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曜日 |
日記本文 |
| 1960.3.4 |
Friday |
1960.3.4
映画鑑賞「北北西に進路を取れ」「アンネの日記」。
どちらもいい映画だった。それぞれ違った意味において。その批評を書く気力は、午前一時四十分近い今となってはないのが残念だが、自動車教習所へ、毎日午前七時少し過ぎには起きて熱心に通
っているためのものしてお許しを願いたい。
北北西の方は、なかなかシャレた感じの映画だし、アンネの方はアンネの清純な魂の美しさを戦争の醜さ、その逆境の中に於いて強く感じさせた。
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| 1960.3.14 |
Monday |
1960.3.14
物事をもっとも悪く考えて、現実はにつかわしい。現実の重みには、如何なるカラ頼みも耐え得ない。深く徹底した現実の分析による、将来への予測以外の何ものをも、我々は信頼してはならない。将来への予測等というものは所詮人間の慢心のなせる技で、もっとも悪く考えた考えたつもりのものも、生ぬ
るさを免れ得ない。現実はそれより厳しい。現実には妥協はない。だが、人間はそのカラ頼みを裏切られて、成長していくものなのだ。
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| 1960.3.14 |
Monday |
1960.3.14-2
『ドン・カルロス』
読み始めたら止められない作品をこの頃読んだことあっただろうか。ドン・カルロス、このシラーの戯曲は私をとらえて最後まで離さなかった。
感動が私に襲いかかり、胸を押しつぶし、瞼を熱くした。次から次へと展開していく場面
が、常にその後に来る場面に対する関心を益々高めて、胸の高鳴りの一刻も休まる暇もない。まことに構成の巧妙さとでもいうのであろうか。
そこに美しい人生の知恵をちりばめて、その深い内容は、随所に人生観察、人生洞察の深さに対する賛嘆と感激を覚えさせる。
感情のもつれ合い、葛藤、そう言った、人生の複雑な形相を、文字通り、劇を見る観客にしみじみと分からせてくれる。人と人との誤解の悲しさ、一堂に会して腹蔵なく話し合えば、本当に何でも片づいてしまうことがいつも悲劇を生むのだ。人を信頼することの如何に困難かを教えてもくれる。
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| 1960.3.23 |
Wednesday |
1960.3.23
昨夜映画を観た。題名は『十三階段への道』。帰り道、一人の若い女性が言っていた。「気持ちが悪かったわね」と。日本語の、いや私自身の乏しい語彙の中では、あの多くの場面
に対して最初の感想を”気持ちが悪い”とその女性が使ったのとまったく同じ言葉でしか表すことができない。ニュルンベルクの被告達が二度と強制収容所の記録映画を見ることを拒んだように、私も二度とこの映画を見ようとは思わない。ましては現実において、あの映画と同じような場面
を私は見たくない。
気持ちが悪い。この感想はもっとも初歩的な、幼児的な表現であるかも知れない。しかし、たとえ、どんな科学的な論拠によって主張される戦争反対の叫びでさえ、その出発点においてこの感想から無縁のものではあってはならないであろう。気持が悪いもの一般
に対して、私達が抱く、嫌悪感、憎悪感、排除したいという欲求、あってはならないという直感等々の中から戦争反対の根底を持った叫びは出発すべきであって、観念的な嫌悪感、損得ずくの科学性からの戦争反対者は、昨夜の映画を見ることによって、自己の動揺を暴露するであろう。
あの映画は二度と見るべき映画ではないと同様に、同じような映画は、これから二度と作られてはならない。しかし、一度は作られねばならない映画であった。そして、全世界の人が等しく見るべき映画なのだ。全世界の人が等しく見て、等しく”気持ちが悪い”という感想を持つに至ったとき、戦争否定の主張は、なんと力強く世界を征服することであろうか。
