日記の部屋1957(05)/Diary1957(05)

 

(1957/4/22〜1957/4/30)

(2001/10/7掲載)



 

日記の部屋1956indexへ

1956(01)へ 1956(02)へ 1956(03)へ 1956(04)へ 1956(05)へ 1956(06)へ
1956(07)へ 1956(08)へ 1956(09)へ 1957(01)へ 1957(02)へ 1957(03)へ
1957(04)へ 1957(06)へ 1957(07)へ      

 
日付index
1957/4/12 1957/4/22 1957/4/23 1957/4/24 1957/4/25 1957/4/26 1957/4/27
1957/4/28 1957/4/29 1957/4/30 1957/5/1 1957/5/2 1957/5/4 1957/5/5
1957/5/6 1957/5/7 1957/5/8 1957/5/9 1957/5/10 1957/5/11 1957/5/12
1957/5/13 1957/5/14 1957/5/15 1957/5/16 1957/5/17 1957/5/19 1957/5/20
1957/5/21 1957/5/22 1957/5/25 1957/5/26 1957/5/27 1957/5/28 1957/5/29
1957/5/30 1957/5/31 1957/6/1 1957/6/2 1957/6/4 1957/6/5 1957/6/7
1957/6/8 1957/6/9 1957/6/10 1957/6/11 1957/6/12 1957/6/13 1957/6/14
1957/6/15 1957/6/16 1957/6/17 1957/6/18 1957/6/19 1957/6/20 1957/6/21
1957/6/22 1957/6/23 1957/6/24 1957/6/25 1957/6/26 1957/6/27 1957/6/28
1957/6/30 1957/7/1          

 

今日(2001.10.7)から、新しい日記帳の連載を開始する。最初の日付は1957年4月22日である。私は17歳、高校三年生である。日記帳の奥付は次の通り

自由日記(A5判 定価300円)

編 者    育英版日記編集部

発行者        藤田周二

印刷所    大勝印刷株式会社

      東京都文京区関口町68

製本所   株式会社 小高製本所

      東京都港区芝佐久間町2の1

本文用紙   日本製紙株式会社

(別抄)  東京都中央区銀座2の3

-----------------------------------

発行所   育英日記株式会社

   東京都台東区浅草向柳原1の39

   振替東京154765番

   電話(85)4683番

------------------------------------

   *装幀  山崎蓮三*


年月日 曜日 日記本文
1957.4.22 Monday

1957.4.22
 見も知らぬあなたに、これからお手紙するという興奮で私の胸は舞い踊っています。あなたから私はもちろん一通の返事も期待いたしません。しかし、あなたは私の手紙をこばむことをしないで下さい。私があまりにしきりと手紙するからといってお読みにならないのならかまいませんが、無慈悲に私の手紙をそのままお返しにならないで下さい。

 今、私をとりまいているのは雨音です。もう、幾日になりますか、このところ雨ばかりの天候です。日本の家屋構造から言って雨くらいいやなものはありませんね。たたみが湿ってしまって気持ちの悪いことといったらありません。それに不精者とて敷きっぱなしの布団が水気を帯びているんですよ。全く、雨よ早く上がれと言いたくなります。
 この雨ほど私に雨の雰囲気を示さない雨はありません。雨は、いつ見ても耳にしてもなにかしら私の胸に哀情を呼び起こすものでしたのに。放射能があったんではありがたくないためでしょうか。しかし、やはりなにかしらしょうしょうとして降る雨は人の心に響くものを持っていますね。

 私もいよいよ高校三年になりました。高校三年からくる語感には相当デリケートな複雑なものがあります。私たち三年生にとって今年がいかなるものであるか。私たちがいかなるものにしていくかということが一生、全世界、全宇宙、天国への鍵よりもまして意義のある一生、を大方決めてしまおうというのですから大変なわけです。
 私はいまさらながら私のふがいなさをかこっています。どうにかしてやろうという気力が欠けている私。いったい私は人の人生をただ全世界より大切だと考えるだけの認識ですませてしまおうとしているのでしょうか。あなたに聞いても仕方がありませんが、もし機会がありましたらご叱責くださるようにお願いいたします。

