日記の部屋1957(06)/Diary1957(06)

 

(1957/5/1〜1957/5/31)

(2001/10/15、16掲載)



 

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今日(2001.10.7)から、新しい日記帳の連載を開始する。最初の日付は1957年4月22日である。私は17歳、高校三年生である。
年月日 曜日 日記本文
1957.5.1 Wednesday 1957.5.1
新約聖書を図書館で開いてみたのです。
私の心をひきつける多くの言葉で満ちていました。
私は聖書を一番最初から見る必要はなかったのです。
一番初めから見て、あまり心を動かされなかったのは不幸でした。ただぱらぱらとめくってそこから読み出せば良かったのです。
伝道篇第七章。
過ぎ去った日を今よりなぜ良かったかと言うなと言う句や、賢人の戒めは愚人の歌に勝るとか、死ぬ日は生の日に勝るとかという言葉を今思い出します。すべて比較級を使ってありました。いちいちなるほどなるほどと言って読みました。
聖書、私にとっても決して不必要な存在ではないと思います。
1957.5.2 Thursday 1957.5.2
私は少なくとも天然色映画の緑と木の緑と空の青に不満を持っていました。ところが、私の目の前の自然が私があまりに青すぎるとかあまりに美しく緑に輝きすぎるとか思っていた映画の色と全く同じ、もしくはそれ以上に鮮やかであったとしたら私はあえて不満を抱く必要がありましょうか。それほど、それほど、美しかったのです。--今日の空と楠の若葉とのコントラストは。
ああと思わずため息を漏らせて悠々と雨の上がった日の光に溢れた世界にその青と緑は存在していました。もう一つああとため息を漏らさせました。年年歳歳花相似、歳歳年年人不同の句が。
永遠にこの美しさは人の心を楽しませることでしょう。しかし青も緑も私に対する関係と同様にただ突っ立っているだけのことでしょう。
1957.5.4 Saturday 1957.5.4
天国への道とは?
私にはいま天国も地獄もない。
あるのは現実の私と
死後は無と考えることだけだ。
「花咲き匂う天(アメ)の御国(ミクニ)へ
たどる道を照らし給え」とは?
「永遠(トワ)の栄え」とは?
私はキリスト教の聖歌の純粋さに心惹かれる。そして強く心を覆う何ものかを見る。
聖歌は意味を追うものではないかも知れない。
ただ感情が揺り動かされてそこに宗教的なものが存在すれば十分なのかもしれない。その時私は一瞬
「身も心も永遠(トコシエ)に捧げまつる神」を見る。
1957.5.5 Sunday 1957.5.5
映画「居酒屋」と「野生の誘惑」に行く。両方とも黒白。フランス映画。
「居酒屋」のマリア・シェルはやはり評判通りの立派な演技であった。画中の人物にひどく同情したり、人物をひどく憎んだり、自然とさせられるのがやはり訴える力の強い優れた作品と言えるなら今日のはその中の第一に位する。
私は胸で何か感じたらしくひどく胸が重い感じがする。何を感じたのか自分にもわからないのだが、それもしかたがない。
あまり感動させられなかったのはなぜか。マリア・シェルが演ずる女はやはりエミール・ゾラのいた当時にしか存在しない女であるように思われる。しかし、案外ああいった女も身近に存在しないとも限らないのかも知れない。私の目の及ぶ限りには見あたらない。
率直に言って貴重な四時間を割くのに応え切れたとは思えない。マリア・シェルの演技を除けば。
1957.5.6 Monday 1957.5.6
私は入試まで後300日もないことを深く深く自分にわからせようと懸命なのです。この気持ちがあなたにわかりますか。
私は自分自身を見損なって来たと今になって思うのです。
私はいざとなるときっと一所懸命に努力するであろう自分ばかりを夢見てむざむざと過去の貴重な時を必要以上に多く割きすぎたのです。
300日もないことが普通の人にとってどんなに圧迫であるかをあなたはご存じでしょう。しかも私のようにすべてを残された時間でしてしまわねばならない者にとってそれがいかなる苦しみ、あせりを生じさせるものであるか。あなたがたとえ三つの子供であったとしても、当然一所懸命になっている私が想像できることだと言うのに、現在の私を見てください。
ああ、いっそのこと死んじまえと言いたくなります。そして再生した新しい努力のある人間に私は私の夢を託したいのです。
1957.5.7 Tuesday 1957.5.7
あなたは私が四日に出した手紙を受け取られたはずです。私の手紙を出した後の悔やみようたらありません。
「ああ、何て馬鹿げたことを書きつるものかな。ああ、あれも書くべきだった、これも書いとくんだった」と。
あなたが手紙をお受け取りになることは非常にスムースに私になんらの刺激を与えずに行われます。だから、もちろん三日の経過であなたが手紙を受け取られただろうと推測するだけで、あなたがいかなる気持ちでいかなる顔をして手紙をお読みになるかが皆目わからないのです。
相手からの直接的な反応がないくらいつまらなくするものはありませんね。しかし、あなたの手に私のあの拙文があって、ほほえみの一つでも受けているかと想像するだけで、なにかしら幸福感が感じられ非常にくすぐったいのです。
あなたのお返事の一日も早からんことを期待しつつ。午前1時40分。
1957.5.8 Wednesday

