| 年月日 |
曜日 |
日記本文 |
| 1956.11.16 |
Friday |
◆寒。
◆時代と、現在生きている人々は変わっているが、彼らが世界史上で見せる国民性は、絶対王制下であろうと共産制下であろうと変わっていないことに興味を覚えた。 |
| 1956.11.18 |
Sunday |
◆北野恵子さん宅を誕生祝いに訪問。
◆集団としてつまらない各個人個人が、それぞれ個人として行動する時いかに彼らはのびのびと自由な人間であることだろう。その各人各人が個性を発散し夢を持ち生活を持っている。この驚くべき発見が個人主義の人間を形成するのである。
しかし個人としてつまらない奴が集団で幅をきかす世の中が存在する。
われわれが望むのは個人としても集団としても立派な人なのである。文化人、政治家の中に個人の方ばかり発達し過ぎた感のある人がいる。これは一応個人主義ではあるが、集団で幅を利かすのに偏るのが好ましくないのと同様、憂うべき問題なのである。 |
| 1956.11.19 |
Monday |
映画「ミスター・ロバーツ」、「24時間の恐怖」。
ミスター・ロバーツ、すてきに面白い映画だった。
ミスター・ロバーツ、素晴らしき好男子だった。
ー役柄や筋書きは普通の映画を狙いものであるように思われるのだが、その筋書きの各々を平面的に広がらせてみるとき、すばらしくおもしろい映画が私の目をーそこにいる多くの観客の目と同じようにー限りなく刺激して爆笑を、微笑を涙を、催させ、艦長の苦り切った顔が画面の左半分に落ち着くまで画面に吸いつけ放しにするのだ。ジョン・フォード、彼も優れた演出家だ。エリア・カザンやチャプリンとともに。あの映画を見たならあの艦長(オヤジ)でさえ腹を抱えて笑うだろう。
ロバーツ的タイプはあらゆる場所において尊敬され愛されるタイプだ。庶民の英雄的存在足ることができる人物である。映画の意図ではないかもしれぬが、船員を集団として扱っていて個性的なところがあまり見られない。ロバーツがひたすら戦場に行きたいと思う心は、今のわれわれに理解できないのだが日本人が戦前ただ兵隊にあこがれをを持っていたような日、あんな単純な動機から士官学校を卒業し、はっとトイレット・ペーパー運搬をつかしたのならどうも面白くなくなる。
映画の目的のひとつは見て楽しむことなのだから、だれにもこれに関する限り十分満足を与えよう。
音楽もなかなかよくて洗濯と風俗係りの士官の、あのだれでもうれしくなるような歌やヤシの木を船外に放り出すときの音楽は気がきいている。
男の世界を描いてジョン・フォードは出色でありヘンリー・フォンダも好感の持てる演技をしてくれる。
びっくりしたことはよくもあんな泡ができたことだということ。
日本人ではできない映画だということができよう。あらゆす面において。 |
| 1956.11.20 |
Tuesday |
◆もう3日も前からコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズの帰還」を借りてきて読んでいるがなかなか面白い。
一応亡くなったはずの名探偵シャーロク・ホームズが、まったく文字どおり生き返って、ここにさっそうと登場するわけだが、惜しいことには1894年の昔でありいくら名探偵でももう生き返れない世の中になった。
ワトソンはどうも演出家で思わせぶりに話を進める。内容のない事件が大事件、大悲劇となって数多く出てくるし、彼には予想もつかないところから事件は必ず大悲劇や、大惨事に発展する。
シャーロク・ホームズの全く巧みな推理ぶり、それが多く彼の勘、経験、独創的な頭の働き、観察からもたらされるものであるが、昨日の映画「24時間の恐怖」における全く科学的な捜査と比較して面白かった。
どうも彼があまり素晴らしく、彼1人の手で解決するところに虚構も見えるのだが、彼らが全くイギリス紳士然として闊歩できるロンドンを思い起こして、時の流れを感じるのである。みすみす人が死ぬのがわかっていながら手の打ちようのないほどまだ交通も発達していないころのことであるから、話にスピーディーさを求めるのは無理かもしれないが、この本に収められているのは一般にスケールが小さい感じでホームズがあまりに完璧過ぎる。
それにしてもよくもまぁ考えつけばついたものと思われるような事件ばかりで読者はしばし我を忘れた。
このごろの探偵小説と一風変わった推理ばかりでそういった面からもおもしろい。文章の中にも幾分間違いもないではなかった。新潮文庫・延原謙訳。
◆3段飛び10メートル57で学級2位、体操の点は70点。 |
| 1956.11.21 |
Wednesday |
11月21日。
評論家の荒正人氏が28日本校に講演にいらっしゃることになっている。荒正人は雑誌などでちょいちょい名には接している方だが、東大英文科卒で新進評論家とのこと。楽しみにして待っている。
◆It is not a practice interrupt your reading in order to consult a
dictionary every time you come across an unfamiliar word.