 それにしてもとりまく自然が美しい緑色をし、暖かだと言うことは嬉しいことですね。

1957.4.23 Tuesday

1957.4.23
”ドライなロマンティスト”、すばらしい呼び名ですね。
ちょっと気の利いた作家でもこんな言葉を発明することはできないでしょう。

 所詮、人間はドライだけであったり、ウエットだけであったりできるものではありません。だからドライという語感とロマンティストという語感が渾然と融合してその複雑な人間性をそれこそロマンティックに表現したすばらしい人間性の呼び名だと言えると思います。あなたの強調された部分を十分に言い表していると思います。もちろんあなたの奥にこの”ドライなロマンティスト”に反する要素が多く存在することは私にもわかりますが。

 こう言ってくれば私は”ウエットなリアリスト”と言えるかもしれません。私というただ現にリアルにそして未来と過去に涙する人間を新聞の見出し程度には表しているでしょう。

 ポープやらの言葉に人間の真の研究問題は人間であるという言葉があります。一番身近にありながら一番わからないのが人間であるのはどうしてでしょうか。身近以上に身の内に存在する私自身にしろ私にはあまりに大きすぎる研究問題であります。とうてい私の短い一生のうちに知り尽くすことなくして私は生涯を閉じねばならないでしょう。そしてこの”私”という単純な、あまり気をつけずに使っている言葉が圧倒的に広く難解な意義を持って迫ってくるのにどうすることもできません。私という言葉はいったいこの阿部毅一郎という人間を他人にどう紹介しているのでしょうか。あなたが私という言葉からただ簡単に割り切って感じられるであろう一般の人間の形をした物体以上の意味を持たせてこの私という言葉を使うことはできません。この私は・・・・

1957.4.24 Wednesday

1957.4.24
 人が生まれる前に人の世はかくあるものである、死の存在する世界なのである、ということを知っていて生まれ出てこの世に現れるか、それともそれを拒絶するかできるものとしたらどうでしょう。あなたは現在に存在しない方を選ばれたでしょうか。私は、やはり現在の状態をその時望んだでしょう。

 ほんとうにこの世に死があることくらい悲しい定めはありません。しかし、死があってこそ人の世であり、文化が存在するのではないでしょうか。この世であがき苦しみ、生活し、快楽をつくし、勉強し、そしてそれが名声の一生であったとしてもいったいその名声を反射する山はいずくにあるのでしょうか。山びこは返ってくるのでしょうか。たとい返ってきたところでそこにはすでにそれを耳にする人が存在しないのです。

 あなたは”生きるということに疑問を感じたら聖書のページをめくるのも良いことだ”と書かれました。私はすでに聖書のページをめくっているべきだったのでしょう。

 死は絶対であり、且つ人に絶対存在するものなのです。その絶対の壁に気づかぬ人もいれば、壁にぶつかってへなへなと崩れ落ちる人もありましょう。しかし、ある人々はその壁を乗り越える力を有しています。シェイクスピアにしろゲーテにしろその壁を乗り越えた人だと言いうると思います。たとえ山びこは聞こえないにしても、人生という人に一度しか与えられていないものを冷静に判断して使ったことはその人にすでに死を超越しきった心境を与えたと思われます。人生が死によって余儀なく終止されることを知って人々はおのおのの人生のプランをたてねばならぬはめに落ち込むのです。

 人生、これは非常にむなしいものかもしれません。しかし、一人に一度きりしか存在しないのです。この絶対の経験をいかなる内容で埋めるかがただ人に託された仕事なのです。ある人はデカダンスに生きることを内容に持ってくるかも知れません。なぜなら、それを経験しなければ永久に経験することはできないのですから。

 私はまじめに生きましょう。なぜなら、これを経験しなければ永久に経験することはできないのですから。

1957.4.25 Thursday

1957.4.25
 今日は久しぶりに美しく青い空を見ることができました。雨に洗われて自然は生命を光らせてその色彩を誇っているようです。黄緑のあの輝き以上にフレッシュな美しさを持つものはないと思います。畑の土も水気があって足を入れると靴が埋まってしまうほどにもぐってしまいます。去年植えた桃の若木がいっぱいに新芽を吹き出して非常に元気な様子で、成長が楽しみです。自分で植えた自分の木であるというだけで強く愛着を感じるのは面白いことですね。早く実よ成れ桃の木というところです。