一度はあの現実は直視さるべきものである。そして、永久に人々の脳裏から消え去ってはならない。真迫性を云々する時に、記録映画は、現実に次いで、いな、ある場合は現実を越えて、最高の位
置に立つことさえできると思う。冷静な編集者達が、我々が見落としてはならないあらゆる細部的は要素までも引っ張り出して見せてくれるとき、現実は一つの高圧電流の張りめぐらされた鉄条塀によっても遮断されうるものであるからだ。
強制収容所の至る所に無数に転がる死体と廃人の場面に、吸い付けられたように目を凝らしている観客達の黒いシルエットの沈黙した静けさは私には異様であった。あの無数の死体と、それを映画によって見ている我々との対比。数から言えば死体の山の方がはるかに我々の数よりも多いであろう。過去の悲しさは、それが如何なるものであっても現実を越えて力を有し得ないということである。
我々はあくまで主体性のある観るという態度を保留することができた。一歩映画館を出たら私達は自由に笑うことも、はしゃぎ廻ることもできる。それが私達の現実であった。しかし、映画も現実を語っていた。無惨と悲惨の限りの現実を語っていた。
レンズの一望の下の死体の数と同数にしか満たない観客はしかし、あくまで見ていたのである。我と我が身を、あの死体の中に置くことはできなかった。ガス室にツメの傷跡を残す立場とは、その着飾った観客との間にあまりにも隔たりがあった。その映画から観客達は一つの事実を知り得た。ああした現実が、”あった”という事実を知り得た。しかし、ああした現実が”ありうる”とまでどれほどの観客が想到したであろうか。自らの行動一つでああした現実を”起こらしめうる”とまで真剣に考えたであろうか。安保改定に対して知らぬ
と答えた五十パーセントの人のうちあの映画を見た人もあるであろう。そして再度の調査にまたも知らぬ
と答えるとするなら、その人は自らの気持の悪いという感想を大事にしなかった人である。”ありうる”とまで想到し得なかった人である。自らの態度が起こらしめていることに気がつかない人である。
日本人が、”ああ、江田島”と、涙を流すとき、ドイツ人は十三階段への道を作った。もはや戦後ではないと十五年前の現実を忘れ去ろうとしている時、ドイツ人は、十三階段への道を持った。現実直視の勇気は我々日本人の最も不足しているところだと思う。臭いものにはフタ。これが現実に対する日本人の対処法である。国会における安保改定の審議一つを考えてみても日本人の現実に対する対処法がうかがえる。
私は今、あの映画館を大入り満員とし、目を凝らして見ていた人々に期待したい。現実を見る勇気を我々は養っていかなければならない。現実をよく見てから、我々は主張すべきを主張しよう。
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| 1960.3.30 |
Wednesday |
1960.3.30
どんな小さなことでも良い、ものを完全に成し遂げたときの喜びは、決してそのものの大小には影響されないのだから。どんな小さなことでも良い。それを完全に成し遂げるならば。どんな小さなことでも良い。成し遂げたときの喜びはどんなにか大きなことであろうか。
遂に小型自動四輪自動車の免許を獲得した。免許証は来月二日に貰いに行く。先月の二十五日京王自動車教習所に入所してから三十五日目である。
本当に苦労させられた。免許されてみると苦しみも楽しい思い出に醇化されそうだが、とにかく、三十五日前は自動車に関して赤ん坊同然だったこの私が免許所持者となっている事実は思い出の醇化には役に立たぬ
ことはあるまい。教程数は二十八だから普通だろうが、卒業試験は二度受けさせられた。それはまさしくショックであった。
まあ、今日の筆記試験は無事一度で合格したのであんまり悔やむこともないであろう。