1957.5.8

「購入」
◆「入試正解」420円
◆「歴史の見かた」90円 和歌森太郎著 社会思想研究会出版部 32年2月25日発行第1刷

民謡の踊りは見ているだけだとそのあまりの単調さに驚かされるものだが、実際自分がやってみる段になると一回やそこらでは覚えられたものではい。その点スクェアダンスとか言ったものは単調らしくないように見え(多くはそのテンポに軽快さによるものかもしれないが)て、覚えやすいことは無類であると思う。
第一我々には日本的踊りの素養が全然ないのだから形を決めることを知らないし、足の運び方もわからない。それで目で先生のやるのを真似るだけだから勢い難しくなる。それも実際あまり動かずにお話になるたった一人の先生を350もの生徒全部が至るところから注目せねばならぬわけだから細かいところまではわからない。まわりに色んな見物者がいることがまた発達を遅らせる。
色んな条件の結果、運動会の当日まで間に合わせるのがなかなか困難に思われる三年男女による民謡踊りである。

1957.5.9 Thursday 1957.5.9
12日に運動会が行われます。
1957.5.10 Friday 1957.5.10
今日も過ぎゆく。
1957.5.11 Saturday 1957.5.11
人は何と単調な日々を嫌うことでしょう。
毎日毎日、灰色の空ばかりを見つめ、肌に湿気で飽和した空気を感じ、しめっぽい匂いにむかつき、雨の音を終日耳にし、水くさいものを日に三回食べ、むさ苦しい寝具にくるまって送るこの単調さ。
すべて、雨、雨。雨の責任である。
1957.5.12 Sunday 1957.5.12
私の人生が一日延びて存在し、あるべき一生が一日減少した。
1957.5.13 Monday 1957.5.13
運動会があった。
大学の事情につまびやかでないから大学での運動会の有無や情況についてはわからないが、私の最後の運動会と言って良いだろう。最後の、少なくともこの最後は島原において私が参加する運動会のうちでなら確かな意味を持つ。最後、何と寂しさのこみ上げてくる言葉ではないか。人生の来るべき日、そのいかなる日にも運動会は存在しないのだ!
あああわれ、
泣けど、手をさしのべようと
帰らぬ日はすでに存在する。
あの筋肉を隆々と躍動させ、
豊満な乳房をリズムに、揺すぶった
人生の経験は過去のものと永久になる。
百年否五十年後にすら存在しえないであろう肉体があまりにも喜々と踊り狂い、あまりにもたくましく、あまりにもふくよかに、生に充満して、存在するのが、たまらなくやるせないのだ。
熱狂する肉体にかいま精神の無常を感じ一心に演技する若くたくましくふくよかな人々に悲しみを感じるのだ。
最後本当にこうしてグランドを一心になって走る時ももうないであろう。用具係りという一番責任重大な係りを精一杯やり挙げた。このむなしき世はかく努めてこそ生きがいもあるのだと思った。最後というものを認識して、最後の経験なのだと思ってやり通した。
もっとも人生そのものがすべてのその内容とともに最初と最後の両方の意味を持つ経験であるのだが---。
1957.5.14 Tuesday 1957.5.14
文学を完全に読みこなすことは私にとって一生や二生でできるものではないだろう。だから現在の読み方はおおよそ不完全なものである。
私が文学を読む場合、その時深く考えていたことに関連したことが出てくるとそればかりに強く心を奪われて、その文学の一番主要なものを見落とし勝ちである。
モーパッサンの「首飾り」を読んで、私は人生のむなしさばかりを考えていた。首飾りが「まがいだった」ということがわかったとき、その失われた十年間を誰が取り返すことができようぞ、本当に人生とはへんてこなものだと胸を締め付けられて読んだ。
先生はこの文学の主要なものは今まで人生に対して不誠実だった女が誠実な実際生活の上にたって物を考え見るようになったことに意義があるのだとおっしゃった。
主要な物を見落としては、文学は読んだことにはなるまい。