It i a bad habit to buy more books than you can read.
◆英文解釈の問題から拾ったものだが銘記すべきことだ。特に私に関する限り。
◆午前4時。いっぺん寝てまた目が覚めた。しきりとニワトリの声。ポンポン船の音。寒さが切り込んでくる音。風の音。 |
| 1956.11.23 |
Friday |
勤労感謝の日
フロイト「精神分析入門」100円、角川文庫を購入。「間違い」の項を読書中。
◆1日得る事なき日。悔やみ大き日。何もせずにも午前零時を過ぎてしまった私。自分で自分にしっかりしなさいと言わねばならない困った私。残りのカレンダーがひらりと、落ち葉にも似て。舞い落ちて寒さがしんしんと鳴っている夜。 |
| 1956.11.24 |
Saturday |
◆私の本領は最大の人間たらんとするにあらずして常に最良の人間たらんとするにあり。
これはある会社のうたい文句の社を人に置き換えたものだが「最良」のところを「最大最良」と置き換えたら私の分に余るだろうか。
◆E君が「3時間目の昼休みに」と言って、間違った間違ったといった。フロイト流に言えば間違いの理由があるはずである。確かにあった。われわれは昼休みに食うべき弁当を、おおかた三校時の遊び時間に食べてしまう。こんなことに興味を抱かせてくれるフロイト氏に感謝しなくては。
◆オリンピックはすでに3日目を迎えたがメルボルンの空に日章旗が翻るのは期待できない種目ばかりだった。しかし重量挙げで、南部、白鳥、大沼の各選手が6.、5、4位に入賞し1人(3人?)気を吐いている。最も期待できるのは体操だ。続いてレスリング・水泳があり、慶応Crewも元気なようだ。これらの種目が続々登場する来週からが見頃(聞き頃?)であろう。日本選手の健闘 |
| 1956.11.26 |
Monday |
◆日曜日に対する考え方が外国と日本では違っている。西欧では旧約聖書における安息日として日曜日を見る。ところで日本では行楽日として日曜の休みを利用する。西欧が敬虔な1日、真に人間らしい1日を送る日をわれわれ日本人はドタバタ騒ぎの一日として送ってしまう。だから日本人は真の休みを持たない。これは日本にとって大きな損失と見なければならない。われわれ日本人があまりに神経質的なこせこせした民族となるのもこういったことが原因しているのである。
オリンピックの特派員が昨日の日曜日の様相を伝えているが、われわれの日曜日と多いに様子が異なる。
商店、映画館などすべて閉じ人々は自宅でくつろいで1日を送るというのである。そのためオリンピックの競技まで休みにしたというのだから、その徹底ぶりがうなずけよう。私は宗教を持たない民族の哀れさをこんなところでまで感じないわけにはいかない。
◆学業1本槍でやるやり方ともう1つのやり方とがある。すなわち高校時代をいかに送るかという問題についてであるが。そのもうひとつとは学業と純教養的なものとを両立させていくやり方である。
私は自分では後者の行き方で行っていると考えている。ところが高校時代の意義を考えてみると果たして後者が私にとってよりよい方向かどうか迷いが生じる。なぜなら高校時代は大学入試のための準備期間に当たっている。で、この大学入試に合格か否かということの人生に占める意義の大なるを思うとき、ただ学業のみにうち込んで合格を少しでも自分に近づけた方が大局的な方法ではないかと。
事実おおかたの生徒は学業一辺倒でそういった生徒はなかなか良い成績を上げる。私においては少し教養方面を落として、学業をもり立てるようにしたらとは思うだが、つい身が入りすぎる。そこでいっそのことこれから後、教養の方を捨ててしまおうと考えるのである。そうするとこういった日記を長々と書くことさえ邪道となるわけだろうが、合格絶対の世の中であってみれば他人から非難されることはない。
それにしてもまだ私の心の中で議論が収まっていないのだから何をかいわんやなのだが、まだまだ私の心には未練が多く残っているようである。 |
