日記の部屋1956(08)/Diary1956(08)

(1956/12/8〜1956/12/23)


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年月日 曜日 日記本文
1956.12.8 Saturday 12月8日
 この世の中が永遠に続いていくことを思うとき人の心は涙でいっぱいになる。なんと悲痛極まる悲しみであろう。私もいない。現在生きている人々も1人としていない世界が永遠に繰り広げられていく。われわれが存在しえない社会に存在する人が羨まれてならない。しかし永遠のかなたの人間もすでにわれわれの中に存在する。一生物に与えられた生命がその数百万年の間生物の本体として存続し、われわれの生命となり、この生命が永遠の果 てまで続いていくのである。もはや100年の後の世界にも存在し得ない私。永遠の世界に生まれ出ながら半世紀の生命で世を去らねばならない・・・この悲しみ。
 この悲しみはすべての、時代を問わず、場所を抜きにしての人が感ずる悲しみなのである。時という永遠性を持った空間に生まれ出た人の悲しい宿命なのである。もしこの悲しみを背負わなくて良いときがあるとすればそれは人類破滅の時であり、この悲しみを除く手段としては地球を破壊し、人類を全滅させるほかに手はないのである。すべての人が死ぬ という安心感が人類絶滅の一瞬において人々の悲しみをぬぐい取って死に向かわせることができるであろう。
 この悲しみを背負った人間は「一体人生に意義ありや否や」と考え込まずにはおかない。その思索それ自体が馬鹿らしいと考える方向とそこに何かを見つけようとする方向とに人間を分けてしまう。
 私ー悲しみでいっぱいの私なんだか、それでも心は、勉強が何になる、人生が何だ、生きるということがなんだとやけなことは言わないのである。心の片隅にそういったことを言う分子がいて勢いが増したり、減ったりはしているが、私の心を占領するには至らない。そうすると私の心は人生に何か意義を認めていることになる。
 永遠を形作る一粒子にすぎないちっぽけな私の人生に、私は一体これからどんな意義を見つけ出すのであろうか
1956.12.9 Sunday 12月9日
学校生活白書
1番眠たい時間 漢文
1番反発を感ずる時間 国語甲(鑑賞上の反発)
1番嫌な時間 国語乙(いやなのが多すぎるのだが)
1番深刻な時間 英作
1番講義を安心して聴けない時間 物理
1番愉快な時間 世界史
1番先生に親しみのない時間 体育
1番安っぽい時間 保健
1番慌てる時間 英正(辞書を引いていかなくて)
1番スリルのある時間 三時間目の休み時間

