日記の部屋1956(07)/Diary1956(07)

(1956/12/2〜1956/12/7)

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1956.12.2 Sunday 12月2日

 藤村の”嵐”を今読み終えた。名声だけは聞いていたが一作にも親しんでいなかった人である。小学五年のとき僕たちの教室の後ろにその頃図書室ができていなかったので本箱が置いてあった。その中に藤村作品集とか詩集とかいっぱい並んでいたのをプロ野球の藤村富美雄に関係があるのかしらと思っていたことがあった。それで藤村が有名な作家であることを級友が6年の時知っていたのを知り赤面を心にしたことがあった。この嵐は中二にのときか1部が教科書に載っていた。
 耐えられぬほどの寂寥感が私の心を強く覆った。父と子の”嵐”の記録で美しい父心があふれ流れていた。すでに映画化されて島原でも近く封切られるが映画化の仕方にも興味がある。淡々と何の変哲もない文章の少しも淀むことも許さない技巧、前後した出来事をすらすらと文にする作者はやりうまいものだと思われた。
 

1956.12.3 Monday 12月3日
ノスタルジア。
”里の秋”の”静かな静かな里の秋”という歌詞が聞こえてくると私の心は涙がでいっぱいになります。
 静かな里の秋に母さんと2人きりで静かに栗を焼いて食べます。周りは薄暗く、いろりの火がチョロチョロとほのめいて真っ白い畳と母さんの顔が明るくみます。母さんと2人きりでいるはずの私はどこにいるのでしょう。どんな様子をしているのかはっきり思い出すことができません。
 私はこういった情景を心に描きます。そしてそれにたまらないような懐かしみとを感じ強くひかれるのです。
 ”ふるさと”の歌にしろ他の歌にしろ私は静かな情景と母さんの出てくる歌を歌うと瞼の裡がじーんとしていきます。水が清く、木々の生い茂った大きな家の中に私は母さんと2人っきりでいるのです。母さんと私は一言も口をきません。母さんは色の白い上品な静かな母さんです。笑顔は素晴らしくすてきです。家の中はいつもきちんと整っていて畳がしみるように白いのです。しかし部屋はそれといって明るくなくぼうっとかすんでいるのです。私はまだ小さい私です。屋根は藁葺きでしょうかとても大きな家です。
 太陽の光はじかにその強烈な光を私の故郷には降り注ぎません。磨りガラス越しのような薄ぼんやりとした光があたりを覆っていて、その中で緑の木や家の落ち着いた茶のさびた壁板に取り巻かれて白く冷たい庭があります。私はひとりぽつんと白い土の上で遊んでいます。母さんは縁側の柱に寄り添って静かに私を見ています。その白い顔と白い手と素足が暗闇の中にぼんやりと浮き立って見えます。
1956.12.4 Tuesday 12月4日
易きに付きたいという心とよい地位を得たいという気持ちは矛盾しないだろうか。得てして易きに付きたがるのが人間でそれが高じたのが私とか”なまけもの”という動物なのであるのだが、その私にしろ一般の人にしろ望みは高くあくまでも、地位権力を得んものと、虎視眈々と怠けてるのである。
 実際高き地位につくことは易きどころの騒ぎではない。普通人の数倍の努力があってはじめて地位を得、数倍の仕事をせねばならぬのである。で易きを求めた究極に高き地位があると思ったら大間違いである。日本の世間一般の考えではいかにも高き地位の人はなまけてのんびりしているように考えてついには易きを求め追求することが高き地位への直線コースと考え誤ったものらしい。
 たとえそこが易き位置であるにしても人はすべてのものは代償を必要とすることを知らねばならない。若いときの努力が老後の安らぎを与えるのと同様、私の現在のなまけは私の老年、いや来年、いやいや明日からの苦しみを代償として要求してくるのである。若さと苦しみは文字からしても水と油ほどはじき合わないようだ。
 
1956.12.5 Wednesday 12月5日
映画「悪の花園」、「白人酋長」。別に取り立てるほども映画。一方は何でも知っている男がアパッチ族の囲みを破って生き返るお話。もう一つはコプラに目のない男が土人の酋長になってキスしたらお終いという映画。
 見所。ゲーリー・クーパーの全然笑わずじまいのあの男性的な重々しい顔。スーザン・ヘイワードが変ななりをして目印を壊してしまうとこr。アパッチ族の火との殺し方。
1956.12.6 Thursday 12月6日
オリンピックで日本が一番活躍した記念すべき日。外は風が強く雨は今休んでいる、天候悪き日。
 二百平に古川優勝、吉村二着で金・銀メダル一個ずつ。体操で小野金銀銅一個ずつ。その他銀二個銅 個を獲得、先週の劣勢を盛り返した。
◆期待すべき映画3つ。チャップリンの「ニューヨークの王様」ジーミー・ディーン、リズ・テイラーの「ジャイアンツ」「最後の橋」。
最初のはチャップリンー20世紀の大天才ーの自ら言う「わたしの映画の中で最も面白い」の面白さと天才を拝むため。次のはジミーとリズという私に最も人気のある二大俳優が見たくて。一番お終いのは本年度女優演技賞候補に早くも挙げられている女優に興味を持つゆえに。

ジェイムス・ディーンのかくも人気ある理由を完全に明らかにするためにはモナ・リザのほほえみのなぞを解くのと同じ時間が必要であろう。
 ヘップバーンスタイルが衰えたようには急速にディーンの人気はなくならないことは確かだ。
 

1956.12.7 Friday 12月7日
◆人間とは何と単純な騙されやすいものであろうか。白い紙の上にスルスルと伸びた曲線が女の裸体画を描くと強い興味を抱くのである。紙とペン先のインクの滴りにすぎないその絵に。

◆書物等で知ることのできるものは何でも構わず知ったほうがよい。しかし、やがて自分もするような体験を、体験した者の文字から知ろうとするのは馬鹿げている。死は体験した者からも聞かれないし、体験した時には遅すぎる。死は結局わからない。

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