| 1956.11.27 |
Tuesday |
◆進歩の停止した人間はダメである。後退となると人間の資格を失うのと同じである。
私は今度の試験で後退しつつある自分をまざまざと見せつけられて呆然たる数日である。すべて自分自身の心の弱さに責めを負わせることのできる原因ある後退であった。
私は今まで自分の心を本気に憎めなかった。なぜなら心は悪かったたびに謝り、落胆するたびに希望を振るい起こしてきた。その結果がこうであった。増長し過ぎた心は今度こそ徹底的に罰を受けるべきであり、反省の機会を十分に与えられるべきである。
私はこう宣言する。心はその罪の深さを知るならば、反駁することなく、この言葉に従順すべきである。私は改革なった心でこれから進んでいかなくては。この改革がハンガリーのような変なことにならないことを希望する。 |
| 1956.11.28 |
Wednesday |
○曲がりなりにも1冊の本を読み通すこと。
○10分以上の無駄な時間を過ごさぬこと。
○数学は紙と鉛筆の認識だと誰かが言った。
○英語を学ぶに勇敢であれ。英書にぶつかるべきである。
○国語に時間を惜しむな。試験で、点をとるのを惜しむのと同じである。
○歴史と物理において系統を立てることを怠るな。系統こそ記憶をてきぱきと思い起こしてくれる。
○学問するに敬虔であれ、従順であれ、高慢は禁物だ。
○"Slow and steady"is golden saying.
○他人と競争するな。学問が相手であることを知らねばならぬ。
○学問にはあくまで強き理性を以てあたれ。感情は人を学問から遠ざける。
○学生らしく学問に全身全霊を打ち込め。
○入試を直接目的とする偏った学問に成すな。常に自分を育てるものにせよ。
○学問は人のアクセサリーではない。他人との試験の成績に負けてクヨクヨするのは学問をアクセサリーと考えるからだ。
○苦しみのない方法は学問の邪道であり、真の学問を学ぶことはできないであろう。
○努力せよ。努力こそ何にも増して尊く、人を人の欲するところに近づけてくれる。
○人間であれ。獣には学問は必要ではないのだから。 |
| 1956.11.29 |
Thursday |
評論家の荒正人氏の”夏目漱石の人と作品”という講演がありその後で座談会があった。座談会では大いに手を挙げた。荒さんは相当の早口で、ですね、ですねを多く取り入れてお話しになる。柔和な温かい落ち着いた感じの人である。荒さんの講演は興味深かった。目を閉じて小さなカサカサしない声で夏目漱石を広い角度から眺め評論された。 |
| 1956.11.30 |
Friday |
正月がもうひと月でやってくる。
1年がまた私において繰り返された。
いつの間にかまた1年を反省する位置に来てしまった。
その反省がどんな役に立つのか分からないのに。
今年の正月の決心は覚えていない。
それなのに正月が来ればまた何かやろうと決心する。
反省し、決心し、それらをすべて忘れてしまう1年。
時、時、時・・・、時?時?
カレンダーには私が生きていた日付が残っている。
早手回しに来年のカレンダーがかかった寒い部屋。
それらの日付に私は足を踏み込まないのかもしれない。
しかし、私はそのカレンダーが100回、千回、
いや永遠に書き換えられても、
それらの全部に私の生命を発見したい。
1年の意義を知らず1年を欲している私。
1年は時間において確定値である。
しかし人においてあらゆる融通生を有するものだ。
1年を1年としてきっちり利用する人、
1年を2年分にも使う人、半年分に使う人、
あらゆる人間が疑いもなく存在している、
この不思議なものの中に。
一年はあらゆるものを蔵する。
かつて歴史上に1年の有しなかったものはなかった。
人はこの1年に、より多くのものを蔵させるため、
生殖を営み、科学をし、発明をし、
文化を進めて未だ1年の中にある。
歴史上1年が有しなかったものを、
人が少しでも1年に押し込もうと考える。
それは文化であり、進歩であり、罪悪であった。 |