年月日 曜日 日記本文
1957.5.15 Wednesday 1957.5.15
美とは何でしょうか?
誰も答えられますまい。
世の中には何と多くの美人がいることでしょう。そしてそのどの二人とも相似でないでしょうに。各々が美を持っているのです。一体何がその女性に存在して美人なんでしょう。ああ美しいと思わず賛嘆して一遍に好きになるような女性は私の胸に何を訴えたのでしょう。
本当に美人であることは幸せです。女性は心さえ美しければよいとなぜだか知りませんがすでに小さいときに教えられていました。しかし姿が美しくなくてなにが女性でありましょう。心も姿も美しい女性が存在しないとでも言うのでしょうか。例え心に魔性を帯びている女性でも美人の方を男性は好きなのです。
心が美しいと言うのもかえって美人の方に多いのじゃないかと思われます。ああ、私は美人に生まれて幸せだというゆったりとした心持ちからと、不美人に生まれつくとはと世を神を呪う心持ちからと、どちらからよけい美しい心持ちが生まれてきましょうか。
美人は男性が作り出すべきものなのです。不美人が男性にもてないとすれば、自然の法則は次第にすべての女性を美化していくでしょう。そのときまた、美の要素が変わって、今まで美しいと言われた姿が不美人の典型とされるかも知れません。美とはたぶんに相対的で時代的だと言えるのかも知れません。
1957.5.16 Thursday 1957.5.16
すでに歴史的空間的に私がここに存在したことを否定することはできないのだ。確かに私は存在している。この事実。驚くべき事実ではないか。存在の不思議。顕微鏡下のあの小さい細胞ですら存在を主張している。そして死滅。その転化の驚くべし。
あらゆる人間が同じ存在を与えられる。歴史に名をとどめた人もこの存在のうちに名をなし、一生奴隷の名もなき人にもこの存在があった。
存在の多様性。そして私の未来の存在の可能性。その存在を自らの手で絶ちうる唯一の存在物たる私。存在内の努力が存在を意義あらしめ、不努力が自ら存在を消すことになる。現在の存在と未来の未知なる私の存在内容。未知はすでに現在の存在の志向のうちに包含されて芽を伸ばしている。
1957.5.17 Friday 1957.5.17
人間はいたずらに醜に眼を背ける必要はない。
男が女の女が男のありのままを知って悪いことはない。人間の醜さを全面的に見つめよ。
人間の醜悪から眼を逸らしたところにしかほんとうのヒューマニズムがないと言うなら、そんなヒューマニズムを信奉せぬことだ。互いがどん底の人間に開眼しその中から真の何か心の暖まる活のヒューマニズムを創造してこそ本当だと言える。
そして人間の醜と言う言葉から離れよ。
人間そのものであることがどうして醜であり得よう。そのままのずばりが本質であり、本性を離れた人間から醜と言われても気にすることはない。ありのままが一番よいことは真実なのだ。人間の浄化は尊くもあり又すこぶる危険でもある。
1957.5.19 Sunday 1957.5.19
部屋に飾ってある、赤と桃と白と黄のバラが今黄を最初としてハラ、ハラと音もなく畳の上に落ちてまるで大海原のヨットのように軽快にやりの形をして並んでいる。
バラの美しさ。
花の命は短くて、・・・
点滅する二つの思い。
1957.5.20 Monday 1957.5.20
全くの上天気。純紺。純緑。ちょっと運動しても汗をかく。
1957.5.21 Tuesday 1957.5.21
ケセラセラなるようになると思っているのでもあるまいが、私は準備を精一杯時間をとらないようなやり方で行う。こう書けばなんだか時を節約でもして有効に使っているように聞こえるかも知れぬが、その実は、時の使い方を誤っているのだ。
できるだけ身になるような時間を過ごすことを避けて避けて、あわてふためいても時間がない土壇場まで自身を追い込んで、その時に息を切ってあえいでいる。更に悪いことには、時間がなくて仕方がなかったのだというその上に安住しようとしているのである。