 僕の部屋は3階の1番南の日当たりのよい部屋。お隣の1小の騒音(このごろは校舎建築の音も含まれている)が一番よく入る部屋のひとつ。男子ばかりで1番平均点が良いクラスで運動方面 が1番劣るクラス(とか)。
1956.12.11 Tuesday 12月11日
 記憶ー非常に不思議なものである。時々どうかしたはずみにぱっとまったく不思議な場面 が浮かんでくる。そしてそれは思わず微笑えみたくなるような場面だったりする。
 私が1日1日と進んでいくにつれて幼かったころの記憶が消えていくように思われてちょっと寂しくなる。だからその思い出になることを思い出せる範囲で書きとめておくことができたら素晴らしいと思うのだけれども、その記述に大きな困難が伴う。その頭に浮かんできたそのものをそっくりそのまま引き出して文字にすることができるのならーちょうどその思い出を写 真にでも写すようにー全く理想的だが文字に一つずつ直していくのはなんと言っても難しいし、考えることによって画面 にゆがみが生ずる。1番面白いことを書き忘れる。
 幼なじみと話をすると普通なら思い出すこともない懐かしい場面を思い出すことがある。幼いころの思い出にともに浸ることのできる幼なじみの友達がほしい。
1956.12.17 Monday  日付の飛びに驚くだろうが実は13、14、15、17日に学期末試験があって時間ははともかく頭が日記の方に向かわなかったのだ。(ふがいないって?)
 ともかく試験は終わったわけだが1つ反省する必要がある。というのは私の試験を受ける態度であるが、あまりに即物的だということ。学期、学期あることはわかっている試験であるのにいつも一夜漬けで間に合わす。結果 的には試験の点数はあまり悪くはないけれども本当に身に付くどうかという点でまずいのだ。コツコツやってる人がたとえ私のようにマグネシウム燃焼的に試験の時に燃えなくとも、頭に残るものが違うというものである。試験終了後にいくらか間をおいて不意に試験があれば私の方が悪かろうと思われる。こういった傾向が普通 の学校の教科書に従わない方面の勉強にも表れて常日ごろは遊んでいて試験の直前に無理矢理詰め込んだりして、このごろの惨めな成績に終わる元となっている。私は私なりに完成に向かわねばならぬ 。このことを心に銘記すべきである。”私に着実さが加われば私はある程度まで行ける”と。
1956.12.18 Tuesday  今年の暮れ残りはあと10日少々。正月1日のあの晴れ晴れしい気持ちがあと13日もするとこの私もやってくるのかと思えば変な気がする。また正月を思うとき、私の心には清潔な真っ青な畳が映ってくるのだ。落ち着いてすべてがウキウキとした新しさを持った空気の感じの中に。
 ともあれ時の経過が私を正月気分の中に連れていってくれるだろう。その時の感じだまた来年の暮れ私が正月を感じた時の心の中に映って出るのだ。来年の正月の雰囲気に期待する。(このごろはもう鬼も笑わなくなくなった。)
1956.12.19 Wednesday ■先生というものは自分が気づいた間違いでなければ間違いとは思わないものらしい。先生の間違いも学校単位 区域内では一般的な間違いではなく正しいこととして認められる。なぜなら試験には先生のおしゃったように書きさえすれば正解となる。
■どうも習慣に縛られ過ぎた人が多い。
食事は朝、昼、晩3回だいたい8時12時6時にとるものと考えている。で、それ以外で腹がすいても食事をする必要はないと考える。ところが私のように午前2時、3時まで起きている者にとっては晩飯を六時に食べたとして、5時間ものを口に入れないことになる。とすると朝と昼、昼と晩の食事間隔の4時間と6時間に匹敵する長時間となる。それだと一食増やすことを要求すると「夜食はいけない」とくる。何がいけないのか、習慣上でいけないの他の何物でもないのだが、とにかくいけない時が多くて、この寒空に空きっ腹で机に向かうのである。
 デンマークの農民は1日6度の食事をとる。赤ん坊もそれくらいとるだろう。1人前の大人となる象徴が1日3食とは情けない。すべて青年の象徴を1日4食にしたいものである。
1956.12.20 Thursday ■私の左の眼は眼鏡を買ったほどであるが、私は依然として学校にかけていくことをしない。体裁上の心理的問題であるから、決心をしてかけていくということもないものだが、みすみす学習能率を下げ眼をますます悪化させるのは馬鹿馬鹿しい。終業式が22日にあるから、来春からはよき前例を作るために始業式の日からかけていったがよかろう。
■口から出た自分のあまりの名句・名調子に照れるものである。ところが劇では名調子だらけなのに俳優はちょっとも照れない。なぜでしょう

1956.12.21 Friday 明日終業式
■人の耳の速さに度肝を抜かされる思いがする。姉から誕生祝いに電気ストーブをもらったことを余所のやつが知っている。その伝播方法が分からない。
電気ストーブでパンが焼ける。ジャムやピーナツクリームをつけて食うのも格別 だ。
■明日から3年生と合流の模擬試験がある。一点でも余計とるように力を傾倒すべきだ。今まで何か力を抜いたような気配があった。

1956.12.23 Sunday 明日はクリスマスイブ。
宗教のない国民の哀れさったらない。すべての宗教のお祭りを取り入れて本国以上に騒ぎ回るのだから。サンタ・クローズを知らないものは減る一方だし、明日の晩はただのお遊戯として何万の人がサンタさんにおなりになることだろう。日本人ほど全国民が心をひとつにしない国は少なくないのではないか。新生活運動をあっちこっちでボヤ程度に騒ぐだけが関の山で一致協力して粛正しようなんて気になるものは1人もいない。
■やっと石橋湛山の内閣が成立した。岸派とか石井派とかからいろいろの文句が出る。岸さんにしてみれば大臣の人選はおろか総理大臣から不平なのだからまとまらないのは当たり前である。
■足にやけどをして水ぶくれがつぶしてはできつぶしてはでき、つぶしてもできるということには魅力があるんだか。

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