今日の問題は難しい、との一般評であった。同じ京王の同窓生たちが十人程度一塊りになって発表を今や遅しと待ちかまえていた。”もうすぐ発表”があまりに早めに発表されて、ずいぶんと気を揉ませたものだ。自分の番号の見えるところに散らばると、あっちでもこっちでも心配だ、大丈夫だ、とうるさいこと。僕の側には京王の女の子が二人いた。二人の人の番号は百番台で僕の四百五十番よりよほど前である。
一場の興奮が今や極まって、ランプがつき始めた。どよめきの渦、悲喜こもごもの嘆声。人間喜劇第一景。その女の子の番号は知らなかったが、ないわと言って肩に手を置き合っている。顔が赤い。「なかったの」と我ながら二人とも見事に落ちてしまったのに心配になりながら、ランプの走るのを見る。番号一から、一つずつ点いていくのだから、四百五十番はやりきれない。合格率は極めて低いままランプが走っていく。京王の男二人がやって来て、どうだと聞く。
女の子が二人とも落ちたと言っている。二人の男は喜色満面、合格したと一目で分かる。しばし彼らは、「良かったわねー」とか、「残念だったね」と慰めたり、うらやんだり。
女の子の一人が、僕の番号は「何番ですか」と聞く。「四百五十番」。まだ、ランプは二百番台。待つ身の切なさ。全部が見ているんだから、落っこちていたら大変である。さて、ランプは百五十、二百五十、三百五十の合格を灯しだした。「この調子では、きっと四百五十番も大丈夫だな」と独りよがりを口にしつつ、ついに四百番台になる。
ランプがチョン、チョンと近づいてくる。あの時のキンチョウ感というものは凄いもの。身を切られる思いとはこのことであろう。ランプが一つ点くごとに、身がきっと鳴るみたい。一定の速度で点ってきたランプが四四八番ではたと止まってしまった。
一瞬はっと息を飲んだ。時間がかかるということは、いいことではないからだ。さっきなんか一編に十四、五番先のランプからつき始めたんだし。周りの仲間は全部百番台だから、さっきから四百五十番だけを見ているんだ。隣の二人の女の子と言えば、僕と同じぐらい緊張して見ているんだから始末が悪い。頭がまさにじーんとしかかり、絶望感に身を委ねたくなる誘惑に剣が峰でこらえ、絶壁の頂上に危うく爪をかけて踏みとどまったような心の態勢で目を凝らしていた。
思わず飛び上がってたね。
口から歓声がほんとに飛び出していたね。
隣の女の子二人だって同じさ。飛び上がったし、歓声を上げたよ。背中をたたき合ってね。興奮した赤い顔で笑って僕の方を見たね。「良かったわねぇ」って。
四四九、四五〇って二つ続けざまにパッパッと点いたんだ。
いや、胸をなで下ろしたね、嬉しかったね。安心したよ。女の子には気の毒だけど、嬉しさは隠せないね。
「ショックだったね」、と女の子に慰めを言ったけど、「アタシたち、最初からあんまり期待してなかったからショックでもないわ」って、負け惜しみ言うんだ。おお、愛らしいオトメよ。
二人とも本当に可愛らしい顔をした小さな女の子なんだ。だけど一人は二十六教程、もう一人は二十九教程と、僕の高校の同窓の伊東さんの三九をはるかに凌駕して優秀なんだ。帰りのバスで、この伊東さんも七六点で落っこちたことを知った。三人とも七六点なんだって。
「一つ間違ってつければ良かったわ」って、伊東さん。
明日は必ず合格してみせる、と三人の女性達の張り切ること。
「試験は何回受けてもいいんだろ」と僕。「あわてることはないよ、気長に受けにいらっしゃい。そのうち同じ問題にでも、ぶつかるから」
合格したものの言である。女性群の悔しがること。
ともかく、こうして、男性群は比較的高合格率で、女性群は惨敗の成績で、試験は終わったのであり、私は免許を獲得し得たのである。まずはめでたし、めでたしで、私のここ一ヶ月の努力が、この宿願達成で、やっと報われたのである。
一切の費用を合計すると一一、〇六〇円。また、時間的な損失は莫大なものであろうが、冒頭にも書いたように、どんな小さなことでもやり遂げたという事実以上に貴重なものはないのである。
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