私くらいこの世で努力のかけらもしない者もいまい。ほんとに私は私の親として子の私にどれほど泣かされたか知れやしない。どうか一所懸命努力してくれと親が泣いて懇願するのをすげなくはね除けるぐらい、この子は当たり前のこととしている。---まるで私の家のように。
私は私の親の小さな権力を与えねばなるまい。そうしなければ子の私は言うことを聞かないだろうから。私は社会の家族制度で家長権の復活に反対している。それにもかかわらず一番身近にその復活があるとはあまりにも矛盾してやしないか。
1957.5.22 Wednesday 1957.5.22
24日から定期考査。明日からあわてふためいて準備をしなければならぬ。今2時15分。もちろん23日の午前である。
学校から帰ってかならず眠たくなるので布団に潜り込むと、目覚ましの音も耳に入らぬくらいぐっすり眠ってしまう。そして夜は少しも寝付けない。どこかに狂ったところがある。
1957.5.25 Saturday 1957.5.25
物事を理論的に科学的裏付けを持ってすることがいかに有効であるかがわかった気がする。
国語の先生の解説の中で全く文法的根拠から数カ所誤りを指摘した。こちらの理論に少しの狂いもないのでさすがに厚顔の美先生も「全くその通りでした」。
それにつけても今まで私の反駁の仕方があまりに非論理的ではなかったかと思われて冷や汗が出る。
1957.5.26 Sunday 1957.5.26
女子大生が暴行されて絞殺された、というニュースがある。人はどういう関心をこれに示すだろうか。
このごろの世相はいちいちたった一個の生命が奪われることに強く反応を示さない人間を作りつつある。私とてその例外ではない。各人は自分の生命に対してさえ強い関心を持っているとは言い難い。私はこの場合も断固として関心が強いと言えない弱みがある。しかし、人の生命がいかに尊いものであるかを思う。
それにつけても女子大生がたまらなく可愛そうになってくる。歳は二十歳だという。私がもし二十歳--いや現在が一層切実だが--でそうしたつまらない事件のためにこの世を去らねばならないことになったとしたら私はあの世でいかにその事件を憎むだろう。この世に誰が何と言おうと何兆の金があろうと絶対に絶対はありえない。あり得るとすればあの世とこの世の境目の一点があるのが全部をひっくるめて一つなのだ。
ああ二十歳!何と尊い人生がその行く手にあったろう。たとえ貧のどん底の生活であったとしても私はあえて生きていくだろう。生きるということそれこそ人のすべてなのだ。最も尊く誰もが尊重すべきものの極みなのだ。
加害者は「彼女の声に魅力を感じてあんなことをした」という。なんてへんてこなすべてであろう。彼女は死に、加害者は生きている。彼のちょっとしたことが人の一生を奪い去った。ああ、恐ろしい。思えば淫欲のために何と多くのへんてこなことがこの世に繰り広げられることであろう。男のあさはかな行動で人生を台無しにする女は数知れない。
人の死に対して、人生を台無しにされることに対して償いがないことが最も決定的なことなのだ。私の--すべての人の--生命に対して補償がかけられないことに対して私は胸を痛みつけるのだ。人はこの一日が彼の人生を一日減らした一日と考えてはならない。彼の人生が一日延長した日なのだ。現在と未来の間は生と死の間である。私はすでに後0点の後に0を太陽まで並べた1秒後の世間に死を超越したものになっていても不思議ではない。
やがて(だがいつだかわからないが)来るべき死の時も現在の現在の未来を覆う時そのままなのである。あらゆる時はすべて人の死に向くように刻まれる。そして又あらゆる空間に---いや私の内部にこそ--死に至らすものが満ちている。
人の一生を続けることはこの時と空間の中のただ一縷の生の道を曲芸的にわたっていくようなものである。そしてその道はあらゆる事に敏感に反応して、様々な形態をとる。運命の嵐がいつ通行不能な道にしてしまわぬとも限らない。
すべて運命といってしまえばそれまでだがいかにもこの世は悲しくはかない。
女子大生に私は言うべき言葉を知らない。
加害者に私は何と言ったらよかろう。
彼は償う力を持った神ではないのだ。
1957.5.27 Monday 1957.5.27
◆中島健蔵「昭和時代」岩波新書