 木というものは命の続く限り成長を止めないそうですが、私の植えたこの桃の木の生命はいつまで続くのでしょうか。私を越して更に何年何十年と生きるかも知れません。もちろん私の死んだ後だれがこの木を植えたと知る人もなく、その実はちぎられ、食に供せられることでしょう。木の一本にもさびしさを感じる私はあまりに神経が過敏なのかもしれません。

 春のあまりに激しい生命の躍動は人間の生気を圧倒してしまいかねません。しかし、私達は若さを持っています。なんら盛春の生命力に劣らぬ力を有しているはずです。化合が触媒によって盛んになるように春の力を私たちの溢れる青春の力の助力物としてなお一層盛んに燃え上がりたいと思います。

 来年のこの黄緑の世界に圧倒されてしまうかされないかは今年のこの時の結果そのままであるといえましょう。春をもし無意義に過ごしたら人の一生における青春と同じく人生にマイナスするところが大きいと言わねばならないと思います。

 自然は春、我が身は青春。人生の最も美しい時かも知れません。現実に美化に心がけるべきでしょう。

年月日 曜日 日記本文
1957.4.26 Friday

1957.4.26

 サマースクールの時の写真で”私がどこいら辺にい”るのかお教えすることを私はあなたから頼まれたわけですね。
 私はさあ困ったと思いました。なぜなら文通しやすい条件に私は全然相手にとって未知の存在であり、相手は私が少しは知っている関係にあること以外にないと考えていたのですから。それであなたは第一信で”残念ながらあなたをおぼえていません”と書かれたのが私にとっては残念でした。あなたが残念がることが私にとって最も望むところだったのです。私の第一信で身長がどのくらいだなど知ってもつまらないと書いたのもこういうことにならない”牽制策”のつもりだったのです。
 「田園交響楽」のマリサのように私の姿にあなたは盲目であるほうがいいのかもしれません。立派な手紙を書く秘訣はお互いに対座して話しているよう書くことだそうですね。私の手紙はどっちみち立派ではありませんが対座しているようにして書くとしたらますます悪いものになりそうです。私というはにかみな内気な存在が光り溢れるばかりのあなたと対座したら一言も口が利けなくなってしまうでしょうし、私は聞き手としてへたな技術しか持たないでしょうから。
 ともあれ、私の顔をお見せいたしましょう。
 ”どこいら辺か”と不定形で尋ねられた時は不定形で答えるのが礼儀正しいやりかたでしょうが礼儀知らずの私のこととてご勘弁下さい。まず私を知る前にあなたはサマースクールの写真をとりだしてどのお方かを見当つけてください。あなたは多分間違うでしょうから、その方に失礼かと思ってお方といったまでで、もし的中していましたらお方のところは奴にでも訂正されて結構です。その当たったか否かを是非今度聞かせて欲しいのです。

1957.4.27 Saturday

1957.4.27

雨(3)、晴(1)、曇り(2)
I had the examination in phisics and mathematics. I am afraid that the result is bad in phisics. But I think the result will be good in mathematics.

あなたは私の夢の世界に存在しています。
あなたからの手紙は夢の国からの手紙です。
あなたを神聖化するといって怒らないで下さい。
あなたは17歳の少年の心に仰ぎ見る存在が必要なのをご存じのはずです。
あなたの一から十まで知りたいという気持ちが私にあるのをあなたはご存じでしょうかした。
あなたは今すでに眠っていらっしゃることでしょう。
あなたの夢の中を覗きたい気がします。
あなたの寝顔が見られたらと思います。
あなたが私の胸の中に存在するとき心がいかにほほえんでいるか、踊っているかあなたは知らないでしょう。
あなたと同じ時を生きていることが私の心に美しい明るい灯をまたたかせます。

