しいことは嬉しい。もう、これから九日間は抜け出すことのできぬ
泥沼に足を取られてしまった以上、ただ、時の速やかな経過を願うのみである。 |
| 1960.2.18 |
Thursday |
1960.2.18
日の経つことが極度に意識されていながら、日付が何日かをほとんど意識しない日が、これから25日まで続くことであろう。
今日、二課目終わって、残りは七課目である。
人間なんてよくしたもので、辛い辛いと思いながら、試験の終わるまで、どうにかやっていく。睡眠も不足がち、運動も不足がち、それなのに頭は案外言うことを聞くもので、一学期の時も徹夜した頭で優を取った課目がある。
でも頭は重い。今日はね。 |
| 1960.2.21 |
Sunday |
1960.2.21
課目 評価 (最終評価1960.5.13) 単位
多田英語 優 (優) 1
社会思想史 良 (優) 2
山下独語 優 (優) 2
法学 優 4
生物学 良 (優) 4
増田英語 良 (良) 1
経済学 可 (良) 4
常木独語 (優)
フランス語 良 (優) 1
ゼミナー 優 (優) 1
体育 優 (優) 1
◆以上が予想。五月二十日過ぎに通知表を貰ったら比較すべし。今日はまことに残念にも徹底的な”可”を取ってしまった。問題の把握の仕方が間違ったためとも言えるし、あまりに独創的であったためとも言える。
まあ、これで可の打ち出しとしたい。明日こそは。 |
| 1960.2.23 |
Tuesday |
1960.2.23
◆現金書留8,000円(消印21日で23日に着くとは速いもの)
◆試験終わる。
言い方を換えれば、試験を終わらせたのである。
本来ならば冒頭の言葉は、二十五日の消印のものであって良かったはずなのである。でも、一般
的な情勢に左右される私の弱さから来る逃げが、私をして、政治学の試験を放棄するという態度を取らしめたのである。
誰に聞いても、政治学をフルという。社会科学を三課目以上も取ることはあるまい、と言う。私は、それに負けたのだ。後二日も、ノートと首突きつけている、抑圧感が、放棄してもかまわないのだという安易さに傾きやすい私の気持ちに対して容易に乗ずるすきを持ち得たとしても、それはごく当然のことであったろう。
私はこの決意を、具体的な現実の上に定着することによって、もとに戻る可能性を完全に抹殺する必要があった。それがバイト先に電話を掛けて、明晩から来るむねを告げた、主な理由であったのだ。
ここに、完全に、試験を終わらせる作業を完了し、かくて試験は終わったのである。
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| 1960.2.28 |
Sunday |
1960.2.28
本来なら二月は今日で終わるのであるが、今年は閏年。明日が、まだ二月である。まだ二月だなどとは我ながら無責任なことを言ったもので、”早や”と言い直すべき類のものなのだ。早や二月も明日で終わるのであるかと。
嘆け嘆け、月日は人を待たぬ。失われた月日は、二度と再び巡り来はしない。今年もすでに二ヶ月、まこと、瞬く間に過ぎ去るとはこのこと、あきれかえってはみるのだが、なんて無駄
に時間をつぶす野郎もいるものかと、月日の方に呆れられているようじゃ仕方ない話ではある。
月日がかくも早く過ぎるのも、この頃、ある一事に執着していればこその話と言えば少しの言い訳は立つ。かく言う一事とは、小型自動四輪車の免許を取ろうというのである。今日まで、二十五、二十七、二十八日と三日間通
って六教程はすませてしまったものの、すさまじきほどの涙ぐましき努力は、ほんに月日の経つのを忘れさせるのである。
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| 1960.2.29 |
Monday |
1960.2.29
失われてしまっているとは気がつかないうちに、もう遥か向こうに失われてしまった淋しい人の影が見える。ああ、あの人を傍らにおいてもう一度語り合ってみたいと思い出した時に、その人が遥か向こうに去ってしまっているのに初めて気がつくのである。そうして気がつかないうちに、その人を失ってしまったことが、じんと胸を締め付けて、悲しい気持にしてしまうのである。
今改めて、そういった人たちのことを思いだしてみると、その遙かに長く並んだ人の列の、一つ一つの笑顔が、それだけに悲しみをそそるのである。あの人さえ、この列の中に並んでいる。そして今日一人、あの人が列に加わろうとしている。
人生は、その思い出の中に、毎日毎日、こういう人々の列を長く長くしながら、人々に、ヴィオロンのため息に胸ふたがせ、悲しみの情と懐かしみの情とを教えるのであろう。
今日の私は悲しい。ああ、彼女をその列の中に見て。
◆
春。
その語感の温かさ。
春。
そのリズムの軽やかさ。
春。
この調べの懐かしさ。
春。
その思い出の美しさ。
春。
この小娘の愛らしさ。
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