日本で初めて年号が立てられたのは645年で、「大化」がその年号であった。
それから現在に至るまでいくつかるか私にはわからないが年号が次々と立てられた。
日本史に年号が出てきて閉口するし、天皇の何年と有り難がって言うのも面白くないものだ。まったく馬鹿げた中国の真似である。中島健蔵氏に言わしむれば『「昭和」が年号の最後になるべきだ』そうである。私も大いに賛成である。天皇の即位とか言ったものがはたして歴史的にそういった大きな意義を持つものであろうか。意義のないものを祭り上げて不便がるのは馬鹿らしいことだと思う。最後の年号たる「昭和」に生きる我を幸せと思う?
1957.5.28 Tuesday 1957.5.28
◆ネバダで水爆実験

私がいかに知らぬかを本を読むたびに思うのだが、私が生まれ育った「昭和時代」についてもいかに無知であるかを知ってただ驚くばかりである。大正に入るかも知れぬが関東大震災について私が知っていたことといえば漠とした非常に大きな地震があって、東京のほとんどが炎上し、浅草の十二階建てが崩れたぐらいのものであった。
ところが今日中島健蔵氏に教えられたことによると色々な社会政治問題が帝都を焼く煙よりも黒く覆い被さってまったく異常状態に日本があったときだったそうで、氏の話は生々しく、私の身にも伝わってくる。
全くここ三十年の歴史を知らず歴史的思惟なんど出来たものではなかろう。無知より恐ろしいものはない。
あの時代に正しい考え方を失わなかった中島氏に敬意を表したい。
1957.5.29 Wednesday

1957.5.29
血液検査の結果B型とわかる。
血液を検査する前にF先生曰く「君はAB型である」と、四五回。

検して自明なり、我B型なるは。

1957.5.30 Thursday 1957.5.30
 又も過ぎ去りゆく月。
 入試まで後七ヶ月を残すのみなり。
何をかなさんと言わんか。すべてをなすと答えんか。
努力のみが残されたただ一つの成功の道なり。
ただ一つ、これを逃して他に成功の道なし。
1957.5.31 Friday 1957.5.31
×印を一つつけて今日も私は存在して日記をつける意志だけはあったことを記すのがやっとくらい遅くまで起きている(1時25分)。
いよいよ五月も今日で終わった。明日、いや、すでに現在私は六月の中にいる。ああもう夏なのか。

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