1957.4.28 Sunday

1957.4.28

 修道女という存在が私にはわからないのです。
 ビルマの若年僧の存在が私にはわからないのです。
 彼らは比較的若年で俗世界から離れて生活を始めます。彼らは世をはかなむにはあまりにも歳が若すぎますし、十分世の中を見尽くしているわけでもないでしょう。彼らにその道をとらせた動機ないしは環境というものを私は知りたいと思います。どういった理由で彼らは欲望を抑圧する生活に自ら進むのでしょうか。
彼らの楽しみとはいったい何でしょう。全く純潔に生きることが人間にとっていかなる幸せがあるのでしょう。純潔であるべきその心に欲念が湧けば純潔のためにそれに怯えねばならないでしょうし、純潔であることが神のお膝元に一番近づける方法だとしたら神のお膝元とは神とはいったい何でしょうか。
 彼らは若年にしてそれらすべてを悟りきって俗世を捨てるのでしょうか。彼らの存在価値がわかりません。
 普通の人間のように人間生活を送ることを拒絶するというのはこういったことをけがわらしいととするからでしょうか。もしそうだとしたら人間が当たり前に生きることがどうしてけがわらしいか知りたいものです。
 修道生活は欲念をできるだけ抑制して生きることを良しとしているとすれば人間に欲念があることを認めてそれを無理矢理押し込めておくというのは返って人間性そのものから外れた不潔なことにはならないでしょうか。その非人間的なところが純潔と言われ、神に一歩近づくものならば神とはあわれな存在に思われます。

1957.4.29 Monday

1957.4.29

天皇誕生日
快晴
◆五月の美しさは例えようもなく迫ってくる。
柿の木のあの新芽の鮮やかさは、黄緑の世界にあっても飛び抜けている。

◆初めて自分のひげを剃る。ひげといってもまだぼやぼやとした程度のもの。なかなかうまくいかない。

◆たとえ私が宿命論者だったとしてもあなたと私の結びつきまでを運命であると割り切るわけにはいかないでしょう。なるほど宿命論ぐらい面白く筋が通っていく理論はありますまいから、徹底的なその主義者に言わしむれば、これも彼の好餌かも知れませんが。
 私が東京に出かけたこと。あなたが私と同様サマースクールで学ばれたこと。あなたがその性格を発揮して私の心に残ったこと。私が敢えて六ヶ月後に手紙を出したこと。そしてあなたが私にもっとも望むところの人となって返事に現れたこと。----これが単なる前世からのものでしょうか。

 人というものはまことに不思議なことをこの世でやってのけます。私とあなたの関係以上に不思議なことでこの世は満ちあふれていましょう。人がその一生をまったくのドラマとして繰り広げるために選んだこのステージ、地球。
 人と人とが永遠の一点で巡り会い結ばれ、そして永遠にこのステージのライトのなかから消えていく・・・
 永遠の一点であなたが私に存在するということが非常に大きなことに感じられるのです。お互いが百年後には存在しない身であり、同じ歳に生まれたということ。
 偶然と必然の関係を私に再び思い出さしめます。世をはかなむ以上にあなたが私の心に占める比重は大きいのです。あなたは私の心に非常なうれしさ、幸福感を与えるのです。この踊り出したくなる心でいったいどんな生に悩めばいいのでしょう。しみじみと生の歓喜に酔いしれたくなるのです。この心がすでに百年後には完全にこの世に存在しないことを知りながらも。
 この白いペンを握り締めた手は、骨すらもこの世から消えてしまうことを知りながら、私の浮き浮きした心をあなたに伝えるために働いてくれるのです。

1957.4.30 Tuesday

1957.4.30

 明日からいよいよ五月ですね。

 五月(さつき)!何とさわやかな感じを与える言葉でしょう。西洋では五月が一番美しい季節であると、なぜこの五月を西洋通らしい説明で片づけるのでしょうか。日本において一番美しい楽しいときと言っていけないことはないでしょうに。

 風薫る五月。何と日本的な美しい五月の呼び名でしょう。ここに日本が誇るに足る五月が存在すると申せましょう。

 ところでこの五月から来年の入試まで後ちょうど十ヶ月しかないことを指折り数えて知ったときの驚き。ほんとうに無頓着過ぎる私ですね。一刻も停滞しない時に対して。

 さあそろそろ一生懸命になっても良い頃でしょう。


トップへ 

前へ

次へ

ホームへ